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ゴールデンスライムと冒険者の書

娯楽室ではゴールデンスライムが進行役となって、足元の池になった射影の泉を見せながら

話し合いを進めようとしている。


彼の足元には巨大な「射影の泉」。その準備が整ったところで映されたのは円グラフだった。

「まずはこれを見て欲しい」

グラフの円は青、黄色、白で3分割され、その内訳が書き込まれている。その内容は、

「スキル獲得分の経験値」が4.9%、「スキルによる保留経験値」が26.8%、

そして4分の3まではいかないが過半数を占める部分には「不定形の経験値」と68.3%が表記されていた。


この表示を見ているスライムたちからざわめきと共に

「見たことの無い図だ」「スキルってあれか?」「経験値あるのか」と言った声が聞こえてくる。


ゴールデンスライムはその声の後、説明を付け加えた。

「えーまず経験値についてだが、これは300年に渡る長い間、常日頃から冒険者に倒されていたことで集まったものだ」

ゴールデンスライムが泉をちょこんと触れると、波紋の後で円の周囲がピカッと光り、その上に膨大な数値が表示された。

「この数値は現在われわれが保有している経験値の合計だ」

多くのスライムが何を説明しはじめたのかわからないといった表情で顔を見合わせている。

数値や経験値の説明も、一体何が始まったのかという、状況を飲み込めない様子だ。

「金色になってれば理解できるかもしれないが、自分たちにはさっぱりだぞ」と言った野次も飛ぶ。


ゴールデンスライムはやれやれと言って、

「それもそうだな。ではもう少し順を追って説明しよう。まず我々洞窟に棲むスライムは全員がいずれは一定期間、黄金期と呼ばれる金色の身体に変化する時期を過ごすことになる。これは知っているな」

今度は見ている全員がうなずいた。彼らの中にもかつてゴールデンスライムだったものがいる。

自ら発光までするため、あまりにピカピカと眩しいので、この間は冒険者の前には現れることが出来ず、娯楽室の中の賢者の部屋という場所でフードを被って過ごすことになる。


ゴールデンスライムは話を続ける。

「実はこの変化が起きるのは特異体質とかスライム族特有の能力ではなく、スキルのせいなのだ。今まで特に説明はしなかったが、ここにある射影の泉に映すための情報や我々の歴史は、ゴールデンスライムとなったときのスライムに全て蓄積され、利用するときもここから提供される」

彼はフードをすこしめくって衆目に輝きを見せた。つまりここだ、と。

この黄金の輝きは300年分の洞窟のスライムたちの全てが積上げられた輝きなのである。


「魔法じゃなかったのか」「魔法だと思ってた」「そういうからくりか」

そういった声が聞こえる中、

「でもまってくれ、自分はゴールデンスライムだったけど、そういった記憶はもうないぞ」

「そもそも自分があの時に何をしていたのか覚えてないな」とも聞こえる。

かつてゴールデンスライムだったのに、いま説明された内容が初耳にしか聞こえないのが不思議だと言う。

「それは記憶が次のゴールデンスライムに継承されれば元に戻るからだ。だがもし記憶が残るなら全然楽しくない気分になるぞ。どれひとつ・・・」

ゴールデンスライムはそう言って見あげると、一部の記憶を思考して身体を伝わらせ、身体の波紋から空気に伝播させていく。指向性を持った思念が複数のスライムにぶつかった。

スライムの会話とは、このように身から出る音波を空気に伝えて周囲に読ませることで成り立つのだが、ゴールデンスライムには指向性を持たせることが出来るようだ。思念のその先で、

「うえええ」「げー」「あちゃー」

記憶の中で余りよろしくないものが伝ったのか苦悶の声があがる。

それが聞こえた周囲のスライムも顔面蒼白といった感じで苦しみだしてしまった。


だがほんの数秒で収まると、彼らが恐る恐る視線を戻した先のゴールデンスライムは

「くっくっく」と笑っていた。

「趣味が悪い」などと思われつつも彼への気持ちは非難より同情が多かった。


「あーそういうわけだから、辛い部分もあるのだが、おかげで今回のような逆境でも対処する為の方法を思いつくことができるのだ。そこで諸君らにその方法を啓示するために、今まで知らせなかったことも知らせて理解してもらわねばならないと思い、まずは我々が本当は持っている経験値の話からはじめたわけだが、どうだろう解ったなら続けてよいかな?」

その問いに「辛くないなら」「なんとか今のところは」「痛くないなら」という空気が全力で膨らんでいくので、ゴールデンスライムはまたやれやれという表情をした。


「大丈夫だ。だからつまりスライムがゴールデンスライムになるというのは、ここにある最初に説明した円グラフの中の、スキル獲得分の経験値4.9%に含まれた技能力スキルの1つなのだ。この中にあるのは歴代のゴールデンスライムは工夫を凝らし、手痛い思いもしながら、我々の洞窟ダンジョン生活ライフを相手のニーズに合うようにして付け加えられてきたものも含まれる」


「それなら今回の封印も、過去に何度かあったのですか。その記憶が無いだけで、今まで何度か起きているのではないのですか」

その問いを発したのは昨日歩哨に出て当事者となった青いスライムだった。

彼は自分たちが正しい行動をとれば回避できた可能性を考えていたと同時に、これが過去にもあったことかもしれないと思っていた。


だがゴールデンスライムは否定する。

「いや過去にこれほどのことが起きたことはない。我々は今までなら洞窟で生活するのに最低限のスキルを全員に身に付けてさせて乗り越えてこれたが、今回ばかりは個人に優れた能力が与えられないことには解決しないと考えている。そして今もっとも必要な技能力スキルは、アマンレインの城下町を調査できる技能力を持ったスライムだということだ」



「直接行くだって」「誰が行けるんだ」「何ができるんだ」「外をうろついていいのか!?」など

各席のスライムたちは顔を見合わせて想像もしなかったことに声をあげ、おもどろきとまどっている。


「よいから聞け。洞窟の入り口は封印されるが、我々は液化して壁の向こう側に染み出す技能力スキルを持ってるで出て行くのは問題ない。だがこの姿で外に出て城下町まで行き、封印後の様子を、冒険者登録所がどうなっているのか調べることなど無理だな。このスライムの姿のままというわけにはいかん」

ゴールデンスライムは再び泉に触れる。すると円グラフが消えて代わりに分厚い本が何冊も浮びあがり、映像の中で1冊の本が開かれる。


「見よ、これは我々が迎え入れてきた冒険者たち300年分のリストだ」

パラパラとめくられていくページにはびっしりとデータが書き込まれていた。

「彼らの容姿や会話から補完できた情報をここに掲載してある。いわば初心者限定の冒険者の大事典と言ったところだな」

そう言った後、別の本が取り出され、しおりの挟まれたページが開かれた。

「彼のことは良く知っているだろう。冒険者たちの憧れの的、バークライト大公だ」

そのページには彼の個人情報、容姿、剣士として冒険を始めたことや、その後の噂をまとめた内容が書き込まれていた。

アレクサンドル・バークライト。彼は今から120年ほど前に洞窟を訪れ、レベル2になって世界に旅立った。そこまでは他の冒険者と同じで彼もここで何かをしたというわけではない。その後、時の魔王に忠誠を誓う魔人たちが王国を襲ったときに全盛期だった彼は仲間を失いながらも魔人たちを討ち取った。この功績でとある姫と結婚して小国を治めることになり、さらにモンスターから領民を守り続けて領地を拡大し大公の地位にまで上り詰めたという。

ここに書かれているのは彼の出世や武勇伝にあやかりたい冒険者たちが洞窟に入ってきたときに語った英雄伝の内容をまとめたものである。


「大公では有名人すぎる。だから彼にはなってもらうわけにはいかないが、同一人物に間違えられない範囲でこの中から再現できる情報を持っている冒険者を選んでもらいたい。まずは自分たちで好ましいと思う冒険者を選んで貰いたい。それが出来たなら選抜者のチームでアマンレインの城下町に潜入して今がどういう状況なのかを調査してもらいたい」


「何人で調査に出すつもりなんだ」

その問いにうなずくゴールデンスライムは、

「それについでだが、まずは洞察力があるスライムが必要だ。次に人間に変身できる技能力を見に付けられるスライムである必要もある。だからこの書の中で調査に相応しい人選が出来るスライムであり、その後に人間に変身できる技能力を持つスライムかどうか試験する。この2つの課題をクリアできるものはそう多くはないだろう、その中から2名から4名で調査に行ってもらうつもりだ」

周囲がその言葉を理解したのか、大きくざわめいた。空気に動揺が広がるが、それは期待感や喜びを内に包み込んだ武者震いに近かった。


何しろいままで3交代制で、洞窟に棲息する価値の低い最弱モンスターの役目を続けてきた彼らにとって、個々の能力の発揮を必要とはされてこなかった。

厳密には彼らにも性能に差があるのかもしれないが、実際に冒険者たちと遭遇したときは1ターンよくて2ターンまでには冒険者からボコボコにされた。誰がどう工夫しても、瞬殺だった。


それがスライム、あたりまえを今まで受け入れてきたつもりだったが、それが今、他のスライムよりも高い洞察力があり試験にパスすれば、娯楽の対象として崇め奉るほどの人物もいる冒険者の誰かになれるかもしれない。

実際に城下町に入って「冒険する自分」という夢も可能だとなれば、震えてくるのも当然だった。


「さあではその意気で冒険者を選んで私の元に来るがいい。その為にはまずこの泉の水を自分たちで客席に戻す作業をしてもらう。そこから各々で冒険者の書をじっくり読み込んでから選定をするように」

それはかつてこのような話し合いが行われてきた際の、終了後の作業と同じだった。

娯楽室では普段、個別に「射影の泉」を扱っていて、何か一大事があれば大穴にそれを集めて全員で同じものを見て話し合うために使われる。それが済んだらまた個別に使いたいスライムたちはこの泉を飲んで客席まで戻り、そこで溶けて泉を開放して溜め、自身も元に戻って客席での利用を再開するのである。


300匹いるスライムたちが我先にと集まるのは当然だった。すぐに長い行列が出来る。

ゴールデンスライムはそれを眺めながらあえて言わなかったことに、思いを馳せる。

「適切な冒険者を選ぶスキルも、変身のスキルも、どちらも自分で獲得するものだ。この中で一体何匹がそれに気づくかな。気づいても身に付けられるかな。おそらく短くても1ヶ月は掛かるだろう。城下町に潜入できる才能か。それだけ賢明なスライムでなければならんから、ヒントをこれ以上出すつもりはないがそれだけにこれは長く楽しめそうだな」

彼だけは思考がそのまま外に伝わる形態ではないために、そういった思慮を悟られずに巡らすことができた。


そして結局、彼らが選抜を終えたのは3ヶ月後であった。



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