メモリアルエピソード・将斗
今回は将斗の過去編となります。軽井沢で彼が体験した昔話、見ていただくと幸いです。
バラエティーを見ていたときだった。
内容は双子の以心伝心。好きなタイプの異性や食べ物を当てるといった話だったが、番組に出ていた双子は高確率で好みが一致していたのだ。
番組を見ながら将斗は思い出す。
自然豊かな毎日での日々
そこで出会った彼らとの日々を。
あの頃はテロ国家で母以外の家族を失い、そんな母と一緒に療養として、夏を使って軽井沢に来ていた。
一階建てのペンションみたいな建物を借り、そこで生活する日々。しかし自分は新たな日々を送りつつあった。
男は天田と名乗った。テロ国家を駆逐することを目的にしているらしい。父や兄、妹を失い、家族としての幸せを失ってしまった当時は彼の言葉に乗り、復讐を目的に療養先のここ、軽井沢で体力作りと簡単な基礎訓練を受ける日々になっていた。
そして今日も山道を走る。朝はひんやりした風が心地よく、どこまでも走っていけそうだ。
天田のいるペンションはこの山道を登っていった先にある。もともと体力がある上に更に力がついてきた今ではすぐに着くことができた。
扉を開けながら天田を呼ぶ。入ってすぐのリビングでは天田が他の客と一緒に談笑していた。
彼に会いに来る将斗の存在はこのペンションに居る皆に知れ渡っていたのだ。天田の隣に座らせてもらうと、目の前にジュースが差し出される。
確か前の訓練では、飲み物に睡眠薬を入れられたんだったか………そんなことを考えて辟易していると、隣から声が聞こえてきた。
「………飲みなさい」
天田の方を見る。ちょうど顔が向かい合う形になっていた。
そのおかげか、彼の唇の動きに気付くことが出来る。
読唇術
唇の動きからそう予測することができるのだが、小さいながらにして将斗はそれをものにしつつあったのだ。
復讐への意欲からくるものだ。それは小さい子供が身に付けるには残酷な話かもしれない。
しかし短期間で覚えてしまうくらい、幼い少年の抱いた憎しみは強すぎたのだ。
「………今日の訓練はこれで終わる」
時計の針が正午を指した頃、天田が突然に告げた。山の中で行われていたのは近接戦の訓練だ。
いつもは夕方までやるのだが、今日はやけに早い。
「何でだよ………まさか俺の覚えが悪いからか?」
「………いや、覚えは良い………良すぎるんだ。………だから軽井沢にいる間は………反復練習をしておけ」
確かに、ここに来てから馬鹿みたいに色々覚えさせられたが。
「………それに…………少しは楽しんでけ」
天田なりの休みのあげかたなのだと知るのは、もっと先のことだった。
「楽しんでけってもなぁ………」
不平文句を垂れて山道をくだりながら、ここ、軽井沢の景色を眺める。
豊かな自然と人の住みやすい技術が見事に合わさった場所だ。居るだけで心を落ち着かせることができる。
山道を降りて麓まで来たとき、道中の屋敷から車が出るのが見えた。この辺りに建つ屋敷は皆、裕福層のもので、その別荘として使われることが多い。
いつも前を通るが、夕方も屋敷の車が帰ってきている様子はなかった。
基本、屋敷の主はあの屋内には居ないのだろう。
だが将斗にはひとつ気になる点があった。
いつも帰る時、この屋敷の2階にある一室に、電気がついているのだ。
この軽井沢にきて部屋に籠っているのも珍しい話だ。もしそういう人がいるとすればそれは、病気による養生か屋内での仕事を主とするだろう。
しかし将斗は一度だけ部屋にいる人物を見たのだが、それは将斗と同い年ぐらいの少女のような記憶がある。
どうかしていたのかもしれない。向こうには迷惑な話だったかもしれない。
でもあの時、あんな気紛れを起こしたからこそ、君に会えた。将斗はそう信じている。
小石を投げてみる。考えれば危ない行為だが、ガラス窓は割れることなくカツンと高い音をたてただけだった。
窓を開けたのは長い髪を横に束ね、ストールを羽織っている少女だった。
向こうがこちらの姿を確認するのを待ってから、将斗は屋敷の敷地に入って窓の下まで近寄る。
「………誰?」
知らない奴が堂々と敷地に入ってきたらそう思うだろうよ。
だから声を上げて名乗る。
「将斗。君は?」
女の子は戸惑った様子で周りを見回してから
「ことね………光石琴禰」
そう名乗った。
様々なジャンルの本が棚に並び、壁には水彩画が飾られている。いろんな場所の風景を描いたものらしいが、中に1枚、この部屋の窓から写したと思われる絵があった。
「この絵、君が描いたの?」
「そう。これか本を読むことしか、私には出来ないから」
琴禰は基本的に外へ出ることはないらしい。そこで屋内でもできる水彩画や読書をして過ごすことが多いのだという。
彼女の両親は不動産を営んでおり扱う土地の殆どが東京や観光地のものだとか。
「将斗くん………は、いつも何してるの?」
「そう、だ、な………」
話そうとして言い留まる。最近まともに遊んだ覚えはない。胸にぽっかり空いてそこに冷たい風が入り込むような虚無感を覚える毎日。眠ると毎晩のようにあのテロ事件の夢に襲われ、目を覚ませばパジャマを汗と涙で濡らしている状態だった。
天田に声をかけられなければ自分は今もあんな日々を過ごしていただろうし、また外を(訓練だが)走り回ることもなかったろう。
頭にこびりつく家族との記憶をまぎらわすように唇を舌で湿らてから、少しずつ話し始めた。
「夏は……釣りとか、秘密基地作ったり………かな」
「秘密基地?」
物珍しそうに眉を潜める琴禰。外で遊んだことがなければ知らなくて当然か。
「外で作るちょっとした基地だよ。簡単な建物を作って、そこで皆と遊ぶんだ」
「建物………作るの大変じゃないの?」
興味が湧いたのか質問を重ねてくるので、これまでに作った基地やその周辺での話を掘り下げることにした。
少し話してみてわかったのだが琴禰は大人しいようでかなり活発な性格らしい。
これまでに体験した遊びや出来事などを話しみると、大人びた物腰は一変し年相応の無邪気な瞳を向けてくる。そして話を聞くと自分もやってみたいと言い出すのである。
「私も川で遊んでみたい‼」「かまくらって楽しそうだね」「凧ってそんな簡単に作れるの?」
弾けた笑顔を見せてくるのだし喜んで聞いてくれるものだから、こっちも話し甲斐があるというもの。
話を続けていると背後の扉が開かれた。入ってきたのはこれもまた同い年ぐらいの子で、男女一名ずつ。面影が似ているところからすると、この二人は兄妹のようだ。
男の子が将斗に気付いて顔を強ばらせる。見知らぬ人がいるのだからもっともな反応だろうが、琴禰に危害が加えられてない様子を見ると警戒を解いたらしい。一方の女の子は琴禰に近寄ると将斗から庇うように間に立ちはだかり、将斗への警戒心を露にしていた。
「真冬、雪見……この人は私の友達だよ。将斗っていうの」
琴禰が将斗の代わりに紹介してくれたので警戒の色は薄れたが、予想外の来客を二人は歓迎していないらしい。なかなか話をしようとしなかった。
「琴禰の友達?」
琴禰に聞いてみると彼女は静かに笑い、簡単な説明で返した。
「友達だよ。もともとは父さまが紹介してくれたボディーガードみたいなものなんだけど」
「みたいな、じゃなくてボディーガードそのものですよ」
先に口を開いたのは男の子の方だった。
「え?でも私なんかを守っても……」
「琴禰さまは社長の大事な御息女なのですから……そろそろ自覚してください」
次は女の子が入ってきた。
「私は二人を友達だと思ってたけど?」
「「うっ………」」
二人の硬直する様子は、驚くくらいに息がピッタリであった。
このまま話さずに終わるわけにもいかないので近付いて手を差し出し、笑いかける。
「こっちには近い歳の友達がいないんだ。俺とも友達になってくれないかな。頼むよ」
二人は将斗を、そして互いの顔を見た。目だけのコミュニケーションの後、次は琴禰を見る。「良いんですか?」と問いたげな表情だ。
主から了承の微笑みを受け、少し考えこんでから、二人の手が将斗の手を握る。
「加賀谷真冬……」「加賀谷雪見です」
双子だと知ったのは翌日のことである。
「じゃあ雪見の方がお姉ちゃんなのか」
翌日会ったとき、互いの年齢を知った。琴禰が将斗と同い年でこの双子はその1コ上らしい。
「そう。真冬の方が大きいからよく勘違いされるけど」
「まぁ双子なんだし、どっちが上でも大差はないけどな」
語る二人の挙動仕草はまったく一緒で、外見以外の違いというものが見つからないくらいシンクロしている。
が、
「すごく重要だよ?特に真冬はすぐキレるんだから、お姉ちゃんの私が止めないと………」
「雪見が怒んなけりゃすむ話だろ。いつもいつも俺が何かしたらすぐに怒って………」
不穏な空気になってきたぞ?
「雪見はわかってないんだ。バカにするやつはな、すぐに力で抑えないと繰り返して同じことをしてくるんだよ」
「加減があるでしょ、加減が」
言い合いを始める二人は双子とは思えないほど言い分も態度も違っており、挙げ句………
「なんだと雪見ぃ、やるってのか‼」「真冬こそやる気?」
双子はどこからか木刀を取りだし、客人がいるにも関わらず試合を始めたのである。
ただの姉弟喧嘩ならまだ可愛らしいものの互いの急所を的確に狙い、打ち込もうとしていた。
「真冬なんて野菜食べれないお子ちゃまじゃない!」
「雪見みたいなババアみたいな味覚は俺にはねぇんだよ!未だにおねしょするくせに‼」
エチケットな部分をさらけ出され、さらなる殺気が嵐のごとく雪見から吹き溢れた。
「なによ!真冬なんか………!」「雪見なんか!」
「二人とも、やめてちょうだい」
鶴の一声が二人を止める。正座をしてにっこり笑う琴禰は笑いつつも二人を牽制する威圧を放っていた。
隣に座っていた将斗でさえもその声に寒気を覚え、胸騒ぎを感じる。
彼女は見たところ身体を鍛えている様子もないが、内に秘める未知なる何かを秘めているような、そんな力を持っているような気がした。
主の牽制を受けた二人は硬直し、油を切らした器械のようにぎこちない動きで首をこちらに向ける。何を恐れているのか顔は青ざめ、雪見にいたっては肩を、真冬は歯をガチガチ鳴らしながら震えていた。
もし放っておけば大怪我をしていただろう。琴禰の判断に間違いはない。しかしここまで恐れさせるほどの何かを琴禰は放っていたのだ。
「こ、琴禰さま………」「俺たち、別に………」
「ん?」
謎の威圧を放ったまま、笑いかける琴禰に双子は………
「「す………すいませんでしたああああ!」」
双子らしく息ピッタリのタイミングで土下座を決めたのである。
知り合って以来、将斗の生活サイクルは大きく変化した。
天田のもとで稽古を受け、帰りに琴禰のところに立ち寄り四人で遊ぶ。
琴禰は敷地内であれば外でも遊べるらしく、外でお菓子を食べたり本を読んだりすることが多い。
流石に走り回ることは出来ないらしいので、駆けっこなどは双子と一緒に遊ぶ。そんな将斗達の姿を琴禰は、本を読みながら微笑ましく眺めるのである。
しかしこの双子、ささいなきっかけがあろうものならすぐに喧嘩を始めるのだ。
「今日は何して遊ぶ?」
「バドミントン!」「チャンバラ‼」
双子は睨みあった。
「チャンバラは昨日もしたじゃない。だから面白味がない男なのよ真冬は」
「はん、新しいものばっかり好きな女にはロクな男が出来ねえぞ」
「やるの?‼真冬‼」「やるか?‼雪見‼」
「落ち着いてくれよ………」
面白味がない男だの、ロクな男だの………子供が喧嘩に使うワードではない。
「琴禰が見てるぞ……」
「「?‼」」
琴禰は本を手にこちらを見ている。
最近はこの二人を抑えるのにも慣れてきた気がするなぁ………
「ぅ……将斗、何して遊ぶか決めてくれよ」「ここは間を取っていただければ」
実に単純である。
「二人は剣道を習ってるのか?」
休憩がてらお菓子を食べながら尋ねてみると、琴禰が代理で答えてくれた(双子は早食いで競っていたので話せない状態だった)。
「雪見達のお父様は剣道の師範代なの。だから二人も小さい頃から剣道を習っててね」
「へえ、俺もこの前まで剣道習ってたから、少し興味があるな」
すると一足先に菓子を飲み込んだ真冬が身を乗り出した。
「昨日のチャンバラでも思ったけど、将斗って剣の振り方が上手いからさ。習ってるんじゃないかって思ったんだ」
「考えたのは私が先のはずよ?言われるまで真冬は気づかなかったくせに」
「はぁ?でも居合いについては俺の方が先に気づいたぞ?」
「なによ………」「なんだ………と」
二人が言いよどんだのは琴禰の視線を受けたからである。将斗は苦笑いをしながら話を続けた。
「亡くなったじいさんが剣道と居合いをしていたんだ。俺と兄貴と妹。三人に教えてくれたんだよ」
「「やっぱり!」」
息の合ったリアクションの後、気付いたのは自分が先だと喧嘩を始める双子。しかし琴禰はそれを制することなく、むしろ将斗の言葉に興味を覚えたのか眼を輝かせていた。
「兄妹がいるの?」
「あ………」
己の失言に気づく。あのテロ事件の記憶が脳裏を過った。
兄と妹の行方は未だ不明だが、生きている可能性は限りなく低いだろう。そのため母はこの軽井沢でも部屋に閉じ籠ったままの状態だし、自分は家族を奪い、滅茶苦茶にしたテロリスト達に復讐をするためにこうして自身を鍛えることになった。
その気持ちに嘘偽りはない。しかしこうして思い出すと、胸に冷たくて黒い感情が込み上げてきてしまうのだ。
「……いるよ。今はこっちにいないけどさ、結構一緒に遊ぶんだ」
暗い感情は幼い彼に嘘をつかせた。
「どんな兄妹なの?」
こちらの思いに気づくことなく、琴禰は質問を重ねる。純粋な好奇心はあまりに綺麗で残酷な嘘をさらに連ねることとなった。
「兄貴は勉強ができるんだ。学校でも有名でね。生徒会の会長を務めるくらい。
妹は泣き虫であまえんぼうなんだけど、よく喋って笑うやつだよ。ムードメーカーってやつかな………
あとは………」
残酷な嘘は胸をしめつけ、色んな感情が頭の中で弾けそうになる。
いつしか言葉は途切れ、手に持つジュースへと視線は釘付けになっていた。
理性が働いてはいるが、次に何を言おうかわからなくなってしまう。
しかし将斗が黙ってしまった真意など知るはずもなく琴禰は優しく微笑んでいる。
「良いなぁ、将斗の兄妹ならとても素敵な人なんだよね。今度、私も会ってみたいなぁ」
「うん………」
破裂した感情を悟られないようジュースを飲み込んでから前を向く。
たとえ嘘をついても、兄妹を連想させる彼等に本当のことを話してまで、暗い顔はさせたくなかった。
まだこの光景を見ていたいと思ったから。
「そうだな……次に会ったら……皆で遊ぼう」
精一杯の嘘は自分自身の願いのように思えた。
母はもうしばらくこの軽井沢で養生するが、将斗は新学期までに帰らなくてはならない。
小樽へ帰る四日前、いつもどおり琴禰の屋敷で琴禰と双子を交えて遊んでいた。
帰る日程については出会った時から教えていたので、彼女らも近日中に離れてしまう友人との交流を意識してか少しばかり表情が暗い。
「だから暗くなるなよ……」
「だって………」
呟く琴禰の顔は不安げで、今にも倒れるんじゃないかと心配になるくらい顔色が悪い。
「また会えるからさ、そのときは琴禰も一緒に遊ぼうぜ。釣りとかスキーとかやってみたいんだろ?」
「………うん………」
琴禰は浮かない表情のままだ。
「真冬たちとも一緒に遊んでさ、雪合戦もしようぜ。夏なら皆で海に………」
「将斗」
遮ったのは雪見だった。先に野球で遊んでいたら真冬が山の方にボールを飛ばしてしまったらしい。真冬は先に山の方へ走って行き、将斗にも探すのを手伝ってほしいと雪見はジェスチャーで示していた。
草が生い茂る麓で小枝をかき分けながらボールを探す。そんな将斗の隣に雪見はしゃがみこんだ。
「……ごめんなさい。琴禰さまも本当は皆と外で遊びたいのです。でもそれが出来ないから………」
将斗は手を止めた。
「琴禰は病気なの?」
黙って頷く雪見。
それらしい様子はいくらでもあった。屋敷から離れられない、あまり身体を動かす様子のない琴禰。
あの様子はまるで、隔離されているようで。
しかし公言はされなかったので踏み込んだことを聞くことはなかった。
「なんの病気?」
「………………」
「……そんなにひどい病気なのか?」
「違います‼」
勢いよく頭を上げ、否定する。
「少なくとも無理をしなければ命に関わるようなことはありません‼」
ただ、負荷がかかると発作を起こし、さらにそれを繰り返すと寿命を縮めてしまうのだと雪見は説明した。
儚げに笑う琴禰の姿が目の前でちらつく。
なぜいつもじっとしているのか。
なぜ将斗の話に眼を輝かせていたか。
それがすべて繋がった気がした。
「そっか………」
逆に、下手に身体を動かさなければ彼女の寿命は平均的な長さを約束される。雪見はそう告げた。
「…じゃあ、俺、ひどいことを言ったのかな」
そんな琴禰にアウトドアを強いようとした自分の考えを恥じ、申し訳ない気持ちになる。
「そんなことはないぜ」
そこへ真冬が頭に葉っぱやら小枝やらを載せた状態でやって来た。片手には無くしたボールが握られている。
どこまで探しに行ってたんだ?
しかし直後、不自然な物音によって3人の意識は庭に向けられる。
何かが押し倒され、砕けた音。それはティーカップのような軽い陶器を連想させるような音だった。
将斗と双子は音のした方を反射的に見る。それは屋敷の庭であった。
少し離れたところには黒い車が停められている。
ドクンと脈打つ胸。押し寄せてくる不安が、あのテロ事件の光景を思い出させる。
(まさか………)
三人は走り出した。
倒されたテーブルや砕け落ちたカップを置き去りに、二人の男は琴禰を車に押し込んだ。運転席にはもう一人おり、三人ともジャンパーを羽織っている。顔つきは端から見ても堅気のものではなかった。
「出せ‼」
一人が叫ぶと運転席の男が頷き、切り換えレバーを倒す。
緩やかに走り出した車に乗り込みながら男は携帯電話を取り出した。
「俺だ。光石の令嬢は捕まえた。案外あっさりと片付いたぜ……」
他の男たちも笑い出した。その様子を後部座席に座っている琴禰は静かに見つめている。
「………………」
琴禰はただ黙って彼等の様子を観察するように眺めていた。
「でもよぉ……この娘を人質にして、何を………」
運転席の男がスピードを上げながら話す矢先、異変は起きた。
男は急に話すのを止め、表情を凍りつかせる。その口はみるみるうちに薄紫色に変り、手元から震え始める。
様子に気付いた仲間が訝しげに覗きこむ。
「?おい、どうし………」
最後まで言う前に運転席の男が口から、目から、鼻から、そして耳からさえも。大量の血を吐き出して倒れ込んだのだ。
車内は血の海と化し、急な惨劇に男達は悲鳴をあげた。
「ひ………ぎゃあああああああああ!」
「なんだよ、何が起きたんだよ‼」
蜂の巣をつついたような騒ぎが起こるなか、返り血を受け驚き怯える男達。
スピードを上げた矢先の出来事だった。遺体と化した男の手足はいまだにハンドルとアクセルに固定されたままである。別の男がハンドルを掴もうとするが、そのために遺体を押し退けようとしたものだから遺体が傾き、ハンドルが切られてしまった。
「っ………うあああああああああ!」
車は横道に逸れ、道端の車庫の側面に激突する。鉄の壁がひしゃげた音と追突音、男達の悲鳴が交差した。
「?‼事故を起こしたぞ‼」
走り出したと思ったらすぐに事故を起こした。しかし双子はあくまで冷静に木刀をかかげ、車に向かって走り出す。
「今です‼」
「救出するぞ‼」
頭を押さえながら這い出てきた男に双子が襲いかかる。真冬が跳びながら頭部を。雪見が低い体制のまま脇腹を、木刀で殴り付けた。
男がすぐに意識を失う。見事な連携だ。琴禰が二人をボディーガードと話していたが、あれは本当だったのか。
「琴禰っ‼」
後部座席に片足を踏み入れた途端、車内のおぞましい有り様に言葉を失った。
フロントガラスに血。ハンドルも何もかも血。血、血………
そこは血と死臭で溢れかえっていた。
死臭は初めてではない。この前、家族を失ったあの場所でもこことよく似た臭いがあった。
蘇る記憶。死の世界と化した第二次世界同時多発テロ。血まみれの死体………
「将斗………?」
琴禰の小さな声で我にかえる。返り血を浴びてはいたが、怪我はしていないようだった。
そうだ。今は琴禰を救出しなくては。
腕を掴んで無理矢理引っ張る。琴禰の体はとても軽く、すぐに将斗の胸元まで引き寄せられた。
だが謎の力が琴禰を引きとどめてしまう。
「動くな‼」
もう一人の男が琴禰の襟を掴んでいたのだ。頭から血を流してるが意識ははっきりしているらしく、もう片方の手に握るナイフを琴禰に突き立てようとしている。
もう一度あの記憶が蘇った。今度はさらに鮮明に、はっきりと。
心臓がドクンと大きく脈打つ。
平気で人を殺していたテロリスト達の姿が男と重なった。
そうだ。
自分はこんな人間を心の奥底から憎んでいるから、闘う術を学んでいるのだ。
もう大切な人達を失わないために。
彼らを殺すために‼
「っっああああああああああああああ!!」
琴禰の体とシートの隙間に身体を滑り込ませ、大きく踏み込む。琴禰の体は弾けるように車の外へ弾かれた。
「っ?‼」
咆哮に怯んだ男の体から僅かだが力が抜けたのだ。ナイフを握る手首を掴み、押し込むようにしてナイフの柄を男の鼻先に叩きつけた。
顔面は急所が多い。それらは大きな拳一発で殴るよりも、ピンポイントで突いた時の方が効果は高いのだ。
「ぎゃっ‼」
男の情けない悲鳴が鳴り渡る。興奮に身を任せ、すかさずナイフを奪い取って首もとに刃を突きつけた。
皮膚に軽く添えられた刃に鮮血が滑り落ちる。
たとえ相手が子供であっても、この状況を打破するのは難しいものがあった。
連行された男達の後ろ姿を眺めながら反省点を探す。今回は真冬たちがいたから、偶然の事故があったから救出出来たようなものだ。自分一人の実力ではどうにもならなかっただろう。
本当に自力で守るためには、もっと力が必要だ。力だけではない。もっと戦術や武器も………
「将斗……」
物思いに更けていたところ、琴禰に声をかけられて我にかえる。返り血はきれいに拭き取っていたが、服にはまだ血がこびりついていた。
不安とも悲しいとも取れる複雑な表情を浮かべている。
「ああ、琴禰……大丈夫だった?」
「うん……でもどうして私を助けたの?」
質問の意図を図りかね、首をかしげる。
「だって危険なことだったんだよ?私や真冬たちは別に………」
「……なんでだろ」
「え?」
「……危ないことだってのは知ってんだけど……」
なぜ自分も助けに向かったのか、わからない。
知識や技術を学んでいるから?真冬たちにつられたから?
おそらくはそれらもあるだろう。
でも………
「……俺さ、兄妹がいるって言ったけど……この前のテロで失ってるんだ」
口許を手で覆う仕草を見せる琴禰に、静かに語りかける。
「行方不明ってなってるけど、まず生きてないだろうし。俺、逃げることしか出来なかったんだ。あの時、家族を見捨てて逃げたことが……逃げる以外にも何か出来たんじゃないかって思うと…」
でもそれは過ぎた話だ。いまさら蒸し返しても家族は戻らない。それは将斗が一番知っている。
でも多分………
「だから……かな。琴禰が拐われて、どうにかしたかった。もう逃げたくなかったんだ」
あのまま警察を呼ぶのがもっとも安全で確実な手段だったろう。しかしそうすれば琴禰はもっと長い時間、彼らに捕らわれていたことになる。
その間に殺されていたのかもしれない。それだけは嫌だった。
自分だけ安全な場所に逃げて、そのまま誰かを失うなんて。
語る自分は泣いていたのだろうか。琴禰はなにも言わず、ただ将斗の顔を見つめていた。
橘将斗さんへ
元気ですか?私はもちろん、真冬や雪見も元気ですよ。
あれ以来会ってないから、お礼を手紙で言うことになりました。
あの時は本当にありがとう。私ね、よく悪いひとにさらわれることがあるから、あまり友達が出来なかったの。でも将斗はいつも会いに来てくれて、本当にうれしかった。
真冬たちから聞いたよ。私の病気、知っちゃったんだよね。
将斗がよく外の話をしてくれて楽しかった。私、外で遊べない体だから、将斗が話してくれるものは全部キラキラしているみたいで、輝いて見えたの。
でも私を遊びに誘ってくれた時、嬉しかったんだよ。将斗は他の子みたいに遠慮とかしないで誘ってくれるから。
お兄さんや妹の話を聞いたときは驚いたけど、それでも話してくれてありがとう。私も将斗のこと知らずに聞いたりしてごめんね。
私には真冬や雪見みたいな兄弟みたいな存在がいるけど、二人がいなくなったらって思うと辛いもの。
さっきも言ったけど私はあまり友達がいないから、将斗がいてくれて本当に楽しかったの。釣りやキャンプとかに誘ってくれた時、嬉しかったのは嘘じゃないよ。
これから私も軽井沢を離れます。もし会えたらその時はまた誘ってください。皆でまた遊ぶことが出来たら絶対に楽しいし、私も将斗と会えたら幸せだから。
光石琴禰
この手紙は将斗がいたペンションに送られ、ペンションから橘家に届けられたものである。
「将斗?」
紫音の声で我にかえる。記憶を呼び起こしているうちにかなりの時間を費やしていたらしい。
「あ、ああ………」
「ずっとボーッとしてましたよ?」
「寝てた?」
「それとも誰か昔の女性のことを思い浮かべていたとか?」
兄の鋭いひと言にドキッとする。動揺が見てとれたのか、兄と妹が冷やかしてきた。
居間にどっと起きる笑い声。
あの頃はこんな風景を想像もすることは出来なかった。
死んだと言ってしまったが、実は生きていた兄と妹のことを話したら彼女は喜んでくれるだろうか。
「……電話です」
スーツ姿の女性は慣れた手つきで書類を分けながら片手に受話器を握っている。しかしその顔は二十歳を越えていない幼さが残っていた。ソファたな座っていた女は静かに立ち上がる。
「大方予想はつきます。出ましょう」
「良いのですか?おそらく………」
その先を言わなかったのは不穏な状況を説明し難かったからか。しかし女は儚さの中でも凛とした態度で答える。
「平気よ。それに………」
女性と同じく黒いスーツを着た男性が現れる。その顔は女性と瓜二つだった。
「懐かしい夢を見て、気分が良いのよ」
その言葉を受け、双子は顔を見合わせた。
「まさか彼のことですか?」
「将斗は今………何をしていますかね」
女は頬笑む。
「何を………しているのかしらね」
おまけコーナー
昴「やっぱり女の人じゃないか(ニヤニヤ)」
将斗「ちげーって!あいつは別に………」
千晶「紫音ちゃん、愛花さん、琴禰さん………こんなにいるのに………」
昴「我ながら弟の鈍感さとフラグ建築っぷりには感心するよ………」
その頃………
五木「………なんだか私、将斗さんを見習うべきだと考えることがあるの」
山縣「彼氏を作れない現実逃避は結構だが、仕事は放り出すな」
客「すいませーん、注文したサンドイッチ、まだですかぁ?」




