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はじまり・紫音の夢



 それはとても不思議な夢だった。

 暗く、まわりには何もない世界。地平線はどこまでも続き、歩いても歩いても変わることはない。

 不思議に思うのが、この景色には見覚えがあることだ。デジャブというやつか。見覚えがあるにもかかわらずいつ、どこで見たか思い出せない。

 このまま歩けばどこへ行くのか、この光景以外になにかあるのか。

 考え込む紫音は、背後の気配に気付くことが出来ずにいた。


「………。………、………」


 気配は紫音に何かを訴え、近付いてくる。


「………?………、………?」


 だが紫音はあたりをキョロキョロ見回しながらも背後には気付かず………


 やがて気配が紫音の腕を掴んだ。そこでようやく紫音は気付く。

 掴んできたのは昴よりも僅かに背の高い男だった。年齢は自分たちよりもいくらか上か。右目の下で縦に伸びた傷痕が印象的だった。紫音を捕まえたのが特別なことだったのか、興奮したように少し頬を紅潮させている。


「お前……仲間なんだな」


「え………?」


 正直、返答に迷う。見知らぬ人に向かって騒ぐのも、面識すらない人に仲間と言われるのもおかしい。

 

「あの……あなたは………」


 紫音の当然な問いかけに男はハッとした様子で目を開いた。

 しかしその瞬間、空間にモヤがかかってくる。なぜかはわからないが紫音はこの時間がもうすぐ終わりを迎えようとしているのだと気付いた。

 だが男はそれに気付いていないのか、何かを喋ろうとする。その言葉は途切れ途切れになっていて、うまく聞き取ることが出来なかった。


「ああ………俺………。………、………ウ………」


 モヤが霧のように深くなり、やがて………



 アラームの音で紫音は目を覚ました。


 紫音以外に誰もいない、紫音だけの部屋。朝日はカーテンの隙間から差し込んでおり、薄暗い部屋の中が露になる。


「………」


 先までのは夢か。

 あまりに鮮明で、不思議な夢だったが。


 けれども一時の幻に気をとられるほど紫音は暇じゃない。


「変な夢………ですね」


 違和感に後ろ髪を引かれるような感覚を覚えながら、紫音は頭に手をあてる。

 前髪の寝癖が指先に絡み付いてきた。


お待たせしました。氷雪の音楽隊編です。

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