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仮面舞踏会Ⅱ

作者は気付いた。


自分自身、客船に乗ったことねーや、と………



 よくハリウッド映画とかで見たことがある。

 薄暗いがインテリアや揃える酒の種類にこだわりを感じさせるバー。

 まるでひとりひとりの顔色を窺うように見てワインを配るウェイター。

 タンゴに合わせて踊る大人達の姿は皆きらびやかだ。


 ハリウッドと違うのは皆、仮面をつけていること。この船のオーナーの趣向らしいが………


「仮面を着けてのパーティーって、なんだか落ち着かないですね」


 仮面を着用してのパーティーの利点としては素性が割れにくいことにある。


「ま、これくらい特殊なら僕らにとっても都合は良いんだけどね」


 確かに変装を繰り返す昴やナタリアにとっては、顔を弄る回数を減らすことができるし仮面を変えるだけで印象も変わる。

 ある意味、格好の潜入場所でもあるのだ。


「慣れれば平気さ。それよりレディ、一曲、どうですか?」


 映画にも出てきそうな、綺麗なお辞儀に差し出される手。ダンスのマナーは知らない紫音だが、その姿は素直に美しいとさえ思ってしまった。

 曲がワルツに切り替わる。紫音が手を取った瞬間、謎の力に自然と引き寄せられ、気付けばホールの真ん中に躍り出ていた。


 ダンスの知識がないために慌てて昴を見る。昴はというとイタズラっぽい笑みを浮かべてるらしい。彼にリードされるままに脚はステップを踏み、クルクルと回りながらホールの中を駆けめぐる。他の客をかすめもせずに華麗にかわす。

 全てが昴のリードによってだ。

 気付けば楽しさに近い感情が芽生えてくる。


 そんな感情が伝わったのだろうか。


「楽しいかい?」


 仮面の紳士の口許は微笑んでいた。


「ダンスはパートナーの心が伝わりやすいんだよ」


 と笑うと昴は振りを大きくした。紫音の体が少しだけ大胆に舞う。

 本当に不思議だ。自分からはステップを踏んでないというのに。

 昴に導かれるままだといくらでも踊れそうな気がしてきた。


 仮面を着けたまま昴と踊るこのワルツは終わることのない、未知なる世界のように思えて、胸がワクワクしてきた。


 やがて曲が終わり、踊っていた客達が一息つく。


 紫音の手を取ったまま昴は囁いた。


「ウィルが動いた」


 それに対して顔を動かすような反応はしない。


「どうすればいいですか」


「おそらく上に行くだろう。………さて」


 接触して交渉を始めたら紫音の出番はなしだ。


「紫音ちゃん。悪いんだけど上のカフェか自室で休んでてもらえないかな。後で迎えに行くよ」


「わ、わかりました………」


 途中、カップルが押し寄せてきたので紫音を抱き寄せて避けた。


 紫音の手の甲にキスをすると昴は。


「それではレディ。また後で」


 と言い残し、向かってくる人の波に自ら飛び込んでいった。

 たちまちその姿が遠退いてゆく。

 離れた途端、自分の体力がかなり削られていることに気付く。昴は紫音を少しでも楽しませようとダンスの質を上げていたのだ。

 自然と踊れるよう、リードしながら。


「……やっぱり昴さんは凄いな……」


 こんなことも器用に出来て、優しくて、頼れる大人。


 しかしさっきみたいに甘えてくることもあって、そこに親近感を覚えてしまう。

 この人にも辛いことや弱音を吐きたいときはあるのだ。そう考えると逆に安心さえ感じてしまう。


 遠のく彼の背を微笑んで見送り、紫音はホールを抜け出した。



 ……………。


 今度は老紳士に身なりを変え、ナタリアは先程の部屋の前に来ていた。

 ウィルと謎の大男が出てきた部屋。クルーに成りすまして名簿を調べると、日本の暴力団が取り仕切る企業の社長が載っていた。


 取り引き相手はそいつだったか。しかしなぜ商談が破綻したのか。


 考えてもキリがないので部屋を確かめようと思い、ここまで来た。

 周囲に人がいないことを確認して、扉の鍵を開ける。カチャリ、と手応えが音となって伝わってきた。

 もう一度周囲を確認して、ゆっくり扉を開ける。


 気安く入るべきではなかった、と後悔したのはいうまでもない。


 血、血、血、血の海―――


 ナタリア達が借りた部屋と寸分の違いもない部屋。それは深紅に彩られていた。


「………っ」


 あまりにも惨い有り様に、思わず口に手をあてる。

 4人の男が血の海に沈んでいた。いずれも体格の良い男達だが、こめかみや喉を何かが貫通したような痕が見られる。

 リーダーらしい身なりの良い男を除き、他の3名はいずれも銃を握っていた。死後硬直は既に始まっている。

 テーブルの上にはティーカップやグラスが置かれていたが、いずれも中身が流出して血と混ざりあっている。


 しかし気になることに、カップやグラスの数を合計すると、人数が不釣り合いである。

 ウィルと大男、そこにこの部屋の男達を足すと合計6人。

 しかし飲み物は7人分出されていたようだ。


(?………まだ誰かがいるの?)


 部屋を一瞥するが、やはり4人。

 テーブルの上に1本だけ、ストローが転がっているのを見つけた。


 理由はわからない。しかし謎の1名がこの場にいたのは確かなようだ。


 まだ仲間がいるのだとしたら厄介だ。この男達の殺され方、的確に急所を殺られている。

 かなりの手練れだ。

 そしてあの大男がその殺人をこなした可能性が高い。


 銃を持った相手3人に後手に回りつつも確実に殺す技術。ボディーガードを雇ったのだろうか。

 しかしそれが出来るのはMI6でもごく一握りの実力者達ぐらい。彼らと同等の相手を敵に回すと想像するだけで背筋が寒くなる。


 敵に見つかる前に去るとしよう。


 老紳士の格好のまま、ナタリアは部屋を後にした。







 流石に1人でカフェに居る気分にはなれず、自室へ戻ることにした。エレベーターに乗って上の階へ昇る。途中、自分と同じように仮面を被った乗客達とすれ違った。


(やっぱり皆、パーティーに行くんですね………)


 そう考えてみると、客室メインの階層はとても手薄のように思えてきた。パーティーに行かないのはごく僅かだろう。


 エレベーターを降りると、燕尾服を着た老人と出くわした。


「………これをスバルに」


「え………?」


 ナタリー?そう尋ねようにも老人は紫音に食事用の紙ナプキンを手渡すと、エレベーターに乗って姿を消していた。

 驚いて声もでない。まさかあそこまで変装の幅が広いとは。声をかけられるまでまったく気付けなかった。


 だがこうして情報を渡してきたと言うのは、何か不測の事態でも?だとしたらはやく昴に報告しないと。

 踵を返そうとしたとき、太股に何かがぶつかった。ぶつかったソレは勢いよく吹っ飛び、尻餅をつく。


(子供?‼)


「ごめんなさい‼つい………」


 しゃがみこんで手を差し出そうとし、そこで相手の顔を初めて直視する。

 金髪の、デッキで会った男の子だった。


「さっきの………」


 しかし少年は何も言わない。もしかして頭を打ったか?不安がる紫音に感情のない眼差しを向けつつ、少年は自ら話そうとはしない。


「ごめんなさい、どこか痛む?」


――平気。僕は喋れないだけだから――


「………?」


 さっきの声。確か少年と別れた時にも聞こえた、いや、正確には届いた。この表現がしっくりくるのかもしれない。


(やっぱりこの声……)


―――はじめまして。僕はデヴィッド。デヴィって呼んで―――


 喋れないのに届けられる声。


 そこで思い出し、赤いピアスを見せる。

 デヴィは頷いて


―――それがあれば僕の声は聞こえるよ―――


 まるで魔法だ。

 道具を持てば声が聞こえるようになるなんて。


―――それを言ったらお姉さんだって。不思議な力を使えるじゃないか―――


 心臓が締め付けられる。


 自分のソレを知っている。自分が使える魔法………


「もしかして………」


―――お姉さんと同じ、使えるんだ。僕も―――







「ヒロベ、もう一回だ」


 悔しそうにも嬉しそうにも見える笑みを浮かべ、再戦を申し込む。若い日本人男性はクイーンの駒を指でつまみ上げながら、快く承諾した。


 ヒロベ、と名乗っていた。日本人にしては珍しくユーモラスで、なのに話すとその聡明さがうかがえる。それに趣味がチェスと共通しており、会話も弾んでいた。

 仮面のせいで鼻から上はわからないが、なかなか整った顔立ちじゃないだろうか。


「君との対戦は面白いよ。君のような日本人ははじめてだ」


「Mr.ハーバー。僕はもうすぐ日本人ではなくなる」


「ああ、確かフィアンセのいるイギリスに国籍を移すのだったか………」


 最初は軽いトークをするつもりだったが、不思議なことにすごく話しやすい相手だ。彼が土地についての質問や知識を交互に投げ掛けてくるので思わずこちらが饒舌になってしまう。


 気づけばチェス盤の駒を進めながら20分は話し込んでいただろう。ほんの少ししか話していないつもりだったが、時が過ぎるのは本当に早い。盤上では既に勝負は見えていた。


「危ない局面がありました。かなりの戦略家ですね。あと1手先が見えてなかったら僕は負けるところでした」


「それを見越した君の実力の方に驚きだよ。この戦法はかなり昔に流行ったやりかたでね………」


 服や話題に流行があるように、娯楽にも流行というのはある。チェスの局面もそう。数ある戦術の中でも時代によって好まれた戦いかたがあったのだ。


「たまたまその定石を知っていただけです」


 ヒロベはそう言ってルークを進める。勝敗は完全に決した。これ以上は悪あがきに過ぎない。が、悪い気はしなかった。


「ここまで共通の趣味を楽しめる人間がいるのなら、このつまらない旅も少しは良くなるものだな」


「つまらない、ですか………確かこちらにはお仕事で?」


「一応は商人だからね。商談のためにあちこち行くのは日常茶飯事さ」


 タバコを吸おうとライターを探していたら、先に火を用意してくれた。

 気が利く上にスマート。本当によく出来た人物だ。


「船での娯楽の殆どが、地上のそれよりも劣る。料理もスポーツも、なにもかもが地上と比べて限定されてしまうからね」


 その点、地上では金を積めばいくらでも楽しみは広がる。ゴルフも、ダンスや酒だって。


「おまけにこの狭い空間には同じ趣味を持たない人間ばかり。今日みたいな日以外は殆どが退屈でしかないのだよ」


 駒を並べ直しながらヒロベは話を聞いていた。


「………なるほど、確かに限られたこの空間ではそれらに拘りを加えることが難しいですからね」


「そうだとも。私は、趣味はとことん拘り抜く。だからこういった船の旅は好まないのだ」


 それでもわざわざこうして旅をしているのは、取り扱っている商品の都合など様々な理由があるのだが………

 彼には関係のない話だ。ここでは伏せておこう。


「さて、こうも敗けが続くのは悔しいからね、次は勝たせてもらおう」


「ええ、負けませんよ」










「このピアスがあれば、貴方と会話が出来るのですね」


――うん、僕は口で喋ることが出来ないから――


 廊下で立ち話は気が引けるので、場所をレストランに移して話すことにした。とはいってもこのデビッドという少年は喋ることがないので、端から見たら会話をしているとは到底思えない。


「でもどうして私の体質のことが?」


――僕らは仲間を認識しやすいんだ――


 本当に?少なくとも紫音は愛花を前に何かを感じたわけでもないし、この少年に対しても特別な感覚を覚えてもいない。


  ………信憑性がない。


――お姉さんは……スイッチが常にオンになってる。すごくわかりやすい――


(スイッチ………?)


――オリジナルだからわかんないかもしれないけど――


(オリジナル?)


 疑問に疑問が重なり首をかしげる紫音をスルーしてデビッドはジュースを啜った。ストローを伝う赤いオレンジのジュースはまるで血液を連想させる。

 ストローから口を離し、デビッドはさらに教えてくれた。


――保有者ホルダー、お姉さんや僕らはそう呼ばれる――


 彼の言葉の意味はすんなりと理解することが出来た。

 不思議な体質の持ち主。

 なるほど、体質を力として捉えてみれば保有者というネーミングは納得出来る。

 デヴィがジュースのグラスを置いた。

 それらの動作からは何も感情を読み取ることが出来ない。まるで機械のような無感情さ。


――お姉さん、あまり驚かないね――


「驚いてますよ」


 以前よりも少しだけ、衝撃を受けるような展開に対して免疫がついてきたのかもしれない。

 自分と同じように不思議な体質の持ち主が現れたこと、そしてその人が体質について話していること。

 内容には驚いているが、なぜか頭はクリアだ。聞かされたことを冷静に分析している自分がいる。


 そういえば、とデビッドを見る。普通の小学生にしか見えないが、落ち着いた佇まいといい話し方といい育ちが良いと言われてしまえばそれまでだがどうも歳不相応な気がしてならないのだ。


 まさか薬で若返ったりしてるとか?

 眼鏡をかけた探偵じゃあるまいし。


――僕のこと、怖がらないんだね……――


 デビッドが訝しげに眉を潜めてきた。


 怖がる


 普通の人が自分達みたいな体質の持ち主を前にしたら大抵が不気味がる。

 しかし紫音は彼を不思議に思っても不気味とは思わない。

 デビッドが自分と同じだから、だけではない。

 過去に自分が受けた仕打ちや自分の体質を魔法と言って受け入れてくれた人、それで救うことの出来た大切な人、自分と同じように体質のせいで苦労した人………


「他人事とは思えないし、最近はこんな体質の自分も嫌いじゃないから………かな………」


 考えながら答えると、きょとんとした顔をされた。

 初めて彼の驚いた顔を見た気がする。


――嫌いじゃないって………化け物呼ばわりされるんだよ?――


「さ、されましたね………」


 自分がされたことを思い出すだけで胃が痛くなりそうだ。


――誰からも好きになってもらえないんだよ?――


「………ごめんなさい、私は周りの人はわりと受け入れてくれたから………」



 受け入れてくれた3兄妹がいなければ、デビッドの意見に共感はできたろうが。

 紫音の返事に対して信じられないとばかりに口をポカンと開けていた。


――嘘だ。そんな人、外にいるわけ………――


(外………?)


「この体質だって、魔法みたいなものだと思うとあまり嫌いになれないし……」


 魔法とは将斗の受け入れだが。

 しかしデビッドはその単語に反応したらしい。テーブルの上に置いた手は拳を作り、震えている。


――パメラみたいなことを………――


「パメラ?」


――………………――


 なにも言わないが不機嫌になったのは確かなようだ。

 どうしようか。ここで思考を読もうと下手に触れるわけにもいかないし、昴みたいに相手の思考をある程度察知する技術も………


(ん?昴さん?)


「あ…」


 大事なことを忘れていた。昴にナタリアからのメッセージを伝えなくてはならないんだ‼

 慌てて席を立ち、ジュース代を置いてその場から離れる。


「ごめんなさい、大事な用事があるから、その後でまた!」


 レストランを去る紫音の背中を見つめるデビッドの表情は暗くて読み取ることが出来なかった。




「む、すまない、ヒロベ」


 上のホールから降りてくる人の存在に気付いた。皆と同じように仮面を被っているが不思議なことに、その仮面に装飾された大粒のダイヤは瞬時に様々な色へ変化している。

 希少価値の高い、特殊なダイヤだ。そしてそれを仮面に取り付けている人物をウィルは知っている。

 ポーンを動かしていたヒロベが不思議そうにこちらを見た。


「部下が私を探しているようだ。すまないがここで失礼しよう」


「わかりました。では続きはまた今度にしましょう」


「勿論だとも。船の旅は長いんだ。私が勝つまで相手をしてもらうよ」


「ええ」


 ヒロベの口は微笑んでいる。


「良い船旅を」






「………なんだ」


 ホールを出て話をする。お互い、仮面を外して手に取っていた。

 グレーのスーツを着た大男は仮面を右手に持ち替えながら、あまり声を張らないよう配慮して説明を始める。


「キツネが引っ掛かりました」


「ほぅ、噂の盗聴機のか」


「ええ。老人一人。あのあと、部屋に侵入した模様です」


 フン、と鼻を鳴らす。


「老人なんざすぐに片手でひねりあげればすぐだろう」


 しかしスーツの男は首を振った。


「あの部屋を出た直後、すれ違ったボーイがいたのを御覚えですか?」


「ん?確かにそんな奴がいたような気も………おい、まさか変装していると言いたいのか?」


 ウィルは口調を荒げ、目を大きくしている。


「女性が男に変装………?」


「ええ。私も『眼』を使わなければわかりませんでした」


 爪を噛む口が不敵に笑う。それを見てスーツの男は意図を察した。


「かしこまりました」


 回れ右をして歩き始めた背中に、ウィルは投げ掛けた。


「頼んだぞ、モーリス。報酬は弾もう」







 合流するなり、ナタリアから渡された紙ナプキンを見せた。一見しても何が書かれているかわからないが、昴達の組織で利用されている暗号のよう。昴はそれを一瞥して表情を苦くした。


「昴さん?一体なにが……」


「予想外の事態だ。ウィルがボディーガードを連れてきている。それも凄腕かな。下手をすればナタリアが捕まりかねない」


 殺し合い


 その気配を察した紫音は黙って昴の横顔を見上げながら唾を飲み込む。


 暗殺だけでは済みそうにない。







「こんなものかしらね……」


 老紳士に変化してようやく息をつく。

 ボディーガードのあの男。

 彼の部屋があるだろうフロアをいくつか割り出し、疑わしい場所付近を、変装を繰り返しながら渡り歩く。

 ボディーガードの存在がわかった以上、ウィル殺害の計画の妨げになるのは必須だ。ならば今のうちに多少のリスクを犯してでも調査して、隙あらば早い段階で芽を摘み取るべきだ。


(スバルはなんて思うかしらね)


 また余計なことを、と言うだろうか。

 だがかまわない。

 ナタリアにはスバルを出し抜かなければならない理由があるのだから。


「失礼、ハンカチを落とされませんでしたか?」


 憎き相手の顔を思い浮かべていると、唐突に背後から声をかけられた。


 不意打ちを受けたこと、そして声をかけてきたのがあのボディーガードだったことで2度驚いてしまう。


 あんな殺人事件を起こした後とは思えないほど穏やかで、優しげな微笑み。

 片手には淡いピンク色のハンカチが握られていた。シンプルなデザインだが確か、この船のジュエルやドレスを取り扱う店にあった品だ。


「いえ、違いますが……」


「そうですか。貴女のようなレディにはとても似合うと思ったのですが………」


 意外とお世辞も言うらしい。こうしてみると話しやすそうな男性にも見えるが。


(え………?)


 話しやすい、という印象よりも、恐怖や不気味さを感じたときのヒヤリとした悪寒。それが先行してナタリアの肩を震わせた。


「今、なんて…」


 ボディーガードは微笑んだままだ。


「レディ、と言ったのですよ」


 ウソだ。息が震え、心臓のペースが乱れる。


 レディと呼ばれるはずがない。

 ナタリアの変装の腕は昴以上だ。


 今だって完璧に、若い男性客に成りきっているというのに。


「失礼。私の眼は色々便利でして」


 片眼鏡をかけている方の瞳が緑からメタリックなグレーへと変化してカメラのシャッターのように閉じては開く。それはどう見ても生身の人間のではなかった。



 フランケンシュタイン



 この一言がナタリアの恐怖を加速させる。

 ATCという手段が使えない今この場面において、ATC同等の、最新技術を武器にした敵とは当たりたくなかった。


「変装とか、解ってしまうのですよ」


 瞬間、優しげな笑みの紳士は仮面を外し、右拳を振り上げてくる。手の甲からはカッターのように薄い刃物が突き出ていた。

 男性客として着ていた背広に刃物の尖端が引っ掛かり、変装が解かれる。


 天井へ舞う背広。その向こうにはドレス姿の美しい、金髪女性が後ろに跳びながら男を睨み付けていた。


「驚きましたね。まさかここまで鮮やかな変装をするなんて………」


 まるでマジックのようなテンポの良い変化に、男は見とれてすらいた。


「それにとても若く見えるが………それが貴女の本当の姿かな?」


「デリカシーが無い質問ね」


 ボディーガードは追撃に入った。

 手の刃物で突いては切り返しての攻撃を始め、ナタリアはそれを危なげに避けては後退する。


「失礼。無粋なことを」


 男はそう言ってあっさり攻撃を解くと、胸に手をあてたお辞儀を見せた。


「モーリス・リーディッヒ。フランケンシュタインになる前は米国の刑事をやっておりました」


 そんな挨拶を終え、スイッチが換わる。

 纏う何かが一変し、殺意を剥き出しにした狂人がそこにはいた。


 仮面を被っていた者どうしの、死の舞踏会はワルツと共に始まった。



「一曲、踊っていただけますか」


おまけコーナー


将斗「………もうこのコーナーでしか出番ねーのかよ………まがりなりにも主人公だぞ?俺……」


千晶「将斗。立場はニノツギ。私達、仕事をこなせばそれで良いのだから」


将斗「殺し屋として、か?お前はそれでいいかもしんねーけど………」


昴「最近思うんだが、この物語の主人公は紫音ちゃんで、僕らは攻略対象じゃないかと………」


将斗「恋愛ゲームかよ?嫌だな、こんな血生臭いゲーム……」


千晶「……確かに……」








将斗「今回の話って豪華客船だろ?キュプロクスの出番はあるのか?」


昴「随分メタな質問だね、ちゃんとあるよ」


千晶「でも船の中、狭いよね?」


昴「そうだね。作者もセ●テントリオンをしながら船内を調べていたけど、目立たない場所ほど船は狭く出来てるからね」


将斗「セプテ………?なんだよそれ、船が出てくるゲームか?」


昴「豪華客船から脱出するゲームさ。SFC版のは難易度が高くてね。まあ、タイ●ニックとかポセイ●ンとかをゲームにしたと考えれば………」


将斗「それ不吉じゃねぇ?今、船の中だろ兄貴達」


昴「………フラグじゃないよ」


将斗「おい待て‼沈むにしても紫音がいるじゃねえかよ!」


千晶「ダー‼脱出用のボート、消されそうな勢いだし‼」


昴「ははは………もしそうなったら僕は紫音ちゃんに………」


将斗「少なくとも紫音を脱出させてから沈みやがれ!」

千晶「ダー!」


昴「………あれ?僕への心配は?」


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