財閥対談編・エピローグ
財閥対談編、終了です。
後書きに重大発表をさせていただきます。
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「私が怖くないの?」
幼い琴禰の問いかけに2人は振り返る。その表情は「なぜ?」と問いかけていた。
「その……私の近くにいたら……」
「「ああ……」」
双子は琴禰の体質を知らされていた。前触れもなく心臓が痛め付けられるのは体内のナノマシンを攻撃する能力を持っているから。
ナノマシンで造られた双子からすれば確かに脅威だ。下手をすれば一瞬のうちにバラバラにされかねない。
それでも不思議と彼女に対して恐怖は湧いてこなかった。
自分達はいずれ駒として死ぬ存在。その自覚があったからかもしれないが。
「別に、私達が琴禰様と一緒にいたいからこうしてるだけで……怖いとかは感じないですね」
「そーそー。俺も2人でいるより3人で遊んでたいし」
飾りのない2人の声に琴禰は緊張を解いた。
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「あ……あ………」
真冬の姿を見た琴禰は絶望に身体を震わせ、力の抜けた声を挙げる。
最早、能力を使うことも出来ないくらい覇気は消え去り、腕は肩からぶら下がるだけの飾りに成り果てる。
言い表すなら脱け殻に近い。
将斗は真冬を抱き抱えるようにして、ゆっくりと紫音と琴禰のもとへ降りていった。
昴と千晶はまだ警戒を解かない。真冬が闘えなくなったとはいえ、戦闘不能に陥った者が最期に何かをやらかす場面を死地で、戦場で目の当たりにしてきたからだ。
やがて2人の近くに着地をした将斗は真冬の身体を離す。貫かれた胸からは弱々しく赤い光を覗かせている。その光は時間が過ぎる毎に存在感を薄れさせてゆく。
「あ………」
「………ひどい顔ですね………」
貫かれた器械の胸から血は流れない。代わりにパンドラの灯火が血液のように、彼のタイムリミットを示していた。
泣き腫らした後の目。青ざめた顔。やつれた頬。震えている唇。
琴禰の有り様を見て真冬は小さく笑う。
「貴女は身体が弱いんだから……無闇に能力を使うと寿命が縮むって、雪見に口うるさく言われるでしょう?」
「真冬……私………」
「おっと……」
雪見の名前を出して思い出したのか、真冬は片膝をついて琴禰に頭を下げる。その忠実な姿勢は普段の真冬よりは、姉の雪見に近かった。
「このような失態をお見せして申し訳ありません。琴禰様……貴女のお望みをもう叶えることは……俺にはできません」
その2人の様子を見ていた紫音の隣に紫電が並んだ。背中のハッチが開き、頭と肩から血を流す将斗が息を吐き出しながら出てくる。
止血をしようと手を伸ばす紫音の肩を抱き将斗はただ琴禰と真冬の方に眼をやる。
きちんとすべてを見届けたい。真冬の意思も、琴禰の答えも。
「真冬……私は……」
徐々に薄れてゆく光を見ながら琴禰は首を横に振る。
今まで自分に利用されてきたと言うのに、こんな状態になっても彼は従者を忘れない。
精一杯伸ばした手が真冬の頬に触れかけそして落ちる。
だがその落ちた手を真冬の片手は素早く優しくキャッチした。
「そんな顔しないでください……俺達は貴女の笑う顔が好きなんですから」
とても優しい表情が半分。もう半分は黒いメッキで固められた器械のもの。しかし造られた人形なんかでは浮かべることの出来ない優しい表情。
「真冬……」
「……まず最初に……俺の気持ちを伝えさせてください」
琴禰の右手に温もりを与えるように、握る手は優しかった。
器械として。駒として産まれた彼は初めて主に、本当の気持ちを伝える。
その気持ちは琴禰と出会ったからこそ芽生えた感情。
「琴禰様。初めてお会いしたときから……人として扱ってくれてありがとうございました……」
「私……は……」
「俺達が人間として生まれ変わるための方法を調べていたことも……知ってましたよ……貴女はやっぱり変わってない……」
気付かれていた。知っていた。
まさかの告白に琴禰の中の何かが切れた。
真冬の左手を包み込むようにして握り締め、額に着けるようにして嗚咽を漏らす。
「真冬……ただ……私……!!」
「……ずっと……好きでした……」
「貴方……達を……!!」
琴禰は真冬の手を握ったまま泣き出していた。
なんてことはなかった。
琴禰と双子の絆は最初から途切れてなんていなかった。
ただ彼女が2人を許し、使命から解き放てば。受け入れれば。
ただ2人が使命なんて投げ捨て、琴禰に新たな道を示せば。気持ちをまっすぐに伝えておけば。
少なくともここまで暴走することはなかったのだ。
雪見をパンドラに変え、双子を破滅に追い込むようなことは。
「……ですが俺は貴女のボディーガードだ……恋心は……やっぱり伝えるべきじゃなかったな。そうだろう?」
別の誰かに問いかけるような事を口にしながら真冬は琴禰の両手を優しくほどき、自身の両手に載せるようにしてそれを握る。
パンドラが若干だが輝きを強くした。
「…………っ?!!」
その姿は幻だ。そこにいた誰もがそう思う。真冬だけが理解しているようで、穏やかな表情のままだが。
だが琴禰にとっては現実で、衝撃的で、何よりも大事な幻だった。
琴禰の右手を握るのは真冬で。
左手を握るのは雪見。
双子は柔らかな微笑みを浮かべ、あやすように主に話しかける。
「泣き虫ですね……琴禰様は」
「ああ。でも、その方が貴女らしい」
「待って……私は……!」
琴禰が身を乗り出す。幻とわかってはいても伝えずにはいられなかった。
「2人から……沢山のものを貰った……いつも傍にいてくれて……」
2人の優しい視線が琴禰に集まる。真っ直ぐ真冬と雪見を見たのはずいぶん久しぶりのような気がした。
酷い仕事を押し付けてきた。
汚れ役はいつも2人に任せてきた。
言葉が喉に引っかかる。あんなに酷い扱いをしてきたというのにいつも通り……いや、いつも以上に優しい表情の真冬と雪見の姿は、熱くなってきた琴禰の目にはぼやけて映った。
「私は……2人に……」
「「琴禰様……」」
言葉選びに迷う琴禰へと、双子は同時に声をかけた。
「「お慕いしております。ずっと……誰よりも貴女だけを………」」
バチンッ!!
カメラのフラッシュに似た光に皆の視界が数秒だけ塞がれてしまう。
だが徐々に視界が戻ってきたとき。
真冬の腕の中で琴禰は意識を失っていた。
◇
数日後
「では日下部紫音。君と将斗は我々に協力してくれると判断して良いのだな」
九家と対談したときの札幌のビル。そこの一室で水森と天田は来客の日下部紫音を見る。来客は彼女1人だけだった。
将斗は別件で席を外してるため今、この場にはいない。
「はい。ゼロ・ユートピアが私達の脅威になるなら……私達は力を合わせてでもそれを止めます」
紫音の決意に揺るぎはない。現に今回、O2の脅威は琴禰を介してこちらに及んだのだ。
手を出してきた以上、こちらの平穏を脅かす因子として排除する意思を彼女は示す。
その決意を目の当たりにして水森は満足げにうなずいていた。
「よく言ってくれた。
では、決意も決まったところで……」
「すべてを話す必要はありませんよ」
冷たい氷を思わせるような声は紫音からだった。僅かな異変に天田と水森は最初、怪訝そうに眉をひそめたのだが。
「この子には私から伝えましょう。貴方達は話を合わせてくださればいいのです」
「………紫音? 何を言って………」
天田が伸ばしかけた手を、紫音の言葉が遮る。
「ゼロ・ユートピア。それはパンドラによる絶園への序章。
パンドラの暴食により世界は飲み込まれ、滅亡する」
「………紫音……?」
天田にも、水森にも。今ここにいる彼女の異変がわかる。
大人しめの彼女のものとは思えない、その不敵な笑み。
2人の視線を受け、紫音は流れるように言葉を次々と繰り出す。
「パンドラ。保有者を素材に造り上げたブラックボックス。ゼロ・ユートピアの引き金」
ここまでは琴禰が将斗に教えたのとほぼ同じ内容だ。しかし………
「施設。保有者を育成しパンドラを造り上げ、ゼロ・ユートピアを拡大化させるための隠れ蓑。
使徒。O2の御使い。ゼロ・ユートピアの成就のために暗躍する。その数は7人」
「なぜ……それを!!」
確かに彼女は日下部紫音だ。少なくともさっきまでは。しかし今言葉を交わす少女には、年不相応の高圧的な言動やしりえないはずの知識が存在している。
天田も愕然として紫音を見ていた。そんな天田へ、彼女は笑いかける。
「ああ、元々は8人、でしたか。使徒は不老という特徴があるんでしたよね。
天田悠生さん」
瞬間、天田は初めて紫音に潜む強大な存在を実感し、身震いをした。
なぜ知っているという疑問より、なぜそうやって笑いながら話せるのかという疑いの方が強く、彼女を見る目には焦りが伺えた。
そんな天田の考えを先読みした紫音は
「貴方はもう使徒じゃありませんからね。味方なのは理解していますし、その事で私は特に警戒はしていないのです」
信頼はまた別ですが、と付け加え、紫音は水森に眼をやった。
「そうそう。私、貴方には感謝してるんですよ。
貴方達が『保険』をかけてくれたおかげで私はこうしてここにいるのですから」
「まさか『あれ』の事まで……」
「そう。『あれ』です」
ニッコリと笑い、紫音は立ち上がる。もう帰るから引き止めるなと言わんばかりに背を向けると、まっすぐに出入り用の扉へと向かい始めた。
「ですがこの子にはまだ言わない方が良いでしょうね。
天田さんの正体も、貴方達がかけている保険…………かつてO2に殺され、実験台にされた貴方達の御先祖様のことも。
今必要な情報だけ与え、それら以外は話さなかった。いいですね」
「あ、ああ……」
水森と天田は力無くうなずく。
彼らとしてもその方がありがたかった。それを知った上でこの少女はこちらにとって都合の良い条件を差し出す。
自らの正体を明かさないために。
だがこのままでは2人に嫌疑を抱かれてしまうかもと考え、紫音の器に入った何者かは扉の前で言い捨てるように
「ああ、ちなみに私は日下部紫音です。
天田さん。『貴方の部下の知る』って前提は付きますが」
「?!!……まさかお前は……!!!」
驚愕に顔を歪める天田にそれ以上の挨拶をするわけでもなく、紫音は部屋を後にした。
◇
目を覚ますと白い部屋、白いベッド。何もかもが白尽くしの室内で少女は目を覚ます。
ずいぶん寝ていた気がする。確か昨日ようやく覚醒して、その後も十分な睡眠を取らせてもらったはずなのに。
「起きたか」
少し緊張したような声に少女は隣を見る。黒い髪の、鋭く大きな目付き。やや無愛想だがそれもどこかご愛嬌のように感じてしまう、背の高い男の子がベッド横の椅子に座っていた。
「具合は。平気か?」
コクりと頷く少女の反応に安堵の息を漏らす少年。その優しげに崩れた表情に、少女はたちまち好奇心をくすぐられた。
「貴方は誰?」
その言葉に少年は凍りつく。
少女には記憶が無かった。
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「真冬っ!! お前……!!」
目を開けない琴禰を抱き抱える真冬。紫音はショックで両手を口に当て、将斗は我を忘れて琴禰に駆け寄ろうとした。
だが真冬は将斗の怒りなど微塵も気にしないと言わんばかりに琴禰の頭を撫でる。
「殺しはしない。俺達が……慕い続ける方だからな」
「だが今………」
「ただの電気ショックです」
幻の雪見が返した。
「致死性はありません……もっとも、目覚めて大半の記憶は喪ってるかもしれませんが」
「なに……?」
記憶………?
「琴禰様はこの先、自責の念に囚われるでしょう。勿論、貴方達を死なせようとした罪の意識にも」
「俺達はもう助からない……琴禰様を支える人が居なくなっちまう」
「だから琴禰様の最後の願いを聞き入れたのです……思い出も……すべてを消すと」
将斗はそこでようやくピンときた。
真冬と雪見は、琴禰からすべての記憶を消し去ろうとしている。
彼女を支えてきた思い出も、彼女の求めた世界への渇望も、そのために積み上げてきた死体の山も、そして彼女に寄り添い続けた自分達の存在さえも……
駄目だ。お前達まで記憶から消えたら琴禰は……
「「将斗………」」
「本当に1人に……1人ぼっちにさせる気か。琴禰を……」
だが真冬は首を横に振るだけだ。胸のパンドラは既に僅かな光しか灯していない。
彼のエネルギー源となるパンドラが破壊された今、その光の終わりは命の終わりを指している。
どのみち自分達は助からない。
このままでは主は数多の罪悪感に押し潰されてしまうだろう。支えてやれる自分達はもう居ないのだから。
「記憶を無くしても……新しい幸せは作れる」
「琴禰様を縛り付けた私達は存在しない。今度こそ琴禰様は自分で選べる。琴禰様の……新しい人生に私達は不要なのです」
真冬は困ったような笑顔をこちらに向けた。
「もし琴禰様が俺達を覚えてて……苦しむようなら、伝えてくれ。
俺達は幸せでした。って」
「待てよ、真冬……雪見も……」
光は微かなものへと小さくなってゆく。耐えきれず将斗は一歩ずつ友へと歩いていった。友は目を閉じ、主の前髪を撫でてやりながら子守唄のような鼻歌を聞かせている。
その姿に、幼い彼女を守ろうとした同い歳くらいの双子が少女を寝かしつけようと枕元で歌を歌っている情景が見えた。将斗は知らないはずの景色。これは真冬のパンドラが最期の力を振り絞って見せているのだろうか。
そのなかで眠る少女の寝顔はとても幸せそうで………
将斗の頬を涙が伝う。
真冬の胸のパンドラは輝きを小さくするにつれて光の粒子を夜空へ向けて解き放っていく。その粒子は血のように赤かった。
彼らが守りたかった彼女の寝顔は……今、とても安らかだった。この安らぎは、彼女にとっては記憶の僅かな時間でしかない。
だが2人にとっては永遠だ。
「お前らと遊んでたとき……本当に楽しかったよ」
「俺(私)も。楽しかったよ(ですよ)、将斗……」
「琴禰と約束した遊びも……全部お前達も一緒にやりたかった。琴禰にはまだ教えてないことが沢山……」
「それは琴禰様が新しい友人と遊ぶ時に教えてやってくれ(ください)」
「本当に……お別れなんだな……」
2人は穏やかな表情で目を閉じたままうなずき、やがて赤い光の粒子へと変わる。
「そうだな(ですね)……でも……人として生きた証はここにある」
真冬の腕の中で目を覚まさない琴禰。将斗はそれを見てうなずき返した。
「お前達は……れっきとした人間だったよ。真冬……雪見……」
その言葉を待っていたかのように胸の赤い光は遂に消えた。
上空に残る光の残骸の中で、幼い双子が手を取り合って走っていく姿が見える。
ありがとう。たしかにその言葉が聞こえた。胸に熱い何かが込み上げ、将斗はその幻を見続ける。
双子が走り去ってもなお、子守唄だけはまだ続いているような気がした。
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貴方は誰?
そう聞かれて少年の表情は一瞬だけ凍りつく。
だがすぐに優しい表情に戻り、少女をベッドに再び寝かせた。
「ごめん……君が友人とそっくりだったから勘違いした」
再び微睡みを始める視界で、少女は尋ねる。
「友人?」
「そ。昔、大きくなったら一緒に色んな場所を見せる約束をした、大事な友人だ」
「色んな場所……いいなぁ……」
何度も重たい瞼を開いては閉じてを繰り返す。寝ぼけてだろうか。少女はうわ言を言い始めた。
「あ。じゃあ……2人も誘わないと……2人……2人って……誰だっけ……」
「……誰か覚えているのか?」
「……ううん……でも……とっても大事な……一緒にいて……楽しかった人達……」
ついに意識は弱くなり、少女はウトウトし始めた。その様子を見て少年は、彼女への言伝ては必要ないと判断する。
この様子で目を覚ました時にはうわ言の記憶も失っているにちがいない。
楽しかったと彼女は言った。
それでいい。十分だ。2人が生きた証は今。前向きに新たな道を踏み出す。
そこには自分も必要ない。
少女を起こさないよう、静かに病室を出る。
長く、薬の匂いが漂う廊下で少年の寂しそうな背中が病室から遠退いていった。
失い、取り戻し、新たに加え、そして────進んでゆく
全ては大切な存在を守るために。
「………任務は……この時刻に武器の密輸が行われる……それの阻止だ」
薄暗い倉庫の中で天田の声が不気味なくらいに響く。
千晶は手入れをしていたナイフをクルクルと回し、昴は拳銃のスライドを引いた。
将斗は何も言わずに腰を上げる。
悲しんでいる暇はない。
数十分後、
移動中のヘリコプター3つの赤い光が落下する。
復讐の赤い星は目的の船へと向かって………
『将斗』
『ああ。兄貴、千晶』
『援護は任せてよ』
『ダー』
『任務開始だ』
to extend mission……
後半は本当に走るような展開でしたが、ここまで読んでくださった読者の皆様。本当にありがとうございます。
碧き光のネメシスはこれと閑話をもって第一部を完結とし、長期の休載に入ります。
詳しい理由などにつきましては活動報告に記す予定です。
また、しばらくの間作者はこの作品の修正・改行などの作業に取りかかります。
なお、一部完結とはいえこちらのページに続編を掲載する予定です。その理由についても報告でお伝えさせていただきます。
一部をここまでお読みくださいまして、本当にありがとうございました。
また将斗達が闘う時を暫しの間お待ち下さい。