選択
戦闘シーンは今回で最後になります。
「……どういうことです」
吉高を見る愛花の表情には恐怖と不信、敵意が入り交じっていた。相手は鎖で椅子に繋がれてるというのに吉高は怯えたように愛花からじりじりと遠ざかる。
「違う。私は恵美さんを殺してない…
事故だったんだ、あれは。
私はただ、恵美さんを……」
吉高の過去の罪に不信感を抱いたのか、将斗を取り押さえていたATCの力が抜け始める。将斗はその隙を逃さず、ナイフを抜きながら体をねじりあげ、装甲の少ない首に斬りかかった。
首の皮を切られたATCの搭乗者はパニックを起こした。その間に這うようにして脱け出す。
将斗の動きに気付いていた瀬良が銃を構えたが愛花が椅子ごと立ち上がり、銃を持つ手に噛みつく。
「あっ!」
拳銃が落ちた。それを蹴り飛ばそうとするが瀬良に殴られてしまう。銃を拾い上げた瀬良は倒れた愛花に突きつけた。
「愛花!」
将斗は既に間合いを詰めていた。瀬良がすかさず将斗に銃を向けるがそれを下から切り上げる。瀬良の手首から先が闇のなかに落ちて消えた。
だがそれだけではない。切り返して斬撃を繋げる。
今度は上段からだった。瀬良の額から血が吹き出す。
(あとは愛花を………!)
「っ?‼‼」
パニックを起こしたATCの搭乗者が銃の乱射を始めたのだ。連れて隠れようにも鎖が邪魔で愛花を動かせない。
これは本当にまずい。
「やべえっ………!」
銃口がこちらに向けられた。愛花を庇うように後ろにやる。
◇
少しでもはやくかたをつけるために、千晶はわざと目立ちやすいように走って陽動していた。銃弾が足を掠めるが、止まるわけにはいかない。
「っ‼」
ここに来る前、石狩で既にもう片足やられたのだ。走りづらいったらありやしない。
勝負を決める手段ならとっくに決めているが、タイミングが難しい。
『千晶。聞こえるかい?』
「ダー、昴兄ぃ。いま命がけな作業中。ちょっと待ってて」
銃弾が頭上を通過した。
『それがなんだけど今、積丹に着いたんだ』
「………遅い」
『悪かったと思ってるよ。今どこだい?』
「今って………」
廃屋の近くにきた。ATCはあの爆弾の近くに立っていた。だが距離が近すぎる。このままでは自分まで爆風に………
『ああ、大丈夫だ。見えた』
「シトー?」
海の方からひとつの光が見える。小型船舶らしい。
(ん?)
「昴兄ぃ、そこに白夜はいる?」
『もちろん』
音符さえつきそうな軽い返事。
それなら。
チョーカーに手をあてながら兄にお願いする。
「2秒稼ぐ」
『よしきた』
ATCが銃の引き金を引こうとした。千晶はその一瞬を見極め、身をかわす。敵が構え直そうとするが途端に、船からマズルフラッシュが。
銃が弾き飛ばされた。流石は狙撃のプロ。動く船の上からも狙えるなんて。
既に紅い星が千晶の上で輝いていた。千晶がナイフを爆弾に投げつけると同時に、紅い瞳を輝かせた白銀の忠犬、ATC・白夜が主人を抱き抱えてその場を離脱した。
爆発に飲み込まれた敵ATCは背中のエンジンの爆発に身を焼かれていた。
「将斗のところに行こう」
千晶は相棒に語りかけた。
「加勢しないと」
だがここで問題が生じる。
両足を怪我した千晶は相棒に抱えられたまま進んでいたのだが、このATCを使って屋内に侵入するとき、丁寧にドアを開けるという概念がなかった。
つまり突撃して壁をぶち壊すのだ。
だから高く飛び上がったとき、千晶はなにかまずいようなことをした気がして「?」と首をかしげた。数秒して白夜が落下を始めたとき、それに気づく。
今の千晶、生身。
ついでに両足、痛い。
「ぁぁああああああああああああああああ!」
バキイィィッ‼
建物の屋根を突き破って白銀の狂犬が乱入してきた。敵の前に着地したかと思えたが弾けるように将斗達の方に転がってきた。おかげで白夜が盾となり銃弾が将斗達に当たることはなかったが。
「千晶?‼」
「だ、ダー、将斗………」
げっそりとした妹も転がってきた。目をぐるぐる回し
「きゅー………」
のびている。
「お、おい! しっかりしろ‼」
妹を揺さぶるが反応なし。使い物にならねぇ……
だが白夜を見て思い出す。確かこいつは遠隔操作が可能のATCで、千晶が危険になったら自律して動く機能もあるらしい。
「白夜」
千晶の相棒はこちらを見た。
「俺が敵をやる。愛花と千晶を守ってくれないか」
この状態で白夜がいないと流れ弾を防ぐすべがない。頷くでもなく、肩のハッチから小型の対甲ブレードを将斗に差し出すように向けた。
使え、という意味だろうか。
それを抜き取り将斗は突撃した。パニックから抜けきれてない相手は、低い姿勢で飛び込んできた将斗にまだ気づいてない。
懐に飛び込み、その腹部にブレードを突き出した。装甲を容易く斬る。搭乗者の悲鳴があがるが、まだとどめにはいたっていない。
最期の抵抗か、将斗に銃を向けようとする。
だが何処からともなく現れたワイヤーが銃の先端に巻き付き、矛先を将斗から遠ざけた。止まない銃声で目を覚ました千晶が白夜に指示したのだ。
「スパシーバだな、千晶、白夜!」
敵の拳銃を抜き、喉元の装甲がない部分に向ける。至近での銃撃は外れることなくATCの喉を撃ち抜いた。
◇
「千晶。平気か?」
両足を怪我してる妹に肩を貸す。意識は戻ったようだ。
「ダー………救急品バックから痛み止めを………」
「これか?……無色だな。薬品か? モルヒネとかなら……」
「ニェーット……特殊な薬品違う。ロシアでは一般的な薬」
「ならいいが………ってうわ、臭せぇっ!」
千晶が瓶を開けると鼻を刺すようなアルコールの香りが。
よく知ってる。毎日こいつが飲む、あの………!
「ウオッカじゃねえか‼」
千晶はそれを嬉しそうに呑んでいる。ある意味シュプリンゲンより質が悪い‼ 二十歳にもなってないのにアルコール依存性だよ!
「まったく……紫音や兄貴に見つかっても知らねーぞ。あいつら、お前の飲酒事情には頭を悩ませてんだからな」
「将斗! 千晶!」
昴と紫音が建物に入ってきた(千晶はすぐにウオッカを隠した)。
「兄貴達……おせーよ」
苦々しく笑いかけてやると昴が千晶に肩を貸し、紫音が愛花のところにしゃがみこんだ。愛花は目を覚ましていたが、揃った面子が面子なのもあってか、頭を整理するのに時間がかかってるようだ。
「紫音ちゃん………将斗………?」
愛花の目は虚ろだった。
「もう大丈夫です。怪我はありませんか?」
「待ってろ、今鎖をはずしてやるから」
鎖に銃口を向け、引き金を引いた。乾いた発砲音に合わせて愛花の体は自由になる。
「あ、……ありがとう……」
だが愛花は2人を見ることなく、項垂れたままだった。
当然だ。今日の件は愛花にとって刺激が強すぎた。ショックを受けてもおかしくない。
彼女は自分達とは違う、綺麗で明るい世界の人間なのだ。
「お、あったあった」
「これ?」
頭を割られて即死した瀬良の遺体には革のケースで覆われた手帳があった。見ると香龍会に発注した武器弾薬のリスト。今回ので使われたATCの情報もあった。
「やはり武器は香龍会からだったか……」
「でも昴兄ぃ、よくこの人が中国人だってわかったね」
「前に接触したとき、彼は中国語を使った観光案内用の看板やバスの広告を見ていたんだ」
昴が瀬良と話していたとき、彼の視線は常に札幌の駅近くで見られる中国語に向けられていた。外国で母国語を見つけると反応してしまう。
「それに彼は中国人だけど純粋な日本人だ」
「え……?」
昴が開いたページには古びたパスポートの切り抜きがあった。見てみると瀬良とは別の日本名。写真に写っているのはまだ幼い男の子だった。
「もしかして……瀬良?」
「そうだね。元々は日本人だから、テロ国家も大事をとってあまり戦闘員としての教育をしなかったんだろうね」
いざ戦闘技術を教えても、大きくなって祖国に帰りたいがために裏切られたら香龍会の損でしかない。
写真の年齢から逆算するとまさか瀬良は………
「僕らと同じ………あの事件で一度死んだ人物だったんだね」
行き場、家族、生きる力を失い、日本国からも見つけてもらえなかった人物。昴と千晶と同じ境遇のものだった。
もし拾われた先が違ったら。自分達も彼と同じようになっていたのかもしれない。
瀬良を見る2人の顔は苦そうなものだった。
ATCの流れ弾を腹に受けた吉高は意気も絶え絶え、眼から光が失われつつあった。もう長くはないだろう。愛花にこれ以上人の死は見せたくないので、表にある車に乗ってもらおうと将斗が立ち上がらせたときだった。
愛花の動きが急に速くなり、将斗の銃を奪い取って吉高へと走り出したのだ。
「愛花‼」
慌てて腕を後ろ手に取り、銃を上に向けさせる。既に引き金を引かれた拳銃は天井に小さな穴をあけた。
「なにを……!」
「はなして‼」
悲痛
この2文字が似合うほど、愛花の声は辛そうだった。涙は絶えず流れ、呼吸は荒い。
「愛花ちゃん……」
「来るな‼」
助勢しようとした昴を将斗が制する。
震える肩は小さくて、いつも元気な愛花とは思えないほどに弱々しかった。
親を奪われた憎しみ。ただそれだけではない。
なにをしたらいいのかわかっていない。だが今、彼女に吉高を殺させたらきっと後悔する。小刻みに震える愛花の手を強く掴んだ。
「愛花。こんなやつ、お前が殺すまでもない。殺せばきっと………いや、絶対後悔する」
愛花は抵抗するように叫んだ。屋上で話したときのような、感情をむき出しにした叫びだ。
「将斗にはわからないよ! 私は将斗みたいに強くない‼ 力もない‼」
「愛花……」
「居場所も、認めてくれる人もいない……お母さんも私のせいで死んだ……私にはもう、なにもない。こんな体質のせいで失ってばかりで………!!」
「愛花ちゃん………」
紫音の表情も暗かった。将斗は屋上での会話を思い出す。
あのとき、わかったふりをして父親の目線で答えてしまったが、愛花は紫音と同じだ。信じたい人がいない孤独、自分を見てもらえない恐怖。
自分はなにも知らなかった。紫音の時みたいに家に乗り込んで、無理矢理引っ張ることもしなかった。
私にはなにもない。
将斗みたいに強くない。
愛花はそう繰り返す。
浅はかだった受け答えが棘みたいに胸を刺した。
そして自分がこれまで見てきた速見愛花を思い出す。
「……俺はお前が思ってるみたいに強くはない」
耳元で言い放った。愛花が驚いて息を呑むのがわかる。
「家族を失った俺は…俺達は人殺しをしている。相手はテロ国家の奴等だ。殺さないと害になる。そうやって自分に言い聞かせて、俺達はたくさん殺してきたんだ」
昴が、千晶が暗い表情になる。
「簡単に復讐や殺人に手を出した。俺達は弱かった。でもお前は違う」
地元で辛辣な扱いを受けてきた。
だが学校では天然で、明るくて、皆と一緒に笑っている愛花。
毎日を楽しもうと常に陽気な愛花。
美しく奏でるピアノの音色は、愛花の心そのもののように思えたのだ。
「辛い思いをしながらも、毎日を本気で楽しもうとしていたじゃないか。
自分を避ける町の人達を悪く言ったことなんてなかったじゃないか」
復讐や殺人に走った将斗達には真似できないことだった。
自分達はまだ、過去のあの事件から戻っていない。だからこうして銃やナイフで人を傷つける。
でも愛花は過酷な環境の中、常に前を向いてって歩いていた。
将斗にはそれが輝いて見えた。
もし愛花が将斗の力を強さだと思っているのなら、それは大きな間違いだ。
「本当に強いのはお前だ、愛花。だからお前まで、俺達と同じになるな」
愛花はなにも言わない。呼吸も落ち着き、手から銃が落ちる。
その涙が止むことはなかった。




