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刺客

閑話です。

旅行について行けない千晶はその頃………?


 倉庫の隣に自転車を停め、鍵をかける。兄との体格差はいくらかはあるものの、サドルを調整せずに乗る分には問題ない。

 ナップサックを肩にかけ直し、扉に近付くと違和感を覚えた。

 透視の能力なんて持ち合わせていないが、倉庫の中が普段と違うような気がしたのだ。扉には窓がないため、確認するには開けるしかないが。


「………………」


 この違和感には覚えがある。訓練生時代によくあったものだ。


(気配を殺している………イゴールにしては上手すぎるし……)


 だが中を見ないわけにはいかなかった。イゴールとの待ち合わせはここだし、彼の性格からして時間に遅れたりするわけがない。

 倉庫には彼がいるはずだった。

 だとしたらあり得るのは、イゴールが何者かに襲撃され、且つ襲撃者がまだ中にいるパターン。


「イゴール」


 取っ手に指を引っ掛け、扉を開ける。一部の電気しか使わないので相変わらず薄暗い倉庫だが、確認するには充分だった。

 中は静まり返っており、人なんて………



 いた。黒い覆面で顔を隠した何者かが、扉の脇から飛び出してきたのだ。

 身長から見てもイヴァンやイゴールではない。彼らより細身で、背もそんなに高いわけではなく、だからといって簡単な足払いひとつで済ませれるような小物でもなかった。

 襲撃者は千晶の肩から背に組つこうとする。広げられた腕の両肘を掴み、腹に膝を撃ち込む。大抵はこれでノックアウトするはずだ。


 だが襲撃者は止まらない。怯むことなく踏み込むと、千晶の右腕を掴み、背中を伝わせるようにして投げた。肩に激痛が走るが、捻りながら受け身を取ったため関節を外さずに済んだ。

 しかし不安定な受け身から脇腹を叩きつけられてしまう。肋骨は折れなかったものの、呼吸が止まりかけた。


 動きが鈍り始めた千晶に襲撃者が覆い被さる。それを完全に組みつかれる前に襟を掴んで巴投げの要領で投げ返した。だが相手の受け身は完璧で、ダメージは全然与えられていない。

 襲撃者がナイフを取り出す。刃渡り20センチといったところか。千晶の持つナイフも同等の長さである。


 懐からナイフを取り出すのを見るなり襲撃者は斬りかかってきた。間合いの詰めかた、降り下ろされる斬撃

 ともにプロ中のプロだとわかるほど、それは鮮やかなものだった。素人がやると、踏み込みと斬撃のタイミングは一致しない。したとしてもそれは弱々しいものだ。だが襲撃者のソレは迷いのない、確かな一閃


「っ!」


 組みつくことは考えずにナイフで迎撃する。ぶつかり合う刃物は火花を撒き散らしながら2回、3回と空を斬る。

 そして火花が倉庫の中を駆け巡るようにして移動を始めた。

 隙を見ては斬りかかり、突き、防ぎ合う。

 紙一重の死合を繰り返しながらも両者は息を切らさない。

 その速さでの攻防はまるで打ち合わせをしたかのように淀みなく、軽やかで

 この鮮やかさは一言で言うなればまるで剣舞



「ふっ‼」

「っ‼」


 互いの片手がナイフを握る手首を掴み


 ナイフは互いの頭上で固定された。


 ここまで狂犬と互角の死合を繰り広げるも襲撃者は僅かに隙を見せた。純粋な力勝負なら勝てると思ったのか僅かに力を緩め、組み付くタイミングを図ったのだ。視線が千晶の体位を調べるように素早く動く。千晶は自分の頭がその視線から外れた瞬間に、襲撃者の眉間に頭突きを食らわせた。

 目は急所の一部だ。その付近を岩石のような固さでどつかれてはたまったものじゃない。腹を蹴られて平気だった襲撃者も例外ではなく、呻き声をあげて崩れてしまった。

 ここで間髪いれず追撃を入れる。ナイフを持った手首を殴り、武器を捨てさせる。襲撃者のナイフは回転しながら倉庫の端へ飛ばされてしまった。

 さらに体当たりするようにして懐に飛び込み、胸ぐらを掴んで前方に投げ飛ばした。

 さっきの投げ技のお返しだ。


「ぐぅっっ⁉」


 背中から叩きつけられ肺を痛めたのか、襲撃者の動きが鈍くなる。それでも狂犬は容赦なく倒れこむようにして膝を鳩尾に沈みこませると、とどめにナイフを顔面すれすれに刺した。

 突き立てられたナイフは覆面を裂き、中の顔が、癖の強い茶髪が露になる。


 激痛に顔を歪めているのは灰色の目の、そばかすを顔にちりばめた男だった。年齢は将斗と同じくらいか。眉は細く、男としてはどこか頼りないような印象を与えている。


 その顔をまじまじと眺め、千晶は長いため息を吐いた。対して襲撃者はいたずらっぽく笑っている。


「……やっぱりティーナには勝てないな……って、うわあぁっっ‼」


 襲撃者が声を荒げたのは、千晶が容赦なくナイフを顔面に突き刺そうとしたからだ。

 額までの距離が僅か数ミリのところで右手を掴み返し、どうにか止める。かなり力を入れられてるため、ナイフを抑えるのに精一杯の様子だ。


「なにするんだ‼」


「わからない?殺そうとしてるの」


「わかるよそれくらい‼でもなんで殺そうとするんだよ‼」


「腹が立ったからだよ。先に仕掛けてきたのはそっちじゃない」


「いや、それはジョークであって、本気でティーナを殺す気はなかっ………やめてくれ!これ以上力を入れないで‼刺さる刺さる‼本当に死ぬ‼」


「あんな殺気を放っておきながら?ジョーク?笑えないから」


「訓練時代そんな殺気を常に出してたお前に言われたくないよ‼‼」


 ギャアギャアと騒ぐ襲撃者に、口許をつり上げながらも目は笑っていない千晶。会話はロシア語で成り立っていた。


「俺は殺し合うつもりで来たんじゃないって‼本当だ‼」


「そう?イゴールがいないじゃない。狙いはわからないけどイゴールを殺して、後からやってきた私も殺す算段だったんでしょう?」


「無理だから‼俺の実力じゃティーナに不意打ちしても勝てないのは知ってるから!本当にドッキリなんだって!俺達の部隊じゃこれが日常茶飯事なのは知ってるだろ⁉」


「そうね。そうしてうっかり死人が出るのも日常茶飯事だったね。イゴールは何処に?どうせ殺して海にでも捨てたんじゃない?」


「外で隠れてもらって………ぎゃああああっっ!それ以上はだめだって‼死ぬ‼本当に死ぬ‼」


「俺ならここだぞ。ティーナ。ソイツの言うことは本当だ」


 声は扉から聞こえた。千晶が顔だけ向けるとそこには傷ひとつついてない姿のイゴールが立っていた。


「イゴール。霊になってまで会いにきてくれたんだ……ちょっと待ってね、今すぐこの裏切者をそっちに送るから。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


 ティーナ‼はやくナイフをどけてくれ‼


「勝手に殺すな。死んどらんし足もちゃんとある」


 危ないって‼冗談じゃないからはやく‼


「じゃあ私の幻覚かな。そういえば3日もウォッカ飲んでないし」


 ナ、ナイフが!尖端が額に……っ!


「禁断症状も深刻だな………って早く離してやれ!」


「ティーナアアアァァーっっ‼嫌だ‼俺まだ死にたくないっ‼」


 尖端が皮膚を破り、鮮血が流れ出す。襲撃者の目からあふれる涙が、生きることへの執着を訴えていた。

 無表情のまま千晶はナイフを引くと、男から離れた。襲撃者はメソメソと情けない涙を隠すことなく、出血ヵ所を片手で塞ぎながら上体を起こす。


「……本当に死ぬかと思った」


 恨めしそうな視線を受けてもさらりと返す。


「私達の間じゃよくあるジョークじゃない」


「笑えない……さっきまでのティーナを見た後だから尚更笑えない………」


「ほら、泣かない。手ぇ貸すから起きて」


 千晶が差し出した手を泣く泣く握り返し、ようやく立ち上がる。立ち上がってからも何度も鼻をすすらせていた。その様を目の当たりにした千晶は小さく笑う。

 家族に見せるのとは少し違う、好戦的な笑みだ。


「泣き虫は相変わらずだね。ルスラン」


「うるさいな……」


 イゴールは2人の顔を交互に見比べてから訊ねる。


「俺は、こいつが持っていたイヴァンさんの紹介状で、今回の任務のエージェントとしか聞いていなかったが。ティーナ……まさか」


 千晶が答えようと口を開きかけるが、割って入るように男は鼻を涙をぬぐいながら答える。


「そうだよ。俺はルスラン・アルジニコフ。ティーナとは同じクレムリンで共に闘った仲間さ。今回の長期任務における応援の要員として合流に来た」


おまけコーナー



昴「なぁんか………知らない間に男の子と会ってたんだね」

紫音「その………千晶ちゃんのボーイフレンドですか?」

千晶「え?違うよ?」

将斗「でも怪しいよな。前に千晶の過去でも同僚の男の子いたし………お前、告白された回数いくらよ?」

千晶「4回」

昴&将斗&紫音「多っ⁉」

千晶「でも、告白されたのは高校になってからだよ?クラスメートに」

昴「じ、じゃあクレムリンは関係ないね、はは………」

紫音「え………でも私達通うの………女子高………ですよ?」

将斗&昴「………………………………………………」

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