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3兄妹と少女

 北海道某市


 北海道新幹線がこの土地まで開通してからというもの、本州の人たちがこの土地にビジネスを求めてやってくるケースも多い。元々から観光事業を主として財政を成り立たせていた土地だが最近はより多くの観光客が来ている。

 港駅近くに住む日下部紫音は、駅に着くなり腕時計を見た。

 札幌の高校に通う彼女は普段の帰りが遅くなってしまう。時刻は18時になるところだった。


(今日も真っ直ぐ行っていいかな)


 紫音はバイトをしながら地元のアパートで部屋を借りている。両親が海外への異動と同時に自宅を売ってしまったからだ。


 札幌で部屋を借りることも出来たが、そうなるとバイトに支障が出てしまう。そこで実家近くのアパートで独り暮らしをしている。

 彼女の夕飯は元実家から徒歩5分の一軒家で出してもらっている。が、相手は紫音の親戚や保証人的存在でもない。


 一言で言うと幼馴染み。


 幼い頃から付き合いのある一家で、紫音はその家では我が子同然のように可愛がってもらっていた。

 両親が異動してからもその家では紫音のために毎日食事を用意してくれるなど、独り暮らしの学生の身としては、嬉しい限りだ。

 白いブレザーを脱ぐと、駐輪場に停めてある自転車の籠へ、鞄と一緒に入れてから愛車をこぎ始めた。


 坂道の多い小樽では学校の通学で自転車の使用を禁止しているところが多い。が、紫音が通っているのは札幌の学校だ。小樽の学校の規則には引っ掛からない。

 一時帰宅して着替えるのもありだが、おそらく幼馴染みの家では夕飯を並べて律儀に待っているに違いないだろう。待たせるわけにはいかなかった。


 サドルをこぐ脚に力を入れた。

 染めてはいない茶色の長い髪が揺れ、白い肌が小樽の潮風に当てられて淡いピンクへと染まる。


 華奢な彼女が自転車をひたすらこぎ続ける姿は、潮風が荒く吹き荒れるこの土地では見事なまでにミスマッチしていた。


 港駅から自転車で15分。国道沿いにその家はある。


 2階建ての綺麗な一軒家


 門には鉄製の表札がかけられており、そこには「Tachibana」と書いてあった。


 チャイムを鳴らして少し待つと、鋭い目をした黒髪の幼馴染みが出迎えてくれる。



「おかえり、紫音」



 橘家の3人兄妹、紫音の幼馴染みにしてクラスメイトでもあった将斗まさとは、紫音の訪問の際には必ず「おかえり」と言ってくれる。


 昔は大差なかったのに今となっては紫音よりも11センチも背が高くなっている。紫音も160センチと、現代の女子の中では高いかもしれないが……それでも最近は目線を合わせるのにわざわざ見上げなくてはならなくなった。


「ただいま、将斗。今日もお邪魔していいですか?」

「当たり前だろ。夕飯はもうできてるから、皆で食べようぜ」


 紫音幼馴染み相手にも敬語を使う。しかし将斗は気にすることなく優しげな笑みを浮かべ、家の中へ招いた。


 食卓には沢山の料理が並べられていた。この家の住人は皆が料理上手のため、朝晩通う紫音には舌が肥えてしまうという贅沢な悩みが出来つつある。


 キッチンでは紫音と同じくらいの背の女の子が洗い物をしていた。ミディアムショートの黒髪には艶があり、右の横髪は耳にかけている。紫音と目が合うなり軽く会釈をしてきたので、笑顔で手を振っておいた。


 将斗の妹・千晶は紫音より一歳年下だが、歳に似合わずあまりお喋りな性格ではない。


 だがそれよりも。



「やぁ、紫音ちゃん」



 背後から紫音の肩を抱くというスキンシップ付きで挨拶をしてくる、この家の長男・橘昴。ある意味では千晶よりも付き合いが難しいと言えた。

 悪寒で動きを封じられた紫音には、情けない悲鳴をあげることしかできない。



「ひいっ‼」

「ははっ、毎回良いリアクションをしてくれるから嬉しいな……」

「なにしてんだよ、クソ兄貴‼」

「いたたたっ、冗談だよ将斗……って痛い! 本当に痛いからやめて‼」



 やめて、痛い、と言いながらも笑顔を絶やすことなく、そのまま将斗に後ろ手を締め上げられている。昴は眼鏡をかけた、優しげな顔立ちの青年だ。こげ茶色の髪は将斗よりも若干長く、体格も細身である。着痩せするタイプかもしれないが。


 将斗は怒りを隠せていない。



「僕はただ、紫音ちゃんとの交流を大事に……(痛い痛い!)……それ以外に理由は……(あだっ!いだだだだだ!)……ないよ、将斗も千晶も僕に甘えてくれないから、紫音ちゃんに甘えてもらうしかない僕の身にも……(声にならない叫び)……」


 ビキビキィッ‼

 昴の腕から嫌な悲鳴が聞こえてくる。

 流石に止めようか、迷う紫音を余所に2人のやり取りはデッドヒートを迎える。



「犯罪者の言い訳なんだよそれが‼何回その言葉で紫音にセクハラしてると思ってやがる‼」

「(痛い痛い痛い‼)あ、でもこうして将斗が僕にかまってくれるのなら、幸福者だぁ……(でも痛い‼)」

「ああ、もうめんどくせぇ、さっさと落ちやがれ!」



 将斗が絞め方を変える。首の脈をしめつけているのだ。しかし昴は意識こそ朦朧になりつつも至福の表情を浮かべている。


 彼は弟や妹、さらに妹同然に可愛がっていた紫音を溺愛している。それはあまりに重く、歪んだ兄弟愛であった。


 暴力でもなんでも、かまってしまうとそれを祝福として受け取ってしまう。ここで骨を折られるのも彼には幸せでしかないだろう。ある意味で質の悪いMだ。



「……流石にそれ以上は……昴さんのそういった行動も、私が我慢すれば済む話ですし」



 紫音が止めに入る。しかしそれは火に油……いや、大火災に燃料タンクを積んだ車両を投入させるに等しい行為だった。



「本気でいってんのか? こんな弟妹や幼馴染みにスキンシップしてくる変態の行い、我慢する道理がどこにある!」



 それもそうだけど。滑った口に慌ててチャックをした。


 将斗のこめかみには今にも筋がビキビキと音をたてて走りそうだ。そういえば彼も昴からのスキンシップや歪んだ愛の被害者であった。


 しかしこのままでは夕食の場で死人が出てしまうのは考えすぎ……いや、間違いないだろう。


 いくらなんでもこれ以上はまずいと判断した紫音は将斗の腕を剥がそうと飛びつく。が、それよりも先に将斗と昴の口には夕食のエビフライとコロッケが突き刺さっていた。


 出来立てホヤホヤならぬ、揚げたてジュージュー。



「「熱ううっ?‼」」



 のたうち回る2人の脇には千晶が無表情のまま立っていた。右手で抱えるトレイには凶器と化した揚げ物が山のように積んである。



「ケンカリョーセイバイ。はやくテーブルに着いて」



 冷たい眼差し、変わらぬ表情の千晶による攻撃だった。


 橘家の食卓に着くのはいつも、この3兄妹と紫音の合計4名だ。橘家の父親は数年前に逝去し、弁護士をしている母親は東京の事務所に入り浸り。兄弟で力を合わせながら生活している。


 紫音は小さい頃よりこの家に預けられることがほとんどだった。本当に最初の頃は引っ込み思案でまったく自宅を出ない紫音だったが、幼い将斗が単身で日下部家を訪ね、一緒に遊んだ事がきっかけである。彼に連れ出してもらい、昴と千晶にも会えた。そして親睦を深めていったのだった。


 今では紫音は橘家の鍵を預かるなど、橘家が家族として認める存在である。


 しかし、


 紫音は3人を見た。


 今日は学校で何があった、こんなことをしたなど冗談まじりに笑って(千晶は相変わらず無表情だが)話す彼ら。


 幼かったあの頃から、明らかに変わった光景であった。


 まず将斗。彼はもっと素直なところがあったのに今では家族に対しての態度が頑なになってもいる。昴と千晶に対してのぶっきらぼうな態度が目立っていた。


 昴はというと昔通り聡明な人物だが、ここまで弟達に依存するような変態ではなかった。今通う大学では好成績も残しているらしく、どこか遠い存在のように感じてしまう節もある。かつてはもっと身近に感じる存在であったのだが……


 そして千晶。彼女は幼かった頃は感情表現が豊かだったのに、今では常時無表情で、感情の起伏がわかりづらい。かつては甘えん坊だったが、それも影を潜めてしまった。


 まあ、冷静に考えると昴は大学1年、将斗・紫音は高校1年。千晶は進学を控えた中学3年だ。幼いころのままでは困るのも事実だ。

 がーー


 テレビでニュースが報じられていた。


 南米を本拠地とするテロ国家が、米国の医師一家を人質に米国へ身代金を要求している、というものだった。

 テロ国家が乱立してから早数年。その切っ掛けとなった第二次世界同時多発テロは、世界を震撼させた。


 同時、世界的発明と謳われたパワーアシストスーツ[キュクロプス]。通称ATC。

 これらの軍事利用を目論み、アメリカのロサンゼルス、イギリスのロンドン、フランスのパリ。中国の北京。これらで行われた一斉展示会が等しく襲撃を受け、テロリスト達は新たな兵器を手にしてしまった。


 武器を得たテロリスト達は次第に国家へと肥大化。さらには技術者を拐い、現代科学の入手までをも実現してしまった。


 勢いをつけたテロ国家は時折、世界各国で爆破や破壊工作を繰り返し、国連への挑発を繰り返している。

 そしてーーーー


「………………」


 橘3兄妹はそのニュースを見て、表情を曇らせていた。


  第二次世界同時多発テロが発生した時、彼らはアメリカでATCの展示会を見に行ったのだ。


 そこをあの血生臭い事件が襲い、3兄妹は父を失った。挙げ句はぐれた昴と千晶は避難民に紛れてしまい、昴はイギリスへ、千晶はロシアへと渡った。日本へ帰ることが出来たのはその時将斗ただ1人であった。


 この兄妹が完全に揃ったのは1年前。紫音は橘家の変化を一番傍で見てきたのである。


 兄妹の得体の知れない変化の原因に、あの事件が絡んでいることも知っていた。


 いや、事件で変わってしまったのは紫音も同じである。

 あの事件で一時的にとはいえ、紫音は大事な家族とも呼べる存在を失っていたのだから。



次回、間話を投稿します

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