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悪友Ⅱ


 さっきまでとは違う、完全に敵意を剥き出しにした晴樹の拳を将斗は捌く。空手部期待のエースだった彼の一撃を受ければさすがに将斗も立つのは難しいが当たらなければ意味はない。

 ましてや千晶や昴と違い、彼の動きは変幻自在というわけではなかった。空手の動きが身についた晴樹の挙動は喧嘩慣れしているとはいえ、どこか規則的である。それらをさばき、かわし続ければ問題は………


「っ!!」


 と思うのも束の間、フェイントを入れて晴樹の手が顔面に迫ってきた。拳は握られていない。人差し指と中指が素早く将斗の眼に向けられる。

 目潰しは不良達と殴り合うようになってから晴樹が身に付けたやり方だ。


「くっ‼」


 紙一重でかわし、組みつこうとする。しかし今度は晴樹の膝がとんできた。かわしきれないので両手でガードする。

 手を出したおかげで膝蹴りが将斗のあばらを折ることはなかった。だが胸にあてられ、肺に伝わる振動が将斗の動きをわずかに鈍らせる。


「っっ………?‼」


 今度は肘撃ちが顔面に跳んできた。痺れる手を無理に動かし、これも抑える。

 だがさらに迫ってきた回し蹴りまでは防ぎきれなかった。出した手ごと頭に打ち付けられ、将斗の体が吹き飛ばされる。

 今度は将斗の膝が崩れた。間髪いれず晴樹は追いかけ、背後からその首に腕をまわす。

 武道の達人が脈を絞めれば、意識を失うのは3秒以内と言われる。将斗の意識を落とすつもりだ。

 呼吸が出来なくなった将斗の声は小さい。


「……っ、……さす……がにやる……な」


「将斗……っ!」


 晴樹の腕に力がこめられる。不良相手と空手の腕を合わせた晴樹は手強い。この腕も簡単にはほどけないだろう。

 将斗の意識が保たれているのも、両手でなんとか抗っているからに過ぎないが単純な持久戦でなら晴樹に軍配があがる。


 けれども相手は喧嘩慣れした不良ではない。


 歴戦者プロだ。組みつかれているというのは体が密接していることになる。


 将斗プロにはそこから打破する手段などいくらでも思い浮かぶ。体がくっついているならなおのこと。

 背後の晴樹の脚を絡め合うと、体を回すように捻って地面に叩きつける。それだけでは解放されるはずもないので晴樹の肘に両手を差し込むようにして、だ。

 姿勢のズレで晴樹の肘に緩みが生じる。そこを見逃さず肘を開き、回転と落ちる力を利用して額に頭突きを見舞わしてやった。

 一歩間違えれば首を折られただろうがそんなのは気にしない。


 前頭部に頭突き、後頭部は地面に打ち付けられ、晴樹の意識が僅かだが空白になる。


「っ……!」


 追撃しようと将斗の手が向けられた。飛びかけの意識を無理矢理とどめ、将斗の肘に横から手刀を入れようとする。入れば肘を砕けるだろう。しかしそれは反対の手で防がれた。今度は空いた手で将斗の手に拳を入れるが、それも掴むようにして防がれた。

 お互い両手は塞がっているが、今度は将斗が晴樹のマウントを取る番だった。


「将斗っ!」


「………」


 互いに力を込め、相手の隙を探し合う。黙っているが将斗も余裕があるわけではなく、額には汗が流れ、呼吸も乱れ始めていた。

 それでも晴樹に向けられる、殺意の視線。


「……お前が殴り合いでもこんなに強いとは………思わなかった。いつも一緒にあいつらとやりあってたのに………よっ!」

 

 だが視線に臆するほど晴樹も弱くない。脚を蹴りあげ、将斗の背中を打つ。将斗は息を詰まらせ、晴樹の体から離れてしまった。

 すぐに立て直し、殺しにかかる。だが立て直したのは将斗も同じだった。


 お互い、隙を作らないためにも大振りな攻撃はしない。それぞれの経験を発揮し、相手の動きを先読みし、拳を、蹴りを入れ、防ぎ合う。


 片や空手の黒帯。片や戦闘のプロ。


 立ち上がってからの両者の攻防は続けられた。

 やがて晴樹の腕を将斗が掴み、捻りあげようとする。だが空手にも間節技はある。逃げるようにして回り込むと、背中にも目があるのかわき腹を的確に目掛けて将斗の肘が飛んできた。それを同じく肘で相殺し、その手首を晴樹も掴み返す。


 お互い、背中合せの状態で戦局は膠着した。


 2人とも既に息を荒げており、身体中は擦り傷や打撲の痕、そして土に汚れていた。


 背中越しに将斗の出方を伺う。これ以上の油断は命取りだ。


「……俺は強くなんかない」


 命取り。それは将斗にも言えるはずなのに、なぜか彼は声をかけてきた。呼吸は乱れ、汗までかいている。殺気だってまだ放っているというのに。


「は……?今なんて……」


「強くないって言ったんだ。これは愛花にも言ったことがある」


「………速見に………?」


「ああ………」


 あまり将斗は身の上話はしない。だからどんな状況で愛花にそう言ったのか、知るよしもない。


「本当に強かったら敵討ちなんてやらない。……俺は弱いからテロリスト達を殺すことなんて選んだし、殺人を復讐って正当化しているんだ」


「………」


 今度は晴樹が聞き入る番だった。将斗の独白を。


「俺だって……お前に憧れてたんだよ」


「………は?」


「家族が大変でも、いつも学校ではお前の方が成績よかったし、空手だって大会で活躍して皆から応援されるような奴なのに、俺みたいな奴が一緒でも笑っていられる。


 俺だって………お前が羨ましかったよ‼」


 晴樹の体から力が抜けそうになる。


 今………何て言った?

 俺が羨ましかった?


 将斗の声には怒りが感じられる。その言葉は本心なのだろう。


 でもわからない。お互い、あまり居場所のないようなイメージでいつも一緒につるんでいたのに、将斗が自分に憧れるような様子なんて………


「空手を辞めた時だって、本当は止めたかった!学校の新聞に写るお前が眩しかった‼でもバイトに充実している様子のお前も眩しくて……どんな場所にも居場所を作れるお前が、俺の憧れだった‼」


「………居場所なんか………なかった!」


 その発言に晴樹も怒りを覚える。お互い力が抜けているにも関わらず追撃を加えない。


「家では弟のいる場所しかなかった!学校だって、俺は人付き合いが良いわけじゃない!そんな環境に耐えられるわけないじゃん!」


「バカ言うなよ!俺なんかよりずっと……」


「バカ言ってるのはお前だ!居場所がないようで、学校では平然としていられたお前が、俺だって羨ましかったよ!」


「平気だったわけないだろ‼」


 その声は悲しみに満ちていた。晴樹は思わずはっとしてしまう。


「俺なんかより強くて、憧れだったお前や愛花がいてくれたから俺は……!」


「本当に強かったら………勇樹は………弟は死なせずに済んだ‼」


「あれはお前のせいじゃないだろ‼殺される現場にお前はいなかったんだから‼」


「俺のせいだよ!もっと傍にいてやれたら守ってやれた!あの男がいた時点で予想は出来たんだ‼なのにみすみす死なせたのは俺のせいだ‼」


 怒りから悲痛へ、悲痛から懺悔へ、その声は震えてゆく。その気になればいつでも守ってやれたというのに、バイトにかまけていたせいで弟は殺されたのだ。

 唯一心を開けた肉親を死なせてしまった晴樹の痛みは将斗には計り知れない。将斗の時は圧倒的武力を前に逃げることしか出来なかったのだから。


「弟を失って、家にも日本にも居場所がないんだよ、俺………このまま警察に捕まって生きても、何もない俺には生きる理由が無いんだ………

 それなら………マスターが言った通り、遠くのどこかで新しく生きる道を選んだ方が遥かにいいよ………」


 声には涙がまじっていた。

 しかしマスターの単語に将斗はハッとする。


「……お前のバイト先のマスターは……隠れてテロ国家に人を送り込んでたんだぞ」


「……知ってたよ」


 その真実は激しく将斗を揺らした。


 ………知ってた?晴樹の奴、今なんて?


「いつから………」


「最初からだよ」


 自分から聞いてショックを受けてしまう。なら彼は、知ってて今まで自分達と笑っていたというのか?

 自分がテロ国家に恨みを抱いてると知ってて?


「……手引きに来る客がいるから、それを相手にしている間の店番を頼まれたんだ。最初はお前の事を思い出して罪悪感はあったけど………

 でもあのマスターは俺みたいに日本では生きていけなくなったり、生きる意味を見失った人をそういうところに行かせていたんだ。

 テロ国家になら警察の手は届かない。自殺なんかを選ぶよりも、テロリストになってでも良いからそうやって生きる道を選べって。そういう人だったんだ」


 目まいしてしまいそうだ。

 それはただの口実だ。行き場のない人を絞りこんで、大金を得るために送る。詐欺と同じやり口である。


 だがそれは晴樹達にとっては正義のようなものだったのだろう。追い込まれた人間にとって、テロリストでも生きる選択肢は輝かしいものだったに違いない。

 だから晴樹はその話に乗ったのだ。自分と同じように居場所のない人を救済する。それに自分も貢献できると信じて。


「俺の料理の腕や接客を見込んで、マスターは俺を重宝してくれた。俺もマスターに恩返しがしたかったんだ………」


 だから晴樹は料理の腕をあげ、SNSの宣伝にも使えるように様々な料理を学んだ。バリエーションが増えるほど合図の文面には意識がいきづらくなる。


「俺にも……アメリカで新しく生きろって。生きる理由はそこから見つければいいって言ってくれたんだ………だから!」


 将斗の腕を振りほどき、向き合う。将斗も振り返り、距離を取った。

 2人の間には数歩分の、しかし果てしなく深い溝が出来上がっていた。

 さっきまでの涙声は消えて、闘志の炎が眼に宿っている。構えは先と同じだ。


「俺は………行く。お前と対峙しても‼」


 しっかりと発した決別の言葉を、将斗はどこか遠いように聞いた。



 ………………………………………………

 ………………………………………

 ………………………。



 対峙してどれくらい過ぎたか。

 5分くらいしかたってないのだが、将斗にはその空白が数時間のように思えた。

 この溝が埋まることはない。こちらに連れ戻すのも無理だろう。それだけ晴樹の遺志は強いのだ。

 もう引き留めるなんてこと、出来やしない。



 将斗に出来るのは………………………………



「……晴樹」


 いつのまにか切れていた口のなかは血の味で一杯だった。それは晴樹も同じだろう。


「お前……本当に行くのか?」


「ああ」


「………そうか」


 肯定した晴樹は目を見開く。将斗が取り出してこちらに向けたのは拳銃だった。

 オモチャのなら晴樹も触ったことがあるからこそわかる。太陽にあたって金属特有の光を反射させるそれが本物だと。

 人を殺してきた。そんな将斗だから持っていてもおかしくはなかったのだが、それがこちらに向けられるというのはやはりショックを受ける。

 しかし引き下がるわけにもいかない。自分は決めてこうして将斗と向かい合っているのだから。


「……本当に警察には行かないのか?」


「………行く気があるならテロ国家なんて目指すわけないだろ」


「………………行く道中で死ぬかもしれないんだぞ」


「そんなの………わかんないだろ」


 また少しの沈黙。

 やがて将斗は小さく息を吐くと


「………わかった」


 そう言って引き金を引いた。








「………俺だ」


『任務完了………ターゲットは始末した』


「………そうか………ご苦労だったな」


『……ジジイ』


「………なんだ」


『……兄貴と千晶は?』


「………まだ学校だろうな………だが任務には支障ない」


『………………』


「………どうした?」


『いや………了解』

おまけコーナー


五木「……はい、殺ってしまいましたね将斗さん」

山縣「……!…………‼」

五木「友人を手にかけたんですからね、任務で仕方がないとはいえ……」

山縣「!………!………‼」

五木「次回はyou are friend最終話です!ちなみにうるさい山縣さんには密封された箱の中で待機してもらってます‼さすがにこんな後味悪い話でツッコミを入れられても疲れますしね」

山縣「~‼~‼‼(出せ‼今すぐ出せ‼‼)」

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