紅蓮の騎士
場所は周りになにもない、無。
自分は確かに船の上で殴られ、気絶していたはず。
なのになぜ、デヴィと向かい合って立っている?
――……まさか……捕まったら殺されるかもしれないのに………そこまでバカな人だと思わなかった――
「うう………面目ない………」
――しかも闘う力もないじゃない――
デヴィはあきれたようにこちらを睨み付けていたが、やがておかしそうに吹き出すと歩み寄ってきた。
――でも……嬉しかった――
何で嬉しく思われたかはわからないが、こちらとしては聞きたいことがたくさんある。
「ここは?」
――僕の意識の世界。気絶したお姉さんの意識が僕に流れてきたんだ――
「まさか……だって私の能力は……」
――お姉さんは認識を間違ってる。お姉さんの能力はきっと…――
そこまでいいかけてデヴィは思い出したように頭を上げた。
――それより話が途中だったね。僕らの能力がナノマシンに由来していること――
そうだった。
――ナノマシンは医療だけじゃない。使い方によっては再生だけじゃなくて活性化、それに逆の死滅だって可能なんだ――
思い出したのは橘3兄妹が争ったときだ。確かシュプリンゲンには交感神経に働くようプログラミングされたナノマシンが入っていたはず。
使うと代償も大きい。
現に血を吐いたり、体は動かなくなっていた。
それはまるで自分の症状と似ていないだろうか。
「でも私はそんなナノマシンを投与されたことなんて……」
――お姉さんみたいなオリジナルの場合は、親で決まる――
たとえばだけど、と前置きが入る。
――お姉さんの親が病院かどこかでナノマシンを使ったとする。その結果、ナノマシンがお姉さんにも引き継がれた。覚醒した状態でね――
「……信じられない……」
――信じられないような話なら、今僕らみたいな存在がいることだってそうじゃないか――
ナノマシン、ATC、パンドラ、そして自分達、保有者………
以前まではこの世界に存在すらしなかったものたちがこうして存在し、集結すらしている。
あり得ないような存在を可能にした現代の科学技術をちょっとでも疑ってみればデヴィの言ってることは、もっとものように思えてきた。
「覚醒なんて……なんの要因があって?」
――僕だって詳しくはわからないよ。でも人によっては稀に、変わった体を持って産まれる人だっているらしいよね。たしか……――
そこで引き合いに出されたのは指が一本多く生えた人間や、一人の体として産まれた双子など。覚醒というより突然変異の方が相応しいのかもしれない。
(変異……)
親から引き継がれたナノマシンが変異したものが、それが紫音達、保有者の力の原因というわけだろうか。
かなりぶっ飛んだ話にも思えるが、頷ける部分もある。
きっかけもわからず変な体質に恵まれたわけ。
まだ謎が多いにもかかわらず世界に流布し、当たり前のように使われている。親だってきっと使っていたし、親の体として機能を果たしているナノマシンが娘である紫音に受け継がれてもおかしくはない。
考えているとデヴィは自分の襟を無理矢理引っ張り上げた。
彼の首には数字と文字が書かれていた。黒いインクで書いたような黒い文字で、「E -1743」と見える。
――僕ら施設の子はオリジナルとは別の方法で能力を得た。これはその証。でもどうして能力を持ったのか。なぜ僕らがあんな施設で育てられたのかはわからない。――
そしてデヴィは手前まで歩み寄るとその両手で紫音の片手を包むように握った。
――あとは……そうだね。力の使い方くらい知っておかないとね――
「?何を……」
――お姉さんは常にスイッチが入ってるからさ。切り換えくらい出来ないと――
そう言って紫音に向かって微笑んだ。
「どうして……」
――お姉さんがこのままだと苦労して、ろくに友達もいない生活を送りそうだと思ったから――
そこまで危惧されてたか。
しかしデヴィは笑顔のままだ。
――冗談だよ――
「じ、冗談って………」
小さい子の言う冗談じゃない。
この子の親はいったいどんな教育をしたのだろうなんて考えていたら、デヴィの掌に包まれていた手から熱が込み上げてきた。
誰かの記憶を覗き見るときによく感じる感覚だ。
熱が光に変わり、無の空間を照らす。辺りにはなにもないことに気付き、見渡すが果てしなく続く空間には人ひとりいない。
「……どうしてここまでしてくれるのです?貴方は……私を嫌ってるんだと思っていたのですが……」
――……今でも嫌いだよ。何も知らず生きてきたお姉さんが……――
「じゃあ何で……」
――さっきも言ったよね。僕のためにウィルに怒ったこと……嬉しかったんだ。パメラ以外にそんな人はいなかったから。それにお姉さんは………もしかしたら探していた人かもしれないし――
「探していた人?」
――パメラと本当にそっくりだ。何も知らないし自分の力についてまったく責任をもっていないけど。………でも僕らのために怒ったり、泣いたりしてくれたのは、彼女しかいなかった――
「………………」
――いつ死んでもおかしくなかった。明日も約束されないなか、生きることを諦めた仲間が殆ど。
そんな中で僕らを励ましてくれた。力を魔法と言って………――
語るデヴィの眼には懐かしい日々を思い出すような柔らかさがあった。
もしかしたら彼はパメラという人の事を………
「……好きだったんですか?」
しかし返事はなかった。
同時に自分の中で歯車が噛み合ったような何かが聞こえたような気がした。
――今の感覚………忘れないでね――
「今のって………、………!」
また同じ感覚。さっきと違うのは異物が自分の中にあるような気がするところだけか。
逆だ。戻ったのだ。
最初の感覚で紫音は自分の中にあった異物を封じ込め、次のでそれを戻したのである。
スイッチ。紫音はそれが常にオンになっていると言われていた。
ということは、今の感覚はスイッチの切り替えだったのだろうか。
――……次はどうやってお姉さんを逃がすかだけど……――
「………………」
話し込んですっかり忘れていた。
思えば昴はいないしナタリーは動けない。紫音とデヴィには戦闘能力は皆無。
「考えると絶望的ですよね……」
頭を抱えてしまった。
さらに昴の事も思い出すと、ますます暗い気持ちになってきた。
少しだけ近付くことが出来たと思ったのに、暗い海の果てへと飛ばされてしまった。
生きてくれているのだろうか……
――……あの人の事、気になるの?――
不安を感じ取ったデヴィは顔を覗き込むようにして見上げていた。
「……ええ」
――お姉さんを利用しているだけかもしれないんだよ?――
そう思われるのが普通なのかもしれない。
実際、組織はお互いに違うのだから利害の一致もあって一緒にいたのは事実だ。
だけどもそれ以上に紫音は、あの幼馴染み達が好きなのだ。
「……あの人の事を信じているから………と言ったら納得は出来ませんか?」
白い光が差し込み始めた。意識が疎通するこの世界の終わり。
紫音の意識が戻る寸前なのだろう。
光は徐々に強くなり、2人の間が照らされてゆく。
デヴィの表情は明るく見えた。
――僕もその気持ち、よくわかる――
その時、眼も開けられないくらい目映い光に変わった。
「もうガタがきたのか……‼」
ウィルの声とは、なんとも散々な寝覚めである。まだ痛む頭を押さえながら起き上がると、隣には大量の血を吐いて倒れているデヴィの姿があった。
なぜ。
自分は能力を使って疲労や頭痛を覚えたことはあれど、血を吐くような事はなかったはず。
「ちっ、貴重な商品が……」
「どうしますか?医務室にでも……」
「……その必要はない。この船の会社に知られては面倒だ。有益な情報は得たし保有者はここにもいるからな」
冷たい瞳がこちらに向けられていた。
一見すれば状況は最低を通り過ぎて最悪。
突破する手段などこれっぽっちも思いつかないが、素人の紫音から見ても彼らが油断しているのがわかる。
深呼吸して肩の震えを落ち着かせる。自然と頭は冴えてきて、辺りの情報を集めようと眼が周囲を一瞥していた。
運良く武器が落ちている様子もない。脱出用ボートは……綺麗に無くなっている。自分達を逃がさないよう処置は済ませたわけか。
「部屋にでもぶちこんでおけ。売れない商品と女は……海にでも投げておけば良い」
デヴィをチラリと見た。血を吐いて重症に見えるが息はしているし、薄く眼を開いてこちらを見ている。
まだピアスは持っているはずだ。
――……無理……みたいだね――
(…………。ガタって言ってましたよね。力の副作用ですか?)
デヴィは小さく頷いた。
――オリジナルと違って身体への負担が大きいんだ。だから僕らは……長くは生きられない――
(そんな………)
――悲しい顔しないで――
口元が微かに微笑んでいる。
――もう長くはないし……お姉さんがもしも、僕の仲間を助けてくれるのなら後悔はないから――
(助けるって……)
――きっとわかるよ。近い未来に……――
そこで急にデヴィはまた血を吐き出した。長くないというのは本当のようで、顔色はさらに悪くなっている。医療の知識など持っていない紫音にはどうしようも出来なかったが、それでもデヴィは懸命に続けようとする。
――………僕の仲間が………お姉さんを………。………っ!――
続けられなくなったのはデヴィに気付いたウィルがその身体を蹴りつけたからだった。
そうして、絶句する紫音を尻目にタバコを取り出した。
「短命だと聞いていたが……こうしてしぶとく生き残るのは従来の人間と変わらないんだな。
商品でしかない命だが、さすがは……」
「……黙れ」
「………ん?」
今聞こえた声が目の前の少女からと判断するまで、タバコに火をつける程度の時間を要した。
「今なんと言った?」
「黙れと言ったんです……この外道」
彼女の憎しみのこもった睨みを受け、フン、と鼻をならす。
商品のくせに、なんとも生意気な。しかしこいつには闘う術がないのも知っているので、臆せずその横っ面を蹴飛ばしてやる。
この小娘、生意気にもまだ抵抗をしてくる。口からは血を流し、まともに動くこともままならないというのに……
「人の命や価値を商品としか見れない貴方は……ただのクズです」
タバコをふかしながらウィルは少しだけ考えた。ここまで反抗的だと売られた先でもトラブルを起こしそうだ。保有者を抱くのは気が引けるが、言いなりにさせるにはそれくらい必要か。
「……じゃあそのクズよりも墜ちてみるか?」
大きな手が紫音に迫る。
このとき紅い光が流星のような速度でこちらに迫っていることに誰も気づいていなかった。
「アンチマテリアル無しで、そこまで頑丈なフランケンシュタイン相手に闘えるのか?」
『ははは、流石にそれは難しいな。だから対甲ブレードで何とかするよ』
僕だって近接戦は出来るからね。
無線越し呟くとヘリに繋いでいたワイヤーから手を離し、船に向かって降下を始めた。
「ぐっ?‼」
水を撒き散らしたかのような液体の弾ける音と、ウィルの低い悲鳴のタイミングはほぼ同時。伸ばされていた手は二の腕から先が吹き飛び、蛇口を捻ったように血が溢れていた。
いつしか晴れていた夜空には月が輝き、それを背に紅い光が流れ星のような速さでこちらに堕ちてくる。
流星が近づいてくるにつれ、その姿が明瞭になってくる。
人に限りなく近いシルエット。赤く光る1つの眼。
生きていてくれた。
助けにまできてくれた。
感激は涙に変わり、切れた唇は痛みを忘れ、その名を呼ぶ。
「昴さん‼」
「くっ………!」
奇襲を理解したモーリスが両腕で庇おうとする。パーシヴァルは銃を構えると引き金を引いた。
スナイパーライフルでありながら連射機能を持つこのライフル。ロシアVSS、ヴィントレス。
いくらモーリスでも上空から礫のように降ってくる弾丸の雨をそのまま受けるわけにはいかない。生身の部分を庇う必要があるからだ。弾を受けた箇所の皮膚が剥がれ、黒金の骨格が現れた。
そして弾の雨を防いでいる間にも、パーシヴァルはデッキの上に到着する。
「……確実に仕留めたと思ったんですがね」
屈んでいた姿勢をゆっくりと解く紅い騎士を見て、モーリスは苦々しげに呟く。
上空から精度の不十分な銃でウィルの腕を吹き飛ばしたのだ。その射撃能力から相手がさっき、海に落とした男だと悟ったのだろう。
『……あの世で死神よりも怖い上司に怒られるのは勘弁ですからね』
「上司………?そこに繋がれてる道化師のことではないのですか?ああ……それともあちらの道化師は偽者?」
答えない昴のリアクションすら楽しむように、モーリスは鼻をならした。
「なかなか良い勘してるでしょう?これでも将来有望って唄われていたんですよ、自分……」
『………』
「それが仕事で四肢を失って……フランケンで身体を取り戻した途端、刑事をクビにされたんですよ。なぜかわかりますか?」
モーリスの眼は冷ややかであった。
「常人にはない力を持ってしまったからですよ。僕が現場にいては、逮捕すべき相手も誤って殺しかねませんからね。
以来、さまざまな仕事をこなさなくてはいけなくなったんですよ。誘拐、暗殺………
そのためにまた身体を改造して、また殺しての繰り返し………」
『それで今に?』
モーリスは昴と向き合うと、両手を広げて見せた。
「刑事としての在り方が幸せだったんですよ?犯罪者まがいなことをしなければ生きていけなくなり、身体を改造していくにつれ自分は本気を出さずとも簡単に人を殺せる。犯罪者の道に進むばかりだ。自分がかつて抱いていた誇りはどうすれば取り戻せると言うのですか?」
紫音は昴を見た。仮面の下はどんな表情かわからない。
憐れみの表情だろうか。それとも………
『くだらない』
モーリスの表情が能面のように変わる。その身体からは静かに殺気が漂い始めていた。
「……今、なんと?」
『くだらない、と言ったんです。貴方は誇りを求めていたようですが、この職業でそんなものを懐く余裕があるほど、この世の中は優しく出来ていない』
むしろ理不尽しかないのだ。
『任務の遂行と生きて帰ること。
僕らの世界で必要な意思はそれだけだ』
名誉を求めて始めた仕事ではない。今までの訓練と任務に誇りを覚えたことなどない。
ただ、復讐のため。
侮蔑の意を腹から吐き出し、昴はVssを床に滑らせるようにして投げ捨てた。そして腰のハッチを開き、対甲ブレードを抜き取る。
月に照らされた刀身は曇りなき輝きを放っていた。
侮辱された怒りでモーリスは紅い鎧に向かって突進を始めた。手首からは既に対甲ブレードと同じ材質の剣が飛び出している。これを受けたらATCでも耐えられないだろう。
「っ?‼」
ぶつけた剣先が逸らされた。
峰に肘をぶつけて逸らしたのか。しかしそれだけではなく、対甲ブレードの柄を峰に叩きつけられた。
剣こそ折れてはいないが、付け根にあたる肘が悲鳴をあげる。
「ぐっ………!」
痛みに悶えている場合ではない。紅い騎士はさらに対甲ブレードを顔面に突き立てようとしてきているのだから。
眼の力を即時に解放して、情報処理の速度を限界まで高める。先で昴を海に突き落とした時と同じように、世界の速度が遅くなる。
身体を捻ってブレードをかわそうとするが、それよりも先に昴の片手が喉元へと迫っていた。
(速い………っ?‼)
身体を捻るだけではかわしきれない。
「ちっ………!」
眼の力を更に使役する。これには更なる処理能力で頭に負担がかかってしまい下手をすれば意識まで吹っ飛んでしまう恐れがあるが、こうなった以上やむを得ない。
世界が自分を取り残して更に遅くなる。
手は喉元まで伸ばされていた。
腕を振り上げても間に合わないだろう。剣が無い方の手で、伸ばされた手を払う。
カウンターは決めれなかったが、これなら避けられるはずだ。
しかし次の脅威がやってきていた。
(ばかな?‼)
迫ってきている対甲ブレードは目の前で止められていた。それがフェイントだとすぐにわかる。
頭に向かって鎧の膝が突き上げられていた。それもフランケンで強化されてない後頭部にである。
はじめからこれが狙いだったのか。
無理矢理身体を捻ることで後頭部を庇う。今はそこまでしか足掻くことが出来なかった。
強い衝撃が走る。世界の速さが元に戻った途端、モーリスの身体は月夜を見上げるように仰向けの姿勢で宙に舞っていた。
「凄い……」
両膝をついたまま、昴の闘いを見て言えるのは、ただその一言だけだった。
昴の得意分野は狙撃だと知っているが、それ以外の闘いでここまで出来るとは聞いていなかった。
しかも相手はATCをも切り裂く凶器を持っている。それを前にあそこまで善戦できるなんて。
途中からモーリスの動きがまた捉えられないくらいに速くなったが、それも危なげなく対処し、昴は一撃を決める。
(あ、そういえば………)
昴のATCには超高精度の演算処理が搭載されている。普段は主に狙撃の照準の補正に使われているが、使いようによっては近接戦での予測や先を読んだ動きに活用出来るのだ。
――………っ………パンドラ………――
朦朧とだが意識を取り戻したらしい。デヴィの気配を感じる。
「デヴィ?‼」
――……あれが……初めて見るよ――
その青い瞳はまるで懐かしい友を見るかのように優しく、紅い騎士の姿を捉えていた。
――……ああ……そうか……。……柩……孤独……そのなかにある光……楽園……願い……。………そうなんだね………――
まるで紫音にでもなく、目に見えない誰かに語っているような………
「………デヴィ?」
不安になって声をかける。
そこから少し離れた場所でウィルが忌々しげにこちらを睨み付けていることに気がつけたら………
「あああっ‼」
床に叩きつけられるようにして倒れたモーリスを前にしても、紅い騎士が油断をすることはない。
むしろ低空でホバリングをしながら殺気を強く放っていた。
『……貴方がもっと変則的だったり、更に速い動きをするのでしたらまだ勝算はあったでしょうね……ですが僕の妹よりも遥かに遅いし、動きの変化も乏しい』
「……妹だと………?」
『ああ、ようやく敬語じゃなくなりましたね』
はやくも皮が剥がれましたね。そう言いたげな口調に思わず苛立ちさえ感じる。
少し離れた場所にいる少女を見た。形式上は彼女が妹と聞くが、戦闘能力は皆無のはずである。
『僕の本当の妹ですよ。これが強くてですね。近接戦になったら僕の全力をもっても追いつくのは難しい』
「何者なんだ………一体………」
『僕ですか?僕は……』
この仕事に就いて初めて産まれる恐怖。
本気を出しても敵わない強者。
『家族が大好きな変態兄貴ですよ?』
と宣告する。
しかし言葉とは裏腹にその姿は恐怖の象徴にも見えた。
「………っ………あああああああ‼」
恐怖を紛らわすように咆哮をあげ、処理速度を最大限まで高めて紅い騎士に飛びかかる。少なくとも剣を持つ今なら、彼になにかしらの深傷を負わせることが出来るかもしれないからだ。
しかしそんな悪足掻きも虚しく、ATCを纏った彼はホバリングで浮く身体を巧みに動かして剣撃をかわし、踊るような動きで脇腹に蹴りを入れてきた。
「ぐぅっ!!」
『終わりですね』
だが、そこへ1発の銃声が鳴り渡る。
「動くなっっ!!」
悲鳴に近い声にモーリスも昴も振り向く。
背後から紫音の喉に銃口を突きつけるウィルの姿がそこにあった。先の1発の的にされたのか、2人の足の下には金髪の少年が頭から血を流して倒れている。
『紫音ちゃん……!』
「動くな!!この女が死んでも良いのか!!」
片腕を撃ち落とされたためか血の気が失せ、ヒィヒィ呼吸を荒らげているが、紫音に突きつける銃の引き金にはしっかりと指が絡んでいた。
飛び込んだところで間に合わないか……
自分が優勢になったことで軽口を言うだけの余裕を得たモーリスはゆさくり立ちあがり、剣を軽く振った。
「惜しかったですね。あと10秒ほど早くから止めをさせばよかったものを」
『………………』
「早く手を上げろ‼こいつの命がどうなってもいいのか‼」
吠えるウィルを一瞥、そして紫音に目を移した。
怯えてはいるがどこか落ち着いているようにも思える。
こちらの表情は向こうには見えないはずだが、紫音はまるで昴の意を汲み取ったかのように小さく頷いていた。
お互い、何も喋っていないのに。
声が聞こえてくる。
――私は昴さんのこと、信じてますから――
――貴方が私の弟子で、息子で良かった――
あとは僕が道化師を許すだけ
もう一度僕を、信じてくれますか?
心からの問いに紫音が小さく「はい」と口にし、キャシーが背中を押してくれた。
「いきなさい、スバル」
………ありがとう
――接続、確認――
――解除許可、承認――
――パーシヴァル、パンドラ起動――
モーリスと向き合ったまま拳銃をウィルに向ける。
肩の装備が大きく割れ、そこから血のような赤い光が漏れだす。
モーリスとウィルが同時に倒れる。ウィルについては頭部を撃ち抜かれたからだが、モーリスはというと外傷も無しに倒れて悲鳴をあげるだけ。
「ぁあああああああっ………‼」
何が起きたかがわからない。しかし頭を必死に押さえているところからして、頭部に何かしらの攻撃を受けた様子だ。
『貴方の眼は確かに代物ですね。高度な演算処理や温度探知も可能なようですが………』
モーリスの眼は高度な処理能力を可能にする一方で、それだけ多量の情報を脳に投影しなくてはならない。
しかし視神経や脳の大部分は改造されていない。だから処理速度を速めても、生身の身体には負担がかけられてしまう。普段はそれをセーブしているが、
『その眼を利用させていただきました。僕の機体は通信・演算機能にも特化していますので。膨大な情報を貴方の眼に送信したのですよ』
サイバー攻撃にもよく用いられる手段。
大量の情報を送りつけることでコンピューターの容量をたちまち爆発させ、動けなくする手法だ。
更にモーリスにとって不幸なのは、眼が高精度であるがゆえに大量の情報を無理に捌こうと悩に送りつけてしまうことにあった。その結果眼だけでなく悩、視神経までもが限界を遥かに超えた情報を受けてしまいパンクを起こして、正常に機能することが出来なくなる。
眼も見えず意識も保てない。尚且つ延々と続く痛みに耐えきれず、悲痛な叫び声をあげながらのたうち回ることしか彼には出来なかった。
昴はモーリスに拳銃を向けた。パンドラはまだ輝きを放っている。
『グッバイ、ミスター………。来世では誇りなんてしがらみに囚われず生きるよう、祈ってる』
引き金に指がかけられた。
次回、エピローグになります




