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悪友Ⅰ

将斗と晴樹のぶつかり合いが主です。


「思い出しました。モルゲンのマスターですね、貴方は」


「………ようやく思い出したか………最近は商売が繁盛してるのか、あまり顔を見せなかったな。お前は」


「ええ。バイトの子が店を盛り上げてくれますからね。お客さまも増えましたよ」


「………で、お前はテロ国家との仲介に専念できたというわけか」


「………………」


「………知らないフリをするか。それもいい」


「何の根拠があってそう言うのですか?」


「………」


 天田は黙って簿冊を放り投げた。そこには外国の企業から送られた資金、手配に使った費用。その額が細かく記されていた。

 いずれもテロ国家が隠れ蓑にしている企業である。だがその簿冊は隠し金庫に入れ、ロックも厳重にかけられているはずだった。

 下手にこじ開けようとすれば中の電子線が外れ、こちらに連絡通達がくるようにしていた。しかしそれが無かったので、こうして自らノコノコと帰ってきてしまったわけだが。


「………ツメがあまかったな。………電子機器で通達されるなら、機器本体を破壊すればいいんだ」


 男が手に持っていたのは、金庫の内部に配置した通達機器だった。すでに故障しており電源が切れている。


「………貴方たちは何者なんですか?」


 マスターは静かに尋ねた。温厚な顔はすでに消え去り、能面のように感情を見せない顔となってる。

 天田はタバコをもう一本吸い始める。


「………人殺しが得意な、ただの爺じぃだよ」


 天田はタバコで両手を使っている。すかさず隠し持っていた拳銃を抜いて、照準を定めた。狙うはその頭だ。











 将斗は自販機でジュースを買うと晴樹に放り投げた。


「いいのか?」


「いいよ。元気そうで安心したし」


「………ありがとな」


 くれたのは炭酸のジュースだった。


 将斗はなにも聞かなかった。出頭しろともこれからどうするのかも言ってこない。昨日のことを気遣ってくれてるのかもしれないが、今はそれがありがたかった。

 同じジュースを買ってきて隣に腰をおろす将斗は、いつもの彼だった。


「なぁ将斗………」


「ん?」


 晴樹の方を向くでもなく、ただジュースを飲む友人に喋りかける。



「将斗は怖がらないんだな」


「なんで」


「俺、人殺しだぜ?」


 一瞬だけ友人が真顔になるが、すぐに笑い直す。なぜかその様子がどこか歪に見えたのは気のせいだろうか。


「俺だって死体は見てきたから慣れてるよ。それに家族も奪われたんだ。お前の気持ちには共感できてるつもり」


 将斗はジュースを一息に飲み干すと、ゴミ箱に向かって投げ捨てた。箱の縁に当たり、跳ね返るようにして中に収まる様を2人は見つめる。

 もう一度将斗の横顔を見る。なにを考えているのかわからないが、自分のこれからを彼が尋ねることはしないだろう。

 

 この友人に隠し事はしたくない。朝から抱いていたそんな気持ちが、晴樹を駆り立てた。


「将斗」


 振りかえる友人に話しかける。

 賛同はしてくれないだろうが、話さずにはいられなかった。


「家族もいなくなったし、この国にはもういられないよな。だから俺………外国に行く」


 なにも言われない。驚かれて当然だろうが、かまわず続けた。


「アメリカに、俺みたいな行き場のない人を集めて働かせる場所があるんだ。そこで生きていこうと思う。

 お前たちにはなにも言わずに悪いとは思ってるけど………」


 そして立ちあがり、友人に向かって頭を下げた。


「頼む、将斗……見逃してくれ」


 彼が警察に通報でもすればたちまち包囲されてしまうだろう。

 言い方を変えて話したが、その行き着く先がテロ国家というのを将斗は察しているのだろう。彼の過去を知るからこそ、自分が彼にたいして冒涜とも呼べる行為に走ろうとしている自覚はある。


「頼む………っ」


 彼の憎き仇に自ら赴こうと言うのだ。憎悪を向けられる覚悟はあったというのに、何も感じさせない視線を向ける将斗に対して覚えたのは違和感と呼べるものだった。


「………わかった」


 長い無言の末に出たのはあっさりとした答えだった。あまりの呆気なさに思わず頭をあげてしまう。


「本当にか?」


「ああ。本当だ。警察には通報しないよ」


 嬉しさで目が熱くなる。


 しかし友人の顔を見たとたん、その綻びは途切れてしまった。

 素直にありがとうと言いたい。

 だがその顔に変化をもたらすことなく話す将斗を前に、胃が冷たいなにかに鷲づかみにされたような………いや、危機感が、晴樹の中で警報を鳴らすのだ。


 無表情の将斗は、背中から暗い影が伸びているような禍々しささえ感じさせる。普段のおとなしい彼からは決して見ることのできないそれは、明らかに晴樹の知る将斗のものではなかった。


「………将斗?」


 逆光で表情の読みとれなさに拍車がかかる。

 目の前の友人は………いや、晴樹の知らない彼は


     何者なんだ?


「将斗………?」


 もう一度名を呼ぶ。


 頭を下げていた晴樹には見えなかった。


 立ち尽くす友人が、後ろ手に携帯を打ち込むその様子が。


「警察を呼ぶ必要もないよな」


 打ち終えた携帯をポケットにしまい直し、無表情のままこちらを見下ろす彼の背にうごめく黒い影がさらに大きくなる。


「どうせ俺に殺されるんだから」









 天田の携帯が鳴る。血の匂いが籠った室内。山縣は上司を見た。山縣の手は胸ポケットの拳銃に添えられているが、抜いてはいない。

 この店の主であった人物は今では、胸から血を流すだけの屍と化している。握られていた銃からは硝煙はあがっていなかった。

 上司はつまらないものを見たと言わんばかりに鼻を鳴らすと、席を立った。もうこの場所に用はない。


 携帯を取り出す。

 部下からの連絡がきていた。


『密航犯を見つけた。排除する』


 送り主は将斗からだった。









「何言ってんだよ………」


 友人の言葉を理解できず、いや、理解しようにも納得できず、晴樹は将斗を見上げた。

 通報はしない。しかし殺すと言ったその真意を読み取ることが出来なかった。冗談で言ったのならまだ落ち着くことが出来たのだろうが、その口調は冗談で片付けるには難しいほどわかりづらく、そして本気であるのがうかがえた。

 彼がテロ国家を嫌っているのはわかっている。なにせ家族を奪った仇なのだから。きっと殺したいくらいに憎んでいるのだろうし、それに荷担しようとする行為を許せないのだろうが。


 しかしだからって平然と、それも真面目に殺すなんて言えるか?一般人の将斗が………

 


「変な冗談よせよ。シャレになんねぇって………」


 将斗は無言で歩み寄ってきた。拳は握られていないというのにその姿からは隙というものが一切ない。


 肌を刺すような威圧感。冷たくなる背筋。


 似たような体験なら空手の大会でいくらでもあったが、大会では自分も熱くなるのが常だった。いや、熱くなるというよりかは闘争心に駈られてしまうのだ。

 なのに今の将斗を前にしたら、熱くなるでも闘争心が湧くというわけでもなく、ただ生存本能に近い何かが働くのだ。


 殺られる。


 逃げなくては殺られる。


 闘わなくては殺られる。



 本能が、生きたいと願う自分がそう警告するのだ。

 将斗が足を速める。僅かなステップに合わせてついに拳を握りしめ、正拳をつき出してきた。


「っ‼」


 刀のような鋭さを連想させる拳だった。下手に触れたら腕の肉を根っこまで抉り取られてしまいそうな、そんな突き。

 それをなんとか右手でつかむようにして防ぐ。掌を伝い痺れるような痛みが襲いかかってきた。


 よく学校で将斗にどつかれることはあった。ゲーセンのマシンで殴りあったこともある。

 だが今の拳はそれらの過去とは別次元なほど重く、鋭く、そして殺意に満ちていた。

 本当にこの拳を突き出しているのは、今いるのは友人の、あの将斗なのか?


「……やっぱり防がれたか」


 友人が陽炎のようにゆらりと顔を上げた。光る目は肉食獣に似ていて、明らかにこちらを食い潰す意欲を覗かせている。


 違う。こいつは将斗なんかじゃない。

 将斗はもっと気だるそうで、意外と優しくて、それで………


 タバコをくわえる友人の姿が頭にちらつく。

 しかし目の前の野獣はそんな姿からはかけ離れていた。


「く………っ!」


 拳を手放す。目の前の、友人の姿を被った野獣は犬歯を剥いた。


「じゃあ次行くぞ」


 奥歯を噛み締めた。


「………‼」


 殺らなくては殺られる‼


 本能の命ずるままに半身の姿勢になった。



「っ………将斗!」


 吠えながら殴りかかる。しかし声もむなしく将斗は拳を左腕で捌き、体を捻って、顔面にバックブローを入れてきた。よく不良達と喧嘩するときに使っているものだ。後ろに上体を傾けてかわす。だが既に拳を振るった後の晴樹には、姿勢を完全に立て直すなど不可能だった。胸から上を傾けたせいで下半身はおいてけぼりをくらっている。将斗は情け容赦なくその腹に膝を入れた。

 内蔵が揺れる感触と共に吐き気が込み上げてきた。痛みはその次。鍛えていたというのにその膝蹴りは重く、腹に沈みこむ。メキィッと悲鳴をあげた体は膝から崩れ落ちた。

 これまでの喧嘩で将斗の闘い方は見てきたつもりだ。喧嘩のみに特化した殴りあい。喧嘩殺法というやつか。

 しかしこんなに重く、鋭く、速い動きの、しかも殺意溢れる喧嘩殺法などいままで見たことがなかった。


「が………っ!」


「随分控えめな攻撃だな、晴樹。もしかしてその程度で俺に勝つつもりだったのか?」


 腹を抱えながら友人を見上げる。自分を見下ろすその目は格闘の試合なんかでは見られない、今まで手合わせした人とは比べ物にならないくらいの凄みを放っていた。


「だとしたらなめられたものだな」


 将斗はまだ動いていない。

 しゃがみこんだ姿勢を活かして足払いをかける。だがそれを見透かしてか跳ぶようにかわすと将斗は晴樹の首に腕を伸ばしてきた。


 こちらも反射的に手を伸ばす。掴みかかってきた手を掴み返し、無理矢理押しこむ。地に足のついていない将斗はそのまま転げ落ちたが、不時着しながらも身軽に姿勢を立て直した。

 息を整えながら立ち上がる。腹はまだ痛いが、立てないわけではなかった。

 対して将斗は呼吸も乱れていない。このような戦闘に慣れている証拠だ。


「……だよ」


 油断していた。

 将斗の闘い方を知っていたから、空手でいい成績を残してきたから、普段の遊びでもよく将斗に勝っていたから。

 そんなつまらない理屈に驕って、将斗がいくら強い拳を放っても負ける筈がないと思い込んでいた。


 だがさっき、察したではないか。


 今目の前にいる将斗はいつもの将斗ではない。自分の知らない、戦闘技術というものを露にしている。いや、技術だけではない。闘う意欲、判断力。それらが今まで知る彼の姿とはまったくと言っていいほど違う。

 まさに別人といっていいくらいだというのに。


 だからこそ晴樹は問わずにはいられなかった。


「なんでだよ将斗………っ!」


 友人は眉ひとつ動かさず、こちらの出方をうかがっている。


「俺の知るお前はそんな奴じゃない!真面目だけど話が通じる奴で……さっきだって警察には言わないって」


「だからってお前がテロ国家に行くのを易々と見逃す、人の良い奴だと思ったか?」


「な………」


「俺はテロリストを許さない。それに与する者もだ。これは俺個人の恨みでしかないがな」


「お前の家族の事は知ってる……兄と妹は戻ってきたんだろ?」


「戻ってきたさ。でもまた奪われないとも限らない……言っただろ。死体には慣れてるって」


 その言葉の意味を理解するのに時間は要したが、それを理解したときゾッとする寒さに肩を震わせる。


「将斗………お前、今まで………」


 あの事件で死体を見慣れたとしか認識していなかったが、そうではなかった。


 殺しの場面を目の前の友人………の、皮を被った化け物は繰り返し体験してきたのだ。

 学校で知る将斗など、かりそめの姿でしかない。


 俺の信じる友人は殺人鬼だったのだ


「殺す気で来いよ、晴樹


 友人だからとか話がわかるとか……そんな概念持っても死ぬだけだぞ」


 静かに言って将斗も半身になる。これまでの将斗からは見たことのない姿勢………いや、本性を前に抱いたのは、失望にもよく似た感情だった。

拳が痛みを訴える。今のでダメージを受けたわけではない。これは晴樹が父親を殴り殺したときの感触だ。殴り殺した拳が告げているのだ。


 本気でやらないと、殺らないと殺される。


 晴樹は再度半身になって構えた。



「……将斗のこと、本当は憧れてたよ」


 拳を握りしめ、静かに告げる。


「あんな事件で家族を失ったからか、学校では影があってよ。それなのに学校では速見みたいな良い友人に恵まれる強いお前がさ。羨ましかった。

 何事にもお前に勝つことで俺も強くあれたって満足もしてたしよ」


 でも今ならわかる。


 晴樹は将斗に理想を抱きすぎていたのだ。

 本当の将斗はもっと強く、今もこうして自分を殺しにかかろうとしている。


 それが許せなかった。


 友達だと思ってた奴が自分の前では手加減してきた事実が。

 そんな奴に些細なことで勝って一喜一憂していた間抜けな自分が。

 なにより、そんな将斗が自分を殺しにかかっている事実が。


 奥歯を強く噛み締め、晴樹は殴りかかる。騙していた怨みを強く込めて。


「何でだよ………何でだよ将斗おおおっっ!!」


 騙してきた理由を問うように、晴樹は拳を振り上げた。


おまけコーナー


五木「………まあ………こうなっちゃうんですよね」

山縣「なにが「ですよね」だ。なにが」

五木「でも山縣さん~。男同士の殴り合 い。やっぱりこれって王道じゃないですか~」

山縣「そんなものなのか?」

五木「そんなものです。このコーナーは今回、これで終了しますね。次回は悪友Ⅱになります。you are friendクライマックスまであと2回!お楽しみに~」

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