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鷹山晴樹



「それじゃあ愛花……20秒だけな?」


「いいよ。お願い」


 下校時間を迎えた学校の図書室は静かだ。今の会話だって小声で話しているが、他に誰かがいたらすぐに聞かれてしまうだろう。

 静けさと沈む太陽の光が、意味深な雰囲気を作り出す。

 将斗は愛花の背後に立つと、その細い脚を真剣な表情で見つめていた。やがて覚悟を決めたように、その脚に向かって………


「「せーーのっ‼」」


 愛花の体が軽々と持ち上げられる。愛花は将斗の首回りと肩に、腰を下ろす形となった。


 つまり肩車だ。


 最近、足場の高い台車は壊れてしまったのでこうした組体操まがいなことで補うしかない。

 愛花は制服姿………スカートなので、太股(生足)に頭を押し付けられる。恥ずかしさ的にも周りの目も気にした将斗も時間制限を設けることを条件に2人の意見は合致した。


 欲しい本は数学の参考書(愛花用)と古文の本(こっちは将斗用)。愛花は手早く本を棚から抜き出すと、脇に抱えた。


「取れたか⁉」


「ばっちり‼………あ」


 朗報の直後に不吉な「………あ」に、将斗は背筋をヒヤリとさせた。

 愛花は好奇心旺盛な子供よろしく周囲に興味を持ちやすい。


「愛花………?」


「隣の棚に、先週貸し出されたやつ‼戻ってきたんだ‼」


 不吉な予感は当たりやすいと小説なんかでよく言われるが、ごもっともだ。愛花の好奇心は隣の棚に移動されていた。


 やめてくれよ、すでにこんな体制を見ている図書局の生徒がニヤニヤと怪しい笑みを浮かべてるんだから‼


 紫音という幼馴染みの関係性を変に疑ったクラスメートたちに知られたら最悪だ。今度は愛花との関係性をネタに質問の嵐が殺到する。

 好奇心の目を向けられるのが苦手な将斗としてはやめて欲しいのです。


 だからお願いします、愛花さん。この歳で肩車なんて恥ずかしいんだよ?柔らかい太股だってほら、こうして側頭部に押し当てられてて目のやりように困るんだ。お願い。


「将斗、1メートル右にお願い!」


 頬にあてられる脚の柔らかい感触に顔を赤らめながらも、将斗は要求をのむことにした。こういうときは渋る方が損をするからだ。

 この状態が長引けば長引くほど、誤解は尾ひれをつけてより悪化した状態で噂となるだろう。それなら諦めるが勝ち。

 結局愛花の興味は連鎖をなして、本を巡る旅は当初の予定より5分延長となった。


「あ、あとそこにある………」


「いい加減にしなさい‼」


 案の定、図書室で長時間肩車をしては仲良く(?)話していた姿はカップルのそれとして捉えられ、後日には将斗と愛花の関係は噂となってクラスメートの話題となっていた。

 積み上げられた本を抱えて満足げに笑う愛花の横で、疲れた首をポキポキと鳴らす将斗。


「ありがとうね、将斗‼」


 黄昏時の陽が差し込む廊下を歩きながら愛花は弾けた笑顔で礼を言う。こうした屈託ない笑顔を向けられては将斗も彼女を悪く思うことなど出来なかった。

 かつてテロ国家で家族を喪い、復讐のために身を削って訓練に励んでいた将斗の心を癒したのがこの笑顔だ。


 だから将斗は彼女のお願いや笑顔には弱いのである。


「お礼に教室に戻ったらマッサージしてあげるよ。将斗、さっき首を7回も揉んでたから、結構疲れてたんでしょ?」


「相変わらずだが、すげぇな………」


 愛花は紫音と同じく、異常な体質の持主………保有者ホルダーである。能力としては完全な記憶能力。

 見たもの聞いたことをそのまま記憶してしまうため、一度に大量の情報を暗記してしまうと頭の情報処理能力が追い付けなくなり、体調を崩してしまうのが難点だが。


 ともかく彼女は将斗の仕草を見てその回数を覚えていたのである。


「大丈夫だよ。愛花にそういうのをさせるの、悪いし」


「なんでさ?私、肩揉みには自信あるよ」


「あまりスキンシップしたら周りに誤解されるぞ?」


「へ?肩揉むだけだよ?」


「それをスキンシップって言うんだよ」


 どこかぼけているというか、ずれているのも愛花の特徴と呼べるのだが………


 彼女と一緒にいるのは楽しいが、一歩間違えれば噂の種となりかねない誤解を招いてしまうような事態が自然と生まれてしまうのが悩みどころだ。彼女とは良き友人であって、恋人やらなんやと騒がれる関係ではないと認識している将斗にとっては、その辺のけじめはつけておきたいところである。


 無論、彼女に魅力がないわけではない。紫音が綺麗と言えるなら彼女は可愛いと呼べる外見だし、学校では彼女を悪く言う人がいないくらいに性格も良く、一緒にいると笑いが尽きない。

 だからこそ良き友人でありたいし、下手に付き合う付き合わないみたいな騒ぎがあればその関係に軋みが生じてしまうような気がしていた。


「なに?黙りこんで………考え事?」


「あ、ああ」


「なーに、どうせ速見に見とれてたんだろ?」


 背後から組つくように首を絞められ、将斗は息を詰まらせた。その様子を楽しむかのように、背後の人物は喉から笑い声をあげる。


「何すんだよ………っ」


「ははは、わりー。お前の苦しそうな姿を見るのは初めてだな」


 背後からの奇襲者に軽く悪態をつき、腕をほどいてもらう。奇襲者も将斗も愛花も顔には笑みさえ浮かべていた。


「で?なんだよ、晴樹」


「つれねーなぁ、お前と俺の仲だろ?」


「タカヤン、今日はバイトじゃないの?」


「うっ……なあ、速見……そろそろタカヤンはやめてくれねーか?」


 タカヤンの愛称に慣れてないのか、鷹山晴樹は苦笑いしながら頭をかいた。


「ぇー、なんで?可愛いじゃん」


「ヤンってフレーズが苦手なんだよ。こう………ヤンキーみたいでさ」


「違うの?」


「違ぇから!」


 否定しながらも笑い、晴樹は後ろ歩きを始める。焦げ茶色の髪は地毛で、決して染めているわけではない。


「今日暇か?バイトが休みなんだ。ちょっと付き合ってくれよ」


「俺は予定はないけど?」


 予定がないのは嘘ではない。任務は入っていなかった。

 愛花はというと即答で


「どっか行くの⁉」


 ノリノリである。実家に居場所のない彼女にとっては家から離れられる時間ほどありがたいのだろう。

 前回、彼女は親子3代に渡る文書をめぐった事件に巻き込まれた。文書は既に焼き捨てられていたが保有者としての能力は依然としてその頭に残されている。能力を嫌い彼女をテロ国家に与する輩に売ろうとした父親とはまだ仲直りが出来ていなかった。


「おう、今日は弟も研修旅行でいないんだ。付き合ってもらうぜ」


「私はいいよ、もしもの時は将斗の家に泊めてもらうし」


「おい‼」


「おうおう、お熱いねぇー」


 冷やかしてから晴樹は腕時計を見る。学校の送迎バスがくるまでもうすぐだった。


「じゃあ荷物まとめて、学生玄関に集合な‼」


 そう言って晴樹は鞄を背に掛けるように持ち直すと、廊下を走り去っていった。嵐の後のような静けさの中、取り残された将斗と愛花は互いの顔を見合わせる。


「相変わらず騒がしい奴だよな……」


「そう?楽しくて良い奴じゃん」


「お前のプラス思考も相変わらずだな」


 晴樹と仲良くなったのは去年の事だ。任務の帰りに不良と晴樹の喧嘩に居合わせた将斗は、当時の橘家の家庭の軋みに自棄を起こし、乱入するような形でその喧嘩に入り込んだことがある。以来、知り合った晴樹は学校で声をかけてくるようになった。


 髪色のせいで教師から煙たがられている晴樹だが、性格はさっぱりしているし勉学にも真面目に取り組む。バイトの都合で辞めてしまったが部活の空手では地元で優勝するなど、実に立派な生徒だというのが将斗の見解だった。


 よく不良に絡まれるのが珠に傷だが………


「ま、せっかく誘ってくれたんだし。行くか」


 だが将斗にとって遊び仲間でもある晴樹は良き悪友であった。





 港駅横のショッピングモールの2階。ゲームセンターや漫画の店が充実しているので、高校生の出入りが多い。そこで


「やるな!!」


「そいつはどうも!」


 晴樹と将斗は殴りあっていた………と言っても、ボクシングの対戦機でだ。相手に直撃すれば装具に震動が伝わるのもだが、晴樹の繰り出す拳が確実に将斗の体力ゲージを削って行く。


 将斗も負けてはいない。ガードと回避を繰り返し、隙あらば反撃してみせる。しかし流石は空手部。向こうも将斗の打撃を見切っては防いでカウンターを入れてくるのだ。

 手加減はしていない。ゲームとはいえ互いに死力を尽くして殴りあうのだが、体力を多く削られているのは将斗の方だった。


「蹴り入れてもいいんだぞ⁉」


「バカいえ!足に着けてない以上はノーカンだろ!」


 そう。これは足に装具を着けない。だから拳でしか闘えないのだ。

 将斗の体力ゲージが赤を切った。


「貰った‼」


 ガードしていた晴樹がストレートを打ち込む。寸でのところで将斗はそれを回避しようとするが………


「まだだ‼」


「あ、将斗!もう10分で魚が安売りするんだって‼行こうよ‼」


 いつのまに取ったのか、応援していた愛花は

特売セールのチラシを手にこっちへ走ってきた。


「魚どころじゃ………ねええええええっ!」


 日常では兄妹の奇行に振り回されているせいだろうか。ツッコミを入れる精神はこういうときに損をする。


 画面に写し出される将斗のPCは顎にストレートを喰らってしまい、その場に崩れ落ちた。





 愛花の買い物(明日の朝御飯)に付き合った後、広場でアイスをつつきながらベンチに腰を下ろす。バニラアイスにがっつく晴樹の表情は晴れ晴れとしていた。

 よほど将斗に勝てたのが嬉しかったらしい。


「今日は俺の勝ちかぁ」


 なんて言って、アイスを食べている。


「こないだだってお前が勝っただろ……」


「わかってねぇなあ。お前に勝つことに意味があんだよ」


 な?と隣の愛花に同意を求めている。愛花はというと目当ての食材を買えて嬉しかったのか、上機嫌に「ねぇ~♪」と相槌まで打っていた。


 本当にその魚を帰りのバスに持ち込んでいるのか?前も一緒に買ったが、愛花の住む町まで1時間近くかかるあのバスが魚臭くならないか気になるところだ。


「将斗は自己評価が低すぎんだよ。少しは胸を張れって」


 晴樹は笑って将斗の背中を叩いた。普段から鍛えている将斗でもよろめきそうになる力加減だった。


「っ痛えな、アイスが落ちるだろ」


「それくらいで落とすお前じゃないくせに」


「お前は過大評価が過ぎるんだよ」


 嘘ではない。晴樹は将斗よりも成績は良いし、空手やボクシングみたいな試合になれば喧嘩でも彼に勝てるかどうか。なのに仲良くなってからの彼は将斗をライバル視するような節がある。見方を変えれば晴樹みたいな人に認められたということだろうが、だからといって過大評価をされ、後で失望されたらなんて考えると申し訳なささえ感じてしまう。


 大体、自分みたいな後ろめたい事情を抱える人間が晴樹のような出来た人間に認められることすら、あって良いはずがないのだ。







 自室の椅子に腰を下ろし、コーヒーをすすりながら昴はパソコンを開いた。時間は夕方の6時13分。今ごろ千晶は夕飯の準備を終わらせつつあるだろう。


「ハロー、ナタリー」


 TV電話用のウィンドウを開けると、青いドレスに身を包んだ金髪の美女が出た。


『スバル。ぴったりね』


「仕事の話かな?それともただの家族通話?だったらいつでもウェルカムだけど」


『ひとつ前の会話の時点で家族通話という可能性を感じたのだとしたらスバル。私は貴方の記憶障害を疑うか、貴方のプラス思考が医者でも治せない状態になっているかのどちらかよ』


「お、ホームズさながらの名推理じゃないか」


『レディを男性に例えるのはやめて。クリスティがいいわ』


「キャシーならこう言うだろうね。「せめてマープルにしなさい。そして貴方はポワロ。前に出た大きな腹とか、貴方にはお似合いね」ってね」


『確かに、常に悠々としている様は貴方にそっくりね』


 話が大分こじれてしまった。どうしたものかとこめかみを触るナタリアを眺めるように、コーヒーをもう一口飲む。


「で、仕事だったら何の任務かな?」


『………無理矢理話題を変えたわね』


 だがナタリアにとって好都合なのも事実。気を取り直したように表情を切り替え、淡々とした口調で切り出してきた。


『ダグラス・ファミリーが戦闘員を集めている。明後日に室蘭から出る貨物船を使って、集めた人員を移動させる予定よ』


 昴は目を鋭くさせた。


 元はIT企業に手をつけていたインテリ系のギャングだったが、第二次世界同時多発テロを機に勢いをつけた。

 あの事件で他のテロ国家とともに成り上がったのだから昴達の実の仇だ。

 そんなテロ国家に自ら行こうとする者なら、自然と殺意の対象となる。


「僕の任務は?」


『手段は問わないわ。テロ国家の要員となる者を排除なさい』


「一見スマートに聞こえるが、規模によってはかなり大きな騒動に………」

『スマートに収めなさい』


「………………」


 随分と強気でこられた。強引なところはキャシー以上だな、とため息を吐きながらも昴の口は笑っていた。

 手段は問わない。その時点でこの任務は成功を約束されたと言っても過言ではなかった。


「それじゃあ貨物船のデータを送って………」


「昴兄ぃ?入るよ?」


 瞬間、昴は通話画面を隠すように別のウィンドウを開き、学校に提出するためのレポートを作成してるように見せかけた。遠慮のない大きなノックの後、扉を開いて顔を覗きこませたのは妹の千晶である。


「どうしたのかな?」


 千晶に隠したのは、ナタリアの秘密を隠すためだった。なるべく彼女という存在を周囲に知らされたくない。

 殺し屋という顔は一転、普段の優しくて家族想いな兄に替わる。


「夕飯、出来たよ」


「そうか。今日は早かったね」


 ダー、と頷いてから頭を引っ込める。しかしその前に、


「近々、室蘭に行くけど」


 昴はポーカーフェイスを貫きながらも緊張を禁じ得なかった。画面の向こうのナタリアも体を硬直させたのが気配でわかる。

 画面越しの気配にさえもカンが働いているのか、ナタリアの姿は見えないというのに千晶は「驚かせた?」と軽く謝罪の意を述べた。


「私はあくまで観光カンコー、だから。もし手伝ってほしいなら、いつでも言ってね」


 言い残し、去っていった。しばらくしてからレポート画面に偽装されたTV電話の向こうでナタリアが感嘆のため息を吐き出すのが聞こえた。


『驚いたわ……あんなに華奢な子なのに狂犬だものね』


 このタイミングで伝えてきたということは、だ。既にロシア側はこの情報を握っており、その上でこちらに手を貸そう持ち出してきたのか。

 イヴァンも随分と道化師である。


 ………狂犬には気を付けろ


 依然、天田が言った忠告を思い出す。


 ロシア側の動きが怪しい。たしかそうも言ってきた。

 これは何かの予兆なのだろうか。


『でもさすがよね……私の姿は見えないのに』


「それはね、ナタリー………完全に気配を殺さなかった君の落ち度だ」


 




 今晩のおかずを買い込んで重くなった買い物袋を手にしながら晴樹は帰り道を歩く。


 将斗と本格的に仲良くなったのは喧嘩騒動が過ぎた翌日以降。さらに親近感を覚えたのは、彼の家事情を耳にしてからだった。

 行方不明になった兄妹が帰ってきたものの、家族付き合いに変化が生じるでもなく彼はまるで、まだ兄妹がいないかのようにクラスメイトと話しているらしい。


 失踪していた家族が帰ってくるなど、ましてやそれが学校内の生徒の家族なら噂はたちまちニュースにして変わる。だが将斗は喜ぶでも感動のあまり泣くでもなく、ただ居心地が悪そうな素振りを見せただけ。


 その姿はあまりに歪に感じた。


 しかし歪に感じたからこそ、親近感さえ覚えた。


 家に愛する家族がいながらも、居心地の悪さとそれから逃げるように振る舞う様子。さらに道徳上よろしくはない暴力にまで長けている彼に、自分と近いなにかを感じていた。


 時々一緒に遊ぶだけの仲。しかしそんな中で、確かに悪友という関係は生まれている。


(さて、と………)


 自宅の前で足を止める。

 今日も形だけの父親は酒を浴びるように飲んでいるだろう。

 最低な家で最低な団欒。そんな中に晴樹は帰ろうとしているのだ。


おまけコーナー


五木「はい!将斗さんの肩車回から入りました‼良き友達だのなんだの言ってるわりに、将斗さんも速見さんを意識してるじゃないですか‼」

将斗「ばっ………違うって‼」

五木「もぉー、赤くなっちゃってぇ!かーわーいーいーっ!

 そんなウブな将斗さん、お姉さんが相手してあげましょっか?(流し目)」

将斗「あ、いや、それはいいです(キッパリ)」

五木「ゴフゥウッ‼」




………五木が搬送されたので、山縣のみでまわします。


山縣「………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………。」


 ボケ役(五木)が不在のため、本領を発揮できないそうです。


山縣「………………………………………………。おまけコーナー………おわり」

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