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奪還作戦Ⅱ

謎が謎を呼ぶ。そんな話にしてみました。



 昴の方はうまくやってくれたらしい。重装甲の彼の機体では狭い通路での戦闘は向いていないだろう。あとは将斗の手にかかっている。

 既に片付けた数名の黒服に見向きもせず、次々に現れる敵を撃ち殺しながら将斗は彼等の潜んでいた部屋をレーダーで調べた。


(千晶は……どこだ?)


 しかしいくら調べても、誰かを隠している様子は見られない。重症を負っているなら彼女は動けないはずだ。

 なのに、それらしい気配は一切なかった。


 黒服が出てきた部屋を調べながら将斗は兄へと尋ねた。


『兄貴のレーダーには……何か反応はないのか?』


『ん?……一階に何人いるみたいだが、これはルスランが敵を捕縛しているみたいだね……そっちは?』


『……誰もいないんだ。千晶が隠されてる様子もない』


『何……?』


 兄の声に焦りが感じられた。


『そんな馬鹿な……』


 焦燥が将斗にも伝染する。


 おかしい。マキシムはここに逃げたと確かな情報で……


 その時、将斗の視界に怪しげなジュラルミンケースが飛び込んできた。

 廃屋当時から置いてあったにしては真新しく、埃ひとつついていない。


 そこでようやく、ある可能性に気づく。


『兄貴……このマンションの情報源はどこだ』


『は……?』


『MI 6からの情報か?それとも……』


 ハッ、と息を呑む声


『まさか……』


『マキシムは見かけていない。千晶もいない』


 淡々と話ながらも口許は憎悪で歪んでいた。


『これは……時間稼ぎのための罠だったんだ』


 持っている拳銃でケースを撃ち抜く。途端に炎と共に大きな爆発が将斗を襲ったが、ATC の装甲のお陰で怪我はなかった。


 紅蓮の炎を身に纏い、漆黒の死に神は怒りを剥き出しに言い放つ。


『俺たちははめられたんだ』


 クレムリンに。妹の愛した人達に。


 2人は地面を強く蹴りつける。表面のコンクリートは蹴られた衝撃で微塵に砕かれた。









「…………どういうこと?」


 パソコンのディスプレイを食い入るように見つめながら紫音はその一言を溢す。

 ハッキングしたのは将斗の携帯だった。かつて昴の逆探知ソフトから逃げ切ったことのある彼女だが、好き好んでまた挑戦しようとは思わない。その分、昴よりもセキュリティの低い将斗の携帯を調べる方が確実だった。


 画面に並ぶ、任務のメール。


 昨日の日付けで届いていたのは、千晶が囚われた報告の内容だった。








 既に一方的な暴力を受けていたのか、ルスランの連れてきた捕虜は虫の息だった。将斗達の前へ捨てるように放られた黒服は口と鼻から血を流し、ヒューヒューと呼吸を繰り返している。


「聞き出せた情報を申し上げます」


 顔や手に着いた返り血を拭うことなくルスランは説明を始めた。


「暴力団……日本のマフィアに所属。数週間前、組の数十人をロシア人の男に貸し出したそうです。多額の金と武器を渡され、話に乗ったと……今回のマンションも、その男に指定されたそうです」


「………任務の内容はわかるか?」


 タバコをふかしながら天田が尋ねた。


「武器を持って指定場所に待機。侵入者が来たら排除するように、としか言われなかったそうです」


 金ぶりも良かったし、内容も至ってシンプル。彼らはロシア人の男の提案に直ぐ様乗っかったそうだ。


 だが将斗達が知りたいのはそこじゃない。


「……それだけじゃないだろ……」


 歯軋りしながら黒服に近寄り、胸ぐらを掴んで持ち上げる。胸元を圧迫された黒服は息をつまらせた。


「千晶を……妹をどこにやった!」


「マサト……彼はティーナの居場所までは……」


「うるさい!」


 止めにかかったルスランを怒鳴り付ける。


「吐け‼千晶をどこにやった!」


 揺さぶり、力尽くにでも聞き出そうとする。

黒服は息を荒らげるだけだ。


「お前達が捕らえた妹を返せ‼返せよ‼」


 平静さなんてかなぐり捨て、暴力で訴える。

 あの日以来、力は手に入れた。守る術も身に付けた。

 それなのにまた奪われ、取り返すこともままならないこの状況に苛立ちを抑えることなど出来たものか。


「……落ち着け、将斗……」


「天田さん、止めないでください」


 将斗に近寄ろうとする天田を片手で制したのは昴だった。


「……昴……お前も冷静になれ」


「なれませんよ。最愛の家族を奪われたのですから」


「……しかし……」


「貴方は僕達家族の絆を知っているはずだ。そんな僕らが妹を奪われた。今の僕らを止められるなんて考えない方がいい」


 昴らしからぬ、気迫に満ちた表情に天田も、イゴールやルスランでさえたじろいでしまった。

 このまま無理にでも止めようとすれば、彼らはその怒りの矛先をこちらに向けるのだろう。そういう奴等だ。

 所属先の教えや圧力なんて気にしない。手を出せば最後、彼らの容赦のない殺意は形となってその身に振り返る。

 兄弟の怒りはそれを具現させるだけの力を持っていた。


「将斗……そいつを頼んだよ」


 昴はそう言うと天田に目配せをした。

 人で話をしたい。そういう意思だ。すぐさま昴の意思を察知した天田は小さく息をつき、外へと向かう。


 倉庫を出るまで、背後から将斗が黒服を殴り付ける音が何度も聞こえたがそれに振り返ることもせず、外へ出た。







「……何を聞きたいんだ」


 タバコを取り出すこともなく、天田は面と向かって尋ねた。


「……貴方はロシアの動きに僕らよりも先に気づいていた。千晶がこうなることを知っていたんじゃないのですか?」


「………なぜそう思う」


「貴方は戦後の陸軍中野学校の卒業者だ。日本に害する因子を排除する役目を担っている。ロシア出身の千晶が貴方達にとって害となる可能性だってある」


「………」


「今回の件で千晶が死ねば、貴方達はその責任を全てロシアに押し付けることが出来る。自分の手は汚さずに、ね」


 天田は何も言わない。その態度は肯定と判断するべきだろうか。

 ニッコリと笑いかけ、天田に詰め寄る……と、前触れなしにその胸ぐらを掴み上げ、倉庫の外壁に押し付けた。


「ふざけるな」


 闇夜に遮られ、その表情は読み取れない。しかし先までの優男としての態度は一変し、攻撃的で獰猛な声だけが低く、天田に浴びせられた。


「僕の家族を何だと思ってる。お前の駒なんかじゃないんだぞ……」


「…………」


 冷静さを欠いてるのは勿論だが、普段の態度を維持するのが不可能なほどに彼は追い詰められているのか。

 いや、それが当然なのだろう。元々、彼らの行動原理は家族という存在にある。そこに千晶が囚われるという歪みが生じた今、理性を保てという方が無理な話だ。


(………将斗のは予測していたが、まさか兄も……なんてな)


 昴という男を冷静さの塊という先入観でしか見ていなかった自身の甘さに思わず天田は笑みをこぼす。それを昴は嘲笑と勘違いした。


「何がおかしい」


「………すまん、誤解だ。お前も冷静さを失ってしまうことを失念していたのがおかしくて、な」


「‼」


 胸ぐらを掴む手に更なる力が込められる。このままだと昴は感情に任せて天田の息の根を止めかねない。


 だがそれを遮ったのは新たな声だった。


「天田さんは千晶さん暗殺には関わってませんよ」


 黒いジャケットに身を包んだ山縣と五木がそこにはいた。



「まさかあの狂犬が不覚を取るなんて、普通じゃありえませんからね。ロシアに怪しい動きがあったとしても、千晶さんの身に危険が及ぶとまでは考えられなかったんですよ」


 五木が言葉を引き継ぐ。


「動きが怪しくても、確たる証拠なんてこれっぽっちもありませんでしたしね」


「ならなぜ……今回のマンション襲撃ではロシアの情報を鵜呑みにした⁉あれはダミーで……」


「仕方なかったのです。千晶さんの本当の居場所がわからないのですよ。それにあのルスランという男とイゴール……彼らもロシア人です。クレムリンと連携をとってる可能性も高い。


 グルだったとしたら、マンション襲撃の間に不審な動きを見せるはずだった。せっかく良い時間稼ぎが出来てるわけですからね。とにかく情報を信用するように見せかけて、彼らに怪しい動きがあれば逆手に取り、千晶さんの居場所を見つける……


 しかし2人はシロ。おかげで千晶さんの居場所はわからずじまいになりました」


 山縣はあまりおしゃべりな方ではない。ペチャクチャ喋る五木の話を聞いて、流すか突っ込みをいれるかのどちらかだ。

 そんな彼がまるで物語を語るかのように、饒舌に喋っている。違和感しか湧かないこの状況は夜の海の如く、無気味にさえ感じた。



 その言葉を吟味するように昴は2人を、そして天田を見た後、掴んでいた手を離す。

 ようやく冷静さを取り戻してきたのか深呼吸をつくなり、彼は2人を一瞥した。


「……わかりました。僕も感情に走りすぎていたようです」


「………そうだな」


「ですが、2つだけ確認させてください」


 よく通る声が潮風を突き抜けた。


「天田さん……あなたの直属の上司は誰ですか?少なくとも中野学校を知り、そして貴方を知る人物なんて、そうはいないでしょう」


「…………」


「話したくないなら良いんですよ。今、この状況で僕は弟しか信じることが出来ないので。隠し事をしている様子の貴方達に不信を募らせ、暴走する可能性が高くなっても良いのなら。

 無理に話す必要はありません」


 凄みのある声に切り替わる。これには五木と山縣も怯んだが、天田はそれを身体中で受け止めるなり。


「………そうだな……いつかは洩れるだろうし……教えよう……アクアフォレスト・カンパニーだ」


 これは予想をしていたのか、あまり驚く様子も見せず昴は目を閉じた。


「……そうですよね。戦後の中野学校は日本の財閥達から成り立っていたのですから……今の日本のトップ財閥なら、あそこですしね……


 ではもうひとつ。


 貴方はロシアの動きを注意していた……それは同じくアクアフォレスト・カンパニーからの指示で動向を探っていたのですか?」


 すると天田の口に苦々しそうな歪みが生じた。これは昴の予想外だった。

 あの財閥なら外国の情勢に興味を持ち、それをビジネスに繋げることだってやりそうだ。抱える子会社を海外に進出しているにも関わらずそれらを全て成功させているのだし。

 だからロシアの異変を察知して天田に伝えた……そんなストーリーを昴は勝手に予想していたのだが。


 だがこの様子……


「自分達ですよ」


 一瞬にして空気が凍りつく。

 ゲームとかで言えば限りなくモブに近い存在が名乗り出たからだ。

 口が開きそうになるのを必死にこらえ、見た先には



「千晶さんの件を予測したのは……自分達です」


 山縣と五木。

 天田の部下にして普段は後方支援に徹する日常人だった。


 先日、念頭に置いていたではないか。

 この2人も用心すべきだ、と。

 裏話

 まず、奪還作戦は敵の囮でしかありませんでした。

 そして背後にはロシアがいることも明らかになってます。

 最後に、今まであまり目立たなかった山縣や五木が本性を現してきました。


 今まで語ることがなかったので、二人について説明します。



 五木は現在、21歳。札幌の大学生でプロポーションはよいのですが、男に恵まれずバイトの無い日は「出会いよ‼出会いが私を待ってるの‼」と言って合コンに繰り出してます。

 任務では輸送や情報収集の補助。しかしリア充を前にしたときなどのムラの差が激しく、彼女の運転する物は暴走しやすいため天田は普段の護送を山縣に頼んでます。

 ちなみに普通・大型車輌・小型船舶・牽引・スノーモービル・ヘリ・2輪を動かせると言う、実はハイスペックです。



 山縣は31歳。普段は寡黙ですが五木の暴走にツッコミを入れております。スーツの似合うダンディー。モルゲンではシェフもやっております。

 五木とは幼い頃からの仲です。

 運転では普通・大型・小型船舶・ヘリと五木より少ないのですが、実は爆弾処理・武器整備なども可能で、銃も扱えます。

 

 正反対の二人が、どのように物語に関わるか。

 この二人、今後も怪しい動きが見られますよ。


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