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3兄妹 後編

3兄妹編はこれで終了です。

次回、新章に入ります。



 死ぬ予定は、最初からあった。

 自分は家族を傷つけすぎた。取り返しがつかないほどに。

 そういう罪の意識を抱いていた時点で、千晶は最初から答えを見つけていたのかもしれないが。

 兄を殺しかけ、紫音にまで嫌われてしまった。居場所はもうない。ロシアへの亡命など、イヴァンへ迷惑をかける。

 なにより、この償いかたがいちばん確実な気がしていた。


 シュプリンゲンはまだ効いている。さて、どこで最期を迎えようか。

 そんなことを考えていたら、不意に頭が熱を持った。頭だけではない。全身が焼けるように熱い。

 身体から力が抜け、胸からは大量の血が込み上げてきた。

 シュプリンゲンの過剰摂取。反動はここまで速くきた。

 床に血を吐きながら、千晶は安堵の表情を浮かべる。

 死ぬことが出来る。


 万が一、将斗に追い付かれないように、力を振り絞って前へ進んだ。壁に体を預けながら、一歩、また一歩。

 生きながら炎に焼かれて死ぬというのは、自分にはおあつらえの死に方だ。

 人を殺してばっかりの人生だったし、大切な人達まで傷つけたのだから、まともな死にかたが待っているとは思っていなかったけれど。

 炎の熱を受けたのか、スプリンクラーが作動する。しかし一瞬にして屋敷を巡る炎の手を止めるには至らなかった。

 水が髪に落ちる。今度は悪寒に似た寒気に襲われた。


 もう持ちこたえられそうにない。


 膝から崩れ落ち、千晶は再度床に血を吐く。


 死ぬことは怖くはない。

 戦場では死が当たり前だった。

 自分がいつそうなるのかわからない。

 だから仲間や好きな人を守ろうとは思っても、自身が生きることへの執着心などは捨てていた。


 これでいい。


 何度も自分に言い聞かせ、千晶は自分の身体を抱き締める。


 ……………。


 昴を引っ張って玄関まで行く頃には、火の手は全体に広がっていた。

 このままでは千晶が生きていたとしても屋敷の中を探すのが困難だ。

 絶望的だ。


「畜生‼………畜生‼」


 兄を連れながら将斗は何度も悪態をついた。

 まさか妹が容易く自身を殺すことの出来る奴だったとは。

 だが、だからって昴を放っておくなどもってのほか。


「バカ妹がっ‼」


 悪態は涙と共に出た。

 こんな状態で、どうやって千晶を助け出せる?

 どうやって妹を守れる?

 ようやく取り戻せたのに、どうしてすぐ………‼


「母さんに………紫音に、なんて説明すればいいんだよ‼」


 考えるほどわからなくなる。

 この煮え切らない頭をどうにかしたく、将斗は玄関を強く蹴り開けた。


「きゃっ‼」

「………‼………紫音?‼」


 玄関の向こうにいた、まさかの人物。我を忘れて立ち尽くす将斗とは別に、紫音は2人を見てある程度察したらしい。


「どうして………」

「将斗………」


 紫音は近付くと将斗の両肩をつかみ、まっすぐとした目でこちらを見た。

 なにもかも見透かしたような目に思わず将斗はたじろぐが、紫音が先に質問をかける。


「千晶ちゃんは?‼」


 紫音の、肩をつかむ力が強くなる。将斗は彼女が自分の意識に¨干渉¨ していることに気付いた。

 今、どんな状態か。

 なぜ千晶はこうなったか。 


 そして、やっとわかり合えた家族をどれくらい大切に思っているか。



  ―――――千晶を助けたい‼―――――



 将斗には紫音のような体質はないが、この時だけは彼女も自分と同じ気持ちだとわかった。


 気持ちが同調した。


 記憶、思い。それらを読み取った紫音は黙って頷くと、燃え盛る屋敷の中へ走り出す。

 紫音が千晶を見つけられるとは限らないが、彼女も動いた今、自分も出来る限りのことはやらなくてはならない。

 将斗は再び昴を引っ張り、安全な場所へ運び出す。


 ……………。


 感情の抑制、体力の温存。

 紫音がこの体質のオンオフをする方法は様々だ。自分の体質がどれくらいの規模のものかも調べてきたのでわかる。

 例えば温泉。海。

 これらを通じて、周囲の人に¨干渉¨することさえ可能だ。

 つまりスプリンクラーが動いてる今、屋敷の中の千晶に¨干渉¨し、居場所を知ることができる。



 だが、¨干渉¨できる量までは保証できない。

 千晶の記憶、感情が一気に流れ込み、紫音の意識を奪おうとする。

 水溜まりを踏み越え、階段をかけ上がった。脇で燃え上がる炎が肌を掠めたが気にしない。


 ―――日本に戻って、不安だった―――


 ―――知られたら、嫌われたらどうしよう………―――


 ―――毎日が怖かった………―――


 勢いをつけて炎の中を走り抜けた。背後から何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 次に流れ込んできたのは、残酷な記憶の数々。

 


 千晶の受け入れ先を相談しているロシア人達『日本の子です。施設に入れるよりも利用価値がある。語学教育のために――』看護師達『昨日のテロリスト、あの子が………気持ち悪い』病院の人達『家族をテロで………かわいそうに』殴ってくる軍人らしい服装の子供達『日本人なんだってな‼』カビ臭い部屋で集う子供『今度の任務、誰がいちばん敵を殺せるか!』千晶に殺されるテロリスト達『ば………化け物め‼』『ひぃっ‼狂犬………!』『殺さないでくれ‼』エレーナ『やだ………近づかないで‼』またエレーナ『家族なんだから、勝手にいなくならいでよ!バカティーナ‼』



 最後に、千晶を抱き締める将斗が。



『おかえり、千晶』



 正直、頭が痛い。気持ち悪い。一気に読み取りすぎて意識が曖昧になっていた。

 それでも千晶が最後に思い起こす記憶の温かさ、そのときの千晶の思い。

 霞がかった意識をそのままにするわけにはいかなかった。

 チョーカーを引き、呼び掛ける。マイクも電流を流す機械も、向こうにあるはずだ。


「イゴールさん………聞こえますよね。気付け程度に電気を流してもらえませんか」


 電流は流れない。おそらく困惑しているのだ。


「流してください‼」


 命令するように吠える。ようやく、電流が流れ込んできた。


「………っ‼」


 全身を針で刺されるような痛みが襲う。だがその分、意識は取り戻せた。

 電流で首に少しだけ火傷が出来た。それをさすってから紫音は、また走り出す。


 ……………。


 外に連れ出してから目を覚ました昴に手早く事情を伝え、将斗は屋敷に戻ろうとした。だが昴がそれを止める。


「闇雲に捜すのは逆効果だ‼紫音ちゃんのサインを待つしかない‼」

「だが、いつ崩れるかわからないんだぞ‼」

「ああ、将斗さん、いたいた」


 兄弟の口論に入り込んできたのは山縣だった。


「ちょうどよかった。天田さんから届け物頼まれたんです」


 昴も将斗も目を丸くする。

 山縣の後ろにあるのは所々の装甲が失われてるが、早急に修復された紫電が立っていた。


 ……………。


 パシャ………パシャ………


 聞こえてくる水の中の足音。

 気のせいだろう、と千晶は割りきる。

 壁に背を預け、炎と降水やまない天井を仰いだ。

 いまにも崩れそうな屋敷に、生きてる人などいるはずが………


「千晶ちゃん‼」


 いた。

 本来なら倉庫にいるはずの紫音が炎の中から飛び出してきたのだ。

 名前を呼ぼうとするが口の中が血の味でおおわれ、うまく舌が動かない。


「なん………で」

「バカなことをするからだよ‼」


 肩を貸そうとする。しかし鍛えていない紫音に重傷の人間を担げるわけがない。2人はバランスを崩し、倒れてしまった。

 それでも紫音がまた千晶を起き上がらせようとする。


「………だめ………紫音ちゃん………これ以上触れたら紫音ちゃんが………」


 こんなときまで"干渉"による体調不良を心配してくれている。

 拒絶してしまった自分の心配を、こんなときまで………‼


 変わってない、変わってない!変わってない‼


 人殺ししか知らない人間が、こんなところでまで自分の心配してくれるわけがない‼

 絶対に死なせない。こんなところで終わらせない。


「そんなのとっくに見た‼」


 そう叫ぶともう一度肩を貸し、壁を利用してどうにか立ち上がる。自分と変わらないくらい華奢なはずの千晶の身体をみみず腫が覆っている。

 あまりに痛々しい見た目だ。だが目をそらすことはしない。


「だからって千晶ちゃんを助けない理由にはならない‼」


 どうにか一歩を踏み出す。だがまた姿勢を崩しかけた。千晶は紫音の手をほどこうとする。


「………紫音………ちゃんだけならまだ………」


 この子は生きることを諦めている。

 察するとともに怒りが爆発した。


「いい加減にして‼‼」

 

 普段はおしとやかな幼馴染みが怒りで吠えた。まるで叱られた子供のように千晶はビクッと震えた。


「残される側の気持ち、知ってる?‼なんで助けられなかったんだろうって自分を恨むんだよ?‼何年も………ずっと‼

 千晶ちゃんはそれをまた繰り返すの?‼」


 それは千晶も知ってる気持ちだった。兄達が死んだと思い込み、自分を呪った頃。クレムリンに入ってもその呪いは己を蝕んでいた。


 紫音も、幼馴染み達を救えなかった悲しみから今の仕事を始めたのだ。

 だからわかる。紫音が、自分のために怒った理由が。

 紫音が叫びながら涙を流す意味が。


 千晶の目から一筋の涙が落ちる。紫音はまた歩き出そうと、背中に回す手に力を入れた。


 その時、横の扉が燃えながら2人に向かって倒れてきた。

 避けることができない。千晶を庇おうとしたとき、どこからともなく現れた何かが扉に体当たりをして、2人を守ってくれた。


 白銀のフォルム。それを見て紫音はその名を口にする。


「ATC………」


 確か、千晶の機体。

 本人を見ると千晶は力なく頷き、ついに意識を失った。

 最後の力で白夜を呼んだのだ。

 だが白夜は既に火災の影響か片足を失っており、動きもぎこちない。これで助かる見込みはなさそうだ。

 それでも白夜は主を守ろうと、手を伸ばしてくる。


 千晶は気絶しているのになぜ?


 まるで自分の意思があるような………


(意思がある?)


 もしそうならば。


「あなた………千晶ちゃんを助けようとしているのですか?」


 半信半疑に問うと、白夜は紫音を見た。

 必死に訴えかける。


「お願いです。この子を助けたい。力を貸してほしいんです‼」


 品定めをするようにしばらく紫音を見ていた白夜が、今度はこちらに手を伸ばしてきた。それを握ると紫音の意図を察したかのように白夜は紅い瞳を強く光らせた。

 直後、後ろの壁が吹き飛び、外の光景が見えた。


 ……………。


「紅い………光‼千晶のだ‼」


 スコープを覗きこみながら昴が吠える。将斗は紫電の起動を終えていた。


「さっきまでと場所が違う………なら………あそこに千晶はいる‼」

「それなら‼」

「ああ、頼むぜ兄貴‼」


 昴はへカートⅡの引き金を引いた。弾が放たれ、光から少し離れた箇所に命中する。燃える屋敷の壁に穴が空いた。


「将斗おおぉ‼」

「ぅおおおおおおおおぉぁあああ‼‼」


 紫電がスピードを上げ、屋敷へと駆ける。

 崩した壁の上にワイヤーを飛ばし、ホバリング。身体が宙に浮き、将斗は壁に向かって翔んでいった。


「紫音っ‼千晶‼」


 吠えながら着地した。衝撃で傷めていた骨の数本が折れる。それでも、怪我をした価値のあるものだった。千晶を庇うように紫音が屈み、近くに白夜が佇む姿を見たとき、将斗は安堵のあまり笑みを浮かべてしまった。


「将斗!」

「紫音‼………」


 2人に近づいた将斗は千晶を見、次に紫音を見つめた。


「………帰るぞ。皆でだ」


 ……………。



「ワインは余ってたかな?」

「………兄貴は俺より怪我してたのに、いいのか?」

「いいんだよ、ナノマシンのおかげで完治したんだし」

「都合いいなぁ………」

「将斗も飲むかい?」

「………飲む」

「昴さん‼将斗まで………」

「いいんだよ、紫音ちゃん。千晶の退院祝いなんだし。千晶も飲む?」


「ニェート………ウオッカにする」

「千晶ちゃん‼それはだめ‼……飲む口実ですよね昴さん」

「紫音、兄貴にツッコミをいれるだけ無駄だ」


 料理の載った皿をてきぱきと運びながら将斗が冷静に判断する。

 あのあと、屋敷を抜け出してから3兄妹は強制入院をさせられた。とくに千晶の衰弱は激しく、退院したのも兄妹でいちばん最後だった。

 同盟の話は流されなかったし、この兄妹がこの家で生活することはできる。

 これまでどおりの生活だ。


 これまでのぎこちなさは完全に消え去っている。互いに理解した仕事をし、ぶつかり合い、同じ思いを共有したことで、3兄妹はようやく和解した。


 微笑ましく兄妹を見守る紫音。将斗は彼女だけ飲み物がないことに気付き、取り皿を配る千晶をつついた。


「シトー?」

「あの夜、イヴァンからノンアルコールのカクテルをもらったんだ」


 そういって何が入ってたか、伝える。千晶と昴は配合だけで何のカクテルか理解したらしい。


「たしかに、紫音ちゃんはお酒飲めないからね。それならいいかもしれない」

「だね。ちょっと待って………用意するから」


 病み上がりにも関わらず軽く腰を上げる千晶を、紫音が制した。


「退院したばっかりなんだから」

「でも………」

「だめです」


 千晶は困ったように眉をハの字にしていたが、紫音の真剣な眼差しを前にして折れた。


「………ダー」


 ショボンとする姿は飼い主に叱られた犬のよう。


 犬だな、完全に犬だ。


 将斗は昴と一緒にカクテルを作った。名前を聞いてみると、昴はなぜだか嬉しそうに笑い、答えない。


 おかしなやつだ。そう思いながら将斗はカクテルの入ったグラスを紫音に手渡す。千晶も、それを見たとたんに含みのある笑みを浮かべていた。



 ありがとうな、紫音。

 手渡しながら、そう念じる。"干渉"で心の声が届いたのか、紫音は笑い返してくれた。


 彼女がいなければ兄妹がこうして戻ることはなかった。千晶は死んでいた。

 感謝しきれない。

 

 受け取ったグラスを手に笑う紫音の笑顔に見とれながら、将斗は改めて、家族が揃ったこの瞬間、幸せを痛感した。




 サンドリヨン。

 将斗が作ったカクテルの名だ。

 シンデレラとも呼ぶ。

 灰かぶり姫は理不尽な仕打ちをくりかえす家族と過ごしていたが、王子に出会い、幸せになる話だ。

 かつて実の両親から迫害されていた紫音を連れ出し、家族の温もりを教えたのは将斗だった。

 

 橘家の食卓では今日も笑いが絶えない。

次章、「コード・オーシャンズブルー」になります。作成中につき、投稿日はまだ未定です。

3兄妹編、みてくださりありがとうございました。

今後、修正も並行してゆきます。

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