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エピローグ・ダブルフェイス

ダブルフェイス編はこれで最後になります。

デヴィという少年が紫音にもたらした影響が今後どうなるか。また、彼の仲間がどのように活躍するか、どうか最後までお付き合いくださると幸いです。


次回は短編集、SS編になります。



『とりあえず礼を言わせてちょうだい。ナタリーのミスをリカバリーしただけではなく誰も死なせずに済んだのはあなたのおかげよ』


「珍しいね、キャシー。君から礼を言うなんて。悪い酒でも飲んだのかい?」



 テレビ電話を開始して早々に失礼な発言を投下する昴に目くじらをたてるでもなく、キャシーは淡々とした口調でワインを取り出した。



『一緒に飲もうと思ってたのだけど……この際だから飲んじゃうわね』


「………それは………当たり年の………」


『ええ。だから仕方ないわよね』


「………………」



 ひきつった笑みのまま硬直する昴を鼻で笑い、ボトルを開けてしまった。

 グラスに並々と注がれる液体は艶やかな輝きを放ち、静かに波を打っている。

 嗚呼………至福の一杯、その最初の一口を目の前でまざまざと見せつけられるのか。



『スバル、貴方もはやくグラスを用意なさい』


「僕の手元にあるのはそれよりも品質が………」


『いいから』


 ワインの品質よりも2人で飲むことの方が重要というのだろう。苦笑し、仕方なくこちらも注ぐ。昴が注ぎ終えるのを見てキャシーはグラスを掲げた。


 画面越しの乾杯

 国の距離は果てしなく遠いが、こうすればすぐ近くに感じることが出来る。



『ナタリーが謝ってたわ。失敗した挙げ句シオンにまで危険を及ぼしたって』


「珍しいね、彼女が謝るなんて………」


『たまには素直に受け止めなさい』


「わかってるさ。でもそうだな……」



 グラスの中身を揺らしながら、考えるように天井を見る。


「彼女にはそろそろ、真実を話そうかなと思ってはいるよ」


『………』



 今度はキャシーが考えこむ番だった。



『あの子からもうひとつ、伝言を預かってるわ』


「へえ?次の殺害予告とか?」


『だから素直に………まあいいわ』



 師匠を殺した貴方のことはまだ許せてはいない。

 でも貴方のこと、前より少しだけましには思えるようになった。



 彼女を救いに死地へ乗り込んだ昴への、彼女なりの感謝の言葉



「………………」


『………………』



 なにも言わない昴の様子をしばらくうかがっていたが、



『2人揃って素直じゃないものね。また連絡するわ』



 その言葉を最後にテレビ電話の画面が切れた。1人しかいない部屋に静寂が訪れる。しかしその沈黙を楽しむかのように小さく笑うと、何も映らない黒いディスプレイに向かってグラスを傾けた。


 互いに向かい合うから素直になれないこともある。だからこうして姿が見えなくなるのが丁度良いのだ。きっと向こうも同じ気持ちで、同じようにグラスをこちらに傾けているだろう。


 憎み憎まれる関係だが、そうなるまでは本当の家族として絆を育んできたのだ。だからわかる。







 画面を切ると広い部屋に1人取り残された。今頃スバルは疲れてため息でも吐いてるだろうか。それとも苦い表情?


 いや、きっといつものようなすました表情でワインを飲んでいるに違いない。




 キャシーの指が軽く跳ねて、パソコンをシャットダウンさせる。




「ナタリー。仕事の依頼だが………」



 ノックの音と、遠慮がちな男性の声。


 至福の余韻を残しながら立ち上がったとき、キャシーは背が高い金髪美女、ナタリアの姿に戻っていた。



「今行くわ」



 ハイヒールを高く鳴らし、扉へと急ぐ。


 任務後で疲れているにもかかわらず、体は軽く動いていた。


 酒でハイになったか?


 違う。


 嬉しいのだ。少しだけ、彼との絆が戻りつつある今が。










「………回収したデヴィとやらの遺体だが………」


「解析結果は出たよ」


「………聞かせてくれ」



「臓器は全て人間のそれだったよ。代謝も普通に行える。つまり生身の人間さ」


「………それを構成していたのは?」


「鋭いね。そうさ。彼の体液、皮膚、内臓………全てがナノマシンによって出来ていた」


「………………」


「彼はナノマシンのみで産まれた………造られたと言ってもいい。信じられるかい?国際条例でも禁止されている人間の複製クローンと同じさ。まさに禁忌だよ」


「………調べてくれた礼を言う」



「ああ、言い忘れていた。彼の体はね、ナノマシンで出来ているからかはわからないが、あまり長くは生きられないみたいだ。

 さっき調べたらね、ナノマシンが活性化する度に体を構築する細胞ナノマシンが破壊されていくのがわかったよ。彼は生きても、あと一年ももたなかったんじゃないかな」


「………そうか」



 天田悠生はタバコに火をつけた。火は儚い光を灯しながら、紫煙をあげていた。


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