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氷点下の邂逅

次回は閑話を入れます。





 留萌より北に一時間。オロロンラインの一本道を走り続けると、留萌よりもさらに閑散とした町にたどり着く。

 苫前町。北海道最大の風力発電地区だ。

 風は留萌と同じくらいだが特徴として風車の数が尋常じゃない。スイスの発電所を彷彿とさせるような数の風車が丘の上に立ち並び、そのプロペラを絶え間なく回し続けている姿はかなりの迫力がある。


 3人が到着したホテルはホタテの殻をデザリングした屋根の白い建物だった。海に降りれば白い砂浜が広がり、果てし無い水平線をより堪能することができる。

 せっかく用意した銃を分解されヨヨヨと泣いていた昴だったが、いざチェックインとなると急に機嫌を直す。


「取れた部屋はここの海を一望できるそうだね。折角だし早く見に行こうか」


「昴さん、やけにウキウキしてません?」


「シテナイヨ?」


「………………」


 怪しい。


 するとフロントから鍵が差し出された。タグには207号室、と記入されている。

 そこで将斗は「ん?」と気付いた。


「なあ、兄貴……紫音の部屋は?」


「ん?なんの話かな?」


「……まさか」


 昴はニマニマと笑っている。


「急な予約だったからねぇ、部屋は1つしかとれなかったよ」


「おいっ!」


 機嫌を良くした理由がわかった。


 こいつっっ‼


 首をかしげる紫音から離れ、2人はフロアの隅に移動した。


「絶体わざとだろ!」


「まさか。母さんの知り合いが気前よくホテルに連絡してくれたんだけど、その際に部屋は1つしかないって教えてもらったんだ」


「そんなホテルを選んだのが下心見え見えなんだよ‼」


「そんなわけないよ* ̄∇ ̄)」


「嬉しすぎて顔面崩壊してんだろ!わかりやすいんだよそういうときだけ!」


「でもコスト的にはこっちが良いし、寝るときはきちんと仕切りを用意してくれるそうだよ」


 だから大丈夫、という割には顔がニパッとしている。顔文字で表すと(*^-^*)だ。

 その笑顔はつまり今夜、噂の仕切りの向こうに乗り込む予定なのだろう。


 紫音の眠る領域へセクハラしに


 あの白い素肌へ‼いや、何を考えているんだ自分?‼


 とにかく、紫音の身が危ないのは事実


(ぜってーさせねぇからな‼)


 自覚のない焦りに駆られるがまま、将斗は強く決意する。弟の変化に敏感な昴はそれを見て不敵な笑みを浮かべ………訂正、紫音と近付けるチャンスに気が緩みすぎていたのか、この→(*^-^*)顔をしていた。


「あの………2人とも………何を話してるんですか?」


 そろそろ話してくれてもいいだろうと催促してくる紫音。


「う………」


「いやぁ、なに。紫音ちゃんと同じ部屋だからさ。モラルを守っていこうと話しただけだよ」


「おい‼」


 さらりと事実と嘘を織り混ぜた返答をする昴。その脇腹を小突く。

 同じ部屋、と聞いて紫音は何度も頷いていた。頭の中では「なるほど」と言っているような、そんな表情。


「同じ部屋で………ですか。同じ部屋………


 同じ………


 ………え?」


 今になってようやく相部屋という答えに思考が追い付いたらしい。いくら普段の任務で心を鍛える機会があるとはいえ、異性と同部屋で寝泊まりするなんて軍出身の千晶みたいな環境に置かれぬ限り、ありえない。そう、紫音にとって、この相部屋のシチュエーションは初めての経験であり、心が追い付けないのだ。


「えっっ⁉」


「さ、部屋に行こうか」


「ちょっと………待ってください‼」


「おい、兄貴!さっさと行くな‼」


 騒ぎ立てながら3人はエレベーターへ向かった。


 用意された部屋はデザインこそシンプルな和風テイストだがなかなか広い4人用のものだった。話通りテラスからは海を一望でき、リゾート地に来ているような気分にさせてくれる。

 女子1人が参戦していることもあってか、部屋の真ん中には仕切りのように襖が半端に設置されており、寝るときはこれが完全に広げられ、異性で分割されるのだろう。紫音は襖を見て胸を撫で下ろしている。


「とまぁ、ああやって安心しきってる紫音ちゃんを襲うのも醍醐味かな?」


「黙れ変態」


 ヘラヘラと笑う昴だが、ふとなにかを思い出したように腕時計を見ると表情を固くした。

 どうしたのか聞いてみると、また会わなくてはならない人が居ると言う。


「また?今度は誰だよ……」


「ああ。これも母さんの知り合いでね。挨拶しに行くよう約束してたんだ………さて、もう行くけど、将斗は紫音ちゃんとゆっくりしてていいからね。僕は夜に戴くとしよう」


「戴くな」


 相変わらずなツッコミを入れる弟にヒラヒラと手を振り、昴は部屋を後にする。将斗と紫音。この二人が部屋に取り残された。


「……昴さん、行っちゃいましたね……」


「そ、そうだな………」


 静かな部屋に

 2人きり


 そんなシチュエーションに放り込まれた途端、急に口数が減ってしまった。紫音に至っては出口を探すかのように目を游がせている。


「………………」


「………………」


「………………………」


「………………………」

 

 徐々に深みをまして行く気不味い雰囲気。それを打破しようと先に口を開いたのは将斗の方だった。


「その辺歩きに行こうかと思うんだが……」


「あ………」


 このまま部屋に2人きりもよくない。しかし馴れない地で1人きりになるのも嫌だ。

 紫音は手早く荷物をよけると、身を乗り出すようにして


「じゃあ私も………」


 と言ってついて行くのだった。







「あ、千晶?丁度宿をとったところなんだけど、そっちはどう?」


 ホテル外の駐車場で車のキーを指で振り回しながら電話をかける昴。電話の向こうで千晶の落ち着いた声が聞こえてきた。


『私のほう、ぼちぼち……』


「そっか」


『……昴兄ぃ、紫音ちゃんに変なことしてないよね?』


「してないよ?」


『ホテル、同じ部屋を強要とかしてない?』


「………………してない………よ?」


 相変わらず鼻が利きすぎる妹だ。


『…ならいいけど』


「それにしても風が本当に強いね。ここは。まるで冬みたいな肌寒さだ」


『稚内にいるの?』


「いや?その下の苫前ってとこ。稚内はもっと寒いらしいね。確か氷雪の門があるのも稚内だったか」


『ダー。シベリアほどじゃないけどね』


 そこでロシア極寒の地を持ち出すか。しかし稚内よりは暖かいと聞く割には本当に寒い。ジャケットを羽織らなければ震えてしまいそうだ。夏なのに冬のような気温。背を強い寒風で煽られ、思わず足早になってしまう。


「でも本当に……氷雪って言葉がお似合いな地域だと思う」


『そう?それより今は将斗達と一緒じゃないの?』


「ああ、野暮用でね。宿で待ってもらってるよ」


『何もないといいけど』


「ははは、この地区がいくら自衛隊の守りが届きづらいって言っても、そう簡単にテロ国家が攻めてくる可能性は低いさ」


『そこじゃなくて……』


 ま、いいかと千晶がため息を吐くのが聞こえた。そこから些細な会話をしたのち、昴は電話を切って眼前に広がる海に目をやった。


 苫前や留萌は自衛隊の基地から離れた場所にある。空からの侵攻ならヘリや戦闘機で対処できるが、仮に相手が海を利用し、尚且つソナーにも引っ掛かりづらい方法………潜水艦などで侵攻してきたら?


「自分で言ってあれだけど……意外と危ないよね、ここ」


 そんな独り言を放ち、昴は車に乗り込んだ。










 ホテルから内陸側に数キロ進むと商店街に出る。留萌よりも人通りは少ないが、ここが地元の人達の溜まり場になるようだ。


「かなり歩きましたね…」


「大丈夫か?紫音」


 あまり鍛えていない幼馴染みの体力を気遣い、休める場所を探す。手近な所にベンチがあったのでそこ休むことにした。

 腰を下ろしながらホテルでもらったパンフレットを広げてみる。地元の観光スポットなどがマッピングされていたのだが、それは全て商店街から離れた場所にあった。



「防波堤、氷雪の門……稚内か。


 黄金岬………留萌かよ…………


 ………全部遠いなっ!!」


「手近にいけそうな場所がありませんね……」


「くそっ、こういうときだけ兄貴に頼りたくなる……」


 一方、車を運転中の昴は


「僕、もしかして必要とされてるnow⁉」




「……ホテルに戻って温泉にでも入りましょうか?」


「ああ、それが最善だ………。と、ちょっと待っててくれ」


 急に将斗は立ち上がると、紫音に休むよう指示してから歩き出した。


「疲れたろ?そこのコンビニで飲み物買ってくるから、少し休んでてくれ。戻るのはそれからにしよう」


 体力を気にしてくれたのだ。厚意をありがたく受けとることにし、紫音は昴が戻ってきたら連れて行ってもらいたい観光名所を探すことにする。

 車があれば稚内にも行けるだろう。名所の防波堤は夜にライトアップされるらしいし、丘に登れば夜景も見れる。近辺だとホテルの近くの公園から、日本海が夕日で黄金色に変わるのを見ることが出来るらしい。


(あ、千晶ちゃんとおばさんのお土産も探さないと……)


 地元のグルメ情報を探るべくパンフレットをひっくり返す。すると近くに誰かが寄ってきた気配を感じた。男の声が聞こえる。


「地元の子か?」


 ナンパだろうかと警戒しつつ、否定しようと口を開きかける。しかし相手の顔を見るなり紫音の思考はストップしてしまった。


 声をかけてきたのは2人組だった。1人は背の高く、長い黒髪をポニーテールにまとめた女性。一見、日本人のナリだがどこか西洋の要素が入ったような顔立ちをしている。

 そしてもう一人も背の高い男性………


「ユウヤ……さん?」


 その姿を見間違えるはずもなかった。


 夢の中で………保有者特有の意識の世界で出会った男性が、睨むようにこちらを見下ろしていたのだった。



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