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7.ぽろ ぽろ ぽろり

「ああ、たいくつだ、たいくつだ、たいくつすぎて死んでしまいそうだよ」

 朝ご飯を食べ終えたねずみくんが、ポカポカとしたお日様に誘われて森を散歩していると、頭の上の方からこんな声が聞こえてきました。

 ねずみくんはステッキでちょっと帽子を上げ、上の方を見てみましたが、声の主は見当たりません。

「あれ?」

 きょろきょろとあたり見回すと、今度はずっと先の方で

「た・い・く・つ」

 と聞こえます。

「おやおや」

 ねずみくんが声のする方へ急ぐと、今度は頭の上の方で、

「た・い・く・つううう」

 と聞こえたかと思うと、これが後ろの方へ消えていきます。その声の主はあっちへ行ったり、こっちへ来たり、上へ行ったり、下を走ったり、それこそ目にも止まらない速さです。

「だれです、そんなに大さわぎをしているのは?」

 ねずみくんは声を張り上げました。

「た・い・く・つっ」

 聞こえた様子はありません。

「だれなんですか?」

 ねずみくんはさっきの十倍の大きさの声で聞きました。

「た・い・く・つううう」

 だめです。声の主は、どうやら遠くまで駆けて行ってしまったようです。

「た・い・く・つ・な・の・は・だ・れ・で。す・か?」

 ねずみくんは思い切り大きく息を吸って、さっきの百倍の声で聞きました。

「うん? ああ、ねずみくんかい?」

 声の主はやっと気が付いて、ねずみくんのそばに降りてきました。

「あ、りすのおばさん」

 ねずみくんは大きな声を出しすぎて、くらくらしながら言いました。

 りすのおばさんは、あんなにあっちこっち走り回った後だと言うのに、ちっともはあはあしているようすはありません。このおばさんのいったいどこがたいくつしているというのでしょう。

「あの、おばさん、おばさんはたいくつしているんですか? さっきからたいくつ、たいくつって言っているみたいですけど」

 ねずみくんは半信半疑で聞きました。

「ああ、そうなんだよ」

 りすのおばさんは二本足で立ちあがると、腰に手を当てました。その堂々たる体格。しっぽも立派で、つやつやふさふさしています。目は大きくて、長く鋭い爪のある手はひときわ大きく、それでいて器用そうでした。

 ねずみくんは感心しながら聞きました。

「で、どうしてたいくつなんです?」

「それがわかれば苦労はないんだがねえ」

 おばさんは困ったように答えました。

「健康には問題なさそうだし、いつもと変わったことは?」

「何もないねえ。早起きして、おいしそうな花や、果実や、葉っぱや、キノコや、木の実を見つける。もう少したたないとドングリはつかないからね。木の芽を食べていると木の中にいる虫を見つけることもある。見逃したりはしないよ。あれには栄養があるからね」

「確かにどこも変わりませんねえ」

 ねずみくんは首をかしげました。

「ねずみくん、悪かったね。私はもう家に帰るとするよ」

「じゃあ、そこまで一緒に散歩しましょう」

 ねずみくんはゆっくりあるいているつもりのおばさんの後を、ちょこちょこと急ぎ足でついて行きました。

「ほら、あそこが私の家さ」

 おばさんは一本の古い木を指さしました。そこにはうろが見えました。

「ああ、そうか」

 ねずみくんはぽんと手を打ちました。

「おばさん、引っ越しする気はありませんか?」

「引っ越しだって? 嫌だよ。あそこが気に入っているんだ。ほんの少しだって動く気はないよ」

「それじゃあ、ちょっと待っていてください」

 ねずみくんは走って家に帰ると、のこぎりを持ってきました。

「ねずみくん、どうする気だい?」

 おばさんはその大きな目でじろりとねずみくんをにらみました。

 ねずみくんはそんなことはお構いなし、おばさんの家の周りをぐるりと見渡し、お日様を見上げると、さっささっさのほい、と周りにある木の枝をいくつか切ってしまいました。

「これでいい」

「いったい、どういうこと?」

「まあ、しばらく様子を見てください。これでもう、たいくつすぎて死にたいなんて思わなくなるでしょうよ。また、元気になること請け合いだ」

 ねずみくんはそう言うと、ひょいっとのこぎりをかついで帰って行きました。


 それから何日かたちました。

「ねずみくん」

 りすのおばさんがねずみくんの家に顔を出しました。

「やあ、おばさん、調子はどう?」

 ねずみくんはおばさんに座り心地のいい椅子をすすめながら聞きました。

「ああ、ねずみくんのおかげでね、だいぶ良くなった。ありがとう」

「だいぶ? ということは、まだだめなの?」

「ねえねえ、調子って? ねずみくん、このりすのおばさん、どこか悪いのかい? それにしては、ずいぶん元気そうに見えるけど」

 窓際で寝そべっていたねこさんが顔を上げました。

「悪いというか……おばさんは、たいくつでしかたなかったんだ」

「たいくつすぎて死んでしまいそうだったのさ」

 おばさんも言います。


 ああ、そうそう、ここでお話しておかなくてはならないことがあったのでしたね。

 だって、どうしてねことねずみが一緒に暮らしているのかって思ったでしょう?

 それはね、このねこさんとねずみくんはとっても仲がいいからなんです。

 でも、ひょっとして、ねこさんがとってもおなかがすいて、ぺろりとねずみくんをたべてしまうなんてことがあるんじゃないかと思いましたか?

 だいじょうぶ、このねこさんは小さな、小さなねこさんで、ねずみくんよりも小さいくらいなのです。


「たいくつで死にそう? たいくつ病か」

 ねこさんはにっと笑いました。

「うん、で、おばさんの家を見たら、それは素敵な木のうろなんだけど、木の葉が茂って朝のお日様の光が届かなくなっていたんだ。朝のお日様の光が届かないなんて、それこそ大損だ。そこで朝一番におばさんの家に入るお日様の光を邪魔しないように、ちょっとばかり枝を切ったんだけど」

「ああ、あれはそういうことだったんだね。どうりで、ねずみくんが帰った翌朝からは、とても幸せな気分で起きられる。あれから、毎日毎日幸せな気分になるのは確かなんだ。でも……」

「まだ、不満があるんですね?」

 ねずみくんは腕を組みました。

「幸せな気分にはなるのだけれど、それでもね、やっぱりたいくつで苦しくなるんだよ。ああ、わたしはどうしちまったんだろうねえ」

「いっそのことおおかみさんに頼んで、がぶっとやってもらったらいい。そうすれば、たいくつ病なんていっぺんになくなるさ。おっと」

 ねこさんは、目の前を通った小さい虫をぱくっと食べました。

「おおかみだって?」

 おばさんはあきれ顔でねこさんを見ました。

「なんだったら、きつねさんでも、フクロウの一家でもいい」

 ねこさんはすまして続けます。

「冗談じゃない。今まで奴らを手玉にとって来た私だよ。今さら、そんなまねができるかい。そんなことなら、木から飛び降りて死んだほうがましだ」

「りすさんが木から飛び降りて死ぬだって?」

 ねずみくんは目を丸くし、ねこさんが笑い出しました。

「そりゃあ、まぬけな話だ」

「ああ、確かに、木から飛び降りるなんて、おおかみや、きつねや、フクロウにやられる以上にまぬけだ。もうろくしたって言われるだろうねえ」

「もうろくか……」

 ねずみくんは組んでいた腕をほどくと、ぽんと手を打ちました。

「ねえ、りすのおばさん、おばさんは木の実や、果実や、葉っぱや、花や、キノコや……そういったものを集めるのはとくいですよね?」

「あたりまえだよ。今も昔も、森一番。この目で見つけたものはひとつ残らずもらってしまうよ」

「おばさんの手は、りすにしては大きいね」

「ねずみくん、忘れちゃいけないよ、このほっぺのふくろもだ」

「なるほど、おばさん、おばさんはちょっともうろくしたらどうだろう?」

「なんだって?」

「いやいや、おばさんはもちろん、もうろくなんてしないけど、わざと、もうろくしたふりをするんですよ」

「わざともうろくしたふりって、どういうことだい?」

「おばさんは集めた木の実や、花や、葉っぱや、キノコをちょっと落としてやるんです」

「いったい、だれに?」

「ねえ、おばさん。おばさんはいつもすばしこくこの森の中を走ってる。いろいろな仲間を知っているでしょう?」

「ああ、みんな間抜けでのろまだよ。その上、なまけものだ。何かしてもらうのが当たり前って思っている礼儀知らずのやつやら、うまくいかないことはみんなほかの仲間のせいにするやつやら、自分のしっぽのじまんばかりする子やら、数え上げたらきりがない」

 おばさんは眉間にしわを寄せ、口をとんがらせて言いました。

「でも、おばさんはそんなりすさんたちのところへ、その大きな手からぽろりと素敵なものを落としてあげるんです」

「いやだよ。それに、私はお礼を言ったり、言われたりするのが苦手でね」

 おばさんはドングリも入れていないのに、口をいっぱいにふくらませました。

「だから、もうろくして落としたふりをするんですよ」

「わざともうろくしたふりをするなんて、聞いたことがないよ。それに、そもそも、なぜこの私がそんなことをしなきゃならないんだい?」

「お日様の、朝の光へのお礼と思えばいい」

「お日様にさし上げるなら、私は何も惜しみはしないよ。でも、あいつらになんか……」

「だって、お日様にはお礼できないじゃないか。お日様はただ温かい光を僕らにくれるだけだもの」

「だけど、ねずみくん、ぽろりとやるのと、私のたいくつがなくなるのと、いったいどういう関係があるっていうの?」

「まあ、いいから、やってみてくださいよ」

「そうかねえ……」

 おばさんは、考え考えねずみくんの家を出ました。

「ぽろり、ぽろりねえ、ぽろりか……」

 考え始めたおばさんは、その日、たいくつしているひまはありませんでした。


 そして、翌朝。

 気持ちのいい朝日を浴びながら、おばさんはいい匂いのするおいしそうな花をたくさん抱えて一目散に走っていました。すると……いっぱいにかかえた花が、ぽろり、ぽろりとしっぽじまんの娘さんの家の前に落ちてしまいました。

「おっと、いけない」

 おばさんは足を止めましたが、ちょっとだけねずみくんの言ったことを思い出し、

「まあ、いいか」

 とつぶやいて、また、走り出しました。

 そして、家を花でいっぱいにすると、今度は落とした花が気になりだしました。

「ちょっと見てこよう」

 おばさんがこっそり様子を見に戻ると、娘りすはうれしそうに花を家に運び込んでいるところでした。

「おや」

 娘のおなかは少しだけふくらんでいます。

「そうか、私としたことが……あの子にはこどもができるんだね」

 次の日、おばさんは娘の家の前に素敵な苔を落としました。これならふわふわのお布団ができるはずです。そのついでに、礼儀知らずのりすさんのうちのそばには柔らかい葉っぱを、仲間のせいにして文句ばかり言っているりすさんには、なりたての果実を落としました。

「おやおや」

 礼儀知らずのりすさんのしっぽが、おばさんに向かって少しゆれています。

「そうか、私としたことが……あれが、あいつのありがとうか」

 文句ばかりのりすさんは、おばさんの落とした果実をちょっとかじって放り出したようです。

「おやおや、気に入らなかったようだね? それじゃ、これでどうだい?」

 おばさんはまたちがった果実を落としてみました。


 やがて、秋になってドングリがたくさんなりました。みんな夢中でドングリ集めをしているというのに、仲間のせいにばかりするりすさんは元気がありません。

「おやおや、風邪でも引いたかね」

 おばさんは、さっそく虫の入ったドングリを落としてあげました。

「そんなときは栄養がいるのさ」

 しばらくたって顔色がよくなると、仲間のせいにばかりするりすさんは、もう以前のように文句ばかり言っているようには見えなくなりました。


 ある日、ねずみくんが散歩をしていると、一匹の若いりすさんが木から降りて来て言いました。

「ねえねえ、ねずみくん。僕は仲間とけんかをして、その時のけがで、しばらく動けなかったんだけど、そうしたら、毎日僕の家の前にドングリが落ちているんだ。あのおばさんが落としていったのさ。助かったよ。だけど、おばさんはどうしてあちこちに木の実や苔や花やキノコや果実を落とすのかなあ」

「それはね……」

 言いかけたねずみくんは、おばさんがお礼を言ったり言われたりするのが苦手だと言っていたことを思い出しました。おばさんはちょっとはずかしがり屋なのかもしれません。

 そこでねずみくんは、うおっほん、とせきばらいをして、

「ええと、そういえば、おばさん、このごろうっかりすることが多くて困るって言っていたよ」

 と答えました。

「へええ、あのしっかり者で、おっかないおばさんが? そんなことってあるのかなあ?」

 若いりすさんは目を丸くしました。

「君が助かったのなら、それがおばさんのうっかりだろうとなんだろうと、よかったじゃないか。そんなことより、おばさんにお礼を言わなくちゃ」

「だけど、おばさんはお礼を言おうとするときにはもう姿がないんだよ」

「それでも伝えなきゃ」

「そうだ、そうだよね。伝わるようにか……」

 若いりすさんは行ったり来たりしながらしばらく考えていましたが、やがて、

「そうだ」

 と言うと、森の泉に走って行きました。そして、泉に映った自分の顔をのぞき込んでにっこりしてみました。

「う~ん、これではまだまだだな」

 もう一度、がんばってにっと笑ってみます。

「いやいや、これじゃだめだ」

「えへへ」

「ちがう、ちがう」

 りすさんがなんどもくりかえしていると、仲間のりすたちがやってきました。うさぎさんも、ことりさんたちも、りすさんと泉に映ったりすさんの顔をのぞきます。そのうちにみんな笑い顔になりました。

「いったい何をやっているのさ」

 りすの仲間が聞きました。

「おばさんに木の実をもらったお礼の気持ちが伝わるように練習しているんだよ」

「ああ、なるほど」

「ぼくもやってみようかな」

「それなら、私も」

「あっはっは。これはおもしろいや」

 うさぎさんが笑い、ことりさんたちが歌いました。

「ああ、おもしろい、りすさんたち、おもしろい。うさぎさんも、おもしろい」

 

 月日が経ちました。

 おばさんのしっぽの毛にも銀色が目立ち、その目もいくらか曇って来ました。今となっては、おばさんがもうろくしたふりをしているのか、本当にもうろくしているのかわかりません。

 その大きな手はしわしわでかさかさ、その上、ところどころに傷もあって、運んでいるものをわざととりこぼしているのか、本当にこぼしているのか誰にもわかりません。

 それでも、りすのおばさんは(もう、おばあさんと言ったほうがいいのかもしれませんが)今朝もお日様と一緒に起きて大忙しです。

 

   りすのおばさん、いそがしく

   きょうも、きのうも、おとといも

   きょうも、あしたも、あさっても

   すてきなものを落としていくよ

   ホイホイホイ


   りすのおばさんくたびれもうけ

   りすのみんなはまるもうけ

   だけどおばさん笑ってる

   森のみんなも笑ってる

   空ではお日様笑ってる

   ホイホイホイ



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