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美しき辺境

 積丹へ行くには、小樽駅発のバスに乗って一時間半。余市と長い海岸を走り続けなくてはならない。


「紫音は積丹に行ったことはあるか?」


「いえ………あまり遠出もしたこはなくて………」


「そっか…俺も、じいさんや父さん達に連れてってもらったことはないしな………」


 正真正銘、初めて訪れるわけだ。

 だがなぜだろう?理由もなく違和感が不快感となって胸にこみあげてくる。


「でも本当に良いのですか?」


 隣を見てみると紫音の顔に、車内のカーテンの影がかかっていた。


「今回の積丹観光に呼ばれてもいなかった私が行っても………」


「本当にだめなら愛花だって、連絡した時点で断ってるだろ」


「でも、将斗を呼ぶってことは……」


 積丹半島はカップルの旅行先としても好まれる。紫音はそこから先を言うことが出来ず、もごついていた。

 将斗は急に喋れなくなった紫音の顔を覗きこむ。


「紫音?」


 急にバスがカーブした。将斗の体は振られ、勢いをつけて倒れ混んでしまった。


「っきゃ?‼」


「シト?」


 将斗と紫音の絶句に気付き、千晶が2人の方を見た。

 そして口を開け、2人をしばらく見た後に首を横に振る。


「ニェート………将斗………」


 愚者を諭すような言い方。


 将斗の顔は紫音の腹にダイブ。片手は胸に、もう片方の手は太股に。

 なにより椅子に紫音を押し倒し、その上に覆い被さってるような状況。愚かなり、兄よ。


「わ、悪い、紫音‼」


 すぐさま起き上がり、謝る。しかし自分が触っている部分には気付いていなかったため、手だけはそのまま。

 終わった。将斗終わった。

 即、察知する妹。

 しかし兄を助けるようなことはしない。性犯罪は千晶が嫌うものだ。それがたとえ事故だろうと、女性にトラウマを植え付けかねないものであれば容赦はしない。

 紫音の顔がみるみる赤くなり、口がわななく様子を見て、将斗はようやく自分の手の有り場に気付いた。慌てて離れようとするが、時既に遅し。


「悪い紫音!わざとじゃ………」


 ――次は、浜トンネル。浜トンネル。お降りの方は、ボタンを………


 ピンポーン


 の音に合わせて………



 パァーン‼



「ぶふぅっ?‼」



 将斗の断末魔が車内に響いた。





「紫音ちゃん。大丈夫なの?」


 千晶は隣に引っ越してくる紫音に尋ねた。


「………知りませんっ!」


 基本、紫音は千晶には敬語を使わないが今回は特別だったようだ。顔から熱は抜けておらず、肩は小刻みに震えている。


「将斗は別にいいよ。死んでも文句言えないし。着いたら別行動ね」


 ひどい。

 ちなみにさっきの接触で紫音が下手に干渉することはなかった。

 3人が和解したあの日から、紫音も自身を見直し、自分の体質と向き合うことにした。3兄妹が協力してくれた甲斐もあり、最近はある程度のコントロールが可能になっている。だからさっき将斗に押し倒されたときも、彼の意識を覗き見ることはなかったのだ。


 ふと窓の向こうに目をやったとき、将斗は気になるものを見つけた。

 同じバスから降りた老婆が、色鮮やかな花束を抱えていたのだ。

 停留場は浜トンネルと言うところだが、近くに墓場らしいものは見当たらない。むしろ、民家すら見かけなかった。

 だが将斗は、その花束が捧げられる先に気づいていた。

 停留場から少し離れた場所に、石で作られたオブジェがある。その麓には既に花束がいくつも置かれていた。




「で、なんで?」


 積丹に到着するなり紫音&千晶と将斗が別行動をとった理由を、潮風当たる道を並んで歩きながら愛花は尋ねてきた。

 もごつきながらもどうにか事情を説明したら………


「あははははははははははハハハハ‼」


 もう、腹を抱えて涙まで浮かべやがって、バカみたいに笑うもんなぁ、こいつ‼他人の不幸を喜びやがって‼


 言わなければよかった‼


「おっかしぃー‼だから将斗、頬っぺたに掌の痕が残ってるんだ‼あはははははは‼」


 それは初めて知った。紫音にビンタされた箇所をさすってみると、なるほど。少しヒリヒリする。愛花を見るとよっぽどツボにはいったのかまだヒイヒイ笑っていた。

 愛花は笑いの沸点が低い。些細な親父ギャグに気付くだけで吹き出すくらいだ。こういうときはあれだ。愛花が落ち着くまで待つ。

 千晶と紫音が離れ、数分した後に愛花は笑いの世界から戻ってきた。


「でもそっか。なら千晶ちゃんと紫音ちゃんには悪いけど、今日は将斗だけ案内するね‼」


 そう言って、おいでよと誘う仕草を見て将斗は「おや?」と眉をひそめた。

 デジャブとはこういうことか。

 愛花と知り合ったのは高校に入ってからだと言うのに、その姿に一瞬、見覚えがあるような気がした。


「ちょっと、将斗?いくよ?」


 すると愛花は目の前まで近寄ると将斗の右手首を掴み、半ば強引に引っ張りだす。

 小さい頃ならいざ知らず、この歳になって女の子と手を繋いだ(?)のは初めての事だった。


「お………おい」


 女の子らしい、小さくて柔らかな掌だ。だが紫音とは違い、柔らかくもどこか力強く、それが活発な彼女の性格をそのまま表しているかのような気がした。


「ほら、将斗!」


 振り返りながら白い歯を見せて笑う愛花の顔は、真夏の太陽のように眩しい。

 それを見た途端、心臓が大きく脈打つのを感じた。



 海岸沿いを千晶と並んで歩きながら、積丹の町を見渡す。山と海に挟まれた辺境。少し遠くには岩肌を剥き出しにした崖が潮風を受けている。コンビニは一軒しか見なかったし、ほとんどの建物が老朽化している。まるで近代化が進んだ数十年の年月のなかで、この町だけが取り残されてるような空気が漂っていた。

 だがこの辺境を悠々と歩く町の人たちは通りすぎる紫音達に爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。皆、表情が豊かであった。

 カモメがかん高い声で鳴きながら空を翔る。真下には港に着けた船の上で談笑する漁師達とその家族がいた。

 見ているだけで心が温まる姿だ。普段血生臭い世界に浸っていたから、余計にそんな温かい光景が感慨深いもののように思えてしまうのかもしれない。


 隣の千晶を見る。似たようなことを感じていたのか、その空気はとても穏やかなものであった。

 良いところだね。

 言ってみると幼馴染みはこちらを向き、仲直りしてから見せるようになった心からの笑みを浮かべた。


「だね」


 その時、2人に近付いてきた車がスピードを落としてきた。


「………橘くんの妹さんだよね?」


 停車した車の助手席の窓が開けられた。千晶が「あ」と反応する。

 先日、ファミレスで愛花と一緒にいた人である。離れた席とはいえ、千晶と佐江は向かい合っていたので互いの顔を覚えることが出来た。

 ワンテンポ遅れて紫音も思い出す。が、名前までは知らなかった。

 運転席の女性が2人を覗きこんできた。鼻の形が佐江と一緒。母親らしい。


「お友だち?」


「うちと愛花のクラスメート………の、妹ちゃん」


「え、誰々?」


「橘将斗。よく愛花が話すじゃん」


「橘………あぁ、なるほどぉ!」


 大きくて大雑把な性格がにじみ出ているような声だ。紫音はそんな母親のビックボイスに気圧され、千晶は会話の内容にピクリと反応した。


「愛花と仲良い男の子だよね!その妹ちゃんかぁ!へぇ、遊びに来たの?そっちの子は?」


「その橘くんの友達らしいよ」


「よく来たねぇ‼」


 大きな声の母親に圧される紫音を守るように、1歩前に出た千晶が挨拶をした。


「こんにちは、橘千晶です」


「ああ、そうだ、千晶ちゃんだ」


 佐江が思い出したと笑う。母親も笑顔を見せた。


「こんにちは!そっちの子は?」


「あ、あの………日下部紫音っていいます………」


「今日は?観光?」


 佐江が窓に腕をかけた。未だ母親のプレッシャーに負けている紫音に代わって千晶が返す。


「でも行き先は決めてなくて………」


 すると佐江と母親の顔に笑みが広がった。


「そっかぁ‼じゃあ案内するから乗ってきなよ‼」


「え?でも………」


「いいからいいから。私達、暇だし」


 よく田舎で「良いとこだろ?」と自慢したがる地元人がいるが、佐江達がそうなのかもしれない。自分の住む町の魅力を知ってもらうためなら労を惜しまないのだ。

 そんな地元大好き親子に車に押し込まれるようにして、2人は積丹ドライブツアーを始めたのである。



「なあ、愛花。いくらなんでも歩きづらいって」


 急な勾配の獣道を登る最中、将斗は思い切って言った。

 1歩先に行く愛花の手はまだ将斗の手首を握っており、山道を歩いてるので熱で掌が汗ばんできていた。愛花の熱が伝わってきて熱さよりも、恥ずかしさから来るくすぐったさの方が強くなっている。


「へ?………ぁ………ああ‼」


 歩くことに夢中になって掴んでいるのを忘れていたらしい。愛花は手と将斗の顔を見た後、直ぐに放してくれた。


「ごめん‼手汗凄かったしょ?」


「気にするとこはそこか?」


 いつものようなやり取りに安心したのか、愛花はアハハっと笑った。


「だって私、手の汗が酷くて学校のバドや卓球のラケットとかしょっちゅう台無しにしてたもん」


「手汗のエピソードなんか、いらん‼」


 好んで他人の手汗事情を聞く人種だと思われたか?失礼な。


 大体、そんな人種など存在………

 いた。弟妹限定だが長兄という珍人類が。


 眉間に指を押しやる将斗を愛花は不思議そうに見た。


「将斗?」


「………なんでもない」


 眉間から手を離し、将斗は自分達のいる山を見渡す。背の高い木が生い茂っており、観光らしい要素は見当たらない。愛花はどこに行くつもりだろう?尋ねるといたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「気になる?もうすぐだよ」


「もうすぐって………おい‼」


 叫んだのは、愛花が急に背を向けて走り出したからだ。反射的に将斗も追いかける。

 よほどこの山道を走り慣れているのか、将斗の脚でも愛花に追い付くのは難しかった。足元の僅かな凹みに躓く隙に、愛花との距離は一気に離される。


「おい、愛花っ‼」


 愛花の背中は見えなくなり、代わりに木々の光が見えた。足場の悪い道をなんとか走り切り、光の向こうに行くと、木造2階建ての、アスレチックのような展望台。それを登ると、見たことのない幻想的な世界が広がった。


 紺碧の海は底が見えそうなくらいにどこまでも澄んでいた。それは宝石で例えるには足りないくらいの心を奪うような美しさと透明度を保ち、静かに波打っている。

 これが積丹ブルーか。

 積丹の町を見渡すことが出来るが、この美しい海の隣で生きる人達の姿が小さくだが窺うことができた。


 共存。その言葉が相応しい。


 この町の人達は長い歴史を、この美しい海を守りながら生きてきたのだ。


「どう?いい眺めでしょ」


 愛花が隣に立った。


「………すごいな。………綺麗だ」


「でしょ?でしょ?‼良かったぁ、将斗が喜んでくれて」


 そう言って展望台の椅子に腰を下ろした。座りながら積丹ブルーを眺めることができるのだ。将斗も誘われたので、隣に座る。


「正直、不安だった。将斗が気に入ってくれなかったら、って思うと………」


「え?なんで………」


 聞くが愛花は愉しそうに鼻唄をするだけだ。


「愛花?」


「私とのこれまでの会話を思い出せば、きっとわかるよ」


 これまでの?いったい何を話したか………

 思い出そうとしばらく記憶を掘り起こすが、駄目だ。高校に入ってから会って、そこで最初からバカみたいなやり取りをした覚えしかない。

 となると、自分が覚えてないくらいどうでもいい記憶と認識していたものか?

 聞こうと隣を見ると、椅子に座ったまま愛花は安らかな寝顔を浮かべていた。


(寝るの早っ‼)


 なぜこんな時に寝ることが出来るのか。ビックな人間なのかそれとも天然なだけか。

 後者だ。絶対。


「………仕方ないな」


 愛花が起きるまでこの海を眺めていよう。

 少なくともまだこの世界を見飽きることは無さそうだ。



 積丹ブルーを見るスポットは複数ある。

 将斗が愛花に連れていってもらった場所とは別の岬でも、紫音と千晶はこの世界に魅入っていた。

 美しい。

 素直にそう思うことができる光景だ。

 景色に見とれる千晶を見た。

 よほど気に入ったのか目を輝かせ、口元を綻ませている。感情表現の希薄さは相変わらずの千晶だが、この景色にはやはり感動したらしい。


「展望台からの眺めもいいけど、やっぱこの岬が一番なんだよね」


 澄んだ碧に心を奪われている2人の後ろで、佐江が笑っていた。

 あとで知ったが、この澄んだ青さは、隣接する山や木々の豊かさの産物らしい。

 最近は都市部にも植林が増え、自然と人の調律を謳う政治家やメディアも多い。

 だが自然と人間の本当の調律というのは、この美しい景色を守り続ける積丹の町にあるのではないか。

 美しい青と自然。静かな波の音が紫音の心を穏やかにさせていた。



 結局、愛花が起きて一緒に山を降りる頃には日が沈み始めようとしていた。紫音と千晶は将斗が知らぬ間に佐江と仲良くなり、そっちの方で小樽まで送ってもらうらしい。将斗も、速見家の車の御世話になった。


「悪いな、本当に」


 小樽駅前の駐車場で下ろしてもらい、助手席のウインドウから頭を覗かせる愛花に礼を言った。


「ううん、こっちこそありがとう‼今度、アイスとか美味しい店紹介するから、また来てね」


 お世辞抜きでまた行きたいと思っていたので、勿論頷く。


「ああ、もちろん」


 愛花は嬉しげに白い歯を見せて笑った。


「エヘヘ………そうだ、このあたりで花を買える場所、ないかな?」


「花?そうだな………」


 いくつか店を教えると、速見一家は行ってみると言い始めた。

 仏壇用か、と聞くと


「うーん………そんな感じ」


 と、曖昧な返事をされた。愛花にしては珍しく歯切れが悪いな………

 さすがに駅前で長居は出来ず、愛花の家の車が動く気配を示した。将斗も2・3歩引いて促す。


「それじゃあ将斗!また明日、学校でね‼」


 遠のく車から愛花はずっと手を振っていた。

 振り返しながら思う。


 また明日


 愛花が学校で毎日言ってくる挨拶だ。

 高校に通ってからは愛花とのやり取りが将斗の日課の1つになりつつある。

 毎日家に来る紫音とは似て非なる存在。

 しかし彼女と別れると、紫音が別れた時と同様の虚無感に襲われるのだった。

 親しくなるうちに、愛花も将斗が守りたい日常になりつつあるのかもしれない。





 

「本当にありがとうございます………」


「良いってぇ‼また遊びに来なよ‼」


 夕飯までご馳走になり、送ってもらう途中の車の中で紫音は何度もお礼を言い、毎度佐江の母に笑われていた。助手席の佐江が後ろの千晶の方を向き、にこやかに携帯を見せる。


「また遊びたいからさ、連絡先教えてよ」


 佐江と遊んだのは今日が初めてだったが、どうやら2人は、特に千晶は佐江とその母から気に入られたらしい。すぐに携帯を取りだし、連絡先を見せる。千晶も、佐江の人柄が好きになっていった。


「でもあれだねぇ」


 佐江が千晶の連絡先を記録したとき、母が思い付いたように言う。


「紫音ちゃんって、昔の愛花に似てるんだね」


「え?私が?」


「母さん、何言ってんの」


 佐江は笑っていた。


「愛花はアホの子なんだから、紫音ちゃんと似てるわけないじゃん」


 幼馴染みをdisった。まさかの幼馴染みを。

 しかし母は「違う違う」と佐江を見る。


「昔さ、愛花が苦労していた時期あったじゃん」


 それを聞いて佐江は「あ………」とだけ言った。そして鏡に映るその瞳に動揺が走るのを、千晶が見逃すことはなかった。

 携帯に「新しい友達 行村佐江≪ゆきむら さえ≫」と出た。





 吉高淳一の事務所は札幌中央区のビルにある。


「丸山くん、今日はもうあがろう」


 事務所古株の村井が、入社3年目の丸山に声をかけた。

 丸山は眼鏡をかけた、気の弱そうな男性だった。


「はぁ…でも良いのですか?先生はまだ帰ってきてませんよ」


「さっき世良くんから連絡があった。訪問先のホテルで1泊するそうだよ」


 世良とは吉高の秘書を務める、若い男性だ。


「ホテル?」


「明日は倶知安、積丹の町長と会合だからね。小樽か余市にでも宿を取ってるんじゃないか?」


「ああ、なるほど……」


「先生も大変だ。脅迫状の件といい……」


「脅迫状なら、今日もきていましたよね」


 そう言って丸山が取り出したのは、社への郵便物に入っていた封筒だった。


「まったく……いつもどおり、世良くんには連絡しておくからシュレッダーにかけてもらえないか」


「わかりましたが…良いのですか?」


「公にしない。先生の意思だ。仕方ないさ」


 丸山はしぶしぶとシュレッダーに向かい、手にしていた封筒を入れた。機械音とともに紙が切られ、押し潰される音が事務所で鳴り渡る。


「さて………」


 村井が鞄を取り、丸山にニヤリと笑いかけた。


「どうだい、一杯ひっかけに行かないか」


 丸山も笑う。


「はい、一緒に行かせてください」


「お!今日はノリが良いね‼いつもは弱いからって断るのにな」


 あっはっはと声をあげて笑う村井。


「ちょっとはお酒に強くなろうと思いまして」


 すりの技も必要である。丸山………橘昴の手にはシュレッダーに入れたのとまったく同じ封筒があった。




 

 港駅近郊の倉庫で天田・将斗・紫音・千晶の4名は、遅れてやってきた昴へ視線を集中させていた。


「………で」


 天田がタバコの煙を長く吐き出す。正面では昴が質問を待っていた。


「………直にターゲットの事務所に乗り込んだんだ。………情報は?」


「もちろん、ありますよ。アルコールを摂ったもので。水でもいただけませんか?」


 どうみても素面であるが。

 直後、倉庫に入ってきたのは千晶の同僚であるイゴール、天田の部下にあたる山縣と五木の3人。吉高の追尾任務を受けていたのだ。


「ああ。山縣さん、五木さん………すいません、水とかあります?」


 尋ねると五木が鞄から飲みかけのお茶の入ったボトルを取り出した。礼を言って受けとる昴だが、もらったわりには口を付けようとしない。


「………どうだった?」


「スバル・タチバナが言ったスケジュール通りさ」


 イゴールが答える。


「地方の権力者との連携、自身の宣伝………予定が変わったとすれば急遽、余市のホテルを取ったことですかね」


 これは山縣。


「あとは道中での休憩などですが………特に、変わったことはありませんでした」


 最後に五木だった。写真を数枚見せる。将斗がそれに目を通し始めた。天田が昴に情報提供を促し、昴が語る側で。

 特に目立った様子は見られない。権力者らしい人と談笑してる姿や、昼食を摂る様子などが盗撮されていたが、何者かが命を狙う様子など………


(ん?)


 将斗が1枚の写真に気付くのと、千晶が怪訝そうに眉を潜めるのは同時である。


「「この写真は?」」


 一番近くにいたイゴールが返す。


「それか?慰霊碑に立ち寄っていた所を撮ったんだが………なにかあったか?」


 それは花束を持った吉高淳一が、同じように花束を抱く男性と話している姿だった。吉高の隣には若い側近が立って、別の方向を見ている。

 吉高淳一が話している相手は、将斗を小樽まで送ってくれた、愛花の父親であった。


 将斗は父を、千晶は側近を見て、表情を険しくさせていた。



 ―――――――――――――――――――


 ―――紫音、天田のじいさん―――



 港駅ショッピングモール裏の公園だ。



 ―――………またせたな―――

 ―――ううん。なぁ、じいさん。積丹って遠いのか?―――

 ―――……いきなりだな―――

 ―――だって………―――

 ―――………そうだな………車でも40分以上はかかるが………良い場所だぞ―――

 ―――将斗?―――

 ―――………………―――



  幼い将斗は空を仰いだ。



 ―――積丹に行ってみたくなった―――

 

「美しき辺境」・次の「亡くした記憶」は、今章の伏線回になっています。

次回、愛花と将斗の関係に変化が………?

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