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3兄妹 前編

長らく投稿せず申し訳ありませんでした。

 なぜだ。まったくわからない。

 やり取りを聞いていたイヴァンは、通信機の向こうの人物へ問い詰めた。


 目が丸くなる。あんぐりと口を開ける。そういった表現をしてもおかしくない展開。


「なぜだ、天田悠生。同盟の件もこちらは呑む。言われた通り、誘導も、鍵の破壊も………指示はすべてこなした。なのになぜ、あの子達は闘っている?‼」


 通信機から聞こえてくる罵声、銃声………


 銃声?‼


 ノイズ混じりに、老人の声が。


『………こうでもしないと駄目なんだ、あの子達は』


「殺し合う事がか?お前はさっきから言ってることと結果がおかしいではないか」


『………なにがだ?』


 とぼけられた。


「お前が誘導に指定した地点にはまだあの2人がいた。それだけじゃない!私が行った先は手薄のはずなのに、気づけば警備が厚くなっていた。それにスバル・タチバナまで連れてきて。お前がティーナを救う手段だと言ったから従ったのだぞ?なのに敵を仕向けるような行為をくりかえして、何を考えている」


『………こうでもしないと救えないさ………あの兄妹は』

「なに………?」


 ……………。


 止まない銃声。飛び交うナイフ。宙を舞うワイヤー。そして時々交わされる拳。

 まるでハリウッド映画のシーンのようにスピードと迫力で染め上げられた世界。


 そこを駆け回る登場人物はもちろん、この3兄妹だ。


「ちょこまか逃げ回りやがって‼」


 それぞれが互いの体を殴り、撃ち抜き、切り裂く。

 だが誰1人として止まることはない。


「将斗が遅いだけじゃない?」

「同感だね。この中で一番戦闘慣れしてないの、将斗だし」

「うるせぇ、2人して小さいときから逃げ足は速かったくせによ」

「小さい頃か、懐かしいね‼」


 昴の投げた食事用ナイフが将斗の頬を裂いた。


「なぜか将斗は喧嘩っぱやいところがあったよね‼」

「小さい時は昴兄ぃをライバル視してたからね、将斗は」

「うるせぇ千晶!お前はいつも物事をストレートに言い過ぎるんだよ‼」

「ロシア人は率直に言うからね。でも千晶。僕へのストレートな嫌い発言、すこしくらいオブラートに包んでもいいんじゃないかな?」

「………どうやって?」

「そこは『嫌いだけどやっぱり大好き‼お兄ちゃん‼』とか‼」

「「クソ兄貴!」」

「な………っ!2人してクソ呼ばわりするのはないよ‼」

「黙れ‼こんなときまで変態性を露にしやがって‼」

「やっぱりあの時殺しておけばよかった‼」

「あれは痛かったよ千晶‼いくら僕が紫音ちゃんの処じy………」「黙れって‼」


 弟から容赦なく銃弾を浴びせられ、昴は壁裏に逃げ込んだ。


「まずいなぁ、教本にはこういったときの対処法がなかったし………」

「何の教本だって?‼」

「私知ってるよ。机の引き出しに隠してる恋愛ゲーム。昴兄ぃはいつも妹キャラばかりを攻略してるみたい」


 まじか。


「まさか………見たのか?‼僕の教本たちを‼」


 壁から顔を出した昴の横を、千晶の投げたコート掛けがかすめた。さらに向こうの壁に槍のように突き刺さり、ビィインと震える。


「スコップ投げはロシア軍の技にあるからいいとして………これはちょっと………」

「そろそろ俺も、お前が人間なのか怪しく思ってきた」

「だよね、将斗。ついでにヤンデレ属性の妹は殺されるend豊富だから、気をつけt………」

「昴兄ぃ」

「はい、ごめんなさい」


 ヤンデレ発言撤回。ついで遠回しにゲームの件を自白した。


「で、なんで教本にはこういう時の対処法が少ないんだ?」

「ここまで戦闘能力の高い妹は出てこなかったからね‼」


 昴が声を荒げたのは、千晶の投げる家具が隠れていた壁を今にも破壊しそうだったからだ。

 今の段階で投げつけられた家具はコート掛け・丸型のテーブル・小さな椅子・etc………物によっては壁にめり込んでさえもいた。


 なるほど、確かにゲームの主人公がどんな強キャラ設定であれ、これに勝つのは難易度が高すぎる。

 ていうか本当にいたら主人公はどうやって攻略すればよいのだ?

 投げれそうな物が千晶の周辺からなくなったのを確認し、昴が飛び出してきた。

 千晶もすぐさま反応し、殴りかかる。将斗も続いた。


「意外だね、華奢だと思ってたのに力があるよ‼」

「昴兄い達は筋力に頼りすぎなの‼」

「そうかよ!じゃあお前の強さの秘訣はなんだ?空手か?ボクシングか?」

「システマ‼」


 ちなみにシステマはロシアの柔術みたいなものだ。決して今みたいに殴る・蹴る・跳ぶのオンパレードではない!大体、今みたいに飛び回って蹴りあげるなどテコンドーかカポエイラだ!!


「そんなシステマあってたまるか‼」

「そうだ千晶、今はパンツルックだからいいけど、スカートの時はやめるんだよ?じゃないと下着が見えちゃうから‼心配だから‼」

「問題はそこかよ?‼あー、いちいち癪にさわる兄と妹だ‼」


 3人揃って拳銃を構える。

 フルオート。絶えず放たれる銃弾を浴びせ合い、屋敷の中を駆け回る。廊下の窓ガラス、装飾の花瓶、蛍光灯。割れるものは粉々に砕け散った。


「殺し屋としての顔を隠すためのキャラだと思ってたけど、素だったんだな!お前のそういうところ‼」

「シトー?‼どんなとこ?‼」

「ボケてるところだよ‼」

「日本では天然と呼ばれるんだ。覚えとくといいよ、千晶‼」

「テンネン?……日本語?」

「ああ、そうだよ!難しいよね‼」


 昴の肘が将斗の胸を突いた。


「っ‼………ってぇなこの野郎、弟妹を本気でなぐりやがって‼」


 全身傷だらけ。

 それでも笑いながら傷つけあっているのはなぜか。

 ぶつかり合っているから。

 普通に考えればありえない。

 拳をかわすだけで語り合うなど、世間では受け入れられない理論だ。


 しかし、この3人だから。

 正体を偽る必要を失った3人だから、素直に感情を闘いの中で晒し、ぶつけることができる。


 小さい頃は3人で泥だらけになるまで無邪気に遊んだことがよくあった。

 今は泥ではなく硝煙と血だが、それでも兄妹の表情に偽りの顔はなく、お互い闘うことで無我夢中になっている。

 解放されたような、明るい笑顔だった。

 

 小さい頃に、ようやく戻ることができた。


 口の中で広がる血の味と昔の幸せをしっかり噛みしめながら、将斗は拳銃のスライドを引いた。


「随分と殴ったし殴られもしたけど、どうするんだい?」

「悪いな、まだ足りないんだ」

「でも将斗。これ以上やって、同盟の話はどうするの?」

「………………」


 そういえば考えてなかった。


「「ちょっと‼」」

「うるせぇ、今はとりあえず殴られろ‼」

 家具の影に隠れながら昴が悲しそうにため息をはく。


「ああ、これ以上暴れたらキャシーに殺される………」

「キャシー?」

「僕の上司だよ」

「女性?!」

「ジェームズ・ボンドみたいだろ?歳は一応64歳。趣味はダンス、ダイビング、フェンシング。時々ボルタリングだ」


 若い。本当に64か?一応、とも言ってたけど、年齢詐欺じゃねえか?


「まさかとは思うが、兄貴。その 上司と怪しい関係は………」

「まさか‼僕は君たちと紫音ちゃん3筋さ‼」


 むかついたし気持ち悪かったので4発程撃っておいた。


「危ないじゃないか‼………って将斗はどうなんだい?」

「はぁ?」

「紫音ちゃんさ‼ずっと2人で仕事してきて、なにか進展は?」


 ブッ!と息を吹き出した。顔が一気に熱くなる。


「ちげえよ‼あと千晶‼くいつくな‼」


 倒れたテーブルの裏から千晶が顔を覗かせ、口パクで「くわしく‼」と催促していた。


「で、どうなんだい将斗?紫音ちゃんと………」

「うるせえ‼兄貴こそ紫音をそういう目で見てんじゃねえか?‼」


「………………………」


「「悩んでる?‼」」

「どうしよう、千晶‼僕と将斗、恋敵かもしれない‼」


 千晶はスルーして包丁を取り出し、2人に投げつける。


「で、将斗。どうするの?そろそろ3人とも弾切れになるんじゃない?」


 確かに、将斗の残弾はすでに20を切っている。昴は知らないが千晶も同じくらいの装備だったし、これ以上の長期化は難しいだろう。


 潮時だろう。


「………千晶………楽しかったか?」


 千晶の気配に微かな動揺が感じられた。


「………何を急に?」


「俺は楽しかったぜ?久しぶりに3人で暴れてさ。なんか、昔に戻れた気がした」


 だから、相応の礼をする。

 将斗が千晶にしてあげられることはただひとつ。


「お前に話した、お前が俺達とまったく同じ点。知りたいだろ?」


 その答え、教えてやるよ。


「シトー?」

「将斗………?まさか………」


 将斗は懐から取り出した道具のピンを引き抜き、上に放り投げる。

 目をおおいたくなるほどのまばゆい光が彼らを襲った。


「っ………………!」

「っぁ………っ‼」


 将斗が荒々しく音をたてながら遮蔽物を乗り越える。不完全な視界の中、耳と勘だけが頼りだ。2人は目を細め、その場から離れた。

 自分たちがいた場所は既に将斗には知られている。危険な賭けだが、ここは動いて将斗の攻撃を迎え撃つつもりだ。

 動く気配を認識し、銃とナイフを向ける。

 

 元の視界に戻った時には、3人が互いの喉、胸にそれぞれ銃やナイフを向けた状態になっていた。


 しかし将斗は眉ひとつ動かすことはしない。


 自分の胸にナイフを向ける千晶にただ一言。


「殺れよ」


 そう言い放った。



 まずいな。

 昴がこの状況を見て真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。

 一見すれば3人互角。相打ちと思われる。

 しかし自分は将斗達に向けて引き金を引くことはできない。


 痛めつけるのと殺すのはまた別なのだ。

 将斗も、自分達を本気で殺すことは出来ないだろう。


 しかし妹は違う。


 人殺しの鑑。戦闘のプロフェッショナル。兄の自分すら瀕死に追い込んだ人物だ。


 互角に見えるこの状況も、妹が殺意を抱けばたちまちにして終わる。殺さない・殺せない人間と、殺せる人間の差は、こういったところで顕れる。妹のナイフは自分達より速く動くだろう。


「殺れよ」


 弟はそう言った。

 何をばかな。

 この子なら本当にやりかねないというのに。


「将斗………」

「兄貴」


 良いんだ、と弟は目で訴える。

 何が良いと言うのか、昴にはまったくわからないが………

 すると弟がとんでもない行動に走った。

 自分のナイフを手放したと思ったら妹のナイフを握った掌ごと掴み、自身のは喉に向けたのだ。


「?‼」


 もちろん千晶は離れようとするが、本来の腕力の差がここで出る。純粋な力比べなら妹は兄よりも下だ。将斗は妹の握るナイフを自分の喉に突きつけながら、なおも迫った。


「ほら、殺れよ千晶」

「「将斗!」」


 悲鳴に近い声があがる。

 やめさせようと昴が踏み込めば将斗はそれを銃による威嚇でやめさせる。そうしている間にもナイフは将斗の喉にあたり、先端から血液が小さな玉となって浮かんできた。


「なにを………こんなことをして何になる‼」

「さあな、なにもないかもしれない」


 今にも命の危機を迎えそうなのに、そう言う弟の顔は涼しげだった。


「だったら‼」

「だから賭けようと思ってる」


 涼しげな顔のなかに、強い決意が感じられた。

 千晶は必死にナイフを引こうとするが、将斗の力に押されて戻れずにいた。


「千晶だって困ってるじゃないか‼このままじゃこの子に家族を殺させるような………」


 そこまで言って、ハッと気付く。

 兄の自分を瀕死に追い込んだ妹。

 徹底として冷徹。

 それが昴の抱いた印象だった。

 ならばこの場面で、兄の命を奪いかねない状況で、なぜ妹はこんなに取り乱している?

 なぜ兄を殺すまいと必死になっている?


「将斗………」

「千晶………お前は兄貴達を傷つけて、胸が痛かったと言ったよな」


 千晶の肩がピクリと震えた。ナイフがまた少し、将斗の喉に食い込む。


「お前が俺達とまったく同じところ。答えはそれだ」

「………なにを言いたいのかわからない。………でも早く放して………!」


 だが将斗が放すことはなかった。かわりに、問いで返す。


「千晶。今は痛いか?兄貴を殺しかけ、紫音を傷つけたときの痛みは感じられるか?」


 妹の目がカッと開いた。唇は震え、顔色が変わる。

 昴たちが初めて見る、驚愕や恐怖にかられた姿だった。


「痛いよ………痛い………でもわからないよ、将斗………こんなことでわかるはずが………」

「事件の前のお前はもっと甘えん坊だったよな。あの頃を思い出せ」


 血が静かに流れ、ナイフを伝ってゆく。千晶はそれを見て一層顔色が悪くなった。震えは手まで至っている。


「わからないよ‼わからないから‼はやくやめて、将斗‼」


 取り乱している妹を見て行くうちに昴はある予感をいだいた。


 まさか弟のやりたかったこととは………


 確実に兄の命に近づいて行くナイフを見、千晶は首を振った。

 プロの殺し屋とは思えない、いたって普通の人とまったく同じリアクション。

 やがて昴は予感から確信を得る。


「嫌だ………殺したくない‼‼お兄ちゃん‼‼」


 ついに叫んだ。

 将斗はそこでようやくナイフを放し、妹を優しく抱き寄せた。

 小さい頃はよく妹から抱きついてきていたが、今回は違う。

 それでも。

 数年前の兄妹の関係を取り戻すには、その抱擁で十分だった。

 千晶のバトルナイフが音を立てて床に落ちる。

 冷たいナイフのかわりに妹が手に入れた優しさは、悔しいほどに懐かしく温かかった。



「それが答えだよ、千晶」



 優しく妹の背中を叩いてやる。

 最強の殺し屋はあまりに小さく、か弱くて、ただ震えていた。


「殺したくない。俺も兄貴も、同じ気持ちだ」


 大好きな家族だから。

 だからいくら殺しに手を染めても、彼らだけは殺したくない。

 殺せない。


 千晶が白夜で戦闘員達を圧死させる姿を見て、将斗は確信していた。

 なぜ千晶が昴を傷付けたとき、白夜を使ったのか。

 自分達と同じだ。

 いくら悪態をついても、殺すことまでは出来ない。

 薬で弱っていた千晶にとって自ら昴を戦闘不能にするのは難しかった。だから自分の手足のごとく動かせる白夜を使い、昴を刺した。

 白夜にナイフを使わせたのは、体当たりでは昴を殺してしまうと考えていたから。



「俺も兄貴も、大好きな家族を失ったりって思ったら………お前みたいな痛みを感じるよ」



 一度失った身だ。そのときの辛さは互いに知っている。


「………お兄ちゃん………」


 ああ、

 そう呼んでくれたのはいつ以来だろう。


 甘えん坊で、家族が大好きな末妹。


「おかえり、千晶」


 妹の膝が崩れ落ち、将斗は抱き止める力を強めた。

 嗚咽が小さく、胸の中から聞こえてきた。


 弟はこれを見せたかったのだ。

 自分に、妹の本音を、本心を見せるために。

 3人での久しぶりのケンカは、そのための引き金。

 冷徹な殺人鬼という妹への先入観を持っていた昴には、この場面を導くことは出来なかった。兄も妹も、両方と触れ合った将斗だったから出来たのだ。

 

 家族が大好きで、大切で。

 自分と将斗だけではない。妹もだった。

 3人とも、あの頃となにも変わってない。

 本質はそのまま。

 この間、紫音と話したことだ。


「まったく、そのとおりだよ………」


 昴は銃を投げ捨てると、弟妹に歩みより、2人の頭を撫でてやった。

 いつもの性癖を露にしたときとは違う、優しさに満ちた撫でかた。

 ……………。


 千晶と話がしたい。イゴールに詰め寄った結果、彼は根負けして紫音を解放した。とはいっても首に、発信器と、もし不審な動きをしたら電流が流れるチョーカーをつけられたが。


 途中、天田に保護されそうになったが、紫音の決意を聞いてもらい、山縣に車で送ってもらっている。

 行きの車で彼女は通信機をジャックし、一部始終を聞いていた。


 3兄妹が揃ったこの瞬間、肩を震わせ静かに泣きながら。


 ……………。


 胸から離れた妹の眼には泣き腫らした痕があった。


「少しは落ち着いたか?」


 黙ってうなずいた。


「じゃあ、そろそろ行かないとね。少し暴れすぎた」


「そうだな………ほら、千晶。行くぞ」


 将斗が手を引く。千晶の華奢な体は軽く引く程度で簡単に倒れた。

 倒れて、大量の血を吐き出した。


「っ………おい、千晶?‼」


 仰向けにすると千晶の顔や肩にはみみず腫れが痛々しいくらいに現れていた。息遣いは荒く、体温は低くなっている。

 シュプリンゲンの副作用。兄2人を戦慄が襲う。


「こんなときに………!」


「畜生………っ、粘れよ、千晶‼」


 昴が右肩を支え、起き上がらせる。千晶は虚ろな瞳でそんな兄を見上げた。


「………昴兄ぃ………」

「喋るんじゃない。すぐに病院に連れていくから」

「………ごめんね………怪我………痛かったでしょ」


 力の無い声で謝る妹を一瞥し、昴は前を向く。


「僕だって悪かった。後で一緒に紫音ちゃんに謝ろう」

「紫音………ちゃん………」


 その名を呟き、うつ向く。

 千晶のもう片方の腕を支えようと近付いた将斗は、近くに何かが落ちていることに気付いた。

 小さな注射器。確かシュプリンゲンの容器に………


「………?まさか………‼」

「………紫音ちゃんには………かわりに謝っておいて」


 千晶の身体を新たなみみず腫れが襲う。昴が反応するよりもはやく、千晶の肘が鳩尾を突いた。


「兄貴‼」


 狂犬が振り向き様にしゃがみ、脚を刈る。将斗の体は軽々と倒れた。


「っがぁ………‼」

「昴兄ぃは気絶してるから、将斗が運んであげて」


 崩れ落ちた兄2人を見下ろし、千晶が告げる。悲しそうな瞳が月夜の中で静かに光っていた。


「っなんで………」

「将斗………昴兄ぃ」


 その悲しげな瞳が少しだけ揺らいだような気がした。


「だまして………傷付けてごめんね。本当にお別れ。ダスビダーニャ」


 微笑むように言うと背を向け、さらに上の階に向かって走り出す千晶。追いかけようとしたが、鼻をつく異臭の存在に思わず止まってしまった。


(ガスの臭い?‼)


 この階には調理室がある。移動する際、元栓を既に開けていたのか。


 だとすると千晶は、最初から。

 死ぬつもりで?

 立ち上がったとたん、廊下の向こうが爆発を起こし、赤い炎が弾けた。

 熱を含んだ爆風がこちらにも届き、再び倒れそうになるが踏みとどまる。

 追いかけようにも火の手が速さを増し、いまにもこちらに迫ろうとしていた。昴をそのままには出来ない。


 燃え上がる炎を前に、将斗は拳を強く握りしめた。



「バカヤロォーッ‼‼」

後編と同時に投稿します。

紫音はいつ活躍するのか?後編です。

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