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邂逅のデルタ 3・ロシアの狂犬

邂逅のデルタはこれで終わりです。


今回は少しですが性的描写を含みます。


 2人の闘いが熾烈を極めたものになると紫音は天田達の制止を振り切って車を飛び出した。

 焦りと驚きのあまり、紫音は道の途中で姿を隠していた林達に気づけず、捕まってしまったのだが……


 ……………。


「ああああああっ‼」


 咆哮のような機械音が大きくなったと同時に悲鳴が倉庫に響いた。昴は声の聞こえた方を向く。


 そこには背筋がゾッとするような光景があった。


 さっきとは別の男が倒れている。膝から下は綺麗に切り取られ、脚からは蛇口を捻ったような量の血が溢れていた。

 男の四肢として機能していた脚を片手に白銀のATC、狂犬が血でその身を汚しながら、倒れた男の後ろに立っている。

 乱雑にその脚を投げ捨てた。狂犬のもう片方の手には黒い刀身のナイフが握られている。紫電と同じ対甲ブレードだ。だが将斗のよりかは若干短くも見える。

 そのナイフの先端を血が滴り落ちていた。


「くそったれ‼」


 2人が襲いかかってきた。狂犬は危なげもなくかわしてみせる。

 ATCは脳の信号をキャッチしてそれを認識し動くが、いくら昴達の新型のATCでも、動きに若干のムラが発生してしまう。

 だが狂犬のはまるでATCそのものが生身の人間であるかのような滑らかでスムーズで滑らかだ。

 地に伏せるようにして男の脚を蹴り払う。男は前のめりに倒れこんだ。

 その腕を掴み、捻り上げる。そして組伏せた。

 直後、周囲にいた男2名が弾き飛ばされる。1人に関節技をかけながらも同時に何かを飛ばしたのだ。

 微かにしか見えなかったが、ピアノ線のようなものが肘から出ている。

 おそらく先端に何かが取り付けられているのだろう。それを投げつけ、男達のこめかみや眉間に当てたのだ。

 組伏せられた男の首にはナイフが刺さっていた。


 昴の視界が曇り始める。パーシヴァルのモニターが駄目になってきたのだ。


(仕方ない………‼‼)



 パーシヴァルを外す。

 

 死体からナイフを抜いたその背を林が殴りかかる。

 すると狂犬が前触れもなく、急にスピードを上げた。ローラー部のみで速く、変則的に。地面のみならず壁や屋根をも縦横無尽に駆け回る。


 モーターのフル稼働、ローラーが荒々しく駆け巡る音が重なり、不快音が鳴り渡る。


 闇のなかから現れるなりナイフで切りかかってきた。それを林は防ぐ。対甲ブレードは凶器だ。ナイフの刃ではなく持ち手の部分に腕を入れることで防ぐ林の反応も流石である。捕らえようとするが、手を伸ばせば煙のように姿を消してしまう。


「ちょこまかと‼」


 ついに煮えを切らし、頭上を走るタイミングを見て、己も飛んだ。丁度、林が天井に到達するのと狂犬が走る方向。それはタイミングも場所も一致する。

 林は一気に勝負をつける気だ。


 だめだ。このままでは狂犬が捕まる。


『そんなへまはしない。彼女は我々クレムリンの最高傑作だ』


 イヴァンはあくまで声に感情を込めない。

 だが一言が昴の心を揺るがせた。


「彼女……?」

『おや、MI6。私を疑う段階で気付いていたと思っていたがね』


 おや、と言っているわりに、うっかり口を滑らせたわけでもさそうだ。


『それとも予想はしていたが認めたくはなかったのかな?』


 林が手を伸ばした。

 白銀のATCが急に減速する。ナイフを天井に突き刺して減速したのだ。


 そしてその僅かな時間の中、狂犬は真の姿を見せる。

 装甲はたちまち胸を中心として剥がされるように開き、中の者を吐き出す。


 搭乗者は、競技のジャンプを思わせるかのような、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢で地へ飛び込む。


 サラサラとした黒髪。

 細い身体のライン。

 身長は小さめか。


 ATCはたちまち元の姿に戻ると腰から、さっきよりは太めのワイヤーを射出し搭乗者はそれに掴まって着地を成功させた。

 ミディアムショートヘアの、黒い服に身を包み、首にはチョーカーなんて身に付けた


「千晶………?‼」


 千晶は着地点にあった倉庫の備品らしいシャベルを拾い上げた。


「白夜‼」


 白夜と呼ばれたATCは天井に刺したナイフを抜き戻し、林へ向かう。

 千晶が体の捻りを利用し投げたシャベルは手裏剣のように弧を描き、林へと襲いかかる。


 空を掴んだ林は体勢を崩し、避けることができない。

 シャベルは後頭部へ突き刺さり、ATCが対甲ブレードでその体を切り裂く。

 天井に血と肉が飛び散った。


「敵も紫音ちゃんも見当たらない。紫音ちゃんをつれ拐って逃げた模様。イヴァン。ルート特定して」


 挨拶もなしに、上司へ報告、指示を伝える千晶。

 倉庫の屋根に付着する肉塊は血の滴を落とし、鉄臭い雨が倉庫の中で止むことなく降っている。


「千晶………」


 その静けさの中で佇む妹の名を呼ぶ。

 イヴァンと千晶の関連性を疑いはしていたが、将斗同様、彼女までも同じ道を歩んでいたとは思いもしなかった。


「君が………狂犬………」


 興奮も落胆もまったくない、まるで殺すことが空気を吸うことと同然といわんばかりにこなす。

 ロシア最凶の兵士。

 

「……悪いけど、将斗をお願い。私は紫音ちゃんの救出に行く」


 そうだ。紫音を救わなくてはならない。

 だが目の前の千晶を放っておくことも昴には出来なかった。


「ダメだ。千晶。君は僕と来てもらう。紫音ちゃんの救出は……後だ」


 すっ、と千晶の顔から表情が抜けた。


「殺されたいの?」


 先までの獰猛な雰囲気は一変、過去の甘えん坊な妹からは三、四変。

 なにも読み取れない表情が逆に怖い。

 ナイフを逆手に持ち直し、昴へと歩み寄ってきた。

 

 ごくり、と唾を飲み込む。


 返さない昴へ、千晶は軽やかな足取りで近付いてきた。

 カツン、カツン、とステップを踏むように尚且つわざと靴を鳴らしている。


 距離、5メートル。

 千晶があと1歩でも踏み出せば背後のパーシヴァルから拳銃を抜く。

 しかしその足は最後の一歩を踏まなかった。


「……私を殺すつもりなの?」


 頭を殴られたような感覚が昴を襲った。


「なぜそう思う?僕はなにも………」


「攻撃する機会を探してる」


 痛いところを鋭いナイフで抉られたような気がして、微かだが昴の気持ちが空白に変わる瞬間が生まれた。

 読まれている。この妹は軍用犬の鼻でも備えているのか?‼


 最後の一歩が目にもとまらぬ速さで5メートルの間を一気に詰めてきてくる。

 反射的に銃を抜いていた。


「?‼」


 拳銃から弾が飛び出ることはなかった。否、撃つことはできるがそうすれば昴は自ら命を絶つことになる。

 千晶は昴の背後に回り込んでいた。銃口は自らのこめかみを狙っている。振りほどこうにも妹は女子とは思えないほどの力で肘と手首を固めてきている。


「昴兄ぃは紫音ちゃんがどうなってもいいの?」

「君達が紫音ちゃんを傷つけないとも限らない」


 汗が額から顎へ伝う。

 空いた左手を気づかれないよう、自分のポケットへ入れた。


「私が紫音ちゃんに手をあげると思う?」

「君自身はしないかな。だが君の仲間は?」

「イヴァン?………そういう意味?」


 千晶の言う「意味」とは、性暴力を含んだ拷問だ。


「そう。君はあの男の部下だろう?イヴァンが紫音ちゃんに手を出さないとは限らない。情報を聞くだけ聞いて良いようにして捨てられる……なんて有り得るからね」


 後ろからの重圧が増した。


「………イヴァンがそんなことをすれば、私はイヴァンを殺す」

「出来るのかな?彼は君と」

「私の味方殺しの数、聞きたい?」


 聞いてくる時点でおそらくは途方もない数だろう。昴は首を振った。 


「じゃあ、話は終わり。将斗の手当てをして」


 千晶は僅かに昴から体を離した。力の差を示して昴が諦めたと油断したのだ。しかし昴が素直に言うことを聞くはずがない。


「ああ、そうする…よ‼」

「?‼」


 左手で取り出したのはピストル形の注射器だった。

 背後の太股に刺し、中身を注入する。千晶の息を呑む声と、注射器越しに体が緊張するのが伝わってきた。


 千晶の体の力が弱まる。昴はすかさずからめられた右腕を抜き取り、背負い投げた。

 刺したのは即効性の麻酔薬だ。朦朧とする意識で受け身など………


 ――ォオオオオオオオオオオオ‼――


 遠吠えのような咆哮が耳に痛い。


(この声、千晶か?‼)


 投げられながらも身を翻し、昴の腕を掴んできた。鈍い痛みが肩から伝わってきた。もっていかれる‼

 迷わず体を捻る。ひっくり返る世界。


 狂犬は昴の腕を抱えたまま這いつくばり、昴は仰向けに倒れていた。

 外されてはいなかったが、肩の靭帯を痛めた。

 薬は間違いなく効いているのにここまで出来るのか。

 

「やっぱり、一筋縄じゃいかないか」


 必要ならば味方をも殺せるだろう、タフな精神力。

 スピーディーな判断能力、天性の体術。

 殺しへの躊躇のなさ、薬を投与されてもそれを上回るような狂暴性。


 これがロシア最悪の特殊部隊・クレムリンの精鋭。

 狂犬・橘千晶。


 千晶の声には僅かな苛立ちが見えた。


「私と闘うだけ紫音ちゃんは遠くに連れていかれるんだよ。拉致された女子がどんな扱いをされるかわかる?」

「ただ、君に助けられても同じ結果にならないって補償はない」


 ギリ、と千晶の歯の軋む音が。


「でも今は昴兄ぃ…より…私の方が……紫音ちゃんを助ける成功率は高…い」

「そうかもしれない。だが、そうでもないかもしれない」


 薬は確実に効いている。千晶の呼吸には乱れが生じ始めている。いくら狂気という気力でカバーしても、それで常時自身を保ち続けるのは不可能だ。

 力が弱まる千晶から離れ、痛み止めのカプセルを取りだして噛み砕いた。

 千晶は睡眠薬によるハンデを負った。まだ圧倒的に昴の方が不利だが、相手に何かしらの負荷を与えた今、勝算はいくらでもある。 

 だがそれは慢心だった。

 先の戦いの場面で千晶の相棒の性質に気付くべきだった。


 千晶のATC・白夜は脱着が自在なだけではない。

 演算装置が装着者である千晶のチョーカーと直結し、彼女の意思で動くようになっている。

 つまり彼女と離れていても、彼女の思った通りに動くのだ。


 遠隔操作


 着脱可能はあくまでその本質から産まれた副産物に過ぎないのだ。


「僕の保護下に入るんだ。紫音ちゃんは必ず僕が助けだそう」


 千晶を蝕む麻酔薬が彼女の意思に勝るまでの時間稼ぎ。それがくるまで持ちこたえれば昴の勝ちだ。将斗と紫音の情報がロシアに漏れる心配もなくなる。まとめて保護下に置けば彼らが背後の組織に狙われることも無くなる。


 これがベストだ。

 そう言い聞かせ、引き金に指をかけた。


 狙うは肩か膝。


「本当に今のままで紫音ちゃんを無事に助け出せると?」

「少し時間はかかるが……」

「間に合うわけないじゃない!!誘拐されて、暴力を受けた心の傷、想像したことある?私、それを嫌というほど見てき!!

 紫音ちゃんはこのままだと、一生心に傷を残すような目に遭うかもしれないんだよ‼

 そうなった後で連れ戻せても、助けたなんて言えないんだからっっ!!」


 これまで感情らしい感情をあまり露にしなかった妹が、目を見開き、吐き捨てるように叫ぶと吼えるようなモーター音が膚を震わせるようなプレッシャーを放ちながら迫ってきた。


「?‼ATCか‼」


 すぐに察知した。同じく、引き金も引いていた。弾丸が拳銃から放たれる。


 白銀の狂犬が、深紅の瞳をぎらつかせ2人の間に割り込む。放った弾丸は白い装甲に弾かれた。


 主が身に纏ってないにもかかわらず、自らナイフを抜いた。

 もう一発撃とうとするが、白夜が昴の拳銃を斬り、破壊し、そして……


「………………」


 少女はそこに立っていた。前には自らの命で兄を刺した相棒が、白く光る装甲に無数の血痕を付けて向かい合っている。


 感情などない。

 あのテロ事件から一時期、感情と呼べる感情の殆どを失っていた。

 人を殺す、傷付ける。それがたとえ身近で親しい仲であっても。千晶の感情の欠落…正確に言えば一時的なマヒは、そういった場面で一際発揮されるのであった。


 だから昴を傷付けてもあの頃と同じ。後悔も罪悪感もない。


 そう思いたい。

 思い込みたいのに。


「………胸が痛い………」


 表情は変わらない。しかし声は掠れ、手は震えていた。


『ティーナ………』


 上司が通信機で呼び掛けてきた。


『イゴールは私が回収する。シオン・クサカベを拐った車両の位置はまだ判明しているが……』

「行けるよ」

『だが薬を打たれたのだろう?毒なら血清が………』

「ニェート、イヴァン………麻酔薬。毒じゃないよ」

『だがそれなら、追跡しつつ薬が切れるのを………』

「シュプリンゲンがある」

『………ティーナ』


 自ら用意していた注射器。

 それを何の躊躇いもなく、己の腕に突き刺した。

 若干流し込まれるのを見計らい、注射器を捨てる。ガラスが砕け散り、ピンク色の液体が水溜まりとなった。


 猛獣のように荒々しくなる息。千晶の顔の血管が微かに浮かび上がりそして治まった。


 投与が無事完了したのを察したイヴァンが忠告する。


『微量でも副作用は大きい。早めにカタをつけろ』


 倒れる兄2人の姿を一瞥した後、千晶は外へ歩みだした。


「ダスビターニャ」


 昴の肩と脇腹。彼が撃ったイゴールと同じ箇所から血が滲んでいた。






「なんだよ、アイツ………あんなの聞いてねえぞ‼」


 逃れた男は3人。ワゴン車に紫音を抱えながら乗り込んだ。彼らはこの少女と襲撃者達の関連性の詳細は理解していない。いないが、少女が彼等にとって人質になりうる存在であることは察していた。


「倉庫の警備としか聞いてねぇよ‼」


 1人が捲し立てながらエンジンをかける。車は動き始めた。


「組に連絡して、秀英運輸との関わりは持たないよう進言する。あの林ってやつがうまく足止めしてくれればいいが…」


 金属のなにかを眉間にぶつけられた男は、腫れた眉間をさすりながら携帯電話を取り出した。


「ひとまず逃げるぞ」


 人気の少ない裏道を通り暫くすると、追っ手の不安も薄れて行き、男達は紫音の扱いについて話し始めた。

 捕らえた少女は猿轡をして手足を縛り、後部で横たわっている。

 見ればなかなかに綺麗な顔立ちである。年も若い。


「………なあ、この女、どうする?」


 1人がいやらしい目で少女を見る。少女の顔に恐怖が走った。男達に欲望の色が浮かんでくる。


「………散々な目に遭ったんだ。癒しになるのが必要だよな」


 誰かが舌なめずりをした。

 男の顔に毒々しい欲の色が走ったのに気付き、紫音は四肢を封じられながらも必死に抵抗を試みた。


 しかし体は思ったように動かないし、力に敵うはずもない。

 たちまち羽交い締めにされ、ナイフを目の前に突き出される。


「騒ぐなよ。怪我、したくねえだろ」


 なんて汚らわしい笑み。鳥肌がたってしまう。

 抵抗もむなしく、男は紫音の腰に跨がった。ナイフをちらつかせ、紫音が動けないのを良いことに首筋に顔を埋め、シャツの下に手を入れる。

 

 欲を駆り立てられた他の男達がニヤついた。今日の仕事で散々な目に遭った男達にとって、この時間がなによりの憂さ晴らしに違いない。服のボタンが外され、白い肌があらわになる。下着がナイフで千切られた。


 紫音の目に涙が滲む。


 将斗と対峙したMI6がまさかの昴で、わけのわからない兄弟喧嘩が勃発して、自分は2人を止めたかったのに拉致され、挙げ句……

 ただの足手まといでしかなかった。


 将斗の重荷になりたくないから、サポートする術も身に付けたのに。


 嫌な感触が首筋から、胸元へと移る。生々しい音が車内にこだました。

 叫びたくても叫べない、足手まといな自分に嫌悪感が湧いてくる。

 汚ならしい不快感によって自我が狂いそうだ。股がる男が一息ついて今度は紫音のスカートを脱がし始めた時


「おい!運転乱暴だな‼」


 急にワゴン車が揺れた。紫音の体から頭だけを上げて男が怒鳴る。

 しかし運転手は必死な面持ちで否定した。


「違う‼なにかが飛び乗ってきたんだ‼」


 ワゴン車のルーフパネルから刃物の先端が生え、火花を散らした。悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 ルーフパネルが削られる音以外は悲鳴一色だ。


 紫音はその刃物を覚えていた。

 将斗と同じ、ATCの武器。


 対甲ブレード。


 続けて、人のではない手のひらが隙間にねじ込まれ、乱暴に裂き目をこじ開ける。

 漆黒の闇に光る赤色の瞳が車内を捕らえた。


 運転手。助手席の男。後部座席で少女に跨がる男。さっきまで弄ばれていたのが一目瞭然、手足を拘束され、服が脱がされる最中で涙を浮かべる少女。


 ブチっと何かが切れる音を、車内全員が聞いたような気がした。


 狂犬が車内に飛び入る。紫音に跨がっていた男の胸に、ナイフが深々と刺さっていた。

 それは彼岸花のように赤く散った。

 脇に着地した狂犬は紫音を庇うようにかがみこみ、助手席の男に狙いを定める。


「ひぃっ‼‼くるな………くるなぁ‼」


 拳銃を取り出すが、フロントミラーをヒビと血飛沫が支配した。助手席の男は顔面を失い、座ったまま倒れこんだ。

 狂犬の手にはアサルトライフルが握られていた。

 サイレンサー内蔵型ロシア製アサルトライフル・ASval

 隣の席で運転していた男が失禁しながらハンドルにしがみついた。


「助けてくれぇ‼お願いだ‼」


 狂犬はなにも言わず男をどけ、紫音の体を抱き上げた。

 ASvalを腰に装着し、片腕を突き上げる。手首からワイヤーが出て、外の木へくくりつけられた。


 狂犬は紫音を抱え、ワイヤーに引っ張られワゴン車から出た。


「助かった………のか?」


 男は緊張がほどけたのか、長くため息をはいた。

 が、すぐさま違和感に気づく。

 首には細いワイヤーが巻き付かれていた。ワイヤーの裾は、狂犬が持ってるはず。


 悲鳴をあげるより先に、血の洪水が車内を汚し尽くした。


 車がブレーキをかけることなくガードレールに突っ込み、炎上する様を狂犬と共に見ていた。

 狂犬は紫音の猿轡をはずし、両手で抱え直していた。


『怪我は』


 聞いてくる。機械を通して投げ掛けられる音声は事務的だが、紫音を気遣う何かを感じ取れた。


「………ないです」

『…………悪いけど今はまだ、帰すわけにはいかない』


 助けてもらった時点で覚悟はしていたし、強姦を未然(?)に防げたとはいえあられもないこの姿……今の自分を将斗には見せたくなかった。


「良かったら、さっきの2人がどうなったか教えてもらえますか」

『重傷。でも今頃仲間が助けに来てるはず。昴兄ぃは…いざこざがあって、動けない程度の怪我をさせたくらいかな』


 昴の姿を思う。自分達を守るために歪んだ思考を抱いた幼馴染み………


(え?)


「昴兄ぃって………その呼び方」

『………』


 今まで狂犬の音声は低いものに変換されていた。しかし今の一言は決定的証拠である。


「もしかして千晶ちゃん?‼」

『………シオン・クサカベを確保。合流する』


 敢えて紫音をスルーし、狂犬は上司と連絡をする。


「千晶ちゃん‼」

『………あまり喋らないで』


 音声は千晶の地声に切り替えられていた。


『舌を噛むよ』


 そして紫音を抱えたまま、電柱から飛び降りた。

次から最終局面に入ります。

千晶の戦闘シーンは書いてて楽しいです。

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