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連鎖



「空だった………つまり今回の運び屋はダミーってことか?」


 天田が集めた名刺を調べながら頷いた。


「………ああ、おそらく瀬良の罠だ……名刺にかかれた電話番号から指示を送っていたのだろう」


「私達の存在に気づいていたってこと?」


 これに関しては否定である。


「………いや、気づいてはなかっただろうが………この一件で気付かれたようなものだな」


 瀬良や吉高に接近する何者かがいればこのダミーに食いつく。


「………だがやつらが何を目的としているのか、わからん………」


「………」


「どのみち俺たちはやつらに存在を認知されたわけだよな。今後、守りを固められる可能性が………」

 

 考え込む千晶の横から将斗が確認してくる。しかし天田はまた首を横に振るのだった。


「………真意がわからない以上、守りを固められるのか、逆か………予想はできない」


 今後の情報がどうなるか。

 昴に相談しようと千晶は携帯を取りだし、2件のメールに気付いた。

 サイレント設定にしていたせいで気付かなかったのだ。

 

 新しいのが昴から。今日の情報収集の結果だ。


 次にイヴァンからの報告文だった。


「………っ?‼」 

 

 これまでの推測とこの報告文を合わせたら。


 任務のキーパーソンは………



「…愛花ちゃん」


 絞り出すような声に将斗と天田がこちらを見る。


「千晶?」


「将斗……愛花ちゃんと連絡取れる?」


「今は難しいかもしれないな。今日、吉高と会うって………」


 千晶の顔から血の気が引く。


 今回の件の背景がぼんやりと見えてきたような気がした。


 吉高と会っているなら、近くに瀬良もいるはずである。


 …………。


 愛花が紫音に抱いていた感情のほとんどは羨望だった。噂に聞く将斗の幼馴染み。綺麗だし通う学校も偏差値が高い。

 なにより将斗とは毎日会っているらしく、彼の隣にいつもいる。

 嫉妬さえあったのかもしれない。愛花にとっては遠い存在のように思えた。

 しかし話してみると実は最悪な家庭環境。光の見えなかった過去。それを話してくれる時の彼女からにじみ出る空気は昔の自分と被っているような気がした。

 そう思うと彼女と自分はよく似ている。


「私のこと、将斗から?」


「いいえ、たまたま積丹で知り合った方から………」


 どういう姿の人か伝えると、すぐに誰かわかったのか愛花の顔が暗くなった。

 愛花は町のどの人物がどんなことを話すか、把握しているのだ。

 これなら体質について切り出して問題はなさそう。


「車椅子のおじいさん、愛花ちゃんのことをすごく心配してましたよ」


「………え?」


 嘘だ。ありえない。

 だってあの人は今、喋ることが出来ないのだ。

 喋れたときはいつも話しかけてくれたけど………


 話すなら今だと判断する。


「あの方から教えてもらいました。愛花ちゃんのお母様が亡くなる前まで吉高さんから何かを言われ、磨耗していたことも。愛花ちゃん自身、変わった体質で苦しんでいたことも。愛花ちゃんのお祖父様がどんな方だったかも」


 昴に言えなかったのは彼女の生い立ちに自分を重ねただけではない。まだこちらの世界に踏み込んでいない愛花に、将斗達の裏の顔を見せたくなかったからであった。


 将斗関連で愛花に対し複雑な気持ちはあるが、彼女が将斗を好きだという想いも知っている。すくなくともこちらの世界のせいで幻滅させたくはなかった。


 一方、自分とあの老人しか知るはずのない真実を、そして祖父のことを紫音が知るはずがないと思っていた愛花は驚愕していた。


「紫音ちゃん………どうして」


「私も………人の考えが読める体質のせいで化け物扱いされてきたから………」

 

 特異な体質に苛まれた2人はこうして互いの真実を知る。


 ………。


「どうして言わなかったんだ、愛花の体質について‼」


 まくしたてる将斗に対して千晶と昴(テレビ電話)は申し訳なさ3割、さらりとした態度7割で


「酔っぱらいには後で教えるって言った」『ごめんごめん、任務から帰ってきたら伝えようかと……』


「ったく‼」


 頭痛の治まってきた頭を軽く叩き、興奮を落ち着かせる。

 愛花が瀬良に捕われたのかすらわからない今、焦っても仕方のないことだ。

 髪を掻くように手をあてて、深呼吸する。千晶が不安そうにこちらを見ていた。


「………大丈夫だ。話してくれ」


 正直、愛花のことは不安でしかたない。ショックだってある。

 しかし今は状況を知り、判断材料を揃える方が大事だった。


 昴と千晶が頷き、説明を始める。


『MI6とロシアのクレムリン、それから将斗の組織が持つパンドラは、まだ解明されてない未知の技術で作られたエネルギーの媒体だ。開発者は不明。通称、OO 【ダブルオー】と呼ばれてはいる』


 性別、年齢、国籍すら不明………謎の存在を知ろうと世界の諜報機関は今なお捜索を辞めない。


「MI6とクレムリンは積丹のトンネル崩落事故とOOの関連性を疑っていた」


「待てよ、なんで………」


『愛花ちゃんの祖父はOOが書いたとされる通称マルフタ文書を持つ疑いのある人物として、2つの機関からマークされていたんだ。そして彼の死後、彼の娘にして愛花ちゃんの母があの事故で亡くなっている』


 そこからは予想通りだ。


 吉高は愛花の母と旧知だったこともあり、事故現場に来ていた。最近になって香龍会はそこから彼と文書の遠い繋がりを見出だし、瀬良を送り込んできたのだ。

 狙いは吉高が知るかもしれぬ文書の秘密を盗みだし、香龍会に送りつけること。吉高もまた、テロ国家の協力を得てその秘密を暴こうとする。相互の利害の一致だ。


「愛花ちゃんは当時幼かったから、機関からもマークされていなかった」


『でも紫音ちゃんみたいに特別な体質の持ち主で、それも莫大な量の暗記ときた。愛花ちゃんが理解をしていなくても、その記憶の中にパンドラの秘密がある可能性は大いに有り得る』


「あとは吉高と瀬良が愛花ちゃんの体質を知っているかだけど……」


「………知った可能性は高いな………」


 天田が呻いた。


「………知ったから今日、その娘と会いたがった………そうすれば辻褄は合う」


 千晶が目を伏せ、昴は顔をしかめた。

 将斗が携帯を出し、愛花に電話を入れるが一向に出てくれない。


(愛花………っ)


 車はスピードを上げて進んでいるのに、笑いあっていた日々が遠退いていくような気がしていた。将斗は強く瞼を閉じ、彼女の無事を願った。


 愛花の携帯が何度も鳴るので、4度目のコールが鳴ったときには電源を切った。今、愛花は紫音が用意してくれたお茶を飲みながら落ち着きを取り戻してきている。紫音は愛花が泊まれるように布団を用意していた。


「……意外だった。紫音ちゃんも、私と同じだったなんて」


「私も最初は半信半疑でしたよ。普通と違う体質なんて、そうそういませんから」


 2人は屈託のない笑みを交わした。最初はやはり驚いていたが、いざ事情を話すと共感できることも多く、いつしかフレンドリーにやり取りしていた。


「将斗は?知ってるの?」


「愛花ちゃんのはわかりませんが……知ってますよ。初めて話した時に教えたんです」


「え?続き気になる‼」


 愛花が嬉しそうに尋ねてきた。女子は出会いとか別れの話を好む。

 昔の思い出で苦笑いをして答える。


「それがですね………堂々と不法侵入で部屋にやって来て体質を教えたら無邪気に、魔法使い!って言ったんです」


 愛花は大声で笑いだした。


「あの将斗が?うそ、信じられない‼」


「嘘って?」


「だって普段ぶっきらぼうで、無邪気になる姿なんて!」


「ああ、確かに今の将斗は………」


 そう言って2人は大笑い。


「でも小さいとき、結構やんちゃだったんですよ?」


「え、本当?写真ある?‼」


「ちょっと待って………ああ、ありました」


 紫音が用意したアルバムには小さい頃の日々が詰まっていた。

 泥だらけになった姿。泣いてる紫音をなだめている将斗。一つのおやつにかぶりつく昴と千晶………


 どれも忘れられない思い出だ。


「えっ、将斗可愛い……これ紫音ちゃん?」


「ええ……」


 小さい頃の自分を見られるなんて思いもしなかった。恥ずかしい反面、愛花が喜んでくれてなによりであるが。


「あ、初めて将斗に会った時くらいかな、これ……」


 愛花が興味を示した。

 テロ事件後、軽井沢での療養を経て復帰した将斗の姿があった。

 この頃の彼に会い、同世代の男の子として初めて意識し、想い続けている。当時からの温かい気持ちが胸のなかで膨らんでゆくのを愛花は感じた。


「あ、また少し成長した写真」


「小学……5年くらいですね。………あ、ごめんなさい」


 紫音の携帯が鳴り出したのだ。愛花に断りを入れて、部屋の奥に行く。愛花は引き続きアルバムを見ることにした。


 将斗は幼い紫音を救ったらしい。おそらく、自分と同じなのだ。なんだかんだで友人を放っておけない彼らしい。

 そんな想い人の小さい頃の記憶に触れることが、愛花にはなによりも嬉しかった。


 1枚めくり、また1枚………


 進んで行く手は徐々に遅くなっていた。



 理由はすぐにわかった。

 紫音と並ぶときの将斗の表情は、歳を負うごとに柔らかく、愛花も見たことのないものになってきていた。

 彼の高校での姿、表情はすべて覚えている。しかし写真の表情は愛花の知らない、穏やかなものばかりであった。


 自分と同じ、彼に救われた少女


 そんな経歴の前に、思えば前から噂されていたのだし、ずっと傍にいた人なのだ。


 彼女もまた将斗を想い、将斗も彼女を意識していてもおかしくはない。


 どうして彼への想いを再認識してしまったのだろう。彼女は自分よりも長く一緒にいた人だ。叶うはずなんてない。この想いが実るはずなんて、


 最初からありえなかったのだ。


 遠くでなにかが崩れ落ちるような音が聞こえた気がした。


 ………。


「……待ってください、それはどういう……」


 紫音が声を小さくして電話をしている相手は将斗だった。


『瀬良が愛花を狙って動いている可能性が高いんだ!』


 将斗の声からは焦燥が見られる。


『頼む‼監視カメラを使って、愛花を探して……』


「あの…将斗……愛花ちゃんですが」


 伝えようとしたときだ。玄関の扉が動く音が聞こえ、振り向いたら愛花の姿は消えていた。


「愛花ちゃん?‼」


 ………。


「気づいたらもう姿が……」


 合流した昴の隣で申し訳なさから項垂れてしまう。しかし昴は落ち着いていた。


「気にすることはないさ。女の子だ。突発的に感情のまま動くこともある」


「ですが………」


「今は愛花ちゃんの保護が先だ。紫音ちゃん、頼む」


 周辺で愛花を探してみたのだが見つからない。紫音は頷いてノートパソコンを開き、近辺の監視カメラのクラッキングを始めた。

 雨は落ち着き、視界は良好。絶対見つけてみせる。


 紫音は自分を落ち着かせるために息を吐いた。




「愛花が紫音と一緒にいた?‼」


『ああ。だが将斗と連絡しているときに逃げたらしい。今、紫音ちゃんが探してくれてる。まだ遠くにはいないはずだ』


 将斗は唇を噛んだ。


「なんで……」


 なんで逃げるんだよ?


 その答えを知っているのは紫音だった。静かに、冷静に。しかし将斗へ、同時に写真を不謹慎にも見せつけた自分への怒りをしっかりと抱く。


 将斗の事になると嬉しそうに話してくれた。

 辛い幼少期を将斗と一緒に遊んでもらった記憶は、愛花にとって大事な思い出だった。


 愛花は将斗に救いを求めていた。他のだれでもない、彼に。

 しかし将斗は父を擁護する発言をし、しかも彼が心を開く、紫音という在まで見せつけられてしまった。

 だから感情的になって……


『……将斗は。愛花ちゃんを救いたいですか?』


 紫音の静かな問いかけに全員が注目した。


「紫音?何を……?」


『本気で……愛花ちゃんを救いたいですか?』


 軽くまぶたを閉じるだけでも思い出す。

 ピアノを弾く横顔。明るく弾けた笑み。裏表のない性格。


 黄昏時の海を背景に、幼い頃と今の愛花の姿が重なって見えた。


「……当たり前だ。あいつは俺の………」


 紫音が小さく息を止める。


「大事な悪友だからな」


『……へ?』


『what?』「シト?」


 将斗以外の3人がポカンと口を開いた。

 なんだろう。大事な話を折られたような気がするのですが。


「俺には兄貴や千晶や紫音、母さん……守りたい人がいる。でもそこにアイツが入ったんだ。

 綺麗事と言われるかもしれないけど、守りたい人達は全員守りたいんだ」


 まっすぐ見つめる将斗。


 僅かに時間を置いたのち、紫音が先にうなずく。


「……将斗……わかりました」


『それって……』


「はい」


 ベストを尽くそう。想い人と友人のために。


 紫音はキーボードを打ち込むスピードを上げた。

 隣で昴がやれやれと笑う。


(よりによって鈍感で返すとは……困った弟だ)


「だが吉高は実際、パンドラについて知っているのか?知らずに瀬良に協力してる可能性は………」


『ありません。きっと』


 紫音が小さく言った。老人から見せてもらった記憶………愛花の母が衰弱していった様子。そして今日、彼と会った愛花は疲労していた。

 まだ会ってはいないが、吉高という男は瀬良以上に質の悪い人間かもしれない。

 

 ………。


「将斗、今どこだい?」


『小樽駅付近だが?』


「うん、まだ小樽市内で愛花ちゃんの姿は確認できてない。僕らは小樽市内を見回るから、余市方面に向かってくれないか?」


『??なぜ………』


 昴は紫音のノートパソコンが映し出す監視カメラの様子を見ていた。

 愛花が拐われたとしても時間的に辻褄は合わないが、この時間帯にしては不自然な車輌があったのだ。

 1台は引っ越し運送業が使っていそうな大型トラック。もう1台はワゴンだが、常に1縦隊に並び、猛スピードで余市方面に向かっているのだ。

 函館方面への山道ならいざ知らず、海岸沿いの余市方面。

 滅多に運送業が通るルートではない。


「さっきのダミーと関係があるかもしれない」


 ………。


「……だが愛花が見つからないってどうなってんだ?」


 当然の疑問を将斗はぶつける。これに関しては千晶も同感であった。


「もし、今から追う車が奴等でも、愛花ちゃんがいなかったら………」


「………監視カメラではまだ、見付からないんだよな………」


 天田の問いに昴が否定した。


『今の彼女は紫音ちゃんの服を着ています。紫音ちゃんの服を僕が見逃すはずは………』


「積丹へのルートって、他にもある?」


 兄が気持ち悪い発言をする前に千晶が訊ねた。


『そうだね……反対方向から回り込むのも可能だが、時間がかかりすぎる。もしそうならこちらが先に監視カメラから見つけてるはずだし……』


「なあ、吉高っていくつも車を持っているのか?」


『?いや、黒いセダンのだけ……まさか乗り換えたとでも?』


 だとしたら乗り捨てられた本来の車が見つかるはずだ。


「………!」『っ‼』


 天田と昴が同時に反応する。


「………そうか、隠したか……」


『ええ、それもうまい具合に』


 2人は気づいたらしい。昴は紫音になにかを指示した。すかさず紫音が動く。


 パソコンに映し出された映像を見て、昴は納得したように頷いた。


『天田さん。僕らは港駅に向かいます』


「………ああ」


「なあ、ジジイ、兄貴……どういうことだよ」


 わけがわからず将斗が訊く。


「………港公園近くにマリンクラブがあるだろう?」


「ああ。………まさかそこに隠れているのか?」


「………いや、隠れているのは多分、車だけだ」


 マリンクラブには会員専用の船を停める場所がある。


「………奴らは船で積丹に向かったんだろう。………娘から文書の秘密を聞き出すために」


 紫音のパソコンには積丹半島の荒波に向かう1隻の船が小さく映し出されていた。


 将斗が通信機に話しかける。


「山縣さん、船が積丹に着くのが確認できたら………もう一度バイクの用意を頼みます」


 そして妹と向き合った。


「悪いがもう一度頼んでもいいか?」



 千晶は無表情から一変し、イタズラっぽく笑う。


 今乗っているセダンより大型バイクの方が馬力が良いのだ。

突然ですが………


おまけコーナー



昴「将斗!千晶!紫音ちゃん!」


将斗「騒ぐなって……なんだよ、兄貴」


昴「碧き光のネメシス、閲覧された回数がもうすぐ1000回を迎えるそうなんだ‼」


千晶「メタ発言………」


昴「僕の可愛い弟達をたくさん見てもらってるって思うと感動だよ‼」


将斗「へいへい、それじゃあ俺は学校に……」


昴「それだけじゃないよ!1000回越えを記念して、サイドストーリーが企画されたんだ‼近日、公開予定!」


紫音「え?でも今、話は愛花ちゃんの………」


昴「いい質問だ!なんと!この企画はまた別の小説として載せられるんだ‼」


(――――――――っ?‼)


将斗「いや、先にこっち終わらせろよ作者‼」


昴「サイドストーリー、碧き光のネメシス・えす‼近日公開予定!企画進行中‼」



将斗「聞けって………作者ぁあああっ!」



近日公開………するのか?‼

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