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4.星をきく

ストーリーテラーの彼に。

ある森になんでもねずみくんというねずみくんが住んでいました。

このねずみくんはお散歩が大好き。

今日もすてきなぼうしをかぶり、ステッキを持って、さあ、出発です。


といっても今日はいつもよりも出かけるのがおそくなってしまいました。

家のお仕事をしていたからです。

まず、冬の間に大かつやくした暖炉の大そうじをしました。それから温かいふとんを片づけ、つぎに分厚いよろい戸をしまい、さわやかな風が思う存分入るようになった窓辺には涼しそうなカーテンをかけました。

その窓辺ではねこさんが気持ちよさそうにひるねをしています。

ええっ、ねことねずみがいっしょに暮らしている?

それじゃあ、ねずみくんはいくつ命があっても足らないんじゃないか、ですって?

いえいえ、ご心配はいりません。

このねこさんは小さい、小さい、ねずみくんより小さいねこさんで、ねずみくんを食べようなんて思いついたことなど一度もないのです。


家を出たねずみくんに、さあっと緑の風がふいたときです。

「ねずみくん、ねずみくん」

小鳥さんたちがねずみくんのところに集まってきました。

「どうしたの、小鳥さんたち?」

ねずみくんは聞きました。

「ねずみのおとうさんとおかあさん、大きな声を出してる」

「大さわぎ」

「けんかかい?」

ねずみくんはおそるおそる聞きました。

「ちがう、ちがう」

「二人ともちびすけにおこったり、泣いたり」

「きて、きて」

小鳥さんたちがさえずります。

「でもさあ、おやこげんかじゃ、ぼくなんかが出て行っても……」

こうは言っても、やはりねずみくんはなんでもねずみくんでした。

その歩幅はさっきよりもずっと広くなり、足の運びもよほど速くなりました。

こうして小鳥さんたちに案内されて大きな樫の木の根元にあるねずみの家の前についたねずみくんはあたりを見回しました。

小鳥さんたちの話では大さわぎだったはずですが、今はしんとしています。

家をのぞくとねずみのおとうさんとおかあさんはすっかり黙り込んでせっせと家の片づけをしていました。

「おや、ねずみくん、いい日ですね」

ねずみくんに気が付いたおとうさんねずみが言いました。

「こんないい日は家の片づけにはもってこいですね。ぼくもさっきまでかかりましたよ」

ねずみくんはいそがしく動き回るおとうさんねずみとおかあさんねずみに言いました。

いつもならここでおしゃべりなおかあさんねずみが今朝からの一部始終を語り始めるはずなのですが、今日はそうはなりませんでした。

おかあさんはごみを持って右へ行ったり左へ行ったりしています。

確かに忙しそうには見えますが、これでは何の片づけにもなっていません。

一方、おとうさんの方は子どもたちが使っていたわらの布団を外に出し始めました。

「ああ、子どもたちは家を出たんですね。みんな大きくなっていたからなあ」

ねずみくんがこう言ったとたんでした。

いつもは元気なおかあさんの目からぽろぽろと涙がこぼれました。

おとうさんは手を止めてきびしい顔をしています。

「どうしたんですか、おとうさん、おかあさん?」

ねずみくんは聞きました。

「ちびすけが心配なんです。家を出てもあの子はすぐにフクロウか、ワシか、キツネか、オオカミか、ヤマネコか……とにかくどれかにつかまって食べられてしまうでしょうよ」

おかあさんは言いました。

「やつらに食われるのは仕方がないんだ。わたしらはそれをみこして多くの子どもを生み、育てる。それだけじゃない。わたしらはすばしこくて鼻が利く。小さな音でもすぐに気付く。わたしらはそういうふうにつくられているんだ。それなのにうちのちびすけときたら……」

おとうさんが言います。

「そうそう、一番上の子はだれよりも家づくりがじょうず。二番目はゆうかんで、三番目はすばしこい。四番目の子なんか、かんが良くて食べ物のあるところがすぐにわかるの。それなのに末のちびすけったら……」

おかあさんはこぼれる涙をふきました。

「ちびすけったら?」

ねずみくんはおとうさんとおかあさんを見ました。

「ああ、あいつは……あいつは夜になっても食べ物を探そうとしない。それどころか、ねずみのくせに高い木に登って平気でいるんです。いやいや、あなたのようななんでもねずみくんは別なんですがね……」

おとうさんは言いました。

そうそう、なんでもねずみくんは森の生き物にたのまれればなんでも

「さっささっさの、ほい」

とお手伝いしてしまうふしぎなねずみくんなのです。

だからねずみくんは森じゅうの生き物と友達でした。フクロウとも、ワシとも、キツネとも、オオカミとも、ヤマネコとも……それこそ誰とでもです。

でも、ふつうのねずみが高い木のてっぺんにいたらフクロウやワシのえじきになってしまうでしょう。

「なんでちびすけは木のてっぺんに?」

ねずみくんは聞きました。

「それが……星を見ているんですって」

おかあさんはあきれたように答えました。

「なんということだ。そんなねずみの話はきいたことがない。いやいやねずみくんは別だが。星を見るなんてふつうのねずみがすることじゃないんだ。ねずみはいっしょうけんめい耳を澄ませて、鼻を利かせて、危険から逃れ、食べ物を見つけていればいい。すてきな家を作って、たくさんの子どもを育てて、死んで……それでいいんだ」

おとうさんが言います。

おかあさんはまた涙をふきました。

「ええ、ええ、それなのにあの子ったら……いくら言っても星を見上げるのをやめないんです。きっとすぐに食べられてしまうわ。どうしてそれがわからないのかしら? ああ、ねずみくん、ねずみくんの言うことならあの子も聞くかもしれない。どうかあの子に言ってやってくれませんか? もっとねずみらしくしろと。私はあの子に生きのびてほしいの」

「放っておけ、もうどうしようもないことだ」

おとうさんはそういってまた片づけを始めました。

ねずみくんは困ってしまいました。これはどうも

「さっささっさの、ほい」

といく自信がありません。

それでもねずみくんはなんでもねずみくんです。

「今晩ちびすけと話してみるよ」

ねずみくんは言いました。


その晩ねずみくんとねこさんはまわりの木よりもひときわ高い木に登りました。この木はまるで森の長老のように堂々としていて、他の木々を見下ろしています。

「ちびすけはいったいどこの木にいるんだね?」

ねこさんは目を皿のようにして木々のてっぺんを眺めるねずみくんに聞きました。

「わからないけど、さがしてみるさ。夜の散歩もいいもんだよ」

「そりゃあ、ね」

ねこさんは目の前をさっと通って行った虫をぱくっと食べました。

その間にもねずみくんは目を凝らし続けていましたが、とつぜん声を上げました。

「いたいた、あれだ」

ねずみくんが指差した木のてっぺんで小さいねずみが空を見上げています。

「やれやれ」

そう言うとねこさんは高い、高い木を器用に下り始めました。ねずみくんも続きます。せっせせっせと木を下りたねずみくんとねこさんは、今度はまたせっせせっせとちびすけのいる木に登り始めました。

「ちびすけ」

木に登りながらねずみくんは呼びました。

「誰だい?」

上からぶっきらぼうなちびすけの声が返ってきました。

「ぼくだよ」

「ああ、なんでもねずみくんか」

「ねこさんもいるよ」

「なんでここへ?……そうか、とうさんとかあさんからぼくのことを聞いたんだね?」

ちびすけは聞きました。

「ふたりとも君のことを心配していたよ」

ねずみくんは答えました。

「なんでわかってくれないのかなあ」

ちびすけは夜空を見上げながらためいきをつきました。

「みごとなものだね」

ねずみくんはちびすけのとなりにすわって夜空を見上げました。

「なかなかの特等席だ」

ねこさんもねずみくんのとなりにすわって夜空を見上げました。

そうやって三匹はしばらく並んでじっと夜空にまたたく星を見ていました。

やがてちびすけが言いました。

「どうしてみんなわからないのかなあ。ぼくはここで星を見つめているとふしぎな気持ちになる。すごく年寄りになったような気がすることもあるし、生まれたばかりのような気持ちになることもある。それが……何とも言えないんだ。そんなもの、何の価値もないってとうさんもかあさんも言うんだけどね」

ちびすけはさびしそうな顔をしました。

「きみは星を見るのをやめる気はないんだね?」

ねずみくんは聞きました。

ちびすけはきっぱりとうなづきます。

「こればかりはどうしようもないんだよ。そのせいでぼくはすぐにフクロウか、ワシか、キツネか、オオカミか、ヤマネコか……どれかわからないけど結局食べられてしまうってわかっていても、ね」

「ねえ、ちびすけ、星の話をきくきみはきっと森一番の聞き手だよ。そしてきみなら誰も聞いたことがない話をすることができるだろうな」

「ねずみくん、誰かに話すより、ぼくは耳を傾けていたいのさ」

ちびすけは首をふりました。

「じゃ、無理強いはできないね」

ねこさんはそう言うと、くるりと回れ右して木を下りていきました。

「ぼくに何か用があったらいつでも言っておくれよ?」

ねこさんの後を追ったねずみくんは振り返って言いました。

ちびすけはうなづくと、また星を見上げます。

この木も高い、高い木でしたから、地面に下りた時はねずみくんもねこさんほっとしてひといきつきました。

そのときです。

さっとフクロウがやってきてちびすけをつかまえました。

「ああっ」

ねずみくんとねこさんは声を上げました。

それでも、それ以上できることはありませんでした。


森には森の決まりがあります。

フクロウはちびすけを巣に運ぶでしょうか?

それともどこか木の上で食べてしまうでしょうか?

フクロウのかぎ爪にがっちりとつかまれたちびすけは夜空をすべるように飛んでいきます。

冷たい風を受けながらちびすけは考えました。

(とうさんやかあさんが言っていたようにぼくはフクロウに食べられてしまうんだな。内臓をつつかれ、肉を引き裂かれて……)

空には相変わらず美しい星が輝いています。

(ああ、でも、こうして星を見るのはちょっとゆかいだ。星に近く、近くなっていく。ぼくはどうしてかわからないけど、星を見ていられればよかったんだ。だから仕方ないんだ。このままずっとさいごまで見ていたい)

ちびすけはからだの力をすっかり抜いて星をながめました。

「おや?」

フクロウはほかのねずみとちがってちっとも動こうとしないえものに驚きました。

「わたしの爪がささったわけでもないし、つかまえるときにつついたおぼえもないが……」

フクロウはちょっとそのかぎ爪をゆるめてみました。

するとどうでしょう。

ちびすけのからだがするりとかぎ爪からはずれたのです。

「しまった」

フクロウは慌てました。

ちびすけはどんどん、どんどん落ちていきます。


ちびすけはふさふさした葉をつけた木の枝にちょこんと引っかかりました。目の前にはちびすけの住む森の木々が枝を広げています。

ちびすけはしばらく目を丸くしていましたが、やがてとてもとてもゆかいな気持ちになってくすくす笑い出しました。

ひとしきり笑うとこれを誰かに話したくて仕方ありません。

「ああ、誰かに聞いてもらいたいなあ。今日のことだけじゃない。星や、星が今までぼくに話してくれたいろいろなことも、みんな……そうだ、これからねずみくんのところに行こう。ねずみくんはいつでもいいって言っていたもの」

ちびすけはするすると木を下りるとねずみくんの家に向かってかけ出しました。

お読みくださり、ありがとうございました!

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