6.さがしもの
心の中の世界を美しく描く彼女に
秋も終わりに近づいたさわやかな日でした。
今日もねずみくんはお散歩をしていました。
もちろん素敵な帽子をかぶってステッキを持っています。
でも、今日はリュックサックもしょっていました。
なぜでしょう?
ねずみくんの住む森が冬の支度をはじめていたからです。
木々はその葉を赤やオレンジや黄色に変え、気の早い木はもう茶色になった葉をぱらぱらと落としています。
すると木の枝がこずえの先までくっきりと見え、それが光を受け、空の青に輝いていました。
中には葉を落とさない木もあります。
そんな木々もこれからやって来る冷たい風や雪に負けないようにしっかり根を張って力を蓄えているように見えました。
そして地面を見ると……落ちた葉っぱに負けないくらいたくさんの木の実が落ちています。
ねずみくんは散歩しながらこの木の実を拾っていたのでした。
「ああ、いそがしい、ああ、おいしい、ああ、いそがしい、ああ、おいしい。なにしろぼくは体が大きいからね、どんなに食べてもたりやしない」
くまさんがせっせと木の実を拾って食べています。
「そうだね。くまさんはしっかり食べておかないとね」
ねずみくんもせっせと木の実を拾いながら答えます。
「そうそう、ぼくは冬眠ちゅうのぶんも食べておかないと。ほら、ねずみくん、こっちにおいしそうな山栗があるよ」
「ああ、ほんとうだ」
ねずみくんは山栗をひろって一口かじりました。
ちょっと先ではイノシシさん一家が自慢の鼻で積った落ち葉をひっくり返しているのが見えます。やはり木の実や、ひょっとしたらそのかげにかくれている虫を見つけて食べているのでしょう。
リスのぼうやも森のどこかでむちゅうになって木の実を食べたり、かくしたりいているにちがいありません。
「おっと」
くまさんはマムシ草の赤い実を見つけて食べ始めました。これは人間が食べたら口がひりひりしてしまう実なのですが、不思議なことにくまさんは平気なのです。
「ああ、いそがしい」
「こっちにもある」
「ほら、ここにもあるよ」
頭の上の方ではことりさんたちがやはり木の実をついばんだり、虫を食べたりしています。
ことりさんたちの声は森に響き、それがまた森の動物たちをせっせと食べ物探しに駆り立てます。
でもそればかりではありません。
ことりさんの声は危険を知らせてくれるのです。
「気をつけて」
「たいへんだ」
そんな声がしたあとにあたりがしんとしたら……どこかに敵がいるのかもしれませんね。
「ねずみくん、こんにちは」
「ねずみくん、おげんき?」
「リュックにたくさん、たくさん、おいしい木の実をつめこんで」
ことりさんたちが枝から枝へ移りながら声をかけます。
その声のきれいなこと。
みんなで歌うから合唱のようです。
「ことりさん、楽しい歌をありがとう」
ねずみくんは頭の帽子に手をやってこたえました。それから目の先に落ちていたすてきな形のどんぐりを拾ってぽいっと背中のリュックに放り込んだときです。
「ねずみくん」
ちいさな声がしました。
風がほんの少し木の葉をかさつかせたような、聞こえるか聞こえないかわからない、そんな声でした。
でもねずみくんの耳はとてもいいのです。
ねずみくんはその声がねずみくんの頭の上に張り出した木の枝の先っぽから聞こえてきたのがちゃんとわかりました。
「おや、今ぼくを呼んだのはきみかい?」
「うん」
ねずみくんが見上げた木の枝の先から一羽のことりが飛んできました。
なんだかやせていてその羽の色もこころなしかくすんでいるように見えます。
「どうかしたの?」
ねずみくんは聞きました。
「ぼくはなくしてしまったようなんだ」
ことりさんは言いました。
「それはたいへんだ」
ねずみくんはさっと立ち上がり、それから聞きました。
「で、きみはなにをなくしてしまったの?」
「それが……とてもたいせつなものなんだけど、うまく言えるかなあ」
ことりさんのまんまるな黒い目はとても悲しそうです。
「そうか。じゃ、まずはきみの話を聞かなくちゃ。さあ、ぼくの家においでよ」
ねずみくんはこう言ってことりさんをさそいました。
「おや、お客さんだね?」
ねずみくんの家のあたたかい日のあたる窓辺で昼寝をしていたねこさんが薄目を開けました。
「うん、ことりさんがだいじなものをなくしてしまったようなんだ」
ねずみくんがこたえます。
ああ、みなさんはねこがねずみと暮らしているってそんなことあるはずないと思うでしょう? でも、おどろくのはまだ早いですよ。
「こんにちは、ねこさん」
ことりさんがていねいにあいさつをしました。
なんてこと! そんなことをしているうちにやせっぽちのことりさんはねこさんにぱくっとくわえられてしまうじゃないか、ですって?
いえいえ、その心配もないのです。
だってねずみくんといっしょにくらしているこのねこさんはとってもとってもちいさいねこさんで、食べるものといったらねこさんのそばをうっかり通りかかった虫くらい……あとは麦の粒が入ったパンケーキが大好物だっていうちょっとかわったねこさんなのですから。
「いらっしゃい、ことりさん」
ねこさんは大きなあくびをしながら答えました。
「さあさあ、ことりさんこちらへどうぞ。ねこさんもお茶が入ったよ」
ねずみくんはお茶とパンケーキ、そして帰り道にリュックサックに入れたきれいな赤い色の実をお皿にのせて出しました。パンケーキは焼き立てというわけにはいきませんでしたが、思いつめたお客さんを待たせるわけにはいきませんからね。
「それでさがしものって?」
ねこさんはねずみくんが自分のパンケーキの上にぱらぱらと麦の粒をのせてくれるのをうれしそうに見ながら聞きました。
「それがすごくむずかしいものらしくて」
ねずみくんはこう言いながら机の引き出しの中から名探偵がかけるようなまるい眼鏡を持ってきてかけました。
ねずみくんはさがしものをする気まんまんです。
「まあ、ゆっくりお話しよ」
「はい」
ねこさんにすすめられてことりさんはお茶を一口飲み、話し始めました。
「この夏のはじめのことです。ぼくはお日様の光がキラキラ輝くのがうれしくて大きな声で歌っていました。ぼくの声は仲間によくとどくんです。それがあちこちでつながって……近く、遠く、大きく、小さく……まるで響き合うこだまのようで……それがうれしくてまた歌ってしまう、そんなちょうしでした。そんなある日のこと、つばめさんがこの森に寄りました。つばめさんはぼくの歌を聴いて言ってくれたんです。『きみの歌はほんとうにすてきだね。明るくて元気が出るよ』ってね」
「よかったじゃないか」
ねこさんは言いました。
「そりゃあ、そのときぼくはとてもいい気持になりましたよ。でもそのあとつばめさんは言ったんです。『きみの歌とはまたずいぶん違うけどこの森の外にもすてきな歌を歌う鳥たちがいるよ』って」
「それは聞いてみたいものだね」
ねずみくんが顔を輝かせます。
ことりさんはうなづきました。
「ねずみくん、ぼくは……どうしてもその歌が聞きたくなって森を飛び出したんです」
「それでその歌を聴くことができたのかい?」
ねこさんが聞き、ことりさんは困った顔をしました。
「森を出たら世界はあまりにも広くて、あまりにもいろいろな鳥がいて……すばらしい声や、聴いたことのない歌い方もあって……ぼくはなにがなんだかわからなくなってへとへとになってしまったんです。それで森に戻ってきたら……」
ことりさんは口をつぐみました。
「なくなっていたんだね、たいせつなものが?」
ねずみくんは聞きました。
「ええ……そうなんです、ねずみくん。気がついたらぼくはぼくの歌をなくしてしまっていたんです。やっと森に帰ってきたのにぼくはどう歌ったらいいのか、かいもくけんとうがつかなくなりました」
「なんだって?」
ねずみくんとねこさんは顔を見合わせました。
「ことりさんがなくしたのは歌だっていうのかい? だけど、ことりさんが歌えないなんて、そんな話きいたことがないね」
ねこさんはまじまじとことりさんを見ました。ねこさんもちいさいですがその前にいることりさんはうつむいてますますちいさくなったように見えます。
「いや、これは一大事だぞ」
ねずみくんはゆっくり眼鏡を外しました。
「それにね、ねずみくん、ぼくはもう何も食べる気がしないんです」
ことりさんはねずみくんがお皿にのせてくれたきれいな木の実を見て言いました。
「そうだ」
ねこさんのひげがぴんとなりました。
「ねずみくん、ことりさんの声に合わせて笛で吹いてみたらどうだね?」
「おやすいごようだ」
ねずみくんはさっそく笛を取出し、元気な曲を吹き始めました。それに合わせてことりさんが歌います。ちいさな、ちいさな声で。
でも、その声はやがて悲しそうな声になり、ぽつんと消えました。
「どうやらこれはだめだな」
ねずみくんはこんどはさっきのことりさんの声に合うようにちょっと静かな曲を吹いてみました。それに合わせて、ことりさんが歌います。
でも、すこしいったところでねこさんが割り込みました。
「だめだめ、どんどん悲しい調子になるばかりだ」
「こんなはずじゃないんだ。ぼくの歌は仲間を元気にするものだったのに」
とうとうことりさんは泣き出しました。
「ことりさん、ことりさん、いつも元気じゃなきゃいけないってことはないと思うよ」
ねずみくんは言いました。
「そりゃあ、そうだ。だれだってうれしいときもあればかなしいときもある」
そう言いながらねこさんはうでをくみました。
「だが、はてさて、こまったものだ」
「ああ、胸がちくちくする。ぼくなんか、もう……」
ことりさんの胸の白い羽毛がちいさくふるえました。
「ええと、ことりさん、その歌はぴっぴ、ぴぴい、ぴいだったかな?」
ねずみくんはもう一度笛を吹いてみました。
「いや、ぴぴっとぴー、ぴい、だったよ」
ねこさんが言います。
「ちがう、ぴぴっとのあとはもっと短く休むんです」
ことりさんは顔を上げて言いました。
「ぴっぴっぴぴいっと、かい?」
ねずみくんが吹きます。
「ぜんぜんちがいますよ」
ことりさんは首を振りました。
「これならどうだろう? ぴぴっと、っと、っと、ぴっぴ、ぴっぴ、ぴいー、かな?」
「そうじゃないです」
ことりさんはまたまた首を振ります。
「それならこの際、ぴっひゃら、ぴーい、ぴい、でどうだい?」
しびれを切らせてねこさんが叫びました。
「ああ、ねこさん、それもぜんぜんちがうんだなあ」
ことりさんはためいきをつきました。
「やあ、これはいったいなんのさわぎだ?」
通りがかりのおおかみさんが窓からのぞきました。
「ああ、おおかみさん」
ねこさんはおおかみさんのところへかけつけました。いつもはそんなことしないんですけれど、ねこさんはよほどねずみくんの出す甲高い笛の音にまいってしまったのですね。
「あのことりさんは歌が歌えなくなってしまったんだとさ」
ねこさんはおおかみさんに言いました。
「ほう」
おおかみさんは笛を吹くねずみくんとことりさんをながめました。
ふたりはまだむちゅうでぴいぴいやっています。
「ここだけの話だけど、わたしはそろそろ一休みしてほしいね。これ以上続けられたら私の自慢の耳が使い物にならなくなるよ」
ねこさんがそっと耳を押さえました。
「おや、その一休みだ」
ついに一休みすることにしたふたりを見ておおかみさんは笑いました。
「あれ、おおかみさん」
ねずみくんが声をかけましたが、ことりさんの方はおおかみさんの大きな口を見て固まっています。
そんなことりさんにおおかみさんは言いました。
「歌か。おれは仲間に伝えたくて声を出す。それが歌になるときもある。おまえはちがうのか?」
「え?」
ことりさんは首をかしげました。
「あの、それもあるけど……ぼくはただ歌っていたくて……仲間と声を合わせたくて……ぼくは歌っているのが大好きで……」
「ふうん、おまえ、そんなに好きなことがあるとはたいしたものだな」
おおかみさんはそれだけ言うとくるっと背を向けました。
「あ、じゃ、またね」
ねずみくんとねこさんが手をふります。
「こんなぼくなんかが……たいしたもの、だって?」
窓辺にやって来たことりさんは去っていくおおかみさんを見てつぶやきました。
木々は相変わらずりんと空に向かって立ち、またその葉を鮮やかな色に変え、散らせています。
木の実が一つ、枯葉の上にかさりと音を立てて落ちました。
「ねえ、ことりさん、きみはほんとうにきみの歌をわすれてしまったのかい?」
ねずみくんは聞きました。
「本当に自分のものなら、なくなることはない、死ぬまでね」
ねこさんも言いました。
「ことりさん、きみの歌はいま硬い実になって心の中で眠っているかもしれないけどまた新しい芽を出すんじゃないかな? この森の木の実みたいにね」
ことりさんの丸い黒い目がもっと丸く、そして大きくなりました。
「ねずみくん、じゃあ……この胸の中でちくちくするのはぼくの木の実なの? さがしものはぼくの胸の中にあるのかな?」
「うん。ぼくがさっさ、さっさのほい、ってお手伝いできない場所だ」
「ああ、それはことりさんにしか行けない場所だね」
ねこさんもうなづきました。
「もしそうなら、ぼくはこれに水をやって、それからお日様の光を当ててみなくちゃ」
ことりさんはそっと自分の胸をおさえました。
「そうしておくれよ。ぼくらはきみの歌が大すきだからね」
「おなかがすいていたらろくなことにならないよ。いっぱい食べて、小さな芽が出たらおしえておくれ」
「ありがとう。ねずみくん、ねこさん」
ことりさんは窓の外の森に目をやりました。それからその黒い目が明るく輝いたかと思うと、さあっとねずみくんの家から飛びたっていきました。