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星屑の童話たち

村のコンビニと、はじめてのお客さん

作者: 鈴木りん

星屑による、星屑のような童話。よろしければお読みくださるとうれしいです。

なろう「冬童話2016」参加作品です。


 ある大きな山のふもとのちっぽけな村に、たった一軒ですが、コンビニがありました。


 村一番の大きな道路に面した場所に、赤くて目立つ看板をかかげていますが、そこは、村のコンビニ。

 猫のひたいほどの小さな土地に、二台だけ車がとめられる駐車場ちゅうしゃじょう、そして、開いている時間が朝の七時から夜の七時の間だけという、それはそれは、小さなお店です。

 実は、このコンビニも、たった三日前に開店したばかりなのでした。白い床も、うすピンク色のかべも、できたてほやほや。なにもかも、ピッカピカです。


 ところが、どうしたことでしょう……

 開店から三日、今まで誰ひとりとして、お客さんがこの店にやってくることは、なかったのです。


 お店の中では、何もすることがない店長のおじさんが、真新しいレジの横で、大あくびをしていました。

 少しうすくなった髪に、黒ぶちの眼鏡。岩みたいにゴツゴツした顔は、一度見たら、忘れられません。


「あーあ。こんな小さな村で店を出したのは、失敗しっぱいだったのかな」


 店長さんは、けっこう大きな声で、ひとり言をはき出したあと、ぷぅ、とほほをふくらまして、ひげの濃いあごを、不満そうにつき出しました。


 おじさんがそう言ったところで、たったひとりの――自分しか店員のいない――小さなコンビニでは、それを誰かが聞いてくれることもなければ、返事をしてくれるわけもなく、もちろん、誰もなぐさめてなどくれません。

 店長さんは、大きなため息をついて、外の景色をぎりり、とにらみつけました。

 そんな気分の、店長さんです。もともと、おこったように見えるゴツゴツ顔が、もっとこわく、見えてしまいます。

 ますます、お客さんがよりつきそうにありませんでした。



 ――そんな冬の初めの、ある夕暮れどき。

 れた柿のようなお日さまが、もうすっかり山の陰にかくれてしまい、辺りはだいぶ暗くなりました。


(今日も、お客さんは来ないのか……)


 店長さんが肩をがっくりと落とした、そのときでした。お店の入口ドアの前で少年がひとり、ぽつんと立っているのが、見えたのです。


 としの頃は、小学校の三年生くらいでしょうか。

 コンビニの明かりで、黒髪を天使の輪のように光らせたその少年は、少し青白い顔をして、立っていました。ようしゃなく吹きつける木枯らしのせいで、半ズボンからつき出た二つのひざ小僧は、真っ赤になっています。


 一方、子どもとはいえ、三日目に初めてやって来たお客さんに、胸がどきどきの、店長さん。

 もしかしたら「まぼろし」でも見ているのかも知れないと、両手で自分の両目を、ごしごしとこすってみました。

 でも、どんなにいっぱいこすってみても、少年の姿すがたが消えることはありません。


(やった、本当のお客さんだ!)


 店長さんは、はしゃぎまわりたい気持ちを、そのゴツゴツ顔の下に、ぐっとしまいこみました。

 すると、しばらくガラスの向こう側からきょろきょろとお店の中をのぞきこんでいた少年がドアを押し開け、店長さんの立つレジの場所まで、まっすぐ向かってきたのです。


「い、いらっしゃいませ」


 初めてのお客さんに、店長さんがふるえ声で、あいさつをしました。

「……」

 だまったまま、店長さんの目をじっと見つめつづける、少年。その瞳のつぶらさは、ほんの少しだけでしたが、店長さんが見入ってしまったほどです。


「……おじさんは、ここの店長さんですか?」

 ついに少年が長いまつげをばちばちさせ、口を開きました。その声は、まるで幼い女の子のように、かわいらしいものでした。

「そうだけど……それがどうかした?」

 店長さんは、ちょっと、じれったくなりました。


 少年は、店のあちこちを見わたし、誰もいないことを確かめると、ゆっくりにんやり、笑いました。そして、つぶらな瞳を三日月のようにぎゅっと細め、まるで化けぎつねのように、目をつり上げたのです。


「実はオレ……『悪魔あくま』なんだ」

(悪魔だって? 何をばかなことを)


 店長さんは、とつぜんそんなことを言いだす少年を、そのこわい顔で、どなりつけようとしました。

 ところが、口から声が出かけた、そのときです。

 店長さんは、見てしまったのでした。少年のお尻のあたりで、針のようなとんがり頭の黒いしっぽが、ちらちらと見えかくれしているのを……

 それは、店長さんが子どもころにテレビで何度も見た、悪魔のしっぽ――いつもいっしょにあらわれる天使といいあらそってばかりいる悪魔のしっぽ――に、そっくりでした。


(こ、これは本物の悪魔なのかもしれない……)


 店長さんののどが、ごくり、と鳴りました。背中が急に、冷たくなります。

「本当に……悪魔なの?」

「そう。悪いことしちゃう、あの、悪魔だよ」

 少年は、ふてぶてしく口をとんがらせて、ぐにゃり、ニヤつきました。


「そこで、だ。オレと取引をしないか? 取引してくれたら、オレがこのコンビニをお客さんでいっぱいにしてやるよ。でも、そのかわり――」

「そのかわり?」


(もしかして、心臓しんぞうをくれとでも?)


 店長さんの喉が、今度は、ごくりごくりと二回、鳴りました。ごわごわの「まゆ毛」も、上下にびくついています。

 うーん……

 手を口に当てながら首をかしげ、考えだす悪魔。

 そして、ふいに目をかがやかせると、

「……あったかい『おでん』を二つ、いただきたい」

 と、言い出したのでした。


 拍子ひょうしぬけした店長さんが、目をしきりとぱちくりさせています。

「おでん? おでんって、このおでん?」

 店長さんが、レジの横にある四角い銀色の『おでん鍋』を指さすと、小さな悪魔はぶんぶんと首をたてにふりました。


「ああ、そうだ。……おいしい『がんもどき』がほしい」

「わかった。がんもどきを二つ、でいいんだね?」

 おじさんは、ほっと胸をなでおろして、レジ横のおでん鍋のふたを、開けました。


 ぱあっ


 やわらくて暖かな湯気が立ちのぼり、少しまばらなおじさんの髪の毛を、ふわりとゆらします。

 店長さんは具をすくうためのお玉を鍋に入れると、つゆがぐっとしみこんだ『がんもどき』を二つ、小さな入れ物に移しかえました。


 そのとき、一番星のようにきらんとかがやいた、悪魔の瞳。もちろん、店長さんはそれを見のがしません。

「……」

 おじさんは、もう一度「お玉」をおでん鍋に入れ、これまたおいしそうに煮えた『ちくわ』を二つ、入れ物へと足し入れました。


「ちくわは、おまけだよ。これでいいかい?」


 こっくりと、少年がうなづきます。

 おでんの入れ物に目が釘付くぎづけになった悪魔は、もみじ葉のようにかわいらしいその両手を、おじさんに向かってつき出しました。

 おじさんが、入れ物をゆっくりと手わたします。

 ふんわりと顔がほころびかけた悪魔でしたが、すぐに元の表情を取り戻して、がんもどきとちくわの入った入れ物を両腕で大事そうに、かかえこみました。


「じゃあ、しばらく待っててよ。そのうち、お客さんがわんさかわいわい、やって来るようになるからさ」


 小さな悪魔は、そう言い残して、風のように店を出て行きました。



 それから――

 店長さんは、わくわくどきどき、待ちました。

 一時間たち、二時間たち。

 けれど、いつまで待っても、お客さんは誰もあらわれません。ついに、その日の閉店の時間になりました。


(じゃあ、明日になったら……来るのかな)


 店長さんは、自分があせりすぎたのかもしれない、と思い直し、明日まで待ってみることにしました。けれど、その次の日も、またその次の日も、まったく同じ。


 そうして、悪魔の少年と取引してから、三日目の夜。


「やられた! あの、ウソつき悪魔め!」


 店長さんは、小さな子どものように店の床の上で足をばたばたさせて、くやしがったのでした。


  ☆


 次の日の朝になりました。

 悪魔にだまされたことに、がっくりと肩を落としたままの、店長さん。大きな背中を丸め、とぼとぼした足どりで、お店の前までやって来ます。


 とそのとき、店の入口の前に、折りたたまれた手紙らしき一枚の紙が、ぽつん、とおかれているのに店長さんは気づきました。

 紙を広げてみると、あまり上手とはいえない、けれどもすごくていねいな字が、並んでいます。


『ぼくは、村はずれの森にすむ、こぎつねです。このまえのあくまは、化けたぼくでした。だましてしまって、ごめんなさい。でも、かぜでねこんでいたお母さんに、大好きながんもどきを食べさせてあげられました。ちくわも、おいしいといって食べてました。おかげで、お母さんは元気になりました。ほんとうに、ありがとうございました』


「またしても、やられた! あの悪魔のやつめ!」


 大声をはりあげた、店長さん。

 でもふしぎと、おこる気にはなれません。そればかりか、岩みたいにゴツゴツの顔を紙くずのようにくしゃくしゃにして、ほほえんだのです。


 とそのとき、コンビニにやって来たのは、若いお母さんと小さな男の子、二人連れのお客さんでした。


「いらっしゃいませ!」

「まあ、元気な店員さんですこと! あったかい肉まんはありますか?」

 それを聞いた男の子が、「に・く・ま・ん! に・く・ま・ん!」と、楽しそうにおどりだします。


「もちろん、ありますよ。さあ、中へどうぞ!」

「わあ、新しくて、きれいなお店!」

 それからお母さんは、店長さんと楽しく会話をしながらお買い物をしました。男の子も、ほかほかの肉まんを買ってもらって、大はしゃぎです。


「ありがとうございました。また、おこし下さい」

 入り口で、満月のような笑顔を二人のお客さんに向けた、店長さん。

「やさしい店員さんでよかったね。また、来ようね」

「うん。ぼく、また来るよ!」

 お客さんを見送る店長さんの顔は、ずっとくしゃくしゃの笑顔のままでした。


 ――それからです。

 店長さんの笑顔が村でひょうばんになり、しだいにお店がお客さんであふれかえるようになったのです。


 悪魔との約束やくそくは、見事、本当のこととなったのでした。


  ―おしまい―

お読みくださり、ありがとうございます。

これからも、よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議なタイトルに惹かれて読みました。 オチが秀逸でさわやかな読後感でした。 [一言] すてきな作品をありがとうございます。
[良い点] 全編に渡って、柔らかく暖かい雰囲気が溢れ、作風に合わせた漢字の選び方、ルビなど、正に童話としてのお手本のように思いました。流石です。 [一言] ユーザページの新着欄に載った時にブクマだけは…
[良い点] 比喩表現の使い方が、見習いたいくらい素敵です。 [一言] とても面白かったです。読後感がよく、店長さんと悪魔(?)のやり取りが微笑ましかった。 店長さんのキャラクターが好きです。くやしがっ…
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