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間話・一方……



 秀英しゅうえい運輸株式会社

 札幌駅から地下鉄でおよそ15分。地下鉄駅から徒歩で約15分。民家よりも商店街やビルが建ち並ぶこの街並みに、本社はある。

 8階建てビルの4~8階が、この会社のエリアだった。


 黒髪に白髪のラインが入った男性は、事務室のパソコンを操作していた。


 幹部からこのパソコンを初期化するよう言われ、データを初期化しているところである。

 男性は見た目50代といったところか。しかしパソコン馴れはしているらしく、スムーズにタイピングを続ける。

 途中、目的のデータが目の前に広げられた。



「やっぱり……ね」



 吊り上げられた口角。その声は老人のものとは思えないくらい若々しい。


 必要なものは見た。記憶媒体にコピーを残す必要なんて、()には無い。


 データを指示通り全て初期化すると立ち上がり、会議室を後にした。


 途中、廊下で若い男性とすれ違う。この会社の若社長だ。すれ違いざまに声をかける。


 次にエレベーターに乗り込む。


 中には中年のOLがいた。軽く挨拶をしておく。


 エレベーターは1階で止まると、男は大股で進みだした。途中、秀英運輸の新社員2名とすれ違う。



「あ、お疲れさまです‼」



 新社員は初々しく挨拶をしてきた。

 男の呼ばれる名前はいずれも異なっていた。

 ビルの外へ出る。

 出ると同時に、顔のパックを引き剥がした。


 ビリビリと音をたてて剥がれたパックの下には、若い男性の顔が。


 既にカツラをはずし髪を風になびかせる。


 男性は大きく息を吐くとさっきまで自分が入っていたビルを見上げた。


 入り込むのに2回。出るのに3回変装を手早く替えた今回の任務。


 数日前、札幌すすきので亡くなっているのが発見されたこの会社の社員・足達信のデータを盗み見ることに成功した。


 特にトラブルや予想外の事態もなく……



 すると男性の携帯が鳴り始めた。携帯を見ると、メールが一件きていた。


 ーーー

 from 将斗


 夕飯、俺が作る。リクエストあれば

 ーーー 

 

 昴は最後の変装道具……つけ髭を剥がして本来の顔に戻ると、やれやれと笑った。

 前言撤回。予想外はこのメールで決定である。



 ◇



 小樽運河付近の倉庫。

 無数に建ち並ぶこれらの中には、海外の貿易業が使う倉庫もある。

 運河よりやや離れた位置にある巨大な倉庫も同じく。



「ティーナ。そこの品の確認は?」

「終わってる」



 橘千晶はリストにチェックを入れ終えると、一緒に作業していたロシア人の男の方を向いた。全体的に華奢で、見た目は千晶と同い年ぐらい。

 男は千晶を見て、挑発的に声を大きくした。



「久々の本格的な任務だけどさ。日本で平和ボケしてない?

 なんなら俺が代わってもいいんだよ」

「問題ない」



 千晶の答えはあくまでもサラッとしたものであった。 


 眉ひとつ動かさず、男からチェックリストを受けとると次の荷物の確認を始める。

 その後ろ姿を見てロシア人の男……ルスランがニヤニヤと、



「……本当に……そうかな?」



 千晶に殴りかかっていた。


 ルスランはロシア軍の関係者だ。拳ひとつで大抵の人の命を奪うなんて造作もないくらいの強者。

 しかし拳が彼女を捉える事はない。


 千晶の体は宙に浮いていた。



(躱したか‼)



 なんて身軽な。しかしそれだけでは生き残れない。

 手を伸ばし四肢をつかんで叩きつけようとする。


 しかし少女の方が先にルスランの腕を掴んでいた。肘と手首を固定し、背後に下りようとする。


 肘がミシィッと鳴いた。腕が後ろ向きに折れようとする。



(させるかよ‼)



 ルスランは自ら後ろ向きに跳んで受け身を取った。このまま着地した少女を捉えて寝技に持ち込めばこちらの勝ちだ。

 だが着地した少女は逃げることをしなければ、その力に逆らうようなことはせず…… 


 勝敗は決していた。

 千晶の華奢な体に組技をかけようとしたルスラン。

 しかし彼の頚、手首、左腕にかけて、見えない力が圧力をかけていた。


 いや、よく目を凝らすと見ることができる。


 キラリと小さく光る線が、彼の身体に張り巡らされていた。


 ルスランならよくわかる。ピアノ線やワイヤーを使った戦い方なら軍の教育時代に教わった。使い勝手は悪いが、その威力は重々承知している。生身の人間が下手に動けば全身血染めの首なし死体が完成するのだ。


 相手が動けなくなったのを確認した少女は彼の体の下から脱出する。息ひとつきらしておらず、まるで簡単な作業を終えたと言わんばかりに埃をはらう彼女の瞳にルスランは映っていない。

 映っているのは倉庫に入ってきた長身の、スーツを着た男だった。



「イ、イヴァンさん……」



 這いつくばった姿勢のままルスランはその名を呼んだ。


 黒髪の若い男性。瞳は淡いグレーで鼻立ちは高い。昴よりかは体格は良いのだろう。肩幅が広いのがわかる。歩く姿は背中に一本の柱が入っているかのようにまっすぐであった。ダンスの様な体軸を重視する運動をこなす人によく見られる姿勢だ。



「仕事が終わったので来てみたが……また稽古か?」



 一目で全てを察したらしいが、敢えて説明を求めてきた。対する千晶の説明は……



「殺されそうになったから抵抗した。カジョーボーエー……しただけ」

「過剰防衛。それからティーナが言うべきなのは¨正当防衛¨だ」



 訂正を受け、千晶はようやくルスランを見た。



「……セイトーヴォーエー」

「人をワイヤーでサイコロステーキ寸前まで追い詰めやがって、なにが正当防衛だか。てか、さっさとこのワイヤーを外してくれないかなぁ、ティーナ。何回も受けてきたとは言え、君のワイヤーは怖いんだけど……」



 悪態をついているが、決して嫌悪感は存在しない。

 彼女らにとってこの程度、ただの遊びでしかないのだから。

 千晶はルスランの傍らにしゃがみこむと、どこからともなく取り出したナイフを、コンクリートの床に突き立てた。ワイヤーの張りつめた箇所を切断したのだ。緊張のなくなった糸は首からハラリと落ち、身体が解放される。

 さすがにこれ以上、彼が千晶に手を出すようなことはなかった。ルスランは千晶から少し離れた位置に座ると、さっきまでワイヤーで押さえつけられた箇所をさすっている。


 それを見るイヴァンの瞳は、我が子を眺める親のように温かく、そして……突如として、軍の()()に切り替わるのだった。



「さて、稽古で体も暖まったところ悪いが、仕事の話だ……

 いいな?」



 それを受け2人は、背筋を伸ばし、手を太ももの横にピッタリとくっつけ……直立不動の姿勢となる。



「今回は中々厄介な任務のようだからな。ティーナ。君の……力が必要だ」



 ロシア人は感情を表に出さないとよく言うが、今のイヴァンがまさにその通りであった。


 いや、それはイヴァン1人に言えた事ではない。


 彼の言葉を待つ千晶も、ルスランも。これから聞く話に対して思う、嫌悪や期待といったものを微塵も表に出さないのだ。



 ロシア特殊部隊。その中でも秘匿性が高いザスローン部隊とそして……クレムリン


 ザスローン同様、戦闘・暗殺・諜報を行う組織部隊。その存在はヴェールに包まれており、誰も彼らの存在を認知することはできない。


 彼らはいわゆる遊撃部隊であった。

 とはいっても遊撃の任務である、味方の援護は一切行わない。

 戦闘になればどこからともなく敵陣に現れ、敵を内側から一気に食い潰し、姿を消す。


 これまでロシアとテロ国家の攻防戦においてクレムリンの活躍は目覚ましい成果を出していたが、彼らの功績は世間に公表されることは一切なかった。



 イヴァンの口は静かに告げる。



「ティーナ。君には……クレムリン最強の戦闘員……狂犬として、任務を受けてもらう」



次回、ようやくこの世界の現代科学を使った闘いが始まります。お待たせして申し訳ありません。

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