スライムのターン!
アマンレインの洞窟の入り口では哨戒中のスライム3匹が、遭遇戦を行っていた。
勇者は味方を守って身構えている!
女戦士は怯えている!
僧侶は何でもできない!
魔法使いは何もできない!
ゆうしゃたちのターン終了。
まるでお互いに後ろでも向いていたかのように、彼らは何も出来なかった。
おどろきとまどっていたスライムたちは、タダで手番をもらったかたち。
行動のとき。
スライムたちはまず自称なのか勇者なのか判断するため、装備を見た。
でも特別観察をしなくても彼らは勇者じゃあない。
ただの冒険者風の衣装を揃えた幼児たちに間違いなかった。
さらに疑問なのが勇者が一番装備が貧弱だということ。
衣服もただの男の子の布の服。棒切れはまるで聖剣のつもりで堂々と片手でスライムたち牽制しながら突き出されていて、自分を差し置いて仲間に襲い掛かるつもりなら反撃するぞという身構えにもみえる。
改めてスライムのターン!
さきほどまで驚き戸惑っていたスライムたち。もしかすれば身構える隙も無く襲われて全滅してもおかしくはない状況で、こうもあっさりとターンが回ってきてしまうのはさすがに相手が本当に幼児なのだろうと判断する。
しかし戦闘中とは思えない余裕があり、それでもスライムたちが何もしなければこのまま何分も何も起きないかもしれないという空気だった。
「数は不利だけどどうする?」
スライムAは青い半透明のスライムだった。そして相手を見ても油断することなく仲間へ対応策があるかを尋ねた。
しかしその口はパクパクと動くだけで、実際に声を出しているのは半固体の身体に思考を波紋として響かせるという音波のようなものとなる。
「どうするってなんだ、こいつらをどうにかするつもりなのか」
スライムBこと半透明な黄色のスライムも、声で答えた。
隣の身体から起きた波紋は空気に伝播してお互いの体をわずかに振るわせることで伝わるから、耳で聞くように顔を見合わせなくても言葉を交わせるのだが、2匹はあえて顔をつき合わせた。
「どうするも、こうするも、こいつらは人間の子供だ。俺たちは戦えないぞ。逃げたほうがいい、俺たちが戦うのは冒険者の、それもLv1までのやつらだけ」
スライムBは早く逃走すべきだとザワザワと波たっていく。
「に、逃げていいのはLv2以上の冒険者からだったはず。だから僕としては見た目はともかく絶対にLv1だって相手に全員で逃げるのはルール違反だと思うんだ」
スライムCこと赤色のスライムも彼らの相談に加わったが、意見は合わずに余計混乱をしそうだった。
お互いの意見を確かめたからかもう一度青いスライムAが言った。
「3匹とも逃げた後、この幼児たちが洞窟の中まで追って来たらどうする」
スライムBはあっという声をあげ、
「そうか、こいつらが追いかけてくれば俺たちは逃げられても、誰かが袋小路に追い詰められて倒されてレベルアップでもされたら、俺たちの娯楽室の使用権が無くなるぞ。それはヤバイな」
この発言にスライムCは呆れながら言う。
「い、いや、困るのはそこじゃないよね。300年、冒険者たちだけを相手に戦ってきた僕らだよ。ここで未登録の人間を傷つけたり、こちらが倒されたりしたら、洞窟のスライムの名声にキズが付くよ。それだけじゃなくて後でとっても面倒なことにもなると思うんだ」
3匹はもう1度意見を言い合ったが、反りが合わなかったようだ。
「それはあれか、何かのフラグが立って、次は魔王とか本物の勇者が攻めてくる、みたいな」
「いちおう勇者っぽいのだったら目の前にいるだろ。フラグはもう立っているんじゃないか」
「だからもうどうするんだよ、どうするんだ」
今のは声ではない会話。思考のやりとりだった。
スライムたちは思考の始まりから波紋が外に伝わるという性質があった。
そのため考えをまとめてから会話で伝えるということが出来ないので、このような異常事態で相談というのは無理があった。
会話も早いが思念で行うやりとりはもっと早かった。
それでも時間は経過していたが、やはりまだ向こうはまだ動けないようだ。
人がすべて言葉でのやりとりなら数分が過ぎてもおかしくない会話でも、空気を読みあっての意思疎通は短所もあるが高速な点で戦闘に向いているところもあった。ようやく3秒くらい経過しただろうか。
しかし、どうするかが決まらない。
こんなときスライムたちにはルールがあった。
歩哨のルール、其の一は、戦闘発生時はその時点で歩哨の先頭が指揮を執るということ。
BとCからお前決めろという空気が流れ、半透明な青いスライムAが作戦を練る。
「じゃあ俺は4人の周囲をはね回って驚かすから。Bは僧侶と魔法使いがもし何か呪文を唱えそうになったら脅かしてやめさせること。Cは俺と一緒にはね回るフリをしてスキを見て追われないように洞窟に逃げるんだ」
Cは返事代わりにこくりと頷くと続きを促す。
「そのあとどうすればいい」
「ああ、それでみんなにこの状況を伝えてくれ。どうするか決まったら伝えに戻ってきてほしい。BもCが行ったら足止めに参加するんだ」
この勇者の姿を模したらしい幼児たちと遭遇したとき、ちょうど歩哨の端にいてそこで談笑が始まったところだった。
戻る前ということもあってリーダーはスライムA。
彼は冷静でさえあればこれまで300年で1万回を超える歩哨での遭遇戦を経験した猛者である。リーダーも数千回以上努めてきた。
ただし必ず倒されてもいたが、2匹が倒されても1匹を逃がすという作戦を組み立てるのには苦労はしなかった。
ただし今回は2匹も倒されてはいけない。
周囲を飛び回って脅すなんてことは普通の冒険者なら初心者でも通用しないはずだが、この相手彼ならまず大丈夫だろう。
スライムAは勇者が空の手を伸ばしている左手側の方向に飛び跳ねた。
勇者はぐいっと後ろに押して女戦士の身を守ろうとする。
その彼の体のさらに横を飛び跳ねて様子を伺っているが、もしまともな相手なら普通、距離を詰めて斬ってくるはずだ。やはりただの幼児か。
このまま突っ込んでいけば聖剣のつもりの棒で叩かれて死なないまでも大ダメージを食らうからと剣とは逆方向に動いたが、逆方向にいた女戦士もびくっと身を強張らせるだけで怯えたままの目でスライムAを追うだけで何もできない。どうやらうまくいったようだ。
続いてスライムC。Aに勇者の注意が注がれたのであえて棒を持つ方向に飛び跳ねる。
これが勘のいい冒険者なら反射的に斬られるようなこともある距離だったが、この勇者は手と棒を広げて仁王立ちになって仲間を守ろうとするだけ。どうやらうまくいったようだ。
スライムBは僧侶や魔法使いの見張りだ。
そのままじっと様子を伺っていた。どうやらうまくいった。
お互いが様子を見るのが一番という戦闘も珍しかった。
しかしそんな雰囲気を楽しんでいる暇はなく、次は飛び跳ねているCがスキをみつけて洞窟へ行く番になる。
Cが仲間と合流すれば戦闘中でない彼らなら必ずなにかの解決策を考えるだろう。
半透明な赤色のスライムCは後ろの茂みに飛び込むから頼むぞと言ってもう1度跳ねた。
ただそれをするには、背後の僧侶と魔法使いの近くをはねる回る必要があったから、緊張はしている。
まさか魔法が使えると思わないが怪しい動きをしないかBは特に注意して見てくれるように伝えながら、いよいよ後ろの二人に近づくジャンプをしたところで、それは起きた。
「あぶなああああああいいいいいい!!!」
不意に大声が洞窟の前で響いた。絶叫だった。その雄叫びは全員が立ち尽くすか、幼児でなくてもトラウマになってしまうような恐怖。スライムたちでも迫力だけで気絶しそうな声が周囲を一瞬にして飲み込んだ。
スカッ!!!
不意にあわられたのが電光石火のドロップキック。
Cの身体は四つも五つもに破裂して爆発するような威力だったそれは、わずかミリの単位でスライムの横を通り過ぎて当たらなかった。
突如この戦闘に割り込んだ絶叫と共に表れた人間の男のごついブーツの裏から放たれた殺気の塊を、Cは当たってもいないのに全身で喰らった気分になる。
だがそれでも見事に命中しなかった。
もしも当たれば300年ではじめての、元冒険者とは言えどもLv33(2児の父)によるスライムの戦死としてやがて記録がはっきりと残っただろう。
「大丈夫か!」「そこから動かないで!」
飛び込んできたのは1人ではなかった。
続いて二人の男女が身体を丸く固めて茂みを飛び越えてきた。
枝や木の葉がまとわり付いている。かなりの強行突破だったようだ。
女性のほうは抵抗する枝葉がなくなると同時に四肢を広げて着地の瞬間、肩より上に振り上げていた腕を振り下ろした。
シュッという風斬り音の後、呆然と見上げていた半透明の黄色いスライムBが彼女の護身用ナイフと共に地面に縫い付けられるはずだったが、勢いが余ったのか、ブランクのせいか、Bの頬を掠めるように抜けて地面に突き刺さる。当たれば、衝撃で潰れて形を保てず溶ろけて四散していただろう。
その2匹への狂気の攻撃に呆気にとられて思わず真上に飛び上がっていたAも、空中で速度が0になった地点で男性の鬼の形相を見た。
次いで「ふんっぬ!」という声と目にも映らぬ裏拳の一撃が彼ごと空気を切り裂いて、洞窟入り口の横壁まで飛ばされてそこで潰えて爆散するほどの拳撃を喰らうはずだったが、直前の2人が失敗するのに気をとられたのだろう、拳は斜めに空を切り、スライムには無いがそれが鼻先を掠めるようにとおりすぎていった。
この三匹へほぼ同時攻撃が終わる。
どうやらここを訪れるはずはない手錬の元冒険者による乱入と奇襲だった。
「パパぁぁぁ、ああああああ!」
先ほどの絶叫もかくやというほどの、キーンと空に響く幼児たちの泣き声。アマンレインの洞窟の中にもこだまする。
それで痛恨の一撃を繰り出す彼らの高圧の殺気が途切れたので、3匹はなんとか数歩、離れることができた。
幼児の親を求める声に我に返った2児と1児の親たちは、スライムのことなど無視してすぐに幼児たち4人を右や左の脇に抱え込み、その場を来たときと同じ速度で離れていくのだった。
安全な場所まで逃げるという保護欲が3匹を救った、のだろうか。
やがて周囲にいた虫や獣も潜めていた息を取り戻す。
アマンレインの洞窟の入り口は冒険者不在の際の静寂を取り戻した。
あとはもう何がどうなったのかわけもわからない3匹のスライムが立ち尽くしていた。
互いに顔を見合わせているが思考は停止している。
冒険者以外を相手にするのも初めてなら、置いてけぼりにされるのも初めてだった。
彼らは何をどうしたらいいのかわからずに、やがてただ洞窟に戻っていった。
そして今日という日はこれでこのまま静かに終わるのだった。