迷走(まよい)
小話みたいなものです。
ナイフとフォークがカチャリと軽い金属音をたてて皿の上に置かれる。
「恵美さんにそっくりで…びっくりしたよ」
包容力のある優しげな微笑みに、キリッとした眼差し。ちゃんと整えた髪、崩すことなく着こなすスーツには皺という存在がない。片手にワインを持つ姿には品の良ささえ感じさせる。
「若い頃の恵美さんも、君と同じ学校に通っていた。その制服姿は本当に昔を思い出させる」
「………………」
話しやすい人柄が彼の人気の象徴である。しかし彼を母が死ぬ遠因と思っている愛花にとってその人間性は得体のしれないものでしかなかった。
「あの……」
「ああ、今日君を呼んだわけかい?」
ワインを飲みながら聞き返してくる。肯定すると彼は、1枚の紙切れを取り出した。しかし愛花にはまだ見せてこない。
不思議そうに紙切れを見ていると、吉高は
「愛花くん。積丹で聞いた噂だが、君には昔、超人的な記憶力があったそうだね」
と訊いてきた。
過去の嫌な思い出が脳裏を過って体が硬直しそうになる。しかしここで頷くと取り返しのつかないことが起こりそうな気がして、愛花は平然を装った。
「……いいえ」
「隠さなくていい。君のお父さんからも聞いたのだから………。たしかに、昔はそれで苦労したらしいから、隠したくなるのもわからなくはないが」
心の中で父に悪態をつきたくなった。慰霊碑で会ったとき、そのことまで話したのか、父は………
吉高は相変わらずの優しげな微笑みに、有無を言わせない威圧を重ねてきた。
「おそらくその体質はまだ君に残っているのだろうという前提で話をしたい。これらの名称を、君は知っているはずだ」
そこでようやく、折り畳まれた紙切れを開く。愛花は否定も肯定も出来ず、ただ内容に目を通す。そこにはマルフタ文書と書かれていた。
「………知りません」
「そんなはずは」
「本当です……」
力なく首を振ると、吉高の顔に動揺が走った。グラスを持つ手は震え始め、カタリと音を立てて白いクロスに置かれる。
「ばかな。君は恵美さんの娘だろう?恵美さんが君に遺さないなんて……」
「本当に知らないんです……だから…」
「知らないはずあるものか」
低くて唸るような声が聞こえた時、愛花は自分に危険が迫ってるような錯覚に襲われた。
いや、本当に危険は目の前まできていた。
「君は先生と恵美さんの子孫だ。後継者なんだ。そんな君にあの方達が何も遺さないなど………」
まるで獲物を前にした獣。彼の顔から優しげなマスクは剥がれ落ち、憤怒の表情で牙をむき出しこちらを睨む存在が、テーブル越しにいた。
「何も聞いていないのか?そうだ、君だけに遺された手紙とか………生前、恵美さんと交わした約束とか」
「そんなの…ないです」
嘘ではない。少なくとも母は愛花に遺書の類いを遺していなかったし、変わった約束をしたこともない。それに紙切れに書かれている幾つかの単語。本当に母から聞いたこともなかった。
「ありえない」
それでも吉高は愛花への追求を止めない。
「ですから……」
「知らないはずはないんだ!」
ついに獣は声を荒げた。息は乱れ、眼に狂暴性が宿る。
一目で母を衰弱させた彼の本性だとわかった。
「あの重要性は恵美さんだって理解してたんだ!そうだ、愛花くん、君は隠してるんだね。私が信頼に値するか計りかねているから、答えられずにいるのだろう」
知らないものを知っているときめつけ、この身勝手な推測。手に負えない。
「あの……」
「隠さなくていいんだ、愛花くん、教えてくれ!先生と恵美さんが君に託したものを!」
今にも掴みかかってきそうな勢いに気圧され、気付くと席を立って出入り口に駆け出していた。周囲の視線なんて気にしない。今はただ、あの男という恐怖から逃げたかった。
ホテルを出たとき、後ろから吉高に腕を掴まれた。
「なんで逃げるんだ‼」
そう吠える吉高はもう北海道議員でも積丹の人気者でもない。
ただ怒りと興奮に我を失った獣だ。
「やめて‼」
そんな恐怖から離れたくて、精一杯の力で突き飛ばす。女子高生だからと不意をつかれた吉高は簡単に尻から倒れてしまった。
しかしそんなのを見る暇もない。愛花は走り去った。
母がいつも話してくれた、祖父の話。
祖父は若い頃、ある使命感に燃えていた。
国を思い、決起する若者が少なくなってきた時代を憂い、大日本帝国時代の再建まではいかなくても国を守ろうと立ち上がる世代を作り上げようとしていたのだ。
だがある日、師と仰ぐ人が祖父に、ひとつの物語を始める。
それは国を思う祖父にとって、心を挫けさせるようなお話だった。
祖父は絶望し、故郷の積丹に帰ることにした。
家から出ず、篭ったままの毎日。
しかしある時、昔の友人が訪ねてきて一緒に海を見に行った。
それが祖母である。
「あの海はね、お母さんが使命を授かった場所なの」
そのお話を母はくりかえし聞かせていた。
使命。その意味を伝えぬまま………
雨が制服を濡らすがかまわない。あの男から逃げるためなら安いものだ。
将斗と話した場所、港公園で灰色の海をぼんやりと眺めながら愛花はベンチに座っていた。
ずっと走り続けた足はところどころ擦りむけ、疲れきっている。吉高から逃げたことで家に帰るわけにはいかなくなった。 クラスメートには事情を話していないので難しいだろう。
将斗は………
「………………」
頼れるはずがない。
あんな言い方をして今さら。
「………どうすれば良いんだろう………」
「それなら……とりあえず、家で休みませんか?」
絹のような柔らかな声と共に傘が差し出された。吉高の追っ手かと思い振り返ると、愛花と同年代の、茶髪の女子だった。もう片方の手に傘をさらに一本、握りしめて。
いや、愛花も知っている人物だ。
「紫音ちゃん………」
「覚えててくれたんですね」
想い人の幼馴染みは優しく笑いかけてきた。なぜ傘を2本も持っているのは不思議だが………
「どうして………」
「ちょうど近くで買い物していたんで」
少し迷ったが行くアテもないし、将斗の幼馴染みなら悪い人ではないだろうと思い、頷いた。
………。
「きれいな部屋だね……」
「あまり物は置いてないので………」
びしょ濡れになった愛花を連れて部屋に行く。いつも通り、物の少ない紫音の部屋。橘家にいる時間の方が長いのだし、当然ではあるが。
適当な場所に座らせ、タオルと着替えを手渡す。
夕飯は食べたらしいので、食事を出す必要はないだろう。冷蔵庫に入れてあるお茶をコップに注いでおく。
(ドライヤーは……)
洗面台の棚を引っ張って、目当てのものを探す。
すると愛花が棚の上に目をやっていることに気づいた。スナップ写真がいくつか飾られている。それらは皆、紫音が橘家の面々と撮ったものだった。
(あ………)
そこで思い出す。愛花の家は………
「私、両親と遊んだことないんです」
目当てのドライヤーを見つけ、引っ張り出す。愛花の虚ろな視線がこちらに向けられた。
「小学生になるころには育児放棄に近い状態でした。両親の手料理なんて食べた記憶すらありません」
愛花の眼が大きく開かれる。そこには驚愕の色が見てとれた。
「3人がいなかったら、私はやってこれませんでした」
小さい頃はいつも千晶の髪をやってあげたことがあったので、人の髪を乾かすのは慣れていた。
「もしかしたら…ネグレクトで死んでいたかもしれません」
愛花がピクリと反応を示した。
紫音も周囲から、そして家族からも嫌悪の目をむけられた者同士と認識させたのだ。
おまけコーナー
イヴァン「………なにをすれば良いのだ?」
イゴール「なんか質問をしてくれ、と………」
五木【合コンに行ってきます‼】
山縣【モルゲンで使う食材を買ってきます】
………………………
イヴァン「そうだな……イゴール、聞きたいことはあるかな?」
イゴール「そうですね……(下手に聞いたらネタバレとか言われるし)速見愛花の父はどんな人間なんです?」
イヴァン「プロフィールのみだが………速見哲哉。44歳。学生時代は陸上のリレーで全国大会に出たこともあるらしい。まあ、公務員であるし頭も悪くないだろう」
イゴール「………」
イヴァン「だが精神的に弱い一面が目立つな。特に愛花の体質による迫害で、家族のなかで真っ先に娘への憎悪を覚えてしまっている。妻恵美と共に愛娘を守る姿勢はとっていたらしいが、その実うわべだけのものだったな」
………………
イゴール「瀬良って日本人ですか?中国人ですか?」
イヴァン「さすがに今の段階ですべては話せないが………強いて言うなら両方だよ」
イゴール「?でも香龍会の……」
イヴァン「そうだな、彼は元々………む、すまない、これ以上は………」
………………
イゴール「スバルが小樽のアニメショップに出入りしていたじゃないですか。あれはなんです?」
イヴァン「ふむ、調べたところ、1年半くらい前にオープンしたらしい。スバルは開店当時からあの店に入り浸っては妹キャラとやらの研究をしているらしいが」
イゴール「………研究って?」
イヴァン「アニメ鑑賞会、原作コミック・小説・ゲームの網羅、特に気に入った妹キャラがいれば出来の良いフィギュアを予約しているらしい」
イゴール「研究なんですかそれ?‼」
イヴァン「主に好むメーカーはア●ター・コトブ●ヤ・グリフ●ン・PH●T!
だとか」
イゴール「なんですかそれ?‼」




