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アーカイブ[昴の夢、罪]

アーカイブです




「起きなさい、スバル」



 まぶたを開けると木組みの天井。キャシーがこちらを見下ろしていた。



「キャシーがここに………ああ、僕は死んだのかな」


「私と死をイコールで結びつけるのはやめなさい。失礼よ」


「でも僕は今この部屋にいるはずがないんだ」


「そうね。ま、こんな夢すぐに気づくと思ってたわ」



 やはり夢だったか。

 それにしてもなかなか現実感のある夢だが?



「なんで僕はこんなとこに?」


「貴方がいつまでも眠り呆けてるからでしょ。さっさと起きて仕事に戻りなさい」


「仕事………」



 思い出した。

 ナタリアを助けようとしてデッキで闘い、紫音に気をとられていたら………



「まったく……変なことばかり考えてるから隙を作るのよ」



 隙………

 そうだ、あのとき、あの記憶が………


 気づけば涙が頬を伝っていた。

 もう踏ん切ったつもりでいたのに、未だに自分の中で尾を引き続けるあの事件。

 それは知らないうちに昴の心を蝕んでいた。


 いや、気づいてはいたのかもしれない。


 しかし自分ではどうしようも出来ないから、紫音の温もりに逃げようとした。彼女に受け入れてもらうことで忘れようとした。


 でも、大切な人か仕事かその狭間に立たされたとき、昴はあの時の光景に捕らわれてしまった。

 なぜ?

 紫音にも許されて、自分はもう、囚われていないはずなのに



「貴方自身があの時を許してないからよ」



 猛禽類を思わせるような鋭い眼光がこちらに向かって光る。自分の表情に、捕らわれた草食動物が見せるような恐怖の相が出たのを昴は感じ取った。



「貴方は変に出来すぎた子だったから……仲間の憎しみまで勝手に請け負おうなんて考えれちゃうのよ。普通の人はそこまで背負わないわ、普通の人は」


「2度言ったってことは………大事な事?」


「もちろんよ」



 腕を組んでやれやれとため息を吐くキャシー。昴にとってのイギリスでの母であり、師でもある。



「まったく、自信過剰にも程があるわ。抱えきれないものまで抱えて、なのにそれに引きずられるなんて自爆も良いとこね」


「辛口なのは相変わらずだなぁ」



 軽く笑うが、暗い気持ちがこびりついて離れない。自分の指をいじりながら昴はキャシーから視線を逸らした。



「また失敗したよ………僕は」


「………………」


「全部選ぼうとして、両方落としたよ。ナタリーも、任務も………」



 紫音の姿が脳裏をよぎる。あのままでは捕まって、死も同然の仕打ちを受けるのだろう。しかし自分にはもう、救える手段がない。

 救いに行くことさえ出来ない。



 自分を信じてくれると言った幼馴染みさえも。



「あら、もう諦めちゃうの?」


「……………」


「……貴方の挫折を見るのって久しぶりね」


「……………」


「仕方ないわね、スバル。じゃあ久しぶりに授業をしてあげるわ」


「授業?もう教えることはない、ってキャシー、前に………」


「じゃあ最後の授業よ」



 あっさりスルー。



「いい?貴方は仲間を殺したことでナタリーや他の仲間から恨みを買った。そのことで貴方は仲間に対して負い目を感じているわ」


「……………」


「そこで問題。貴方が殺した………道化師は、貴方をどう思っているのかしら?」


「え………え?」



 困った出題だ。

 殺した相手が殺した本人をどう思うかなど、どう考えてもマイナスな感情を抱いてるとしか思い浮かばない。

 たとえそこに絆があったからとて。



「……よくも殺したな、とか?」


「ノーよ」


「僕に技術を叩きこむべきじゃなかったとか?」


「ノー」


「もっとはやくから殺せばよかった」


「違うわ………全然わかってないのね」


 呆れたと、わざとらしく手をあげて首を振る仕草を見ながら、昴は尋ねた。


「じゃあ………なんて」


 キャシーはこちらを見ると、厳しいながらも優しい眼で昴の手に自分の手を重ねた。

 温かく、懐かしい感覚。



「貴方を恨んでなんかないわ。怒っても、後悔もしていない。ただ、貴方が任務のために感情を圧し殺したことへの感謝と、貴方に辛い責を背負わせたことへの罪悪感、そして愛しかなかった」


「………」


「最高の弟子だった貴方を誰よりも誇りに思っていたわ。それこそ、血が繋がってないけど本当の息子のように思っていたの」


「………嘘だ」


「本当よ。だから弟子である貴方に殺されたことに、何の恨みも………」


「嘘だ‼」



 手を振り払い、自分の目元をおさえる。顔が熱くて涙が溢れてきたが、かまわない。



「僕がもっと早くから師匠の異変に気付けばよかった。僕が代わりに、あの場にいたら………死ぬことはなかったのに」


「………スバル………」


「僕には誰も救えない。ナタリーも………一人前にする前に死なせてしまう始末だ。僕があの時、代わりに死んでれば良かったんだ。

 ナタリーの大切な人を奪って、なのに僕は自分の好きな人達に固執して、

 それすら守れなくて………」



 しばらくの嗚咽。部屋に入り込んでくる日差しは暖かく、優しささえ感じさせる。

 イギリスで慣れ親しんだ部屋。

 夢だ。いずれは醒める夢だがこの空間にいられる1分1秒がとても恋しい。


 感情を吐露して、ありのままに泣くこの時間が尊い。


 しかしキャシーはほほえみつつも厳しい母として、師匠として諭す。



「スバル。確かに貴方は何でも出来た。でも私にとっては今でもお子さまで、弱い子よ」


「………わかってる」


「でも……貴方はまだ終わりじゃない」



 瞬間、温かい部屋はどこかに消え去り、昴の目の前には崩壊した街と、損傷しつつもまだ健在するビルがあった。

 脚が震え、胸が締め付けられる。



「嘘だ……………」



 しかし片手にはリモコンが。

 耳の通信機から、キャシーの声が鮮明に聞こえてくる。



「スバル。貴方が師を殺した時よ。思い出しなさい。師は貴方に何を遺したの?」


「そ、そんなの………」


「貴方は道化師クラウン最高の弟子。弟子は師を殺すことに涙しながらも、任務を果たした。

 私達の世界はいつ死んでもおかしくない、殺されて当たり前のもの。

 むしろ、その最期を弟子に看取ってもらうなんて贅沢すぎるのよ」


「でも、あれは防ぐことが出来た‼」


「そうかもしれない。でも、それは道化師自身のミスでもあった。

 そう考えると弟子は自分のミスもリカバリーしてくれたんじゃないかしら?」


「僕は………僕は………」



 嫌だ。

 殺したくない。

 もう見たくない。



 あんな思いはもうたくさんだ。


「スバル」



 非情にも


 優しくも厳しい声は呪文のように、ボタンに昴の指を重ねる力を秘めていた。



「キャシー………」



「………道化師クラウンは貴方を許している。シオンも………貴方の愛する人も、貴方を許すわ」



 現実は非情


 しかし非情は優しさにもなる。



「あとは貴方が貴方自身を許すだけよ」



 指には力が込められていた。


 崩壊する建物。

 


 イヤホンからは最期の言葉が聞こえてくる。

 命を絶つ、僅か前の言葉


 道化師最期の、人を笑わせる力――




――貴方が道化師わたしの弟子で……息子で良かった――



 ありがとう。キャシー。



 あの時、ただ泣く事しかできなくて言えなかった言葉。


 前に進まなくてはならない昴の背中を一押ししてくれた師匠の優しさ。


 昴自身が背負う罪も優しく包み込み、癒してくれる。


 たとえそれが非情な優しさだとしても。



 ………僕は………いくよ。














「っ?‼がっ………!」



 目を覚ますと海の中ではなく、小型船の上だった。

 まさかまた夢を見たのかと疑うが、体の痛み、濡れた服。

 間違いない。ここは現実だ。



「無事か」



 歩み寄ってきた存在に気づき、息を呑む。



「イヴァン………!」



 今回はMI6のみでの任務だ。なのになぜ、彼が?

 昴の疑問を察し、先に答えてくれる。



「MI6に貸しを作るチャンスを感じてな。来てみたら案の定だったよ」


「誰が………、っ?‼」



 急な突風に襲われ、空を見る。

 不要な光は皆消しているらしいが、巨大なシルエットはすぐにヘリコプターのものだと気付いた。

 太いワイヤーが下ろされたかと思うと、上では天田と千晶がこちらを見下ろしている。



「天田!………千晶まで‼」


「悪いな、兄貴」



 将斗までもが姿を現し、ポリポリと頭をかきながら昴を見る。



「さすがに俺たちまで参戦したら問題になるから、出来る限りの事しか手伝えないけど……」



 船の後ろにはATCが、主の使用を今か今かと待ちわびていた。

 紅い装甲、騎士甲冑のようなフォルム。


 昴専用の機体・パーシヴァル



「船は既に離れてるが………移動手段は君の判断に任せよう」



 イヴァンはそう言って、どうする?とアイコンタクトを送ってきた。



「……そうだな………」



 師は許した。愛する人も信じてくれた。



 ならば、最後は自分を許し、信じるだけ



「ヘリで近くまで運んでくれ」


おまけコーナー

昴「………………………」

将斗「なぁ、さすがに気を直してくれよ………」

昴「僕の情けない姿を見せてしまった」

千晶「?普段、情けないよね?」

昴「ぐはぁっ!」

将斗「おい、千晶、言い過ぎだぞ‼いくら兄貴がダメ男だからって………」

昴「ぐはぁっ‼(2度目)」

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