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奪還作戦Ⅰ

不穏な空気が流れてます。マキシムの罪とロシアの陰謀、パンドラの謎。それらが交差する……と、い~な~




「その手はどうしたんですか?」



 朝、包帯の巻かれた手を見て紫音が尋ねる。朝食の場に千晶がいない本当の理由を知らないのは彼女だけだった。



「ああ、ナイフの手入れをしたら誤って…な」

「気を付けてください…千晶ちゃんが帰ってくるまでに治さないと、心配されますよ」



 平然を装っていた兄弟に緊張が走るが、それに気づかず紫音は3人分のお茶を用意した。食卓に湯飲みが置かれると同時に、昴と将斗の携帯が震え始める。



「仕事の…ですか?」


「そうだね」


「私には何もきてないのに…」


「今回は俺と兄貴で解決できるからな」



 千晶の危機を知れば幼馴染思いの紫音は無理にでも作戦に参加すると言い出すだろう。

 しかし仮に紫音まで狙われたら、なんて思うと我慢するしかなかった。彼女の力で作戦のバックアップは捗るだろうが、こればかりは譲れそうにない。


 内容はやはり、千晶の奪還作戦だった。マキシムの居場所がわかった。仕掛けるのは今夜だ。


 出来るなら今すぐにでも動きたいが、それを周囲に、特に紫音に悟らせるわけにはいかない。はやる気持ちを押え、兄弟は席を立つ。





 感情を隠す訓練は受けていたが、やはり肉親の危機となるとそれは難しかったのかもしれない。いつもみたいに学校で授業を受けていた将斗だったが、休み時間に愛花に指摘されてしまった。



「将斗…今日はなんか落ち着いてないけど、バイト?」



 彼女は将斗の仕事を知る数少ない人物だ。バイトというのが隠語なのは、2人の暗黙の了解だった。

 彼女は絶対の記憶力を持つ。愛花にとってはクラス全員の些細な異変を見つけることぐらいお手のものだろう。



「……そう見えるか?」



 無駄とはわかってるが将斗はわざととぼけてみせた。



「そうだよ。授業中もうわのそらだし、時間を気にしてる様子だったよ?」



 さすがにこれ以上は隠し通せないかと判断した将斗は諦めて、肩をすくめた。



「ああ。今日は少し大掛かりでな…緊張してるんだ」



 隠せるヶ所は徹底しておく。愛花は不安げに将斗の顔を覗きこんだ。



「…大丈夫なの?」

「…ああ、きちんと仕事はこなすさ」

「仕事がじゃなくて…将斗が…」



 愛花が心配しているのは将斗の身だろうか。



「安心しろ。俺は…大丈夫だから」



 何か言おうとする愛花だが、それを遮るように将斗は頭を伏せた。

 千晶の身を案じていたからか、昨日はあまり眠れなかったような気がする。休み時間を睡眠に費やそう。

 僅かな時間しか眠れないがすぐに意識は沼の中へひきずりこまれるように深みへと沈んでいった。








「羊ヶ丘、か……」


 携帯端末でマップを確認しながら昴は弁当のサンドイッチをつまんでいた。一見すればマップしか写されていないが、その奥では通話画面が展開されている。相手はもちろん上司だ。



『使われなくなったマンションね……今から行くの?』

「行くのは今夜だよ」

『ずいぶん焦った声で話すくせに、やけに冷静なのね』



 ばれてたか。

 うまく隠せてたつもりだったが、彼女にはお見通しのようだ。

 やはり自分は身内を人質に取られて取り乱しているのか?いや、この場合は彼女の洞察力に磨きがかかったのだろう。

 成長への賛辞と気遣いの礼を込めて昴は相手を讃える。



「……君は立派な上司だよ」

『貴方に失敗してほしくないだけよ』

「君は……パーシヴァルのパンドラについて、何か聞かされてないかい?」

『そうね……』



 相手が何か考える様子が電話越しに伝わる。



『最初はあの機体をナタリーが使いたがってたの。あの子、どうしてもスバルに勝ちたがっていたから』

「……随分無茶な事を言い出すんだね。彼女」

『おだまり』



 今こそキャシーの名義を借りているナタリアはピシャリとはね除けた。



『で、それを先代は諭していたわ』



 あれはスバルにしか使えないわ。ナタリー。貴女が乗ってもパーシヴァルは動かせない。



『思い返せば……貴方が話した通り、起動するかの問題だったのね……』



 彼女は隠し事をしていない。

 そう判断した昴は彼女にこの物語の筋書きをどう思うか尋ねた。



『シナリオ……ね』



 少しの間を置き、上司は物語を組み立てて見せる。



『ロシアは邪魔な狂犬を殺そうと目論んだ。イヴァンも一緒にね。で、マキシムの不正を利用。彼と狂犬が殺し合う用に仕向けた。ここまではあなた達も同じよね』

「yes」

『でもパンドラは貴方の妹にしか使えないわ。だから白夜も狂犬も、今回の件では価値を持たない。貴重な戦力を裂いてまでロシアは狂犬暗殺に動いている。

 マキシムは兵器の密輸入に動いていたそうよね。私から見るに、パンドラに匹敵する兵器を運んでたんじゃないかしら』

「……待つんだ、キャシー」



 昴が待ったをかけた。

 パンドラに匹敵するものは限られている。



「まさか核兵器や長距離ミサイルでも運んでると見ているのかい?」

『そんなの流通してる様子は見られてないわ。

 でも、ロシアの方で大量のATCが導入されたそうよ』



 ナタリアが例として挙げた筋書きはこうだ。


『狂犬を排除したいけど、それで損失する戦力分をどこかで確保したい。だから大量のATCを導入して補うことにした。

 狂犬の排除には入念な計画が必要だった。チアキの同期である裏切り者のマキシムは成績も実力も申し分ないし、彼が彼女を殺せば上層部も怪しまれずに済む……ってところかしらね』



 思わず顔をしかめてしまう。

 戦車部隊に匹敵するだけの力が欲しいために妹は使われたと言うのだろうか。



「……スケールが大きくなったね」

『……そうね……とはいっても私の推測に過ぎないのだけど』

「いや、充分だ。立派な推理力だよ。ナタリー……でもそんな情報を僕に伝え忘れている時点でまだまだだよ……」



 上げて落とす昴の話し方に反感を覚えたのか、ナタリアは子供のようにまくしたててきたがそんなのは気にしない。

 感情の支配はスパイの基本だ。及第点にはまだ遠いなと呟きながら昴は電話を切った。

 さて、マキシムがATC を手に入れたのだとしたら今後はそれを使ってくる可能性もあるだろう。こちらもATCで対応するしかない。




 昴に電話を切られ、キャシーに扮したナタリアは「キィーッ‼あいつ!」とハンカチにかじりついていた。



「なによ、なによ! せっかく頑張って情報を掴んだんだから、あんな言い方をしなくていいじゃない‼」



 とはいえ、今まで昴に教え忘れていた自分のミスも確かにある。それは素直に受け入れるべきだろう。

 ならばミスはそれ以上の活躍で返上させるだけだ。より密度のある有益な情報を掴んで、あの男を見返してやる。

 そこでふと、ある疑問を抱いた。


 パンドラは1人にしか使えないようプログラムされている。

 それはどの過程でそのように設定されたかはわからないが、少なくともそれぞれ組織が手に入れる前から施されていたに違いない。

 これまでMI6はパンドラの解析に力を入れたことがあったが、その計画はすぐに頓挫していた。解析班にいたわけではないので詳しくは知らないが、パンドラが何で造られているのか、解明することは出来なかったのだ。


 ならば1人にしか使えないというシステムは、最初から組み込まれていたと見るべきだろう。

 そのように造ったOOの技術も凄いが、気になるのは……



「最初から……あの3機はスバルとその兄妹たちの為に造られたというわけ?」



 資料をかき集めようとナタリアは席を立つ。向かうは最高機密を蓄えた書庫だ。

 



 ◇



 ひっそりと静まり返った深夜の羊ヶ丘。その車道の路肩に車を停め、兄弟は車から降りた。並ぶように停まった車からは天田が。



「ここから60メートル先のマンションだな」



 確認する将斗にうなずき返し、天田はさらに続いたトラック(これは山縣が運転していた)の荷台を開ける。中には漆黒と深紅のATC が鎮座していた。



「……あの狂犬が深手を負わされる相手だ。……油断するなよ」



 つまり最初から殺す気でかかれということだろう。2人は黙って頷いた。

 








『聞いてよシオン‼』



 急に紫音の端末にTV電話をかけてきたエレーナは情けないくらい涙で濡らした顔で訴えてきた。



『ティーナったら、私の連絡にキドクすらつけてくれないのよ!1日も‼』

「1日で過剰反応するのはどうかと……」

『たかが1日、サレド1日よ!』



 彼女の千晶好きは前から知っている。千晶が連絡を寄越さないくらいで泣きつく彼女のことだ。千晶もたまにはわざと返信せず、エレーナの自立を促すことはある。

 それに任務中なので連絡したくても出来ない可能性もあるのだろう。

 だがこのシスコンロシア人は納得しない。



『私は年中無休でティーナを想ってるというのに……』

「……愛が重すぎませんか?」

『質量があってこその愛よ‼ ああ……実は好きな人が出来て今頃、あんなことやこんなこと……』

「してないと思う……」



 こうして発狂寸前になるのも最早エレーナの持ち味だ。千晶を通じずとも個人的に連絡する紫音は彼女の性質をよく理解しており、時には適当に受け流す技も覚えている。



『シオンはティーナの可愛さに気付いてないからそう言えるのよ‼ 言っとくけどあの子、私のクラスメート達からは圧倒的な人気を誇ってたんだから‼』



 自分達の知らないところで千晶がそんなに人気だったとは……



『妹にしたいランキングの堂々一位なんだから!』



 別の意味での人気だった。

 すると紫音の携帯に連絡がきた。唯花からだ。エレーナに断りを入れてから携帯を開いてみると、メッセージが一件



『将斗の様子がおかしかったんだけど紫音ちゃん知らない?

今回のお仕事が大がかりで、それで緊張してるだけ、ってはぐらかされたんだけど(´;ω;`)』



 大がかりな任務なら紫音も自然と聞かされているはずだ。彼女のバックアップとしての実力は天田達だって理解している。

 脳裏を今朝の将斗の姿がよぎった。ナイフの手入れに失敗するなんて、思えば彼らしくもないミスだ。



(何か隠してる……?)



 将斗と昴が隠しごとをするなら、それは任務に関することだろう。しかし重要な作戦なら、紫音も必然的に任務に加えられるはず。

 紫音に隠さなくてはならない任務。それは一体……?











「事は順調に進んでいる」



 長机を挟んで向かい合う男達。スーツ姿もちらほらと見えたが、中でも存在感を放つのは軍服を着た四人の男だった。胸には金に輝く勲章がびっしりと取り付けられ、軍部でもかなりの立場であることを匂わせている。

 男達は皆、白い肌に灰色の眼。ロシア人だった。


「これまで流出された武器の源……マキシムの居場所に、奴らは乗り込む。彼は殺されるだろう」

「狂犬も同じだ。彼女の存在には頭を悩まされたが……それも今日で終わる」

「ですが……良いのですか?」



 スーツ姿の男がおずおずと手をあげた。



「日本人とはいえ、彼女程の人材を失っては……」

「ふん」



 軍服の1人が不機嫌そうに鼻をならす。



「犬一匹に劣る様では、我等≪ロシア≫の名も廃れる……あやつが功績をあげる度に勲章を用意してやった私達のこと、考えても見ろ。猿の集団でしかない日本人の胸に誇り高きロシアの勲章を取り付けてやる……この上ない屈辱だ」

「しかし……」

「くどいぞ!」



 唾をまきちらさんばかりの勢いで男は怒鳴る。



「仮にあやつがロシアのハーフだったなら……まだ眼を瞑ったろう。しかしなんだ! 領土問題をいつまでも引きずるような恥知らずの国……生粋の日本人だぞ! お前はあんな低能な国の者の力に頼らなければならないほど落ちぶれたのか‼」



 この男はロシア軍でもかなりの反日思想の持ち主だった。自国に海外の者が住み込み、さらにかなりの力を持ったことを……ましてや嫌いな日本国の者であることが気に入らないらしい。

 彼がこの中でもかなりの権力者であることは一目瞭然だった。その場にいた誰もが口をつぐんでしまう。

 ただ一人、常に情報を集めていたイヴァンを除いて。



「シトラニコフ大佐……ルスランより連絡が入りました」



 イヴァンの発言にさっきまで怒鳴り散らしていた男は表情をゆるめた。



「おお、イヴァン。なんだ?」

「まもなく、マキシムが潜伏してると見られるマンションを襲撃するそうです。MI6とアクアフォレスト・カンパニー……戦後の中野学校の出身者。双方のATCを使って」



 たちまち場の空気が凍りつく。しかし軍服の男は愉快そうに手を叩くだけだった。





「待ってくれ、イヴァン」



 会談が終わり、去ろうとするイヴァンを呼び止めたのは軍服の1人だった。階級は大佐だが、勲章は先のシトラニコフよりも少ないし歳も若い方。軍服達の中でも最もカーストが低いのだ。



「モノロフ大佐……」

「君はティーナと仲が良かったのだろう。彼女を殺すなんて、君は……」

「これは上部からの命令です」

「しかし……」

「大佐」



 モノロフを見据えるイヴァンは鉄のように硬く、冷たい空気を醸し出していた。



「私は誇り高きクレムリンのイヴァンです。我が祖国のためなら友を手にかけることだっていとわない。そう鍛えられてきたのです」

「イヴァン……」



 大佐の眼は悲しみで揺れ始めていた。



「ティーナと君を引き合わせたのは私だ。君に日本語を学ばせるのが第一の目的だったが……彼女に向ける君の眼は、愛しい家族を見るのと同じだと……」

「…………」

「私もまた、あの子の悲しみを見てきた身だ。あの子を我が子のように思っている。

 だが……」



 君は違ったのか……

 そう言い残し、モノロフ大佐は廊下の向こうへと立ち去ってしまった。








 羊ヶ丘にある旧マンションで爆発が起きたのはイヴァンとモノロフ大佐の会話と同時刻。漆黒の闇の中、マンション4階で灰色と黒の入り交じった煙が上がるのと同じくして。

 空き部屋からは黒服の男達が銃を手に飛び出した。その数、およそ20人。人質や情報収集のために生かす。普段ならそうするだろうが肉親を奪われた2人にはそんな概念は二の次だった。



『邪魔だ……っ!』



 拳銃ではATCに傷ひとつつける事ができない。紫電の装甲は火花をたてて銃弾を弾き返しては目の前の敵へと近づいて行く。



『退いてもらうよ』



 遠方からパーシヴァルが対物ライフルで壁を、敵を吹き飛ばしにかかる。将斗の目の前で黒服数名が壁と共に木っ端微塵になった。血飛沫は弾丸の熱にあてられ、たちまちにして蒸気へと変わり果てる。



『将斗! ATCが2機、そちらへ向かっている‼』



 兄の声が通信機を通じて聞こえてくる。崩壊した壁の向こうでエンジンを吹かしてATCが2台、垂直に飛びながら姿を現した。いずれも銃をこちらに構えている。

 通路の向こうにいる黒服へ飛びながら将斗は叫んだ。



『頼んだ‼』

『勿論だよ』



 遠くから強いエネルギーが発生するのをレーダーで確認した。しかし相手のATCにはそれを探知するだけの機能は備わっていないだろう。将斗を狙った2台のATC を、強いエネルギーが包み込む。赤い光は頑丈な装甲を焼き、爆発と共に消し去った。

 爆風に煽られ、黒服達がよろめく。その隙を逃すことなく、将斗はブレードで男たちを蹂躙した。

 飛び散った血がベッタリと壁に貼り付き、無数の悲鳴があがる。咆哮をあげながらもう片手の銃で周囲を乱射すると、殆どがその場に崩れ落ちた。



『……流石、速いね』



 ライフルを構えたまま、昴は弟の勇姿を眺め、研鑽した。その背後に、2台のATC が着地する。スナイパーを先に潰しておこうと、別れて行動していたのだろうが。



『僕も負けてられないな』



 振り返るなり向けけられた銃を、ライフルの銃床部を回すようにして弾き飛ばす。相手が使うのはただのマシンガンなので装甲で防ぎきれるが、昴も何人かを殴らないと落ち着けなかったのだ。


 さらに低空でホバリングし、体を回転させながら相手の首を刈るようにして蹴りつける。装甲が砕け、相手の延髄までパーシヴァルの脚が食い込んだ。



  ーパーシヴァル、パンドラ解放しますー



 アンチマテリアルと違い、破壊ではなく貫通に特化した銃弾がレーザーのように真っ直ぐな軌道を描き、相手の胸を貫いた。

 もう1台が背後に回り込んでくる。しかし姿勢を変えることなく拳銃を持った手だけを後ろに向け、もう一度引き金を引く。今度は敵の頭が吹き飛んだ。



『こちら、オールクリア』



 地面に横たわる2つの鉄屑を見下ろし、昴は呟く。あとは将斗だけだ。

実はの裏話


 これまで劇中の3兄妹では昴が一番パンドラを解放させているように見えます。

が、実は千晶がロシアにいたころにバンバンとその力を使っていました。つまり使用回数でいうと彼女が一番多いのです。

 もう一度言います。パンドラの解放の回数が兄妹で一番多いのは千晶になります。

 じゃあなぜ今まで使わなかったのか?それはあまり兄弟に見せたくない事情があるからです。

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