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SS・紫音と3人の幼馴染

SS編始まります。

1話完結の短編集ですが、今後のストーリーに関わって行く内容となっております。




 とにかく具合が悪かった。

 目を覚ませば頭はグラグラするし、身体全体が熱くてたまらない。

 起き上がるが脚に力が入らず、気付けばパジャマ姿のまま床に突っ伏していた。

 熱だとそこでようやく理解する。


 思えばここしばらく仕事がまわされて、ろくに休みもしなかったから………

 うまく起き上がることもできず、ひたすら床の上でもがくが、重たい身体を動かすことはかなわず、汗ばかりが流れる。

 視界までぼやけ始めていた。


 泥沼に引きずり込まれるように、意識が遠退いてゆく。

 いつの間にか身体から力が抜けていた。






「………出ない」



 のり巻きといなり寿司を食卓に並べ、いつでも食事の準備はオーケー。といったところだが、昼食に来るはずの紫音が来ず、挙げ句のはてには連絡すら通じない。

 昴と千晶も今はいないし………



「仕方無い」



 紫音は橘家の鍵をもっているが、逆にこちらは?と聞かれると……無いのである。

 だから無理に部屋に入るといったことは出来ないのだが、もしかすれば料理を届けることぐらい、出来るかもしれない。


 食費は折半しているのだし、それくらいしても良いだろう。いないなら帰れば済むのだし。

 千晶がよく使う弁当箱に適当に詰めこみ、軽く身支度をしてから将斗は家を出た。





 紫音のマンションにはすぐに着いたが、意外な先客がそこにはいた。



「千晶。何してんだ?」



 出掛けていたはずの妹、千晶が紫音の部屋の前に突っ立ち、苦々しそうな表情を浮かべていたのだ。



「将斗………」


「まさかお前も来ていたとはな………。そうだ、紫音のやつ、連絡が通じないんだ。何か知らないか?」


「ニェーット……でも様子がおかしいみたい」



 そう言って扉に耳をたてる。将斗も習ったが物音ひとつしない。

 何がおかしいのだろうか。



「気配はある。でも一向に動く様子がないの」


「気配………?俺には何も………」


「仕方無いよ。戦場、森のなかで完璧な偽装、匍匐の姿勢、それでじっとされたら私も気付くの難しい」


「紫音は戦闘員じゃねーぞ………」



 大体こんなマンションの中で幼なじみが気配を殺し、わざわざ自室で偽装までしているなんて考えられない。



「だが部屋にいるのに動かないってのもおかしいよな。連絡にくらい出てもいいのに」


「気になって来てみた。携帯が鳴る音もするし、何回も呼んでみたんだけど………」


「いつからだ」



 千晶は黙って指を折って数え始めた。既に3本まで折られていた。30分か。そろそろ不安になる数字だな。


 だが携帯が鳴るところからして、いるのは間違いないらしい。それなら訳あって出ないだけか、それとも………



「出れない………のか?」



 何気なく呟いただけだが、その一言の千晶の中で焦りが生まれたらしい。

 どこからともなくワイヤーと簡易工具を取り出していた。



「出られないのは身動きが取れない状態。つまり意識が無い」


「それはわかる。だがなぜワイヤー?」


「玄関にも出られない。なら、拘束されてる上で意識が無い可能性、高い」


「落ち着こうか。どうしてそんなシチュエーションが浮かび上がる?」


「仲間が似たような手段で取り押さえられたことがある」


「早まるな‼」



 まさか窓?窓から入るつもりなの?


 一般市民の女子がマンションの屋上からロープで降下している姿なんて見られたら大騒ぎになるよ、特にこの国では!


 しかしこちらの制止もきかず、千晶はワイヤーを肩にかけるとダッシュで力強く階段を蹴りあげる。


 ………行ってしまった。


 一瞬、止めるべきか迷ったがそれよりも先に確認しなくては。

 電話にも出ない、チャイムにすらでら出ない様だが、紫音がこちらからのコンタクト気付けていない可能性だってあるからだ。


 チャイムを鳴らしてみる。………やはり出ないか。



「紫音、いるか?」



 何度も鳴らしながら郵便受けを開き、そこから呼び掛ける。



「俺だ。将斗だ。電話にも出ないから心配になって来たんだ。今、大丈夫か?」



 マンションの郵便受けは屋内と繋がっているタイプもある。おそらく長年戦場と基地にしかいなかった千晶にはわからなかったのだろう。

 こうやって呼び掛ければ中の人は結構気付きやすいんだぜ?


 すると、何かを引きずるような音が聞こえてきた。音は段々と近付き、扉の鍵が外れる。

 しかし紫音は出てこなかった。



「紫音………?………入るぞ」



 断りだけ入れて扉を開けてみる。


 まず先に目に飛び込んできたのは整理された部屋。そして目の前で壁にもたれかかるようにして座り込み息を荒げている、パジャマ姿の紫音だった。



「紫音!」



 慌てて抱き支えるが、その身体は熱湯のように熱かった。

 電話にすら出られないわけだ。ひどい熱じゃないか。



「………ん………」



 紫音の眼が薄く開き、こちらを見る。なにかを言おうと口が動くが、か細くて聞き取ることは出来なかった。



「今は喋るな。ベッドまで運ぶからな」



 そして太股を抱えようと脚に手を伸ばすが………



「………………」



 ちょっと待て。


 自分が勝手に触って良いのか?


 パジャマってのもあるけど、全体的に汗ばんでる紫音を抱き起こすって………


 そう考えただけで、いけないことをしている気持ちになり始めた。


 なんかこう……鎖骨まで見えますし?顔が赤いのもなんだか艶やかな………


 思わず唾を呑み込んでしまう。



「……紫音ちゃんがいない?一体………あ」



 窓を開けて燦に足を乗せた状態で千晶が入ってきた。

 もう降りてきたのか。流石です。早いね。



 俺→パジャマ姿の紫音を抱いている。


 千晶→入ってみたら兄がパジャマ姿の幼なじみを抱いて、胸元やらを見ていた&脚に手を伸ばしかけ。


 追記・千晶が特に嫌うもの………性的暴行



「将斗……」


「いや、違うんだ。鍵は紫音が開けてくれて、これからベッドに………」



 おかしい。ここは北海道でまだ雪は降っていないのに、真冬のような冷たい空気が漂っているよ?


 寒いです、千晶さん。紫音が凍えちゃうから誤解をやめて、冷房を切ってください。あと、おもむろに取り出したそのナイフも………



「言い訳?………聞くよ?反映するかは別として」


「あ、ようやく言葉が標準に………っ、ギャアアアアアアアアア‼」




「………39.6………かなりあるね」



 体温計を見ながら昴は呟く。キッチンでは頭を包帯でグルグルにした将斗がお湯を沸かしていた。

 咳などは見られないし、おそらく過労によるものだろう。戦闘訓練は受けていないのに3兄妹の仕事についてきて、まとめてバックアップさえしてくれているのだ。無理が祟ったに違いない。

 意識も常に朦朧としているし、下手に話しかけない方が良いだろう。



「ごめん、昴兄ぃ。わざわざ買ってきてもらって」



 紫音が目を覚ましたら食べさせてやれるよう、簡単な食品がキッチンには置かれていた。食器の配置からして、朝からなにも食べていないのは一目瞭然だった。



「かまわないさ。紫音ちゃんのためならなおさらね。さて、どうするか……」



 最後だけ独り言のように呟くなり、昴は紫音をチラリと見た。


 パジャマがかなり汗ばんでおり、着替えさせなくてはならないのだ。



「兄貴、それは千晶がいれば………」


「ダー。私がやるよ」


「そうだね。じゃあ着替えは千晶に任せるよ。僕は汗を拭くから」



 弟妹の鉄拳が長男に振るわれた。



「べふうっ‼」


「何を言ってやがんだ、テメェ………!」


「昴兄ぃ………また私に殺されたい?」


「ははは、何を言ってるのかな?僕が殺される道理がどこに。仮に僕が将来紫音ちゃんと結婚したら、汗を拭くことなんて………」



 千晶の投げつけた体温計が昴の額にクリーンヒットし、宙でくだけ散る。


 千晶が紫音の汗拭きと着替えをしている間、男2人はキッチンで茶を淹れながら紫音の方を向かないようにしていた(させられた)。



「それにしても運が良かったね。2人が紫音ちゃんの不調に気付けなかったら大変なことになっていたよ」


「あんな高熱だったなんてな……千晶がいて助かった……」



 自分1人だけだったら着替えとかは出来なかっただろう。

 ましてやあんな状態の紫音を………


 思い出すだけで自分まで熱を出したように顔が熱くなっていた。

 何故か今は紫音を見るたびに自分の中で変な葛藤が起きている。

 弱っている姿に色気を感じさせるからだろうか。


 もしあんな状態の紫音の面倒を自分一人で見ろとなったら………

 これまで通りに彼女と話すことができなくなっていたかもしれない。



「本当に女性として綺麗になったよね、紫音ちゃんは」



 まるで心を見透かしたように昴が横から小さい声で話しかけてくる。


「バックアップだけじゃない。綺麗で、優しくて、それでいて僕らを思ってくれる。あの子の存在そのものに支えられているような気がしないかい?」


「またいつものバカ兄っぷりかよ」


「兄としてじゃないよ」



 一瞬、沈黙が流れる。お互い探りあうように

視線がぶつかっては逸らされた。



「………幼なじみとして、か?」


「それもあるかもしれない。僕の言いたいこと、わかるだろう?」



 昴は兄として自分達を愛している。しかし紫音に対し兄として以外で見なすとすれば………

 将斗は呟くように聞いた。



「じゃあ何だよ」


「知りたくない、って様子だね。将斗なら今までにいくらでもチャンスがあったから、僕としてはそっちを応援したかったけど」


「この前の任務以来か?」


「そうだね………正直、僕はそれまで彼女をそういう目で見てはいけないと抑えてたんだ。でもそれはもうできそうにない」



 3人で喧嘩したとき、昴は千晶に尋ねたことがある。


 将斗と恋敵になるかもしれない。


 あの頃はいつものジョークと思っていたが、それが本当の事になりつつあるのなら。




「将斗はどうなんだい?紫音ちゃんのこと」



 初めて話したときはオドオドしていたし、どちらかというと外で遊ぶ楽しさを伝えるために我武者羅だった気がする。

 最近もずっと一緒にいるが、傍に居すぎたせいか他人という感情はなくなっていた。


 そう、家族だ。


 父や兄や妹を失った自分に寄り添ってくれた彼女の存在には何度も支えられたが、そうしていくうちに隣にいるのが当たり前で、異性として見なすことの方が少なくなっていたのかもしれない。


 そんな自分が今さら、彼女に好意を抱いたとして、何が変わるのだろうか。

 


「……今はまだ……わかんねーよ」


「そうだね。そうかもしれない……でも……」



 ヤカンから漏れる湯気の量が多くなった。いくら千晶が聞き耳を立てようと、2人の会話は聞き取れないだろう。



「僕は何があっても、譲るつもりはないよ」



 好きじゃないならそれでいい。

 好きならそれでもいい。

 わからないなら……まだわからなくてよい。


 しかし自分の気持ちは何があっても守る。もし将斗が立ちはだかるのなら、それも受けて立つ。


 兄はそう宣言した。


 そこにいたのはいつもの飄々とした態度のバカ兄ではなく、道化師としてでもなく、ただ好きな人のためならいくらでも闘うことを決意した殺し屋であった。








「………ん?」



 目を覚ますと外は暗くなっていた。どれくらい眠っていたのだろうか。頭はまだ熱いが今朝ほどだるくはないし、起き上がる事も出来る。

 そして聞き慣れた声



「まだ寝とけ。具合悪いんだから」


「……将斗?」



 何故ここに?そう聞く前に彼の手が汗ばんだ額に当てられていた。温かく、安らぐような心地よさだ。



「熱は……かなり下がったな……」


「将斗………どうして私の部屋に?」


「覚えてないのか?昼になっても来なかったから見てみたら倒れてて、3人で一緒に飯食って休んだんだぜ?」


「え………」



 ということは昴さんや千晶ちゃんも?と辺りを見回すが、将斗以外に誰もいない。

 仕事の話があるとかで、先に帰ったらしい。

 説明を終えると将斗は部屋を一瞥してから小さく笑った。



「懐かしい写真、貼ってんな……」


「あ………」



 この部屋になってから将斗を招いたことはなかったかもしれない。

 自室には懐かしい頃の写真が何枚か貼っていたのだが、そのどれもがまだ3兄妹が血の世界を知らなかった時のものだ。



「俺と兄貴がいつも先走りしてさ……紫音は千晶の手を引いて後ろから追いかけてきたよな」


「将斗達が千晶ちゃんを置いていくからですよ?」


「だってあいつが遅かったんだから」


「末っ子で、しかも女の子ですよ?今は………あれですが、年上の男の子についていけないのは当たり前です」


「普通逆だぜ?歳を食うほど男子の方が強いはずなのに、今日も………」



 そこでワイヤーを使って窓から侵入したことを話そうとしたがやめておいた。

 流石に不法侵入をペラペラ話すのはまずい。



「今日も?」


「………いや、何でもない。取り敢えず寝ろよ。何日も寝込まれたら兄貴が騒ぐ」



 あの兄の事だ。紫音ちゃんの具合がよくならないと叫び、最悪の場合は自分で看病するとか言い出すだろうよ。

 ………いろいろと危ない。いろいろと。


 ふと、兄貴に言われたことを思い出す。


 紫音のことをどう思っているのか………



「なあ、紫音は………俺達から誰かを選ぶとしたら………」



 聞き方を考えてなかったので随分と率直な質問になってしまった。

 しかしあまり聞き取れなかったのか、紫音は訊ねるように眉をひそめていた。

 おまけに、こちらにとっては誤魔化しやすいような勘違いをして



「それって………3人から、という意味ですか?」



 なんてすてきな勘違いだろう。将斗は慌てて言い方を変える。



「あ、ああ……例えば俺達3人のうち、だれか1人を選ばないとならない。ってなったら………誰を選ぶ?」



 これなら遠回しに、誰が好きかを聞き出せるだろう。なんならその場しのぎの嘘をついてくれてもかまわない。



 紫音は少し考えている様子で、そこから



「流石に全員を選べない、ってなったら………迷いますよね」



 と小さな声をあげた。


 やはりか、と安堵で胸を撫で下ろす。


 紫音は自分達3人の誰かではなく、3人全員が好きなのだ。

 特定の誰かに好意を抱くことはない。


 むしろ、誰かを好きになれば他2名との今後に影響を与えてしまうとすら考えているのだろう。


 彼女が選ぶはずなんて………



「でも……強いて言うなら……将斗かもしれません」



 ………

 ………………んん?


 今、聞き間違いでなければ………



「将斗が一緒だったから、私は今の仕事が出来たんです。もしこの仕事を知らなかったら………私は千晶ちゃんも昴さんも、受け入れることが出来なかったと思います」


「待て待て………」



 考えてもみろ。


 変態以外には才色兼備の兄だぞ?千晶は女子だから置いといて。



「昴さんは……一緒にいて安心しますし、千晶ちゃんは見捨てられない妹みたいな存在です。将斗は………

 将斗は………

 まさ………」


「いや、言えないならいい」



 他2名と比べて目立たないのは自覚してますし?‼実力も劣るってわかってますし⁉


 すると紫音は申し訳なさそうに頭を振った。



「ち、違います‼将斗はずっと一緒にいたから、自分にとっての一部といいますか‼」



 勢いで恥ずかしいことを言わせちゃったよ‼聞いてるこっちが辛いよ‼



「仕事の連携も以心伝心といいますか………普段からなんとなく考えはわかりますし、食べ物の好みとかも近いですし、それに………」


「ごめん、もういいから」


「そ、それに」



 あたふたしながら最後のひと言。



「私達を常に引っ張ってくれるのが将斗だから………」


「………」



 引っ張ってくれる。

 確かにヤンチャだったころは兄貴や紫音を遊びにも誘っていたし、地元では皆を引き連れたりもした。

 だがそれは昔の話だ。自分は兄みたいに聡明でも、千晶みたいに強靭でもない。彼らを引き連れる力なんて備わっていない。


 しかし紫音はそう思ってないらしい。



「でも……千晶ちゃんや昴さんは将斗がいたから、日本に残れたんです。私だって………将斗がいなかったら2人を止めることは出来なかった」


「紫音………それは運だよ。俺はただ、2人にいなくなって欲しくないからあの手段を取っただけだ」


「運でも良い。将斗がいなかったら私達はここに残っていなかったんです。将斗には人を繋げる力があります。それは私が………保証します」



 彼女にしては珍しく力を入れた言い方だ。それだけ本気ということだろうか。

 しかしならばなぜ、自分を選んだ?強いて言うなら、の話だろうか?

 それとも……紫音は自分のことを?



「もし3人がバラバラになっても、将斗がいればまた戻れそうな気がしますから」



 ………結局は3人のためだった。

 項垂れる将斗を見て少し笑い、布団で口もとを隠す。

 聞こえないよう、気づかれないように。



 それだけじゃないですよ。

 将斗が私に世界を見せてくれたんです。


 色のなかった自分の世界を彩ってくれたのは他でもない、将斗だ。


 それだけのことかもしれない。しかしそれだけのことが紫音にとっては何より重要で、何より価値があるものだった。



 4人はこうして明日に新たな色をつけてゆく。













「………MI6がまたパンドラを使ったそうだな」



 倉庫の入口にもたれかかり、イヴァンは狂犬を見上げた。彼女は今、荷棚の上に腰を下ろし、空を見ることの出来ない天井を仰ぎながらウオッカを飲んでいる。

 会話はロシア語で行われていた。



「通信機能の出力増幅に使ったみたい」


「………道化師に異変は」


「ないよ」



 今日も一緒に帰ったが、それらしい兆候は見られなかった。

 いたって普通。



「……なら」


「まだあまり使っていない証拠」


「マサトの方は?」


「パンドラを解放すらしていない」



 天井を仰ぐ狂犬。その両目は閉ざされていた。



「………星が綺麗だよ、イヴァン」



 イヴァンも空を見上げる。曇りひとつない空には星達が瞬いていた。



「そこからじゃ見えないだろう、ティーナ」


「充分だよ………イヴァン、私のお祖父さんの話、覚えてる?」


「君には星を教えたんだったか」


「そう。それでね、お祖父さんは私に幻の星を教えたの」



 倉庫の前で鎮座している狂犬の半身は夜空を見るかのように顔をあげていた。



「もし存在するのなら………一度は見てみたいな」


「星の名前は?」



 狂犬は答えない。今、彼女が見ている星空は果たして、誰の眼に映っている世界なのか。



「白夜………綺麗な空だね」



 そう呟いて開いた目には星は写されていない。


 手元のグラスが大きく傾くが、中身はすでに空だった。







 






「良いのですか?まだ将斗達に正体を明かさなくて」



 閉店後のモルゲンでゲルベゾルテをふかす天田に、昴は笑顔で尋ねていた。

 テーブル一枚ぶんの距離。しかしそこにはれっきとした溝が生まれている。



「………言ってほしいのか?」


「まさか。ただ、そろそろ言うんじゃないかと不安になってましてね」


「………不安、か。………全然そうは見えんがな」


「ポーカーフェイスは得意なので。ところでどうして今日、僕を呼び出したのです?」


「………簡単な忠告だよ。………いや、予感かな………」


「予感ですか」



 信用しない、が、一応聞いてはおこう。その姿勢を見てから天田は語る。



「………ロシア共の様子がおかしい………狂犬には………気をつけろよ」



 万にひとつは、全員を選べないこともある。

 そのときは誰かを切り捨てなくてはならないのだ。



「………努々も………忘れるなよ」




 談笑する将斗と紫音


 歌う千晶とそれを聞くイヴァン


 黙って天田と対峙する昴





 彼らは明日にどのような色をつけるのか。

今回は紫音と将斗の仲と、昴と将斗の対立を描く形になりました。

昴がどのようなアプローチで紫音に迫るか、書いてて楽しみもあります。

千晶に関しましては明らかに不穏な空気が流れていますが、どのような形で今後に影響を与えるのかは、まだお話出来ません。

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