共闘・Ⅱ
重い扉が閉じる音で目を覚ました。
体格の良いロシア人がやって来た。包帯だらけの体、松葉杖。
「平気か?俺はイゴール。ティーナの一応だが同僚だ」
ティーナの一言で表情は暗くなる。気付いたイゴールはすぐさま切り出した。
「ショックを受けるのはわかるが………」
「………なにがわかるんですか?」
自分のとは思えない、キツい口調で問いかけていた。
しかしイゴールは躊躇しない。
「あんなガキが狂犬だって、確かに信じられねえもんな」
そう。狂犬。
あの千晶が………
「けどお前を助けようとしたんだ。なにも突き放す必要は……」
カチンときた。
なにも知らないくせに上から目線な態度が、紫音を苛立たせた。
自分だって好きで突き放したわけじゃないのに。
突き放したわけじゃ………
(え?)
突き放した。その言葉に過剰に反応している。
なぜだ?
理由はすぐにわかった。
エレーナだ。
彼女も最初、千晶を突き放したと言っていた。
そして千晶が傷ついた様子も………
「千晶ちゃんは………どんな様子でしたか?」
「お前を助けて、看病するまでは空元気だったがな。別れてからは限界を迎えたのか、薬の副作用で倒れてたよ」
倒れた。
それだけで頭を鈍器で殴られたような感覚だ。
やってしまったという後悔が紫音を襲う。
「シュプリンゲンだよ」
将斗を追い詰めた薬だ。それを千晶が?
「あれは副作用が大きいらしくてな。ティーナはお前のために使用したそうだ」
「………嘘………」
あの薬による変貌は紫音も知っている。だが先程までの千晶がそれを使った後とは、とうてい思えなかった。
「あいつも量を調整してたから、それが目立たなかっただけだ」
なにも言えずに黙っていると、イゴールは無遠慮に聞いてきた。
「お前、華奢だよな。人を殺したことも無いだろ?」
その一言はどの言葉よりも胸に突き刺さった。
紫音は後方支援が役目だ。戦闘は将斗に任せっきりにしてきた。
将斗を信頼しているから。
なのに将斗を信じ、同じく人殺しの千晶を信じない。
違うのは殺した数ぐらいだがその違いだけで、なぜ自分は千晶を信じない?
どうしてあまりに自分勝手な思考で千晶を傷つけた。
罪悪感が胸を締め付ける。
……………。
札幌の山中の街に、大きな洋館がある。この地域は家柄や財産に優れた人達が住む地域のため、豪華な屋敷が多い。
「秀英運輸の2代目社長。正確には香龍会からの使いがいる」
耳を疑った。
「社長に視点を絞って調べれば、すぐにわかるさ。前社長と本来の2代目を殺害し、成り済ました。会社ぐるみでシュプリンゲンや武器の大量輸入を可能にしたのもそのためだ」
「ちなみに二重帳簿とかはどうみてるんだ?」
「着服した金銭は10件以上ものマンションなどの購入に使われていた。おそらく人員を移送し、拠点を与える腹だな」
「待てよ、そんなことしたら………」
イヴァンはさらりとした表情で
「日本での大規模テロが決行されるだろうな」
拳を握る力を強めた。
幼い時、自分達を襲ったあのおぞましい光景がフラッシュバックする。
あんなことがまた、それも日本で起きると考えたら………
「最初に、屋敷の外に見張りがいたら片付けろ。次に私がブレーカーを落とす。直後に突入」
2人は了解、と合図をした。
イヴァンが屋敷に向かう。共通の通信機を耳に着けながら、将斗は尋ねた。
「千晶。この任務が終わったら皆で話したい」
千晶は首のチョーカーに手をあてながら、首を傾げる。
「………死亡フラグ?」
死亡フラグじゃねえし‼
「俺は兄妹と紫音の4人で話し合いたいことがある」
千晶は将斗を見つめてから、屋敷を見た。まだ電気はついている。
首のチョーカーが微かに光り、車の開いたドアから白銀のキュプロクスが静かに降りて、千晶の後ろについた。
「………無理だよ」
答える妹は、悲しそうに首を振っていた。
「なぜだ?兄貴だって話せば………」
「昴兄ぃも紫音ちゃんも、私を許さないと思う」
「だがそれは………」
「それに」
遮られた。
「今、昴兄ぃたちを思うと考えが鈍りそう」
嘘ではないのだろう。妹はこれまでになく辛そうに声を絞り出していた。
たしかに、これ以上の説得は逆効果だろう。
「………わかった」
「……イズビニーチェ」
千晶は舘へ歩き始めながら、ちらりと将斗を見た。
「終わったら、また誘って」
「なんだそれ?死亡フラグ?」
まさかの兄の仕返しに、千晶は少しだけ肩を落とした。最近の彼女にしては珍しいリアクションである。
それを見て将斗は少しだけ笑った。
……………。
「………千晶ちゃんは………今………」
落ち着いた胸を手で押さえつけながら尋ねるとイゴールはばつがわるそうに顔をしかめた。
「………イヴァンと一緒に、マサト・タチバナに会いに行った。………俺にはそれしかわからない」
すると紫音は、胸を押さえる手に力を込めた。
「………お願いがあります」
……………。
「将斗、強いね」
見張りの大男が1名崩れ落ちるのを見て、千晶は感心したように頷いていた。
将斗が倒した大男は首の骨を折られていた。
妹の足元を見る。将斗が倒したのと同じくらいの大男が3名、頸動脈を切られた状態で転がっていた。
「どう見てもお前の方が強そうだが?2秒もかからずに倒したよな?」
「それはこいつらが弱いだけ」
さすが狂犬。やることなすこと言うことが違う。
建物を見上げる。
屋敷には未だ明かりがついていた。
「イヴァンが光を消したらすぐにでも突撃出来るようにする、だよな」
通信機からイヴァンの声。
『5分後でいいか?』
「ああ、充分だ」
―――!誰だ‼―――
『?‼まずい‼』
だが突如騒がしくなる通信機の向こう。
なんだろう。
嫌な予感しかしない。
『くっ………‼』
「もしもーし?イヴァンさん?‼」
銃声。何かが割れる音。
屋敷の電気が落ちた。
「嘘だろ?‼」「アー………」
予定総崩し。とにかく突入。
窓ガラスをぶち破っての侵入するなり戦闘員数名を銃殺。背後から組にかかってきた戦闘員は千晶がナイフで喉を貫いた。
「イヴァン、無事?」
『私はもちろん無事だ』
「?銃声が聞こえないな。どこにいるんだ?」
『隠れさせてもらってるよ。敵の誘導も済ませておいた』
そしてイヴァンが伝えた誘導先。
よりによってそれは今、2人がいる地点だった。
「おい‼」
『任務にイレギュラーは付き物だ………』
「故意犯だろ絶対‼」
気づけば廊下にいた2人を挟むように、大勢の戦闘員が雪崩れ込んできた。
「伏せて‼」
千晶の怒声にあわせて、地に伏した。
チョーカーに手をあてて、千晶が吠える。
地が震え、鼓膜が張り裂けそうな轟音と止まない悲鳴が波となって将斗を呑み込んだ。
挟み撃ちの片側を白銀の狂犬が突撃し、戦闘員を圧死させていたのだ。
そしてもう片方。
千晶はそちらに突っ込むように走ると弧を描くように戦闘員達の真上に跳び両手を広げる。細く煌めく光がたちまちにして戦闘員達を囲み、瞬間、悲鳴とともにそこにはバラバラに散らばった死体が散乱していた。
「こっち!」
千晶に言われるがまま、将斗は伏せた姿勢から一気に起き上がり、駆け出す。
前方に見えた敵に銃弾を撃ち込みながら将斗は呟いた。
「………ワイヤーか………俺もやってみたいな」
「将斗にワイヤーは合わないと思う」
即刻却下された。なんか傷つく。
「将斗の場合………」
そこまで言ったところで千晶が足を止める。将斗も立ち止まった。
目の前には屋敷の中では最も立派で大きな扉があった。
だが不思議と、その錠は壊されていた。
誰かが先に入ったのか?
「イヴァンが俺たちに敵を押し付けている間に、鍵を開けてくれた、って可能性は?」
有り得る、と千晶は頷いたが、その顔はどこか浮かない。
「どのみち、確かめてみないとわからないな」
扉に手をかけた。
―――同時刻―――
通信機の端数を変えるなりイヴァンは何者かに感謝の意を伝えた。
相手が、何かを指示してきた。イヴァンは眉をひそめる。
「なぜだ?さっきもそちらの情報のせいで………」
なにか言われたのだろう。イヴァンは目を見開く。ありえない、と言いたげな顔だ。
しかし折れたのか、渋々と返す。千晶同様表情の変化に乏しい彼だが、それに勝る何かを言われた様子だった。
「………わかった」
―――同時刻―――
「ばかな………」
ここだけは別の電源が通っているのだろう。眩しいくらいにシャンデリアで光る大部屋でゴツい男2名に守られるようにして立っているのは、秀英運輸2代目の若社長だった。侵入者2名の登場に度肝を抜かれたらしい。
「鍵を破壊しただと………?」
将斗が一歩進むと、2人のボディーガードが立ち塞がるように社長の前に出た。
訊ねる将斗の口調は寒さを感じさせるほど、静かなものだった。
「あんた、香龍会の人間か?」
若社長はなにも言わず、ただ目を見開く。しかしボディーガードたちは身構えた。
これが回答だ。
構えていた拳銃の引き金を引く。
銃弾は1人のボディーガードの肩に直撃。男は肩を押さえ、僅かにかがみ込んだ。
もう1人が悪態をつき、拳銃を抜こうとする。しかしそれより先に、千晶の投げたナイフが掌を貫いた。
すかさず将斗も再び引き金を引く。
ナイフで刺されたボディーガードにあたった。頭が弾け飛ぶ。
一方、後ろで肩を押さえていた男の目は血走っており………
途端に発生する轟音。
認識できたのは、将斗の目の前で知らぬうちにボディーガードと千晶が組み合っていたこと。
2人の顔には将斗もよく知るみみず腫が出来ていた。
「千晶?‼」
「いいから‼」
シュプリンゲンの2度目の使用。身体への負担は倍になるはずなのに千晶がまた使ったのは、相手も同じくシュプリンゲンに走ったからだ。
「行って‼」
初めて気付く。若社長がいた場所には既に人の気配すらなかった。
「悪い………頼んだ‼」
後ろ髪を引かれる思いだが、将斗は偽者を追いかけた。
千晶はほくそえむ。
兄は必ず、あの成り済ましを捕まえる。
後の計画には、こういった状況が必要だ。
そしてそれはうまくいく。
狂犬はナイフと拳銃を構えた。周囲を舞うように、ワイヤーと細い線が複雑な動きでキラリと光る。
目の前の敵が自我を失い、猛獣の如く飛びかかってきた。
「邪魔だよ三下」
お互い、同じ薬で身体のステータスは同等。
あとは歴戦の差だ。
…………。
長い廊下で、確実に距離を詰めてゆく。偽者の若社長は突き当たりの階段を降り始める。
階段を飛び降りようとしたその時、下から無数の銃弾が襲ってきた。すぐさま脚を止め、死角に隠れる。
戦闘員はまだいるのだ。
「退きやがれ………!」
決心し、階段下の敵と対峙する。
が、飛び出たのも束の間、目の前で戦闘員たちが肉片へと化していた。
館の壁には大きな穴。
『………悪いけど、ちょっと邪魔するよ』
通信機に何者かが割り込んできた。
その声、忘れるはずがない。
「兄貴?‼なにしてんだよ‼」
『天田さんにお願いしてね』
涼しげな声だ。
ちゃんと見張るようお願いしたのに、なにしてんだよあのジジイ。
『それより将斗。追わなくていいのかい?』
忘れるところだった。
気づけば距離が開いてるし、向こうにはまだ戦闘員もいる。
『僕が道を作る』
追うチャンスをくれた千晶。
可能性を広げてくれた昴。
兄妹2人に背中を押されたことに、感慨深さを覚える。
「………ああ……頼む‼」
将斗は叫ぶと、全力で走り出した。
途中、戦闘員達が将斗を狙って撃とうとするが、それより早く遠方からの狙撃で倒されてゆく。
若社長に扮した工作員は体育会系ではなかったらしく既に息が切れはじめ、スピードも落ちつつあった。
いける、追い付ける‼
雄叫びをあげて、床を蹴る。
縮まっていた距離で拳銃を放つと弾が偽者の脚に命中した。
そして空いた腕をつきだし、襟首をつかむ。
体は床に叩きつけられた。
最後の戦闘員が将斗に銃口を向けるが、彼を守るスナイパーによってたちまち殺される。
チェックメイト。
若社長に扮した工作員は、自分の命を狙うナイトによって囚われの身となった。
「ひ………た、助けてくれ」
自分を守ってくれる存在がいなくなった空気を察したのか、工作員はいとも簡単に命乞いを始めた。
「知らなかったんだ、本部から薬や武器が密輸されていたなんて………私は経理だけを任されたんだ‼」
「ご冗談を」
新たな声が聞こえてきた。見れば破壊された壁から、長身のやさ男が狙撃銃を手に入ってきた。
「あなたが帳簿の偽造や倉庫の不正利用を指示したメール、音声記録………また、反抗した社員達への粛清の指示を匂わせる電話も押さえてますよ」
「ばかな………証拠は全部消して………」
「一時的にでもデータに残せば復元は可能ですからね。僕の技術では時間はかかりましたが………まあ、証拠としては充分でしょう」
無邪気な笑顔があまりにおぞましく思えた。
そうか。こいつも死神で………
そして最後の死神が、後方から歩いてきた。
全身、鮮血で濡らした状態でナイフをくるくる回しながら。
「捕まえたんだ。速かったね、将斗」
「お前も。よく無事だったな」
「………って、すば………」
「まあ千晶。一旦落ち着いてもらえるかな。僕にも事情があるからさ」
惨い殺しを行ってきたにもかかわらず、談話を始める死神たち。その姿は工作員にとって兄妹の団らんのようにも、地獄で罪人を待つ悪魔の会のようにも見えた。
取り押さえていた死神が、偽者に視線を戻す。既に失禁すらおかまいなしになっていた偽者は、ガタガタと震えながら振っていた。
死神たちの視線が冷たくなってゆくのも構わず泣きわめく。
「た、たのむ!殺さないでくれ‼金ならいくらでも出すから‼」
「僕たちは傭兵じゃないからねぇ」
「情報も提供する‼欲しい情報ならいくらでも………」
「あなたみたいな弱いだけの人が持つ情報、たかが知れてる」
「よ、要求があれば何でも………」
すると、工作員を取り押さえていた死神が顔を近づけてきた。瞳には怒りの炎が灯されており、見ているとこちらの体の全てを焼き尽くされそうな感覚に陥る。
「お前達テロ国家が今までたくさんの人を殺したのはわかっているのか?」
必死に首を縦に振る。
質問を重ねてきた。
「お前達に殺された人達に償うために働く覚悟はあるか?」
働く。少なくともそれだけで生かされると、工作員は胸の内で手を合わせながら、必死に頷いた。
「じゃあ最期の仕事だ。死んで詫びろ」
サイレンサーを通して鉛の弾がその脳天を貫いた。
床が徐々に血で汚れて行くがかまわず、将斗は立ち上がる。
「MI6としては生かしたほうが良かったか?」
昴は黒いスーツを崩していた。それだけを見ると、この屋敷の戦闘員と似ている。おそらくは潜入していたのだろう。
「こんな小物生かしても得はないからね。殺して正解さ」
千晶はなにも言わず、ただ苦々しげに長兄を見ていた。顔からみみず腫は引いているが、名残りなのか薄い痕が顔を覆っている。
「恐い顔で見ないでおくれ。美人が台無しだよ?」
「………めんどくさい」
「増援はあると思うか?」
「調べた限り、そういうのはなさそうだったよ。雇われの戦闘員も昨日のしかいなかった」
それならこのあとの予定も問題なく進めれそうだ。そう考えていると、先に昴のほうが切り出してきた。
「それじゃあ3人揃ったし、話し合いでも始めるかい?最初からそうするつもりだったんだろう?将斗」
優しげに微笑む昴。しかし人を欺く笑いかたではなかった。弟妹はそれを瞬時に察する。
「ああ」
「………それ、さっき言ってたこと?」
「そうだ。俺から御提案があってだな………本当は紫音もいれば良かったが」
兄妹の視線をその身に受け、少し緊張するが、大きく呼吸をしてから将斗は告げる。
「俺たち兄妹の組織は別々だ。そのせいで一時は殺し合うはめにもなった。だが俺は、そんなこと、してほしくもない」
将斗は2人の顔を交互に見る。
「それで………組織が違うなら、一緒にしてしまえばいい」
「将斗。それは僕らへの降伏勧告かい?」
「いいや、提案だ」
なにも降ることが一緒になることとは限らない。
「MI6とクレムリン。俺の組織を仲介に、同盟を組んでもらいたい」
2人に緊張が走った。
諜報機関や特殊部隊が手を組み合うというのは、自身の機密事項を共有するということ。
下手をすれば、売国と呼ばれる事態にまで発展しかねない。
そんな2人の渋る様子を察し、将斗は続けた。
「お互い、テロ国家の要因を潰すためだけの情報を共有する。その他の情報の提示は求めない」
最後に、とつけ加えた。
香龍会にはMI6とクレムリンのエージェントが動き回っていることはもう知られているはずだ。円滑な任務遂行のために悪くないと思うが?」
2人とも、顔をしかめた。
確かにリスクはある。しかしメリットが大きいのも事実だ。
凄腕の殺し屋達が、しかもそれぞれが個別にATCを所持しているのだ。実力、武器ともに不足はない。
なにより彼らは家族である。国内で一緒に行動しても怪しまれないし、日常生活すらも保証されるようなものだ。
「………………わかったよ、将斗」
先に切り出したのは昴だった。苦笑いを浮かべているが、それはスパイとしての立場上である。兄としては兄妹みんなでいられる最期のチャンスを掴みとれたのだ。内心、ほっとしているのだろう。
「拒む理由、ないしね」
千晶も賛同してくれた。顔のみみず腫のせいで表情はわかりづらいが、それが安堵に満ちていたように見えたのは、将斗の気のせいだろうか。
これで肩の荷がひとつおりた。
「よし。それじゃあ決定だ。細かいところはぼちぼち決めよう」
「でも将斗………」
だが千晶は後味悪そうな様子でしぶってきた。その理由を将斗は知っている。
妹は、長兄との件を気にしているのだ。
一歩間違えれば死に至っただろうあの一件。
今後、手を組むからといって、はいそうですか水に流そう。とはならない。
それに将斗も満足はできない。
ここでもうひとつ、彼が温めていたものをぶつけることにする。あまりに幼稚で危険な考え。単純かつ自分達にはお似合いの手段。
「千晶。お前の言いたいことはわかる。それに俺もな、もうひとつの提案があるんだ」
兄妹が不思議そうな目をした。
精一杯の笑みで2人を見て、案を述べる。
「よくも俺達を騙してきたな。紫音の分も含めて1発、俺に殴られろ」
「ホワッチュ?」「シトー?」
昴と千晶が首を傾げるのも無理はない。3兄妹の次男が同盟を提案してきたかと思えば自分のことを棚にあげ、1発殴らせろ?
「待つんだ、将斗。なぜそうなるのかわからない」
「そうだよ将斗。大体、隠していたからって殴られる必要があるなら将斗だって………」
「俺は痛いのが嫌いだ」
さらりと断る。
「「自分だって嫌だよ‼」」
あまりにわがまま、そして横暴である。
兄妹の怒声は痛いくらいに心地好く屋敷に響いた。思えば2人とも、これまでより感情をオープンにしている。喜怒哀楽に焦りも付け足して、表現が豊かです。
「私はシュプリンゲンで身体がもたないの。今はまだ効いてるから平気に見えるだけで」
「僕だってまだ骨折や千晶にやられた部分が治りきってないんだ。ヘカートを撃つのも辛かったんだよ。そんな僕らが殴られたら………」
「丁度良い。殴り甲斐がありそうだ」
PCでよく見る、「まさに外道」にありそうな発言だ。
『腹が立つから殴らせろ。え?怪我してる?好都合だ‼(まさに外道)』
こんな感じ。
「冗談じゃないって‼」
あわてふためく昴へ近づいて行く。握ってははなしてを繰り返す拳は将斗の本気を表していた。
「一応、俺も病み上がりで完治してないところだらけなんだ。丁度いいだろ」
「ち、千晶‼助けて‼」
「………昴兄ぃは紫音ちゃんの件で許せないし」
「そんな………」
「紫音のことでも俺は怒っているからな。幼馴染みの貞操の危機を後回しにしやがって」
両手を交差するように振る兄に、容赦ない一撃をくりだした。
右ストレート。しかも本気。
病み上がりの昴達がまともに受けたら死んでもおかしくない一撃であった。
パァン‼と皮膚がぶつかり合う音がした。
顔の手前、拳を掌で受けとめ、余った手で受けとめた掌を支えていた。
ビリビリと痺れる手に力を入れる。
「いくらなんでも………」
さすがに死にかねない一撃だったのを見て、冗談じゃすまないと判断したのだろう。千晶は止めようと手を伸ばした。
「それに千晶」
そこに将斗の後ろ蹴りが飛んできた。瞬時に気配を察知した千晶はすぐさま停止し、将斗の脚は彼女の鼻先を掠める程度に終わる。
しかしそれだけでも立派な戦闘意識の表れだ。
「お前は騙していただけじゃなくて、ここのバカ兄貴を半殺しにしたじゃないか。謝りも見舞いもしないのは感心しないな」
それに関しては昴も同意らしい。頷きつつも将斗への警戒は怠らず、なおかつ爽やかな笑顔だった。
「確かに。千晶。腹に風穴を空ける、っていうのは兄妹のスキンシップとしては容認できないなぁ」
カチンときたらしい。千晶の目付きが鋭くなっていく。
「………もう1つ、穴あけよっか?」
すでに弟妹の両名を戦闘態勢にしたと判断した昴は、やれやれと溜め息を吐いた。
「……仕方のない弟妹だ………それに」
「「将斗」」
中間に立つ家族の名が同時に呼ばれる。
「わざと人を怒らせるのは道徳上、問題がある。兄として教育する必要がありそうだ」
「さすがに腹が立った。殴られても文句ないんじゃない」
それを鼻で笑う。不敵な、挑発的な態度。
「不必要なスキンシップ・セクハラの数々。かたや未成年の癖にウオッカを浴びるように飲みやがって。お前らに道徳を語る口があるのかよ」
そう言い放つなり、昴の手を振りほどくと回るように蹴った。2人にはあたらなかったが轟音と突風が巻き起こる。
史上最大最悪な兄妹喧嘩開始の合図であった。
クライマックス詐欺をして申し訳ありませんでした。
次の話「3兄妹」がクライマックスになります。
ちなみにこの物語をつくるにあたり、私はMr.&Missスミスを意識して作りました。