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パンドラ・起動

将斗がようやく主人公らしくなる回です。決して作者は将斗を「アッカ⚫ーン」な扱いをしようとは思ってません(震え声)



 光を放っても昴やユウヤのと違い、まだ小さなものだ。それを確認してユウヤは震える体を落ち着けさせ、息を吐く。


『まだ能力までは目覚めてないか……ならお前が勝つ見込みはなさそうだな』


『………………』


 そうだ。またお互いが立ち上がっただけで、将斗が不利なのは変わりない。

 だから考える。僅かな時間のなかで、少しでも優勢になれる手段を。



 ………将斗に合ったスタイルは………



 いつしか千晶が教えてくれたものが脳裏をよぎった。

 自分が得意なもの。それをこの戦闘にどう繋げるか?

 さっきまで闘っていた自分を思い出す。ユウヤに対向できる術のヒントを、必死に手繰り寄せ、イメージし………



『………………』


『………?』


 将斗のとった行動に、ユウヤは首を傾げそうになった。

 半身になると対甲ブレードを胸の前に構え、肘にゆとりを持たせる。そしてそこから一向にに動かなくなったのだ。


 ユウヤはそんな戦いかたを今まで見たことがない。


『……何の真似だ』


『なんだ。ふざけてるように見えるのか?』


『ああ。すっっごく』


『……少し傷付く言われようだな……』


 傷付いても動く様子はなさそうだ。

 だがユウヤとしては焦りを押さえれなかった。いくら頑丈なシールドを持ってしても、敵のパンドラはまだ能力を見せていない。厄介な能力なら今のうちに、まだ目覚めさせてないうちに潰すのが賢明なのだ。マシンガンを収めた様子から敵の装具を確認する。


(さっきので弾は使いきったのか?………対甲ブレードだけで闘うつもりのようだな)


 接近戦のみで勝つつもりだとしたらこちらに分がある。いくら近接戦闘に強くても、ステルスがあるかぎりこちらから不意を突くことが出来るからだ。

 ユウヤのATCが持つ銃は昴みたいに同じATC 相手にダメージがを与えれるような代物ではない。与えれるとしたら彼の持つ対甲ブレード。


『……不完全とはいえパンドラを解放したんだ。さっきみたいに手加減は出来ないぞ』


 将斗は黙ってブレードを構えたままだ。

 降参する気はないのだろう。なら、こちらも徹底的に叩きのめす必要が出る。


 深く息を吸い、そして小さく吐き出す。


 瞬間、ユウヤの姿が姿が景色の中にフェードアウトした。

 将斗のレーダーにはユウヤの機体の位置がわからない。電子演算処理機能に優れた昴の機体でさえも見つけれなかったのだ。将斗の紫電で捉えることなど出来やしない。

 姿を消したユウヤは確実に将斗の懐に忍び込む。


(だが………!)


 瞬間、対甲ブレード同士のぶつかり合う音が鳴り渡った。


『なに………っ‼』


 声とともにユウヤの姿が現れる。将斗と正面を向き合うような形でナイフを突き刺していたのだが、将斗のナイフは確実に敵の攻撃を防いでいた。

 反射とも呼べる動きで直ぐ様将斗から離れる。姿はふたたび無へと溶け込み始めていた。


(防がれた⁉)


 驚きを隠せない。なぜ相手は姿も見えない自分の攻撃を防げたのか?

 追撃はせず、将斗がふたたび構える。


『………くっ‼』


 まぐれも有りうる。再度消えたユウヤは将斗の横に入り込み、またナイフを向けた。


『させるか………!』


『な………っ‼』


 ギイイィンッッ‼


 だが将斗は再び攻撃を防いでみせた。今度はさっきよりも素早く、ユウヤの右腕まで掴む形で。


『ばかな!』


 あり得ない。

 なぜ優れた演算機能を持たない敵がここまで防いで見せるのか⁉


(まさかこれが奴のパンドラ⁉)


 だが将斗の機体は未だ弱々しい光をはなっており、能力を使える筈がない。


(ならなぜ?‼)


 もう一度姿を眩まし、離れようとする。そこで将斗がようやく動いた。


『そこかぁっ‼』


『?‼』



 見えないにもかかわらず、瞬時にユウヤのいる場所まで詰めてきた。鍔迫り合いを起こす2つのナイフ。


『どうしてわかる………!貴様の機体の能力か⁉』


『そんなの………ねえよ‼』


『?‼』


 鍔迫り合いを制したのは将斗だった。片手でユウヤの腹を殴りあげ、追撃としてナイフで突く。切っ先はユウヤの左肩に深々と刺さった。


『っっ‼』


『っらああああああ‼』


 抜いたナイフの柄を側頭部に叩きつけた。ユウヤの頭に激しい痛みとノイズが走る。

 人の頭は正面、後部に強いが側頭部は弱くできている。いくら装甲で守られてもそこを殴られては脳震盪を起こしやすいのだ。


 よろめき、ステルスが完全に解ける。両者は肩で息をしながらにらみ合った。


『……パンドラのステルスを見破るなんて、できるはずがない………』


『まぁ、そうだろうな。俺のレーダーにもお前は捉えれなかった』


『なら………』


『だが、気配は消せない。ましてや殺気を放つならな』


『な………?‼』


 そう、答えはあまりに単純だ。

 将斗はユウヤの姿を紫電の能力で探知したのではない。


 彼には特技として、今も磨き続けているものがある。


 剣道娘から定期的に学んでいる剣術


 かつて将斗が曾祖父から引き継いだ居合い。


 剣術は精神を研ぎ澄ませ、常に集中し続ける極意とも呼べる。それは迷いなき一閃に繋り、あらゆるものを一刀両断する力になるのだ。

 さっき将斗は、ユウヤの殺気から身を守ることが出来た。いくらステルスで見えなくても、集中して気配を感じ取れば彼の襲うタイミングは見えてくるのだ。


 集中の果てに見える水のように静かで、鏡のようにすべてを映す水のような世界。そして将斗は剣の切り返しを得意としている。ユウヤの攻撃を後から防ぐという快挙を成し遂げる要因はここにあった。


 気配だけで敵の攻撃を見切るなど、普通は神業とも呼べるだろう。しかし剣術で技と心を鍛え上げ、なおかつ普段の任務で常に生死を分けた闘いに挑んできた将斗だからこそ可能とする技だった。


『心眼と呼ばれる技か………!』


『そんなのマスターしてたら目をつむったままお前と闘えてるゎっ!』


 もう一歩踏みこみ、将斗はユウヤのナイフを弾いた。







 一方、船の中はてんやわんやの騒ぎとなっていた。

 ATCを使うユウヤの劣勢に、これまで彼の力に頼ってきたクルーたちがパニックを起こし始めたのだ。


「砲撃しますか⁉」


「バカ野郎‼リーダーまで巻き添えをくらうぞ‼飛行ユニットの予備は‼」


「残り6機です!」


「全ユニットを射出してください‼」


『そうはさせないよ』


 通信回線に紛れ込んだ男の声に、一同はどよめく。


『それ以上怪しい動きをしたら僕が船を沈める。さっきからシールドもステルスも張ってないところからして、それらはあのATCと船が連結している時のみに使えるのだろう?』


 何人かがごくりと唾を呑む。

 クルーしか知り得ない情報を知っている。それはユウヤの機体の性能を知る者………


「昴さん⁉」


『ああ、紫音ちゃん。無事なんだね。良かった良かった』


 モニターに映されたのは倒れていた紅いATC

 しかしあれは倒れたはずでは………


『悪いけど、まだ倒れるわけにはいかなかったんでね。不思議な薬を打って、痛みを止めただけさ』


 よかった。生きていた。

 安堵のあまり涙を浮かべるが、疑問点がひとつ。


「不思議な薬?」


『………今は聞かないでくれるかな』


 かつて橘家の妹が使っていたドーピング剤。副作用の強いそれを打ってまで立ったとバレては後で散々説教をくらいそうなので、昴はごまかすことにした。


 紅いATC は肩から強い光を放ち、銃を船に向けている。立っているだけでも辛いだろうに、体力の消耗が激しいそれを放てば命に関わるだろう。紫音は顔色を変え、マイクにすがりつく。


「やめてください、昴さん!そんな体で撃てば、命が………」


『命が無くなるのは怖いね。でも大丈夫だよ。僕は家族愛に満ちた変態なんだ。変態ってのはしぶとくてね。いくら死にかけても立ち上がるんだよ』


 きっぱりと良い放つ昴。言ってることは最高にカッコ悪く、それでいて頼もしいくらいに強かった。


 援護することも出来ず、歯軋りをするブレーメンのクルー達。

 その後ろでなにも知らない子供達が、ユウヤの活躍をモニターで見ようと忍び込んでいるのに気付いたのはごくわずかだった。








『船が………!』


 敵の動きに気付いたユウヤが昴に駆け寄ろうとする。しかし将斗が立ちふさがり、ナイフを突きつけた。


『……さっきからお前はステルスとシールドを同時に展開してないよな。まさか複数の能力を同時に使えないのか』


 将斗はナイフを持つ腕に力を入れた。


『ステルスは俺には通用しない。シールドも、俺と兄貴の連携でどうとでもなる』


『………降参しろと?』


『まさか。死んでもらうと言ってるんだよ』


 死に神の宣言を受け、ユウヤは肩をすくめた。


『……確かに、俺たちの負けが見えてきたな』


『………………』


『………だがな』


 言葉に力が込められる。


『お前らが兄弟とやらを守りたいように………俺も船の皆を守んなくちゃならないんだ』


 ブレーメンのクルーは保有者ホルダーや難民ばかりだ。子供だっている。

 ユウヤが死ねば彼らは生きる手段を失ってしまう。たちまち科学者たちの的にされてしまうのだ。

 負けれない。死ねない。

 彼らの命はユウヤが背負ってると言っても過言ではない。


『だから………そこを退けええぇっっ‼』


『?‼』


 デバイスが開き、シールドが展開される。将斗のナイフは弾き飛ばされ、海の中へと落ちていった。


『っ、このっ‼』


 負けじとシールドに両手を押し当て、踏ん張って見せる。両手にシールドのエネルギーが熱として流れ込み始めた。焼けるような痛みが指先から、肩へと伝う。


『っ………ああああああああああっ!』


 出力全開。互いの残った力をフル活用。それは莫大な力となり、2人を中心に足場に亀裂が走る。


『俺は………死ねないんだっっ‼』


『ざけんな……こっちだって兄貴と紫音の命を背負ってんだよ‼』


 シールドで将斗を後ろの防波壁に押し付け、そのまま潰す算段だろう。将斗の機体が徐々に、徐々に後ろへ下がって行く。


『将斗!』


 昴が反応するが、船とにらみあってる以上動くのは厳しいだろう。なにより彼は腹に深い刺し傷をおっているのだから。


『くたばれ………!』


『こっちの台詞だ、くそ野郎が‼』


 腕の筋肉が痙攣を始める。エネルギーによる刺激は腕の皮膚を裂き始めていた。

 紫電が将斗に危険エマージェンシーを訴える。腕の装甲が悲鳴をあげ、熱で伝導線が焼かれ始めていた。

 憎悪に満ちたユウヤの声が響く。


『呪われた人種が………お前らがいるから、俺達は‼』


 呪われた。パンドラを使う者を彼はそう称する。

 確かに、人殺しの自分達を綺麗な存在とは微塵も思っていない。


(だがな………!)


 家族を確かに守りたいと思うこの気持ちは否定させない。

 確かにユウヤも仲間を守りたいと思う気持ちは強いようだが、自分の思いがそれに劣ってるなんてありえない‼言わせない‼‼


 解放されたパンドラの力は確実に紫電の体を破壊し始めていた。


『お前の仲間想いは認めるよ。だから………』


 なぁ、と将斗は愛機に話しかける。


『俺の家族を守りたいって気持ちも負けてねえって………証明させろ‼応えろ‼パンドラ‼‼』


 張り裂けそうな痛みを押しきるように吠えた。





 ――解除許可・承認――




 呼応するかのように、紫電が唱える。





 ――紫電・パンドラ開放――




 弱々しかった光は強く輝き、胸の装甲が大きく開く。

 機体から放たれる電流は蛇口を捻った水のように無限に溢れ出て、紫電の機体に、そしてライゼにまとわりついた。


『な………!』


 今度はユウヤの機体が悲鳴をあげ始める。無限の電流がライゼを乗っ取るかのように流れ込み、中の線を焼き切り始めたのだ。モニターが一気に歪み始め、全身から警告の合図が送られてくる。


(電流が⁉まさかこれが彼の能力パンドラ?‼)


 このままでは動かせなくなる‼先にけりをつけるべく、ユウヤはシールドを押し付ける力にすべてをかけた。

 将斗の機体の足先がコンクリートに沈み始める。しかし………


『っっ、………ああああああああああっ‼‼』


『?‼シールドを?‼』


 溢れ出る電流がシールドにぶつかり、やがてその守りを薄くして行く。

 電磁力により将斗の前にもシールドが生まれ始め、それがユウヤのシールドと波長を合わせたのだ。波長が同じエネルギーは相殺されてしまう。

 ユウヤの最大の守りは今、破滅を迎えようとしている。


(波長まで調整できるなんて、なんて力だ‼)


 シールドが消えればライゼに防御の術はない。

 空いたユウヤの両手を将斗は掴んだ。

 咆哮とともに流れ込む、圧倒的なエネルギー

 ライゼの装置はショートを始め、電流が中のユウヤをも襲った。

 叫び声をあげ、ブレーメンの指揮者リーダーは消えかかる意識の最中、自分を慕ってくれたクルー達の姿を思い描く。


 このまま指揮者ユウヤが死ねば。


 残されたか弱い仲間クルー達はどこへ向かい、旅をすればよいのだろう?


 そんな一握りの不安を残して。









『ブレーメンは……敗けを認めます』


 マイクを引き寄せ、苦々しげに語るカンナの顔色は優れない。リーダーがやられ、船にはパンドラに対抗する手段がないのだ。この判断は的確と呼べるだろう。


『私達を政府に引き渡してもかまいません………ですのでユウヤの………リーダーの命だけは』


『……それはできないな』


 兄弟はあくまで冷徹な答えで返す。


『彼のパンドラの能力は危険だ。今後も僕らと敵対しないとは限らない』


『あなた達に抗うような行為をしないとも誓います。だから………!』


『俺らはお前らテロ国家を信用しない。さっきだって………紫音を引き渡すつもりはなかったんだろ』


 クルー達が絶望のあまりに呻き声をあげる。当然か。希望であったユウヤが死ねば、彼らにはこの船で生き延びることなんて出来ないのだから。

 どちらも間違ってはいなかった。だが、どちらも正しくはなかった。互いに信用できない不安を胸に臨んだ結果、戦いはおこり、こうして勝敗を決したのだから。


 するとスピーカーから新たな声が聞こえてきた。ヘンリーだ。


『な………なぁ、俺ら大人は殺してもいいからさ………子供達だけは見逃してくれよ‼』


 その単語に兄弟はピクリと反応する。


『『子供達?』』


 刹那、スピーカーに乗せられ様々な声が飛び交ってきた。



 ユウヤを殺さないで。僕たちを助けてくれたの。お願い。ユウヤは悪くない。みんな、いい人なの………



 騒ぎ立てるようにこだまする声は皆、幼い子供達のものだった。


(っ?‼)(子供達まで保護してるのか⁉)


 2人が思い出すのはもちろん、幼き頃の自分達。

 あの事件で失い、涙も渇れ果てた頃。

 当時は家族を失った辛さに胸が引き裂けそうな痛みを感じ続けてきた。


 今、ユウヤを殺せばブレーメンは生き残れない。

 そうなれば子供達は………


『俺達クルーは家族なんだ‼お前らも、家族を失った痛みは知ってるんだろ?子供達にはそんな思いをさせたくねーんだ!頼むよ、この子達だけでも‼』


 懇願するヘンリー。余計なことを言わなければよかったと将斗は後悔した。ヘンリーを捕虜にしたとき、彼に身の内を話さなければ、こうしてつけこまれることもなかったのに。


『………私からも………お願いします』


『紫音………!』『紫音ちゃん……』


 控えめな声が投げ掛けられる。二人はショックを受けた。

 紫音は完全に、こちらと同じ意見だと思っていたばかりに………いや、子供を前に非情になりきれない、迷っている時点で、自分達も甘かったのか。


『将斗………昴さん………私、この子達に………二人みたいな辛さを味わって欲しくないんです。きっとユウヤさんを死なせたら、あの時の私達みたいな思いを子達達が背負うんです………』


 それはこれからもずっと………


『それに、ブレーメンの助けを待ってる子達だってたくさんいるんです。だから………』


 兄弟は奥歯を噛み締めた。


 将斗がようやくパンドラを起動できるようになりました。

 将斗が………将斗が………珍しく活躍してます(⬅おい)

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