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誤算



「Vssがあればなぁ………」



 今ある武器は拳銃・ナイフ・手榴弾。千晶は個人的にワイヤーなどを常備しているが、いくら初期型とはいえATC相手にこの装備では物足りない。せめてアサルトライフルか狙撃銃が欲しいと千晶は考えた。



「ないものねだりをしても仕方ない。出るか?」

「………んー………」



 持ち合わせの武器を確認して、敵の配置をもう一度確認する。車が2台。うち1台は大型トラックだ。こちらにATCを積んでいたのだろう。


 相手の武器は拳銃・まだ持ってるであろう爆弾・ATC。ATCにはショットガンと専用のブレードが備わっているが、対装甲ブレードではない。また、背にホバリング用のエンジンも見られる。



「………ゼンゲンテッカイ。スナイパーライフルはいらないね」

「なにするつもりだ?」



 千晶は将斗を見て言った。



「ゲリラ戦……だよ」



 ◇



 バイクが1台。ヘルメット2人分。装備は少ないだろう。落ち着いてATCで対処すれば問題ない。瀬良は建物近辺の警戒をATCで固め、2人1組を3グループ作り、彼らに巡察を命じた。



「どうです? それらしい人物は……」

『いません』

『こちらも……』

『見られません……』



 見つからないということは隠れて動いているのか。



「見つけたら無理に戦わないでください。機体を向かわせます」



 ATCは既に起動準備を整えた。すぐにでも動かすことができる。


 問題ないと瀬良は確信していた。



――ガタッ‼――



「なんの音です?」

『こちら、異状ありません』

『同じく』

『………………』



 1組、様子がおかしい。何度か呼び掛けてみたが、やはり返事がなかった。

 胸騒ぎがする。



「1名、向かってください。巡察している組は合流して………」

『ぁああっ‼』


――ガタッ‼――


「っ?‼」



 今度はもう1組。



(何が起きてる?‼)



 ◇


 ――1台。こっちに向かう――


 ――流石だが……本当に匍匐だけで進んだのか?――


 ――匍匐も色々あるから。使い分けと馴れれば歩きと変わらない速さ、出来る――


 ――おかげでこっちは手薄になったよ――


 ――それじゃあこっちのカクラン、任せてね――


 ――ああ――



 千晶は敵の戦力分散を試みた。素人相手に匍匐で近づき、ナイフで殺すのは赤子の手を捻るように容易かった。

 おかげで将斗の方にはATC1台、瀬良、吉高しかいない。


 建物の警戒はATCだけで大丈夫と踏んだ瀬良の誤算である。


 手榴弾を出し、機体の近くにある大型トラックに向かって投げつけた。

 爆発に合わせてトラックが炎上を始めた。ATCは火の手を受け、背中のエンジンが誘爆を起こした。


 ATCが倒れるのを確認して将斗は建物に向かって走り出す。



 ◇



 巡察の死体から拳銃を回収し、千晶は廃屋の影に隠れて待ち受けた。

 手持ちの武器が少ない状態で真正面から挑むような愚行は選ばない。たとえ千晶がプロでもだ。



「………?」



 廃屋近くの建物の近くに不自然に置かれる箱状のものを見つけた。近づいてみるといくつも導線を張り巡らせた………



(ここにも仕掛けてるのね………)



 やはり爆弾は複数あったのだ。解除しようにも工具はないし、遠隔操作型だったら危険である。匍匐で後退しながら千晶は周辺の様子を見た。残りの巡察2人にATC1台。既に4人もやられたからか、2人は機体から離れようとしない。見ていてため息を吐きたくなった。


 臆病者め。そんな弱腰だと、戦場では生きて行けない。


 手加減という情けは無用だった。


 投擲用(私物)ナイフを取りだし、背後に立っている男めがけて2本、投げつけた。夜の銃撃はマズルフラッシュによる居場所の特定が勝利のカギを握る。火薬を使わずナイフを選ぶことで自らの居場所を隠したのだ。


 威力こそは銃弾並みだが昴ほどの精度はない。

 ナイフの1本が男の胸に刺さった。もう1本は軌道を変え、ATCの装甲に刺さっただけだ(そもそも戦車と同じような装甲にナイフが刺さる時点でおかしいが)。


 仕損じた。

 舌打ちをし、もう1本抜く。しかしATCが動いたため、男達の姿は隠されてしまう。


 誤算。



(仕方ない‼)



 こちらに背を向けた。ならばやるべきことは………


 手榴弾のピンを抜き、ATCめがけて投げつけた。

 背中のホバリング用エンジンの破壊が目的だ。

 しかし手榴弾の威力は飛び散る破片にある。エンジンに多少の傷はつけることができたが、誘爆には至らなかった。


 これもまた予想外。


 今回は凡ミスが目立つ。



「チョールト‼」



 汚い言葉です。真似しないでね。


 流石に敵が周囲の詮索を始めた。ナイフの刺さった男は息絶えたらしい。機体と生き残っている男の間に距離が出来たのを見計らい、拳銃を片手で構えて4発撃った。太股に命中し、男は立てなくなった。


 マズルフラッシュによってついに千晶の居場所が気づかれた。ATCがこちらに向かって散弾銃を撃ってきた。伏せてかわし、もうひとつの手榴弾を出した。走り出すように身を起こし、敵の頭部に向かって投げつけると同時に走り出す。狙いは機体の真下だった。


 炸裂した光が視界を奪い、動きが止まる。背中から滑るように真下に滑り込み、両手で銃を構えて数発撃った。カメラのセンサーを掠めたので、視界に影響を与えたに違いない。奪い取った銃だったので弾切れを起こしてもリロードが出来ない。

 銃を投げ捨て、口に加えていたナイフを手に取り、燃料タンクのホースに斬りかかった。



(浅い………!)



 あまり手応えがない。

 しかしこれ以上深追いするのは好ましくないので体を捻るように立ち上がり、ATCから離れた。その中で自分の銃を取りだし、倒れていた男にとどめを刺しながら走る。


 背後からATCが切り返してこちらに向かってきた。



(少し時間が必要だね……)



 背後に迫る殺意から時間を稼ぐべく、千晶は人気のない山に向かって走り出した。



 ◇



「そうか………恵美さんは昔の先生の話を………」



 母が何度も聞かせてくれた昔話を吉高は興味深く聞いていた。



「恵美さんが使命を授かった場所………積丹の海………海を一望できる場所の可能性が高いな………」

「………………」



 有力な情報に目を輝かせ、吉高は身を乗り出してくる。



「他には? どんな情報でも良いんだ。君が恵美さんから授かった思い出とかは………」

「………………」



 思い出。


 胸がチクリとした。



 あの男の子と知り合って、恋をして、積丹の海を好きになった。


 あの男の子、将斗と一緒に積丹ブルーを………



 違う。これは私の思い出だ。


 私だけの気持ちだ。



「その様子、まだ何かあるみたいだね」



 吉高の視線に気付き、慌てて否定した。



「違います」

「隠さなくていい。愛花くん。話すんだ」



 思い出まで彼らの情報であり道具になるなんて嫌だ。吉高はやれやれと言わんばかりに愛花のシャツのボタンに指をひっかける。

 何をしてでも愛花から情報を聞き出すつもりだ。



「いやです……これは!!」

「愛花くん……」

「駄目! これだけは‼」



 叫ぶのと近くから爆発音が聞こえたのはほぼ同時だった。空気を震わせるような衝撃と耳が痛くなるほどの大きな音。

 それはあの事故で行われた、発破による瓦礫撤去の時とよく似ていた。



「?‼」

「何事だ!」



 愛花を突き放すようにして吉高が立ち上がる。窓の外には赤い光がぼんやりと見えた。


 少し時間がたってから、瀬良が入ってきた。額から血を流している。さっきの爆発でやられたのだ。



「吉高さん」

「瀬良、外はどうなってる‼」

「既に4人やられました。相手は2人だと思われますが、かなりの手練れです。まだ姿を確認さえできてません」



 吉高は目眩を覚えた。

 石狩の囮がやられた話は聞いていたが、まさかここまで速くくるとは。そして姿をまだ見せないのはかなりのゲリラ戦の手練れ。

 ATCで対処するしかないか。そう考えたとき、扉が乱暴に開けられた。



「やっぱりここか」



 まだ若い男の子の声。



「愛花を返してもらうぞ」



 橘将斗は2丁構えた銃を吉高と瀬良に向けた。


 愛花も初めて見る、いつも一緒に笑っていたクラスメートの残酷で冷徹な一面だった。



「……君は何者かな」



 相手が二十歳にも充たない男子だと知り落ち着きを取り戻したのか吉高の口調は穏やかなものであった。



「………………」

「その若さで銃や戦闘に慣れてるように見えるが……日本でそんな技術を学べるはずもない。テロ国家の差し金か?」

「教える義理はない」



 2人に向かって引き金を引こうとするが、背後からの威圧に気が付き、横に飛び退く。背後の壁を突き破り、緑色の瞳を輝かせたATCが襲いかかってきた。


 破壊できたのは背中のホバリング用のエンジンのみで、他はまだ動かせるらしい。旧式だからと甘く見ていた。

 舌打ちをして関節部分を狙って拳銃を撃ったが当たらず、装甲に弾かれるだけだ。屋内でもう一発の手榴弾をここで使うわけにもいかない。


 とはいえATCも吉高達を気遣って闘わなければならないのか将斗へ殴りかかってくるのは予想通りだった。

 大雑把な攻撃をなんなくかわし距離を取りつつ、倒す手段を考える。

 将斗には昴みたいに百発百中の狙撃能力がなければ、千晶みたいな変幻自在な闘いかたも出来ない。


 どうすれば勝てる。


 何を使って勝つ。


 その時、左肩を激痛が襲った。

 背後から放たれた弾丸が将斗の肩を貫いたのだ。

 痛みで頭が熱くなる。思考が鈍くなった。

 ATCの攻撃をかわすが風圧に煽られ体勢を崩してしまった。

 続けて繰り出された腕もかわそうとするが指の部分が将斗の脇腹に入る。薙ぎ払われた将斗の体は何度も床に叩きつけられながらふっ飛んだ。



「っがっ………!」



 揺れる視界が気持ち悪い。

 肺が痛くて呼吸が難しい。


 むせこむむ将斗にとどめをさそうとATCが近付いてきた。



「待つんだ」



 吉高がそれを止める。



「色々聞きたいことがある。その子を取り抑えなさい」



 ◇



 カメラにダメージを与えたので相手の視界は悪くなっている。拳銃だけで撹乱するのは造作もなかった。

 だが残りの弾が10発を切っても相手は動いている。給油のホースを切ったが甘かったのだ。漏れ出る量は少しずつでしかない。


 相手も機体を使いなれていないのか、無駄な動きが多い。1挙動が大きいのだ。

 初期型のは燃費の悪さが特徴だ。千晶の予想ではあと10分ももたないだろう。

 それまでじっくり待てば動けないATCを倒す手段はいくらでもある。


 さて、次はどこに隠れよう………



 ――……色々………ある。その子を取り抑えなさい………――



 突如、通信機から聞こえた何者かの声。

 将斗がピンチのようだった。



「………ニェーット………」



 これは10分も待ってられない。


 ◇



「まずは………そうだな。君はどこで闘う術を学んだのだ?」



 うつ伏せに取り押さえられた将斗は無言のまま睨み付けた。

 相手が話す気がないと理解した吉高は、愛花を見る。



「知り合いかね?」



 愛花は怯えた目で将斗を見て、何も言わない。瀬良が将斗の頭に銃を向けた。さっき将斗の肩を撃ったのは瀬良だった。



「答えるんだ」

「っ……く……クラスメート……」

「クラスメート?」



 吉高と瀬良は口を揃えた。



「ただの学生がこんなゲリラ戦、出来るわけ………」

「いや、待て」



吉高が瀬良をとめる。



「もしかしたら瀬良。君と同じ人間かもしれないぞ」



 それを言われ、瀬良の顔に不審の色が走った。



「つまり………」

「ああ。この少年も君と同じく、テロ国家の使いである可能性が高い」

「あいつらと一緒にするな」



 唸るように将斗は言った。二人の意外そうな顔と愛花の恐怖に近い表情がむけられる。



「ほう?」

「好んで人を殺すようなやつらと一緒にするなと言ったんだ」

「テロ国家を憎むか。それなら君はなんのために私達の邪魔をする。私達は国を守る力を……」

「その守る力を正式に認めさせるために何をする気だ?」

「………」

「日本正式に訴えるか? その力で。あの事件を日本で起こすようなもんだ」



 語る少年の声に憎悪の念がこもる。その様子だけで吉高はある程度のことを察したらしい。



「……まさか君は……あの事件の……」

「あいつらと同じだ。結局は力で押さえつけようとする。それでいて自分の責任から逃げようとするんだろ。あのトンネル事件みたいに」



 吉高に驚愕の色が浮かんだ。愛花が不審げに将斗と吉高を見比べる。



「将斗………なんの話?」

「ここに来る途中で俺はトンネルの崩壊を見た。

あの事件とまったく同じ崩れ方だ。この辺りの崖は爆弾1つで簡単に崩れる」

「やめろ………」



 吉高の声は小さかった。将斗が続ける。



「吉高はお前の母さんが持つなにかを狙っていた」

「やめろ‼」



 悲鳴に近い声で吠える。

 顔は青白く、犬歯を剥き出し、唾を吐くように叫んでいた。



「そんなのただの憶測だ‼ 証拠もなく………」

『ありますよ。証拠』



 将斗の耳に取り付けられていた通信機から昴が声質を変えて語りかけてきた。紫音に操作されていたのか、気付けばスピーカー機能に切り替えられていた。



『あの事故の前日、トンネル付近をうろつくあなたの姿を1人の老人が目撃しています。しかし速見家への風あたりが強かった当時、あなたが速見さんを殺したと言っても信じてもらえない状態だったそうです』

「な………」

『積丹で人気者だったあなたです。積丹への頻繁な訪問も手伝って速見さんへ会いに行くのも、その時ついでに通過点のトンネルを調べておくのも容易かったでしょう』

「……っ…違うっ、あれは事故だった‼ まさか恵美さんまで巻き込まれるなんて思わなかったから‼」



 今度は愛花が驚愕を浮かべていた。



 己の失言にすぐさま気づいた吉高は息をのみ、その場に立ち尽くしてしまった。

おまけコーナー



将斗「ってか、はやく来てくれよ、兄貴。キュプロクス相手に生身で勝てねーよ」

昴「将斗。頭脳と技術で勝つんだ。初期のキュプロクス、僕なら狙撃銃があれば十分だ」

将斗「いや、なかったから。俺ら装備不十分だから」

昴「千晶は?君も初期のを相手にしたことはあるだろう?」

千晶「ダー。でも私の時は仲間もいて、3人で………」

将斗「ほら、兄貴がチートなだけだよ」

昴「待つんだ。その時の装備は?」

千晶「ん、3人皆ナイフと携帯シャベルだけ」

将斗&昴「………………」


………………………………


千晶「飛んで火に入る夏の虫」

将斗「国語の勉強か?」

千晶「ダー。今の将斗を表現する言葉、イヴァンから教わった」

将斗「………」

千晶「私としては自業自得のほうがしっくり………」

将斗「ケンカを売ってんのかテメーら‼」


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