出会いの春と翌年の考察について
キャンキャン、そんな表現の良く似合う男に出会ったのは今年の春のこと。
まだ真新しい制服に身を包んだ私は、少なくとも新しく始まる生活に期待というかワクワクはしていたはずだ、多分。
「結城、早くしろ!」
「やぁだなぁ。そんなに吠えるなよ」
「……はぁ」
同じく真新しい制服に身を包んだ男が三人。
よく響く声をお持ちの強面男と、欠伸を噛み殺しながら面倒くさそうにしているチャラそうなイケメンと、鷹みたいな目をした堅物そうな人。
これはこれは、目立ちそうな奴ら。
そんなことを考えながらも、面倒ごとが一番嫌いと自負する私はさっさと身を翻して、関わらない方がいいと判断した。
その結果がどうだ、その三人と同じクラスになって、一番面倒そうな吠える男が隣の席とな。
何かおかしい気がする。
そっと彼じゃない方に体を寄せながら、入学初日から本を開き出す。
あぁ、やだやだ。
視力が落ちてきた目を擦りながら、だらだらと続く文字を読み進めていく。
「読書中、悪いんだけど」
バスッ、と音を立てて頭の上に何かを叩きつけられた。
声は相変わらず聞き覚えのあるもので、本に栞を挟めながら顔を上げれば幼馴染みの姿。
少し癖のある髪を揺らしながら、苦虫を噛み潰したような顔をしている幼馴染みに、私の首は自然と傾いていた。
「え、どうしたの。顔怖い」
冗談半分の私の言葉を見事にスルーした彼女は、大きく深い溜息を吐き出して、私の頭を叩いた紙を机の上に投げる。
駄目だよ、投げたら、なんて声は出ることもなく私の目は紙の上に印刷された文字に釘付け。
「文芸部はなくなってるし、作るには申請必要だし、一人足りないし、面倒だし」
「私も面倒は嫌いだなぁ」
あはは、なんて笑いながら紙を拾い上げて全てに目を通していく。
部活動申請書。
自分達で新しく部活を作るのに必要な紙。
勿論紙以外にも必要なものは出てくる。
部員と顧問と部室と許可。
文芸部がなくなっていたのは去年のことらしい。
私達が入学するまで持ち堪えられなかったのか、と卒業した先輩方に詰め寄りたい気分にもなるが、やっぱり面倒だと思う。
部員は最低五人。
今年入学した幼馴染みは私を含めて四人。
一人足りない。
そして入学したばかりで頼める先生なんているはずもない。
詰みだ、詰んだ。
「えぇ、どうしよっかぁ」
そう言いながら目の前の幼馴染みに視線を向けた時「わぁ」と変な声。
二人揃ってそちらに視線を向ければ、チャラそうなイケメンと強面男と堅物そうな人。
おい、いつの間に。
「二人共可愛いねぇ。彼氏いる?」
「死ね」
真顔で吐き捨てた幼馴染みは格好いい。
いつものことだけど格好いい。
歯に衣着せぬ物言いが大好きだ。
ケタケタと笑いながらクリアファイルを取り出して、一応ということで部活動申請書を入れておく。
チャラそうなイケメンくんは案の定チャラくて、幼馴染みの中でも一番手強いタイプの文ちゃんに行くとは。
その度胸だけは認めなくもない。
「……何?」
だけどそれよりも彼の方が気になる。
朝からキャンキャン吠えていた彼は今、黙って私のことを凝視しているのだ。
何でだ。
「は?」
「はい?」
「はぁ?」
「……先からこっち見てましたよね。何か用事でもあるんですか、と聞いているんですが」
話が通じないのは面倒くさい。
横柄な態度をする人間は面倒くさい。
他人は面倒くさい。
兎にも角にも面倒だ。
私の、用事があるんですよね発言に目の前の彼は目を瞬いて、ゆっくりと首を傾げた。
無自覚?
それとも無意識?
どうでもいいけどあまり見んな。
眉を寄せればチャラい人が「ふぅん」と楽しそうに顔を歪めて、私と強面男を見比べる。
文ちゃんに至っては、未確認生命物体でも見るような顔で強面男を見て、私の肩を引き寄せた。
堅物そうな人にの方は何が何やら、って顔。
「み、見てねぇよ!!」
キャンッ、と吠えられた。
これが初めて彼に吠えられた日。
これが彼との出会い。
***
「ってことがあったんだけど、覚えてる?」
二年生の春。
クラス替えをしたのにまたしても同じクラスになった彼に、懐かしい話を持ちかけたら吠えられる。
こうして吠えられるのは何度目だろう。
無駄吠えの多い犬の躾方について学ぶべきか。
「ぶっちゃけ関わりたくないと思ってた」
トントン、と月に二回発行している部誌をまとめながらそう言えば、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
だって声が大きい人面倒だし。
現在の場所は部室。
一年生のうちに文芸部を再建して、自由気ままに創作活動をしている私含み部員達。
野球部の癖に彼はここに入り浸る。
確かに小さめの冷蔵庫やお菓子やポットが常備されてるという、私物化された部屋なので過ごしやすいけれど。
「でも、あの時何で見てたの?」
「あ、あれはだなぁ……」
ガシガシと言いにくそうに頭を掻く彼。
まとめ終えた部誌を机の端に寄せて、彼の言葉を待つ。
彼は少し目を泳がせてその薄い唇を開く、はずだった。
「作ちゃん!」
スパァン、と見事な音を立てて部室の扉が開かれる。
見事な音はいいんだけれど、もう少し丁寧に開けてくれないといつか扉が外れそうだ。
用務員さんに頼みに行くのは面倒だぞ。
そんなことを考えながら、彼から視線を扉の方へ向ければ幼馴染みの美緒ちゃん。
彼女は何故か涙目で入って来て、私の制服の袖を掴んで来る。
どうしたの、と聞けばよく知っている二つの名前。
幼馴染みと相変わらずチャラけたイケメンの名前だったので、いつものことかと溜息が出た。
どうせ揉めているだけだ。
いつもくだらない事で喧嘩するのは止めて欲しい。
止めるのも面倒なんだから。
仕方なく立ち上がれば、目の前の彼はプルプルと震えて今日一番の吠え。
最早遠吠えと言える勢いで吠えて、部室を飛び出してしまう。
「あ、また邪魔しちゃった?」
「良く分からないけど、止めてくれるなら面倒事が減って嬉しいよね」
美緒ちゃんがひどく申し訳なさそうに、彼の去った方向を見つめていたけれど、何が邪魔なのか私にはサッパリだ。
あぁ、そう言えば今日もあの時見ていた理由聞けなかったな。
……まぁ、いいや。