氷雪の音楽隊
氷雪の音楽隊編はこれで最後になります。
「……で、命は助けてくれたわけか」
全身に電流でやけどを負ったユウヤはブレーメン内部のナノマシン治療を受けた後、全身包帯ぐるぐる巻きにされた状態で話していた。一見するとミイラが動き回ってるようでかなりインパクトのある光景だ。
「紫音の頼みだし、兄貴にもナノマシン治療を施してくれたからな。今回は見逃すよ」
ブレーメンの子供達は人懐っこいのか、すぐさま将斗に話しかけていた。器用に肩車をしてやりながら将斗はユウヤと話している。紫音はそんな2人を微笑ましく眺めていた。ちなみに昴は医務室で治療中。
「た、だ、し!また紫音にちょっかいをかけたりしたら今度は殺すからな」
「ああ、心得とくよ。お前の仲間を思う気持ちもわかったしな。まさかそれだけでパンドラを使えるようになるなんて、大したものだ」
ユウヤの表情からは将斗への敵対心が薄れていた。家族を思う気持ちでパンドラを開放した彼に、ある種の信頼を寄せ始めたようにも見える。彼は保有者を売り飛ばしたりするような奴ではないと知ったのだろう。
「なあ………すまないが、シオンと2人で話をさせてもらえないか?」
将斗が訝しげな表情を向ける。まだ紫音をたぶらかすのかと、その目は訴えていた。
もう引き留める気はないよ、とユウヤが身ぶりで伝え、紫音も首肯く。将斗は2人を見比べるようにしてから、
「わーったよ、兄貴の様子でも見てくる」
と、子供達を肩車&手を繋ぎながら離れていった。
「シオン………甲板へ」
ユウヤに誘われ、紫音は踏み出した。
苫前の荒波と強風に肩を震わせながら、デッキへと足をのばす。時々海の飛沫が飛んでくるが、気にはならない。
ユウヤはまだ暗い空を仰いだ。
「……パンドラを使う人間にロクな奴はいないと思ってた。皆、私利私欲のため………俺も含めて、そんな奴しかいないと思ってたよ」
「私達だってそうです。結局は復讐と、身内を守るためだけに………」
「いや、家族を守る気持ちがあんなに強い人間は………17年ぶりに見たよ」
「17年?」
紫音は首をかしげる。
「俺達施設の子は、施設が出来た当初から国や過激派組織のターゲットだった。逃げるように施設を出た俺達は、マサトと同じように仲間のためなら命も投げ出すような………先輩達に守られてきたんだ。もう17年前の話だよ」
「そんな………」
「ま、もう昔の話さ」
軽く笑ったユウヤの横顔はベンチで話したとき同様、懐かしむかのような穏やかさを含んでいた。
「生き残った俺達は、先輩達の遺志を無駄にしたくなくて、こうして仲間を助ける活動に身を投じてるんだ」
「私達は………テロ国家に復讐するために動いてます」
「ああ。だが結局は俺達同じ、テロ国家と敵対する関係だろ?」
ユウヤはそう言って白い歯を見せてニカッと笑う。
「今後、お前らがテロ国家に殴り込むときは呼んでくれよ。助けてくれた礼もあるが……同じ敵をもつ者として、助けにいくから」
「そんな………でもユウヤさんには仲間が………」
「ああ、皆で殴り込む。お前を助けるためなら皆、力になるさ」
ユウヤの存命に一役買った紫音はブレーメンの全員から感謝される形になった。ユウヤがいないと船のステルスもシールドも使えないし、彼女はブレーメンの存続に貢献したのである。
遠回りになってしまったが、デヴィの時のような失敗は防ぐことが出来た。仲間を救ってほしいとの彼からの願いはある意味達成できたといえよう。
今後、ブレーメンは新たなる仲間を助けに旅に出る。きっとデヴィみたいな保有者の多くの命は彼らによって救われるだろう。
そこで紫音は、1人の女性の存在を思い出した。
「あ、ユウヤさん………」
デヴィという少年から聞いた人で、と前置きをして
「パメラ………って人に心当たりはありますか?施設にいたらしいのですが………」
するとユウヤの表情がみるみるうちに驚きへと変わっていった。
「パメラ………?」
「え、ええ………デヴィの話と記憶から見た限りですが」
呆然としている様子から、知り合いなのだろう彼女がデヴィ達に伝えていたことを簡単に話した。
生きるのを諦めないよう謳った彼女のことを………
ユウヤはしばらく黙っていたが、やがて低く、くっくと笑いだし………
大きな声をあげて高らかに笑った。
彼のほほ笑みとかは何度か見たが、こんなに幸せそうな笑いかたは初めてだった。よほど嬉しかったのか、目には涙を溜めている。
「そうか………パメラが………彼女が………」
何度も何度も大粒の涙をこぼし、ユウヤは笑い続けた。
パメラの名を、紫音への感謝の言葉を連呼して………
………………。
「………悪い、山縣さん。ジジイには俺から………」
結局はテロ国家ブレーメンは仕留めず、彼等は次の地へ旅を始めた。ブレーメンの音楽隊は自分達の楽園を探し、旅を続ける。きっとこれからも。
将斗達の負傷のため、山縣が運転する車で3人は小樽へと帰っていった。
「相手もパンドラを持っていたんです。無事に帰れただけで立派ですよ」
控え目な返事をし、山縣はバックミラーで紫音の姿をチラリと見た。
「紫音さんが連れていかれなかっただけ、十分な成果ですし」
「ん?山縣さん、なんか言った?」
「いえ、何も………」
紫音は窓の向こうに続く海を、カモメの群れを眺めていた。
彼等が船で並んで、こちらに手を振っているような気がした。今はあのステルスで見えないが、きっと近くにいるような気がする。
彼等のおかげで保有者の情報を得ることができた。彼等は他のテロ国家と違うのだと知ることも出来た。
ふっと、世界が切り替わる。地平線の世界。そこにはユウヤが、そしてブレーメンにいる保有者全員だろう。オギノの姿も見える。
彼等は紫音に節度のある敬礼をした後、柔らかくほほ笑みかけた。紫音も笑い返す。
また、会えますか?
ああ。また会おう。必ず………
そんなやり取りをして………
「あ!母さんと千晶への土産!」
将斗の悲鳴で意識が引き戻される。同時に山縣以外の全員が顔色を変えた。
「しまった………ドタバタしてたからつい!」
「ど、どうします⁉」
「や、山縣さん、留萌には利尻昆布売ってるかな⁉」
すっかり忘れていた任務を思い出し、騒然となる車内。
留萌でよさげな漬け物とか買えたし、解決したが。
「そういや兄貴。母さんの知人とやらに挨拶はしなくていいのか?」
「ああ、もう大丈夫だよ。母さんの浮気って可能性も否定できる証拠は揃ったしね」
「………それで1人行動してたわけか」
……………。
山縣に礼を言い、橘家の前で降りる。山縣は会釈した後、車を発進させた。
家には千晶はいなかった。任務が長引くこともあるし、特に珍しいわけではない。
お土産の漬け物を冷蔵庫にしまいこみ、紅茶を淹れて3人は一息つく。
「……今回は疲れたな……」
「ああ……本当だよ……」
「あ、待ってくださいね。私、茶菓子用意しますから」
キッチンへ向かう紫音。そんな彼女の後ろ姿を眺め、昴は………
「……やっぱり紫音ちゃんの体は触り甲斐がありそうで………」
「こら」
カップの紅茶をかけてやった。
「あつっ?!熱うっ!何するんだ将斗!」
「病み上がりだからってハメを外しすぎんなよ」
いつもみたいなやり取りを始める兄弟。
テロ国家と一戦交えた緊張感から解き放たれ、浮かれていたと言えた。
リビングに置いた荷物の中の端末に、着信がきていたことも知らず………
「山縣さ~ん、お疲れ様です」
モルゲンに戻ってきた山縣を見て、笑顔を弾けさせる五木。テキパキと荷物を片付けながら山縣は携帯を取り出した。
「五木。そちらの変化は?」
「いいえ、今のところ、全て順調ですよ」
「そうか。ならすぐ次にかかろう」
「え?山縣さん、休まないのですか?」
「クレムリンのこれまでの不審な情報収集の状況………おそらく、今夜あたりだな。俺達は防ぐために、ここにいるんだ」
メール
To:将斗
from:天田
クレムリンのイゴールから報告あり。
本日00:30頃、クレムリンの任務中に橘千晶が敵の奇襲を受け負傷・拉致された模様
尚、ATCは強奪されていないとのこと。
これはイゴールからの救助応援要請である。確認次第、連絡せよ。
「彼等が全てを失う、その前に」
そう告げる山縣の顔は神妙で、かつ高揚感を見せていた。
終わりました。氷雪の音楽隊編。
紫音と同じ保有者で、なおかつパンドラの使い手でもあるユウヤと言う人物について補足します。
彼はぶっきらぼうで将斗に近いキャラですが、過去に辛い経験をした分、仲間を救いたいという意識が強いです。それだけだったら将斗達よりも強いと言えるでしょう。
また、ダブルフェイスにも存在だけちらついたパメラと面識があります。二人は施設で知り合った仲です。
それからステルスですが、これはワケアリの能力のため、ユウヤは能力作動から6秒間しかライゼの姿を隠せません。過ぎたら強制解除されます。
ライゼはドイツで「旅」を示します。
さて、最後の最後で怪しい空気になりました今回。次回からはどうなる?「橘千晶奪還編」になります……が、
作者の仕事の都合上、次の投稿がいつになるかわかりません。申し訳ありませんが、しばらくおまちください。




