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ブレーメン

ATCあるから余裕だと思うでしょう。そうは問屋が許さない





「誰もいない集落じゃねえか………」


 苫前町から南下して数キロ。 番屋の沢と呼ばれる集落には古びた建物が並んでいるが、そこに今日まで誰かが生活をしていた様子は見られない。

 この集落は苫前町と同じように沿岸から内陸にかけて一本の道が伸びたT字状の町だ。かつては200人以上住んでいたそうだが、平成にこの集落唯一の小学校が閉校したのを機に人口の減少が加速してゆき、今では建物だけを残したゴーストタウンと化している。


 人が住まないから内陸部の集落には既に電気が通っていない。電灯がチラチラと光る沿岸部に比べ、内部の方は吸い込まれてしまいそうな真っ暗闇となっていた。時刻は午後11時。肝試しするには素敵な時間帯だが、流石にこんな集落ではやりたくない。

 時々潮風が空き家の隙間に入り込み、変な叫び声に聞こえることあるもん。

 なんか月夜に照らされて廃屋から人影が見えたりしそうだし‼


「………ずいぶんとホラーな場所をチョイスしたな」


『ここなら人が住んでいないから被害も考えなくて良いしね』


 別に怖いのが苦手というわけでもないが、流石にここは気味が悪すぎる。漁業の工場らしい木造の建物は屋根が半壊。目につく廃屋は窓が割れているし、使い古した自転車は錆を纏って草むらに放置。

 まだ人が住んでいた痕跡がちらつく分、そこらの心霊スポットよりもリアリティと迫力が増している。


「………俺も今までいろんな所を旅したが、こんな不気味な場所は初めてだ………」


 手錠をされたヘンリーが隣で歯を鳴らしている。


「そうか?外国には毒蛇の島とか、おっかない場所が沢山あると聞くぞ?」


「俺、幽霊が苦手なんだ………」


「あー………」


 なるほど。じゃあこの地は最悪の取引現場ってわけ。


「なんかよぉ……今にも幽霊が出てきそうで」


「ばーか、そんなの出るわけ………」


『案外有り得るかもね』


 通信越しの昴の言葉に2人は震え上がった。


「………兄貴………どういうこと?」


『この地でね。僕らが産まれる前に悲しい事故が起きたんだ。僕らぐらいの年の男女が数人、一晩のうちに亡くなった………以来、その時期には若い男女の声が…』


「イギャーーーッッ‼」


 人質ヘンリーが悲鳴をあげて意識を失った。心なしか、口からは魂が抜けているようにも見える。


「……兄貴」


『冗談だよ』


 人質を交換前に死なせるなど良い趣味をしている。


 ヘンリーの遺体(仮)を引きずるようにして将斗は港へと向かう。防波堤の上には既に、3人の人影が待機していた。

 月夜を背に立っていたのはユウヤ・カンナ・そして紫音だ。紫音は手錠もされておらず、暴力を受けた形跡もなかった。幼馴染みの無事を確認し、安堵の息をつく。


「紫音」


 ヘンリーを引きずったまま、防波堤を見上げる。風に髪をなびかせた紫音は嬉しさとも悲しさともとれるような、複雑な表情でこちらを見た。


「将斗……」


「遅くなった。大丈夫だったか?」


「はい……」


「ヘンリーはどうした?」


 一見傷らしい傷のない仲間を見てユウヤは問いかける。


「恐い場所が嫌いみたいでな。さっき怪談話をしたら気を失いやがった」


「……アイツらしいな」「らしいわね」


 ユウヤとカンナは息ピッタリのタイミングで感想を述べた。

 再度確認する。


「こいつを渡せば紫音は返してくれるんだな?」


「……ああ」


 肯定はしつつもどこか濁したような言い方だ。

 理由は勿論紫音にある。彼としては今後戦力になるかもしれない紫音を手放したくはないのだろう。ましてや将斗達ははパンドラを使う連中、信用がゼロなわけだ。

 だとしたらあり得るのが、紫音を引き渡さずそのまま逃亡する計画。おそらくこれだ。

 だから逃がさない。300メートル離れた丘の木々には昴がこちらの様子をうかがっている。怪しい動きがあれば彼の狙撃の腕が光るだろう。

 将斗はヘンリーを突き飛ばす。彼の無事を確認するためにカンナが飛び降り、外傷がないか調べ始めた。


 そして2人の読み通り、ユウヤは紫音に囁いく。


「シオン……やはり彼のもとに戻るな。パンドラは呪われた人種が使うものだ……」


「………ユウヤさん………」


「お前が望むなら、俺達はすぐにでも船へ引き上げる」


 だから共に戦おう。彼はそう訴える。


 しかし紫音にはまだ。答えが見つかっていない。


 テロ国家と対峙し、彼らを駆逐しようとする自分か

 テロ国家と共に戦い、仲間を救うために奔走する自分か



 この時、幼馴染みは読唇術を使っていた。ユウヤの言葉を一言一句間違いなく理解した将斗は肩をすくめ、標的ターゲットに向けるような冷酷な眼を見せる。

 凄まじい殺気が放たれ、その場にいた全員に緊張が走る。ついでにヘンリーも目を覚ます。


「やはりな……お前達が取引に応じない意思というのを確認した」


「将斗?‼」

「………っ?‼」


「ユウヤ‼下がって‼」


「闘う口実が出来て何よりだ。情けをかける必要もないしな」


「待て………‼」


「ダメよ、ユウヤ‼」


 カンナの声にブレーメンの仲間達が呼応する。ユウヤを守るため、リーダーを死なせないために。

 突如、背後の海に歪みが生じた。まるで捻られるかのようにグニャリと曲がった世界はノイズにまみれ、そして姿を見せる。

 現れたのは海上自衛隊が保持するイージス艦の様なデザインの、巨大な鉄塊。灰色と青によってコーティングされた装甲は夜の海によってどこまでも深い漆黒と化していた。


 潜水艦ではない。


 だが、センサーにも探知できないような、恐ろしいくらいに精度の高いステルス機能を搭載した巨大艦。


 これがブレーメン

 姿を見せない音楽隊の姿


 姿を見せたということはすなわち、戦闘体勢に入るという意味だ。


 取り引きは完全に破綻。両者には闘う意思しかない。


 紫音とユウヤを除いてだが。


「待って、将斗………!」


「まだ攻撃に入るな‼」


 だが両者の動きは止まらない。カンナが将斗へ銃で撃ちにかかろうとするが遠くからの狙撃により、足止めをくらう。

 石は転がる所まで落ちたのだ。もう止めるわけにはいかない。


「オペレーター‼」


 カンナの呼掛けと共に艦からV字状の機体がいくつも射出される。それらは薄い緑透明色の 膜を張り、デルタカイトのような形となって風に乗り始めた。

 軍事企業で開発されているドローンの飛行ユニット。しかし実用はされてなかったはずだ。


 飛行ユニットには銃は取り付けられていないが、高速で飛び交う機体が生身の人間にぶち当たったらどうなるか。

 昴が潜伏先からアンチマテリアルライフルで狙撃する。将斗へ向かう機体が4機、墜落した。


「闘うしかないか………!」


 意を決したのかユウヤは銃を抜くと一気に飛び降り、飛行ユニットをかわす将斗へ突進しながら発砲した。

 敵が強力な銃を持っているとわかった以上、艦を狙われる可能性も高かった。カンナへ直ぐ様指示を下す。


「シオンとヘンリーを船へ‼次の機体を用意しろ‼」


 カンナは素早く指示を受け取り、紫音を抱えて船へ走り出す。ヘンリーも後に続いた。


「待ってください………!彼らは‼」


 もがきながら必死に叫ぶ紫音。しかしカンナの鋭い声がぴしゃりと叩きつけられる。


「あんな武器を持っている以上、闘わなきゃ私達の船が沈むわ!」


「でも!」


「船には!まだ年端も行かない子供達がいるのよ!」


 怒声が銃声と戦いの嵐の中で響き渡る。


「護るためには、闘うしかないじゃない‼」


 船の中でユウヤと戯れていた子供達が、デヴィの顔がちらついた。

 そうだ。もう彼らを死なせるわけにはいかない。

 しかしそのために幼馴染みと彼らが闘って良いものなのか?どちらも死なせたくないというのに。

 あのとき、紫音が強く断っていればこんなことには………!


 紫音が黙ってしまったのをユウヤの心配と勘違いしたのか、カンナは優しい口調に変えた。


「大丈夫よ。次にユウヤの機体が用意されるわ。そうなったらこちらの勝ちよ」


「………ユウヤさんの?」


 船に乗り込みながら紫音は訊ねた。








「くっ………なんて腕だ‼」


 飛行ユニットに守ってもらいながらもユウヤは狙撃の嵐に歯軋りを禁じ得ない。

 彼を守ろうと次々にユニットが破壊されてゆく。アンチマテリアルライフルをこうも自在に扱える敵と遭遇したのははじめてだった。


「始めから潜めていたのか‼」


「ああそうだよ!お前達相手に1人で挑むほど馬鹿じゃないんでね!」


 距離は一気に詰められ、殴り合いと発砲音が断続的に繰り返される。新たにやってくる飛行ユニットが将斗を襲おうとするが昴の射撃技術を前に、ユウヤの楯となるのが関の山だ。

 爆風は熱風となり、何度も二人に襲いかかる。しかし攻防は止まらない。


「最初から……俺達と取り引きするつもりは無かったんだな‼」


「お前だってそうだろう!紫音を返すつもりは無かったくせに!」


「貴様らパンドラの使い手が信用出来ないから………!」


「俺だってテロ国家なんかを信用する気はない!」


 罵詈雑言の嵐。ぶつけ合う憎悪が拳と銃弾に載せられる。

 ユウヤの撃った銃弾が将斗の左頬を掠めた。しかし将斗は止まらない。

 テロ国家が。憎き敵がこうしてまた大切な人を奪おうとするのだ。怒りはアドレナリンを分泌させ、痛みを忘れさせる。


「お前らが家族を奪った奴じゃなかったとしても、俺は信用しない!テロ国家は全て敵だ!」


 そう叫び、手繰るように手を伸ばす。そこには銃が握られていた。


「家族を………?」


 一方のユウヤは将斗の言葉に反応し、僅かに動きを鈍らせてしまった。その左腕を銃弾が撃ち抜く。

 呻き声をあげ、ユウヤは膝をついてしまった。


「ぐっ………!」


『油断するな将斗!増援くるよ!』


 止めをさそうと銃を構えたが、頭上に射出されたユニットの群れを確認して後ろに跳ぶ。将斗が立っていた場所にはユニットが突き刺さった。


 次の攻撃を見極めようと空を仰ぐ。緑色の光が流星のように早く、蛍のように浮遊する中に



 それはあった。



「?兄貴、飛行ユニットに変なのがいないか?」


『あ、ああ……さっきまでは気付けなかった……』


 飛行ユニットが光を発する分、発光していないそれは認識しづらかったのだ。ユニットに守られるようにして滑空していくそれは、人の形をしているようだった。

 だが人にしては全体的にゴツゴツとしたシルエットで、人というよりまるで機械のよう。


 そしてその正体に真っ先に気付いたのは昴の方だった。


『!将斗!引き返して紫電に乗り込むんだ‼早く!』


 いきなり切羽詰まったような言い方をする兄に、眉をひそめてしまう。


「不味い兵器だったのか?」


『ああ、不味いね』


 丘から飛び出す深紅のATCは将斗達のいる防波堤へと急接近する。ユウヤへと何発も撃つが、ユニットが彼を死守せんとその身を犠牲にする。人型のそれが、ユウヤの背後へと着地した。


『っ………!流石に躊躇は出来ないね‼』



 ――接続・確認――


 ――解除許可・承認――


 ――パーシヴァル・パンドラ起動――


 昴のATCの肩が変形する。将斗はそれが何を意味してたのかを知っていた。


「お、おい!」


『海へ!!』


 このままでは爆発に巻き込みかねない。弟へ最短の避難場所を伝え、引き金を引く。将斗への被害を考えて出力は控えているが、直撃すればユウヤの体は消し炭と化すだろう。

 将斗が海に飛び込んだ直後、その場を火の玉が包み込み、そして弾ける。

 熱を帯びた暴風が吹き荒れ、波が大きく騒ぎたてた。直ぐ様海に飛び込んだ将斗だったが、海の表面上が一気に熱を増してゆくのがわかる。深く、より深くへ行かないと熱湯にやられてしまいそうだった。


(あれで出力抑えてんのかよ………!)


 水面の向こうでゆらゆら揺れる火の玉を見ながら苦笑する。初めて任務で出くわした時、昴は同じような銃撃を見せたがあのときはこれよりもっと出力を低くしていたのだろう。


 パーシヴァルが近くへ来たのを確認して、水を蹴りあげる。海中から出ると世界は熱と消し炭に満ちていた。ユウヤがいた場所にはまだ炎が燃え上がっている。


「敵は?」


『……………』


 将斗を防波堤に引き上げながらも昴は頭を炎の燃え上がる方角に向けていた。彼が何も言わないのは、答えがまだわからないという意味だろう。着地した将斗も同じ方角を見る。


『将斗………』


「なんだよ」


『臭いは………するかい?』


 ATCにはガスマスクの他に空気を清浄化する機能が備えられてる。だから臭いは察知しづらいのだ。


「……人の焼けた臭いがない」


『なら話は早いね。今すぐ紫電を』


 合点承知。駆け出す将斗を背に昴は銃を構えた。


『随分最新鋭の機器を持ってるみたいだね。ブレーメンは』


 嫌味の裏に隠れた表情はこれまでにないくらい苦々しく、焦りすら感じられる。

 テロ国家と正面からぶち当たるのは初めてだが、ここまで優れた装備を持つ連中は聞いたこともない。


 炎の中から手が伸びる。燃える飛行ユニットを押し退け、起き上がる姿はまるで悪魔のよう。


 出てきたのは一つ眼の魔神だった。しかも従来のとは違い、燃料タンクを必要としない


 橘3兄妹が使うような、新型のATCが姿を現した。




初めて兄妹以外のパンドラ搭載の機体を書きました。どんな性能を持つのか。それは次回のおたのしみ

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