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テロ国家のパンドラ



『まさかATCまで持ってたなんてね……』


 濃い緑色の装甲を纏ったそのデザインは、昴達の機体によく似ていた。一番近いので将斗の紫電だろうか。違いがあるとすれば肩甲骨にあたる部分に生えている、折り畳まれた翼のようなデバイスが取り付けられていること。


 スピーカーによりくぐもった声でユウヤは言った。


『あの威力……やはりパンドラか』


『ご明察。そちらも、もしかしてパンドラを搭載しているのかい?』


 返事はない。しかし僅かに身を倒した途端、急発進して昴へと接近してきた。

 その動きは流れるように美しく、昴の横へと入り込む。間違いない。旧式の機体では再現できない動きだ。





「ATC ………?‼」


 操縦室のモニターからその姿を確認した紫音は絶句してしまった。


(それも将斗たちのと近い………?‼)


「システム、オールクリア!

 ATC・コード・ライゼ

 作動します‼」


 オペレーターの合図に合わせてユウヤが攻撃を始めた。







 狙撃主ゆえに接近戦なら勝てると踏んだのだろう。対甲ブレードを抜くなり斬りかかってくる。動きは軍のナイフ戦闘で使われるような、無駄な動作を一切無くしたものだ。


(流石に速いな………!)


 昴だって負けてはいない。彼は銃の近接戦でも将斗と互角に張り合えるのだ。ホバリングで浮かせた体を利用し、切っ先をかわしてみせる。

 隙をついてユウヤがブレードの柄を胸で押すようにして突っ込んできた。狙うは昴の心臓


『取った‼』


『まだだよ‼』


 ライフルの銃口を握り、苅るように振り上げた。ユウヤは寸での所で踏みとどまり、その鼻先を銃床が掠める。

 杖術にあるような動きで銃を持ちかえ、ユウヤの腹に照準を合わせた。


『!』


 ユウヤの機体が腹部から紅い光を放つ。しかし昴も止まることなく、引き金を引いた。


 ――パンドラ・起動――


 体力の消費が激しいシステムだが、このチャンスは逃せない。

 ゼロ距離からのアンチマテリアルライフルの威力。そこにパンドラのエネルギーを上乗せ。

 いくらパンドラ搭載のATCでも、耐えられない





 はずだった。

 拳以上の大きさを誇る銃弾はその腹を突き破ることはなかった。確かに撃った手応えはある。


『……それが貴方のパンドラの力ですか……!』


 ユウヤの腹には確かに弾丸が存在していた。存在し、別のエネルギーと拮抗していた。


 背中のデバイスが前側に移動し、パラソルの骨組みみたいに開く。そして骨組みが広げられる範囲内に、シールドが展開されていたのだ。弾丸がシールドとぶつかり合い、やがて限界を迎える。


 敵はシールドを展開しているのだから大丈夫だろうが、パーシヴァルにはそんな守りは存在しない。合金の装甲と、パンドラで出力を上げた機体だけだ。

 押し合いの勝負に負けた弾丸が爆発を始める。


(まずい‼)


 加速して避けようにも体勢が不安定だ。ホバリングで避けることが出来ない。

 そんなパーシヴァルの機体に、後方から飛んできたワイヤーが巻き付く。


『?‼』


『何っ⁉』


 驚きの声を上げたのはユウヤだ。昴を捕らえたワイヤーはこれでもかという力で機体を引いた。パーシヴァルがその場から一気に離される。

 一気に吹き上がる熱風と衝撃。装甲の表面が受けたダメージが目の前に表示されるが、もし離れることが出来なかったら昴自身も大火傷を負ったに違いない。

 兄を手前に引き下がらせ、将斗はワイヤーを戻した。


『悪い、遅くなった……損傷は?』


『装甲を少しレアに焼いたぐらいかな………助かったよ、将斗』


『軽口を言う余裕はあるんだな。助けなくて良かったみたいだ』


『そんなことはないよ。連続してパンドラを使うと体力の消耗が激しいんだ』


 通信機越しだが昴の声は少し弱っていた。将斗は兄を、次にユウヤを見る。


『……兄貴らしくないな。歳じゃね?』


『少しは頑張ってる兄を労ってくれないか?』


『冗談だよ。兄貴を追い込むぐらい強いんだな?あいつは』


 将斗には昴が死角となり、ユウヤのシールドが見えなかった。しかしエネルギーが兄の近くで集束されるのがわかったから、無理矢理引き剥がしたのだ。


 敵の腹部の装甲が不自然に割れ、そこから紅い光が漏れ出している。兄の機体の肩と同じような現象だ。


『パンドラを2つも………!』


 忌々しげな声が聞こえてくる。兄を下がらせ、将斗は対甲ブレードとマシンガンを抜いた。


『援護を頼む』


『ああ……敵の能力はパーシヴァルの弾も防ぐほどだ。シールドを妨害する。その隙を突こう』


 将斗は頷き、ユウヤに向かって駆けた。

 ユウヤはシールドを止め、将斗へ銃を撃ち始める。しかし紫電の速度はATCの中でも右に出るものはない。

 銃で迎撃しながら加速して横に入り込み、その脇腹に対甲ブレードを突き刺す。動体視力に優れているのかユウヤが先にホバリングで回避する。将斗のブレードは機体の脇腹を掠めただけだった。


 だが終わらせない。


『兄貴‼』『いくよ!』


 離れた昴が浮いたユウヤに向かって発砲した。直ぐ様デバイスからシールドを展開し、それを防ぐ。その背後を将斗が回り込んだ。

 連射機能のフル活用。機体のエンジンに向かって無数の弾丸を撃ち込む。いくら装甲が硬くとも、内部はまた別だ。中に撃ち込まれた弾は確実にエンジンにダメージを与えてゆく。

 エンジン部が小さな爆発を起こし、ユウヤの体勢が揺らぐ。同時にヘカートの弾丸がシールドに相殺され、将斗達の頭上で大きな煙とともに空間が破裂した。


『ホバリングは使えないはずだ‼』


『ああ、将斗!体勢を直そう‼』


 空の起動が不可能になれば、勝算があがる。次の攻撃に備えるべく将斗はブレードを構えた。ここから先は純粋な接近戦になるだろう。

 周囲にはまだ飛行ユニットが散開している。

 煙がまだ立ち込める中、ユウヤの姿は確認出来なかった。


『しかしシールドなんて、随分な技術を……』


『飛行ユニットといい、奴等の兵器はかなり充実してるね』


――認証・確認――


『兄貴。まだ撃てるか』


『体力的には厳しいけど、いけるよ』


――承認・完了――


『とはいえシールドがまだ厄介なのは事実だ』


『ああ、確実に削っていこう』


――ライゼ・パンドラ起動――


『煙が消える!将斗!』


 将斗は上空を警戒した。


 ユウヤが堕ちてくるタイミングを図って………


『……え?』『何………?』


 しかしユウヤは堕ちてこない。

 視界が開けてもあるはずの機体が居なかった。

 爆発で木端微塵になったか?

 しかしあのシールドを展開していた状態で、それは有り得なかったはずだ。


『居ない………?』


『一体どこに………』


 飛行ユニットはまだ空を滑空している。

 昴はそれらの数を数えた。

 パーシヴァルの演算装置で敵が打ち出した個数と撃破した数は数えていた。レーダーにもハッキリとその動きが映し出されている。


『?‼』


 鋭い長兄はすぐ、その異変に気付いた。


 あるはずのユニットが一機、姿を消しているのだ。


 それもレーダーでは確認出来ないくらいに。


『将斗!』


 早くこちらに戻れと指示を送ろうとする。

 背筋が一気に寒くなった。

 敵の意図はまだ読めないが、直ぐ様体勢を整える必要がある。

 しかし指示を送ろうと、それがかなわない状況が発生した。


『?なんだ‼』


 散開していた飛行ユニットが急に将斗へ攻撃を始めたのだ。銃とブレードで対処できるが、大量に来られたらまともに動くことが出来ない。昴の銃で撃ち落とそうものなら将斗まで巻き込んでしまう。


 威力の低い拳銃を抜いて援護しようとしたときだった。


『あ………』


 拳銃を持つ手から力が抜ける。


 視界がボヤけ、膝から崩れ落ちてしまった。


『な………!』


 飛行ユニットを2機撃ち落とし、兄と合流しようとした将斗は目を見張った。

 紅い機体を踏みにじるようにして立つ緑の機体

 兄の背から生えるように黒い柄が光る。その刃は深々と昴の体に突き刺さっていた。


 ナイフが抜かれる。刃を伝う鮮血はポタポタと音をたて………



『なにを………してんだテメエエエエェェッッ!!』


 後先なんて考えなかった。思考を感情に支配され、頭のなかは真っ白になる。

 それでも怒りを隠すことなく、将斗はユニットの間をくぐり抜けユウヤへと直進した。

昴が死にました(冗談です)

敵のパンドラの本当の能力の詳細。それは次回わかります。


おまけコーナー


昴「僕、やけに腹を刺されない?」

千晶「昴兄はそれが運命なんだよ」

昴「刺した前例に言われるとなぁ………」

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