封印の日
事案発生の翌日。
アマンレインの洞窟入り口に2台の馬車と騎士たちが到着した。
2頭立ての客車からは作業者と思わしき六人の屈強な男ちが後ろからバラバラと降りていく。
3頭立ての荷馬車には屋根がなく、石は4面を囲った台車の中に山詰みで砂袋も積まれていた。
彼らは洞窟を封印するため派遣された者たち。
到着後は馬上の騎士2人のほうは緩慢な動きで、作業をやや遠巻きに眺めているだけ。
この騎士たちは領主から派遣された洞窟封印の見届け役で護衛も兼ねている。
「さあいくか」
作業が始まったのを確認した騎士の一人が、もう一人に声をかけた。
周囲を見回ろうじゃないかと馬の首を、林の小道のほうに向けてから尋ね、まるっきり拒否されるとは思っていない様子だ。
しかし返ってきたのは「無駄なことだぞ、ご苦労なことだ」である。
見回りに行きたい騎士は呆気に取られて言葉が出ず、肩をすくめてから1人で出発する。
居残ったほうはつまらなそうに洞窟入り口の周辺を眺めていた。
それでふと何か懐かしい記憶のようなものを思い出したのか、探るように目で何かを追っていたが、探し当てるという欲求も長くは続かなかったようで、首をごきりと回して鳴らすと大きな欠伸をして空を眺め、拳で口元を押さえていた。
その姿勢でいるところに、出発していた騎士が見回りを切り上げて戻ってきた。
「欠伸とは怠慢なことだな」
同行拒否への仕返しだろうか言葉がキツい。
「天気が良すぎるのだ、今日は。それにだ貴公、見回りをしようなどとは、どうやらここの登録所の出身者ではなかったようだな」
その問いかけに、騎士は天気と出身とが何の関係あるのかと少し怪訝な顔しながら質問には答えた。
「ああ違う。王都を挟んで向かいの町で登録している。」
「やはりな」
「それで貴公がそこまで緩んでいるのは、なんなのだ。」
「うんうん」としか言わないので続ける。
「ここはそんなに安全なのか?きのう幼児4人がモンスターに襲われ、それを間一髪で親たちが救い出した事件のせいで今日はここを封印することになったと聞いているのは貴公も変わるまい。たいへん物騒な話・・・」
「ではないか」と最後は片眉を持ち上げ、問い詰める。
「なんだやはり貴公は知らんのか。このアマンレインの洞窟はな、1層のみでスライムしかいない、しかも徘徊はせず縄張りも持たないやつらでな」
気張る必要もない場所だ、と得心いったかと得意げな騎士。
「なにっ、そうだったか!私はてっきり下層のモンスターが外を徘徊するように習性を変えて暴れだしたのだと思っていたのだが・・・違うのか」
「左様、左様」
相手のリアクションにひげでもあれば撫でそうな上機嫌である。
答えを聞いたほうも弛緩していた。急に空が青く澄んで見えた。先ほどまで地面ばかりに気を配っていたせいもあるだろうか。
「確かにそれなら見回りも無駄か。見張りと言ってもここに馬がいるだけでもスライムなら怖がって出てこなかろう。貴公の顔がそうも緩慢なのも納得だ」
「んん!?いま貴公が見ているのは地顔だぞ」
「左様か。・・・だがそれでは登録所はどうするのだ。ここを封印しては他に初心者を斡旋する場所が無いであろう。国の許可も取り消されてしまうではないか」
互いに元冒険者であったがしかし登録所に登録したての駆け出しの、最初に入ったダンジョンのことなどは覚えていられるはずも無い。
しかし登録所については、冒険者を目指す上で調べに調べた内容のひとつである、どのような場所に条件を経て置かれるのかまで忘れてはいなかった。
予想以上の反応に得意になった騎士は貴公それもと付け加えて続ける。
「貴公それも知らんのだな。貴公が水害のあった村と王都を往復していた半年で、アマンレインには登録所に代わる新しい施設が出来ていたのだ」
「ほうそれは初耳だ。で、それはいったいどんな施設なのだ・・・」
騎士たち2人が雑談をする中で、せわしなく動く作業者の手は止まらない。
アマンレインの洞窟の封印はもう半分ほど石の積み上げられ、馬がいるせいなのか、そこには昨日のスライムも新たなスライムも現れるということもなく進んでいく。
この確実な封印の作業は午前中いっぱいには終わってしまうように思われた。