邂逅のデルタ2・交差する思い
拳は腹を抉るように殴っていた。相手の体はくの字を描くように突き上げられる。
外観から察してはいたが、やはり装甲の材質が従来のと全然違う。むしろ紫電のと近い。
2発―
『ま………っ!』
3発――
『まさ………‼』
4発―――
『はな………し………を………‼』
時折、膝蹴りも組み合わせる。
とどめに、左脚での回し蹴り。
敵の体は20メートル先の、崩れた荷棚の中へ直行した。鉄がミシッと音をたてて砕ける音と固い何かが叩きつけられる音が衝撃音の中で交差する。
肩で呼吸しながら、自分の頭を落ち着かせる。怒りで我を忘れてしまったが、思い返せば自分は人を助けようとしていた。煙の向こうで奴が動かないか確認しながら、倒れている男のもとに寄った。
『大丈夫か?しっかりしろ‼』
スピーカーで呼び掛けながら痛み止の薬品を注射器で投与する。
少しは意識もましになったのか、男の呼吸は落ち着き、虚ろな目をこちらに向けてきた。
『あんたとその仲間はテロリストか、それに与するものか?』
違う。と、掠れた声が返ってきた。
死にかけた男の答えが嘘とは思えなかった。
『あんたの通信機を使わせてくれ』
断りだけ入れて彼の胸に下げられている手のひらサイズの通信機を引っ張ると、自分のスピーカーに近づけた(紫電のスピーカーは首もとにある)。
『…あー………聞こえるか?……彼は今、怪我で動けない。倉庫の中にいる。これを聞いてるなら助けてくれ』
バカな行いだと思うが、彼の容態を仲間に伝えるにはこれしか手段が思い付かなかった。
あとは紅いATCの反撃さえ気にしなければ万事オッケーなのだが。
敵は煙の中から、ゆらりと現れてきた。
『………しぶといな、お前………まあ、この程度で勝てた、とは思ってなかったけど』
相手はなにも言わないが静かに敵意を向けてきていた。
『そうかよ、まだやるのか』
対甲ブレードを右手に持ち、戦闘姿勢に入る。
一気に紫電を走らせ、また懐に飛び込んだ。相手は両手で銃を持っている。銃口さえ気にすれば………
だがそれは甘い考えだった。近接戦闘で反撃してこなかったことも原因ではあったが。
敵の肘が将斗の側頭部を殴打した。
『かっ………‼』
視界が揺れるも腕へ目掛けてナイフを突く。
それを奴は銃を回すことで銃床部で弾き、ナイフは上へ軌道を逸らした。こちらに隙が生じる。
(やべえ………‼)
銃身はおよそ1,5メーター。相手が少し身を引けば、射程距離になる。近距離であんなのを受けたら‼
だが相手は撃ってはこなかった。ヘカートⅡを振り回し、頭部や装甲のないプロテクター部分に確実な打撃を与えてくる。
油断した。こいつ、遠距離からの攻撃が得意なのはもちろんだが、近距離戦も心得ている。
『いや、それなら!』
将斗はエンジンで後方に飛びながらワイヤーを射出した。ヘカートⅡのグリップに引っ掛け、一気に引き寄せる。銃を引っ張られた相手はバランスを崩し、こちらへ………弾丸の様な速さでブーストしながら飛んできた。
まさか突っ込んでくるなんて。
ヘカートⅡのマガジン部が突きだされるようにして顔面を襲った。
強い衝撃で映像回線が一時的エラーに陥る。
エンジンで加速、遠心力を利用して下からの回転蹴り。目が利かない今、もはや当てずっぽうだ。
脚を掴まれた感触が伝わってくる。
ならばと地面に片手を着き、空いた脚を突き出す。視界回線が復活する直前であった。
蹴りが敵の顔面を掠めあ。小型カメラか何かがあったのか、蹴ったヶ所から小さな電気が流れ出る。
紅いATCは将斗の腕を掴むと、地面に叩きつけようとした。しかし将斗も負けじと腕目掛けてナイフで斬りかかる。
ナイフに気づいた紅いATCは直ぐさま手を離し、代わりにヘカートⅡを叩きつけようとした。
2つの武器がぶつかり合う。銃は強化してもマガジンは薄いままらしい。対甲ナイフはマガジンを切り裂いた。衝撃を受けて弾薬の1つが爆発する。続けて他の弾薬も誘爆した。
敵が爆風に乗るように後ろへ飛んだ。将斗も巻き込まれて吹き飛ばされる。
ワイヤーを外しそびれていたので、限界距離を迎えた2人はピンと張りつめるワイヤーに支えられ、後退をやめる。
間では真っ赤に燃える炎が爆発の名残となって残っていた。
ーー爆発による衝撃、映像回線一部破損ーー
ーー3ヶ所、熱と衝撃により破損ーー
紫電が傷害部分の報告を始める。
だが向こうも多少は部品の破損等を起こしているらしい。装甲の一部が砕けていたし先程蹴りあげたヶ所は電流を放っている。
『まさかここまで闘えるなんてね』
声が流れてきた。余裕を持ったような、飄々とした口調。
先よりも鮮明で、生に近い。
さっきまで音声加工していたのだろう。それが装置の破損を起こし、こうして限りなく生に近い音声となったのだ。もしかしたらさっき蹴り壊したヶ所に、音声通信関連の装置が内蔵されていたのかもしれない。
だからこんなにも
残酷なくらい、クリアーな声が聞こえてくるのか。
炎が揺らめく度に深紅の鎧と声の主の姿が交互に写し出されているように見えた。
毎日の食事を共に過ごした記憶が浮き彫りになる。
いつも優しくて冗談をかます、弟妹第一主義者の姿。
『え……なんで………』
それしか言えなかった。
なぜこの場で、同じような立場で、それでいて今自分と銃を向けあっているのか。
しかし昴の返答は返答ではなかった。
『………人を殺した経験者特有の殴り加減………交渉は期待できないな………』
彼が醸し出す怒りは陽炎のようにゆらめいている。
『君が1人で人殺しをやったとは思えない………背後にいる人物の協力と指示………天田悠生か………』
昴の機体の右肩がガコンと音を上げて割れる。その隙間からは目映いばかりの赤い光が漏れ出ていた。
直後、倉庫を襲う激しい揺れ。2つの機体は轟音の中を駆け、撃ち合っていた。
昴がへカートを撃つとさっきまでとはまったく違う衝撃が脇を掠める。あの赤い光のせいか。
『ぁっぶね!殺す気かよ!!』
『まさか。君を保護して、背後の天田悠生を殺すだけだよ』
『結局は殺すんじゃねぇかよ!!』
負けじと撃ち返す。
『ってか、何でだよ!何で兄貴が……!』
『それはこちらの台詞さ。何で君がそんな機体を?人殺しを?』
『っ……テロ国家への復讐に……決まってんだろ!!』
速度は紫電が上だ。懐に飛び込んでへカートの死角に入る。
しかし昴は接近を許しても攻撃はやめなかった。飛び込んできたポイントに的確に拳を入れる。腹の装甲がメキッと軋むのが聞こえた。
『がっ…!』『お返しだよ』
抉られるような感覚。近接戦もできるのか。
だがへカートが当たらなければ大事にはならない。よろめきながらも将斗はアッパーを見舞わせる。それを昴は片手で受け止めた。
『っ……騙してたのか!』
『それは君も同じだろ。ましてやそのATC……』
『っ、うるせぇっ!』
昴は銃床を振り上げ、側頭部を殴り付けた。
言葉では解決できないのを理解している。だからこれは只の殴り合いだ。喧嘩だ。
『兄貴も守るべき人だと思ってた…俺がバカだったよ!!』
『そのまま返すよ……まさか君もこっち側だったなんてね!!』
昴のは銃を使った格闘だ。自衛隊でも用いられる戦闘技術。倉庫の中心で互いが互いを殴り合う。装甲はみるみるうちにひしゃげ、歪み、それでも手を止めない。
痛みが熱さに変わる。体力を削って行く。
『なんでこっちに来た?君なら平和を享受出来たろう!』
『黙れっ!家族を奪われたんだ!のうのうといきれるワケあるかっ!!』
『……僕と同じ気持ちか』
『なにっ?!』
しかし昴は答えず、僅かな隙を突いて天井にへカートを撃った。天井が崩れ落ち、将斗に降りかかる。
『ぐぁっ!!』
『……隙だらけだよ』
ホバリングして怯んだ弟の頭を蹴りつける。将斗の身体は大きく飛ばされ、何回も地面に打ち付けられ、動かなくなった。
弟の停止を確認し、昴は機体の損傷を確認する。
最初のでかなりやられた。もしかしたらもうすぐ動かなくなるだろう。
『……君も、家族を想うからこっちに来たのなら……これは喜劇だよ』
その声はとても悲しく、泣きそうだった。
弟の傍に寄り、ハッチを開けようとする。手当てをして保護し、話を聞かなくてはならない。
しかしその時だった。
「動くな」
『……』
戦闘に夢中になって周囲を取り囲まれていることに気づけなかったのか。男達が銃器を構え、こちらを見ている。そこには林の姿もあった。
「武器を捨てて手をあげろ」
『……逆らったら?』
「知り合いだろう?人質がどうなってもいいのか」
人質?何のことだと耳を疑ったが、男が首を絞めている少女に気付き昴は口を開いてしまった。
茶色い長髪。細い身体。あの姿は……
(紫音ちゃん?!!)
「言うことを聞けばこの女の命は助ける」
『貴様ら……!』
「おっと。首の骨が折れてもいいのか?」
紫音の喉から小さな悲鳴が。銃を構え直す時間もなかった。
「安心しろ。女の命は保証してやる……まぁ、身体が汚れることはあるだろうがな」
『貴様ら……!!』
「早く手をあげろ!!」
なぜ紫音がここに?聞きたいことは山のようにあるが昴には言うことを聞くしか、皆を助ける選択肢は無かった。
「よし。じゃあ次はその機体を外せ……」
『……っ』
逆転のチャンスを伺うもこの状況では難しい。そう思っていると
『その必要はない』
機体に秘匿回線で声が聞こえてきた。
『動くな。逆に動かれては都合が悪い』
(その声……イヴァンか?)
『うちのイゴールが話も聞かず君に抵抗したのは確かにこちらの落ち度だが……やりすぎじゃないか?MI6。お陰でうちの子もお怒りだよ。君が動いたらきっと巻き添えを食らう』
次の瞬間、倉庫の窓が大きく割れた。男達の身体がビクッと震える。
「なんだっ!!」「?!」
割れて月夜に反射するガラスの雨の中、降ってきたのは将斗のATCよりもやや小柄の、白銀の機体。その外見にその場にいた誰もがこの言葉を連想してしまう。
狼
侵入してきたATCは紫音を締め上げる男の背後に着地すると同時に男の首を片手でへし折った。情けない悲鳴が倉庫に響く。
『紹介しよう。MI6……いや、スバル・タチバナ。
その子が我らクレムリンのエース……
狂犬だ』
狂犬は男の屍の背後でつんざくようなモーター音を響かせる。
それはロシアの雪原で遠吠えをする狼の姿に似ていた。
次回、昴と千晶の対峙です。