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ルスランの報告

お久しぶりです。

橘千晶奪還編を開始します。

今回は頼もしい千晶が不在な上、救出任務と言うまぁめんどくさい(おい)内容となっております。

どうぞ生暖かい目で見守ってください



 砕け散った窓をすり抜けるようにして侵入し、催涙ガスを投げ込む。視界を潰されたスーツ姿の戦闘員達はむせこみながらも銃で応戦するが、2人の侵入者はワイヤーから軽やかに離れると壁や障害物となりそうなものの陰に駆け込み、隙を見てはナイフと銃で仕留めてゆく。

 2人の侵入者が先に男達の群がる部屋へと入った。もう2人も続く。部屋にいたのはよく知った顔だった。



「ティーナ?‼…くそっ!!」



 襲撃者の実力をよく知る敵は、ナイフで千晶と切り合う。



「なぜだ、ティーナ‼」

「こっちのセリフだよ…なんでマキシムが…!」



 千晶の声は苦痛に歪んでいた。マキシムはハッとした様子で顔色を変え、千晶のナイフを防ぐ。

 ルスランは閃光弾のピンを抜き放り投げた。たちまち激しい光が部屋を埋め尽くす。千晶はそれを合図にナイフを持って突進する。片目を閉じて視力を守っていたマキシムは銃を抜いた。



「…………くそおぉっ‼」



 発砲音が鳴り渡る。


 ルスランとマキシムの眼が強く見開かれる。マキシムの銃は硝煙を吹き上げている。

 千晶は人形のように固まり、そして前のめりに倒れた。胸からは血が溢れ出ており、顔から一気に血の気が引いている。



「マキシム…‼」


「ルスラン…‼」



 スーツ姿の戦闘員達の増援が廊下からやってくる。夜のビルで罵声が響いた。



「裏切り者が‼」


「このクズ野郎が‼」











「マキシムは確かにティーナの胸を撃ちました。その後にやってきた敵の増援で連れ出すのは難しく…俺は一人で逃げました」



 ルスランを取り囲むようにして将斗、昴、天田が話を聞いていた。最初に切り出したのは天田である。



「………相手から何か要求は来てないか?」



 ルスランが答えた。



「何も。だからこそおかしいんだ」

「おかしいね」



 昴も同意した。



「奴らは狂犬を捕らえた。それを利用すれば白夜を交換に持ち出すことだって出来るはずだ」

「………お前達、パンドラの特性を知らないのか?」

「どういうことだ?」



 天田がタバコに火をつける。紫煙が倉庫に漂いはじめた。



「………パンドラは1人にしか使えない。そうプログラムされてるんだ。奴らが白夜を手に入れても、結局は千晶にしか使えん」



 昴と将斗が互いを見る。アイコンタクトで「知ってたか?」と尋ね合い、そして否定の意を示す。



「ジジイ…何で黙ってた」

「………知っても特に意味がないからな、これは」

「重要ですよ。これは。もし敵が知ってるなら、狙いは白夜じゃないことになる」



 天田の隠し事に不満を示しつつも、このままでは話が逸れてしまうわけにもいかず2人は新たな意見を出した。



「なら、千晶を通じてクレムリンの秘密を要求するって線はどうだ?」

「ありませんね。マキシムは諜報部隊の一員だ。今ではティーナより内部に詳しい」

「逆に、僕からの情報を要求してくるのは? 僕はMI6だ。敵に有利な情報なら仕入れやすい」

「………組織に追われる奴に、それが必要とでも?」

「………」



 完全に手詰まりだ。相手の狙いが何なのか、全く読めない。重々しい沈黙が流れた。

 頼もしい同盟の仲間であり、クレムリンのエースであり、家族の千晶を奪われた。しかも生死すらわからないのだ。



「悪い、外の空気を吸わせてくれ」



 断りを入れて将斗は倉庫を後にした。

 潮風の寒さが肌を刺す。しかしそんな寒さも、頭の中のモヤモヤした霧を払ってはくれなかった。

 千晶が撃たれた。捕まった。

 この2つの事実が何度も脳内を飛び交い、思考を妨げる。



「くそがっ‼」



 歯ぎしりとともに声は忌々しげに震えていた。

 知らせを受けてからというもの、悪い方向にばかり考えが片寄って仕方ない。あの妹が簡単に死ぬとは思えないが、胸を撃たれた以上そう考えるのは難しいだろう。人質交換として使われそうなパンドラも価値がない。

 あの事件で亡くなった父が脳裏をよぎった。このままでは千晶を父同様に失ってしまいそうな気がしてやまない。



「ヘマすんなよ…ばか妹…」

「本当だよね」



 いつのまにか昴が背後に立っていた。口調こそ穏やかだが顔には焦りがにじみ出ている。



「正面から胸なんて…あの子らしくない」

「兄貴は…あいつが生きてると思うか?」

「…こればかりはノーコメントと言わせてもらうよ」



 そう言ってタバコを取り出す。彼が吸うのは変装の時のみだが、今回は違うのだろう。彼も冷静さを欠きつつある。



「だが、殺したのなら遺体はどこかに投げ捨てるだろう。それが無いところからすると、奴らはまだ千晶を生かしている」

「取引…か?」

「実はね。僕はそう思ってないんだ」



 怪訝そうに兄を見る。昴は周囲に人がいないのを確認してから将斗を向いた。



「どういう意味だ?」

「以前、天田に言われたことがある」



 ロシアのやつらの動きがおかしい。注意しろ、と。



「あれから僕はMI6の上司に頼んでね。クレムリンの動向を探ってもらったんだ」



 ライターで火をつけ、大きく吸い込む。吐き出した煙は風で細く、長い筋をたてて流れ去った。



「するとロシア軍幹部…クレムリンの上層部と睨んでる人物達がね、ここ最近頻繁に集会を開いていたんだ。その直後だよ。マキシムとやらの失踪の時期はね」

「軍部は最初からマキシムの動きを知っていた?」

「そう。それでいて今回の事態は防げなかった。いや、防がなかったんだ」



 は? と声をあげた。



「なぜ」

「…まだ僕にもわからないが…」



 昴はどこか居心地が悪そうだ。話しづらい内容なのだろうが促すと話してくれた。



「……クレムリンとしては日本で活動する千晶が目の上のこぶだった。だから今回、マキシムをわざと泳がせて千晶を殺すよう仕向けた……これが僕の推測だ」

「こぶって……千晶が邪魔ってことかよ?」



 信じられない。千晶はクレムリンの優秀な隊員で、唯一白夜を扱える存在だ。貴重な戦力をロシアが手放すなんて考えられなかった。



「だがそれは戦力として、だけだ」



 昴はタバコの煙を見つめる。



「日本人なのにロシア軍の暗部に精通し、脅威となるパンドラを扱える。しかも日本では得体の知れない組織やMI6に所属する家族と住んでいる…

 ロシアにとって優秀である反面、扱いに困る存在だったのは確かだよ、僕らの妹は」

「…ふざけんなよ」

「そしてイヴァンはその会合にすべて参加していた…おそらく、彼もグルだ」

「イヴァン…っっ!」



 近くにあったコンクリートの壁を殴り付けた。

 扱いに困るからって、俺達の家族の命は易々と切り捨てられそうになっているのか?

 なによりイヴァン。彼は千晶を信頼している様子だった。千晶もまた、彼を信じていたはずだ。


 なのに、彼は妹を裏切ったのか?


 上層部の命令だからと?!



「将斗、これはあくまで推測だ」

「あながち間違いじゃあ、ありませんよ」



 よく通った声で兄弟は反射的に身構えた。黒い服に身を包んだ山縣と五木が将斗達を見据えている。



「気配を殺して寄ってくるなんて…いい趣味してますね」

「すいません、でも、こうしないとお2人はすぐ隠れてしまうじゃないですかぁ」



 笑いながらも影のある顔で五木は将斗達を見た。昴が静かに問いかける。



「……間違いじゃない、というのは?」



 山縣が言葉につまるような素振りを見せる。五木が代わりに答えた。



「ロシア軍上層部には、千晶さんを快く思わない輩が多いんですよぉ。なにせ日本人。バカにこそすれ、軍のエースでクレムリン唯一のパンドラの使用者なんて、軍としては面白くないじゃないですかぁ」



 話の中身は人種差別のドロドロした問題が見え隠れするようなものだった。


 今でこそクレムリンの狂犬として君臨する妹だが、そこにいたるまで様々な苛めがあったらしいと、彼女の記憶を読んだ紫音から聞いたことがある。千晶はそれを一切話さないような奴だった。本人は気にしてないのだろう。


 だが上層部は違う。血を重んじ、異国の孤児だった千晶がクレムリンに入るのはまだ許せたものの、頂点まで這い上がるとは思わなかった。

 だから彼女がパンドラに選ばれたとき、上層部は面目を気にしたに違いない。日本人だからとバカにしていた少女がめざましい成長を遂げ、さらには唯一の力を得た。他の純粋なロシア人の隊員を差し置いて。プライドが彼らを苦しめたはずだ。


 ロシア軍の頂点に日本人は据え置けない。しかし実力は確かだし、特殊部隊のエースだ。多少の工作をして罪を着せても、軽微な罰しか与えれないだろう。繰り返せば部隊からの不審も招く。


 そこへ舞い込んだのがマキシムの話だった。彼の行動を利用し、千晶を殺させる。手を下すのは自分達ではないし、千晶の死も任務に関係するものだ。パンドラの力は惜しいが、これでロシア軍は威厳を保つ。



「ま、上層部の考えはこんなものですねぇ。MI6との繋がりも十分困り者ですが、彼らにとってはまず威厳を保つ必要があるのですよぉ。千晶さんの所属が特殊部隊なだけに、余計ね」



 将斗は強く拳を握りしめた。指圧により掌の皮膚が裂け、血が流れる。


 五木の言う通りなら、千晶は上層部のエゴのために殺される運命と言われたも同然だった。

 ふざけるな。人の家族をなんだと思ってやがる!



「なぜそう言い切れるのです?」



 今度は山縣が答えた。



「マキシムには香龍会やロシアのテロ国家と通じて、大量の兵器や人材を確保している疑いがかけられています。しかしロシアはそれを見て見ぬふりをしていました。千晶さんほどの人を殺すためなら、半端な武器では足りなかったのですよ」

「ま、直接手を下せば済むのでしょうが表向きにも弱小な勢力で千晶さんが負けたとなれば彼女を知る人達は不審に思いますからねぇ。カムフラージュになるだけの力は必要だったんですよ」



 兄弟が唸るのを確認して山縣と五木は背を向けた。話すだけ話した。あとは自分達で考えてくださいと言わんばかりの態度だ。

 そこへ将斗が最後の問いを投げる。



「ジジイも…それを知ってるのか?」



 答えはなく、2人は去ってしまった。


 取り残された兄弟は潮風に体を冷やしながらもその場を動かない。



「…パンドラの件と言い、天田もなにかを隠している様子だった…」

「ああ。しかも今回の件は紫音抜きでだろ?」

「そうだね…ロシアの不審な動きに彼女を巻き込まないようにしているのだろうが、隠し事が多すぎる」

「ジジイもロシアも信用できない状況、か」

「ところで将斗。あの山縣さんと五木さんだが…天田の部下だよね?」



 ああ、と将斗は頷いた。



「といっても、俺がジジイに弟子入りする前からの教え子だそうだ。詳しい情報は俺にも…」



 将斗と山縣達の方を交互に見て、昴は小さく



「彼らも用心した方がいいかもね…」



 と、呟くのだった。







「山縣さん」



 五木が山縣の隣に並ぶ。その姿は一緒に歩く恋人と言うよりも、仲の良い兄妹のようだった。



「このままだと千晶さん…」


「ああ、…死ぬな」


「なら……」


「だが望みはまだある。奴等が千晶さんを生かしている今のうちに次の手を打っておくぞ」



 五木はどこか寂しそうだ。不安、と呼んだほうがいいかもしれないその表情に山縣は小さく笑う。



「怖いのか?」


「ええ、だって…」



 その頭を山縣は乱暴に小突く。



「決めただろ。自分達に課せられた任務…」


「…ええ」



 山縣は渋々だが前を見た。



「あの方が、望んだことですから…」

おまけコーナー


NG集……

その1


ルスラン「裏切り者がっ!」

マキシム「このクズ野郎が!」

ルスラン「はぁっ?‼クズはどっちだよ、裏切り者のお前なんかより100倍マシですぅ~っ!」

マキシム「なに言ってんだよ、メソメソ泣いてばっかりの鼻垂れルスラン君が言えた口かなぁっ⁉」

ルスラン「鼻垂れは減ったし‼大体マキシムこそ……」

マキシム「じゃあおねしょは減ったのかよ!お前はいちいち……」

二人「「やーい!やーい!お前の母ちゃんでーべーそー‼」」

千晶「……いつまで続くの?」




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