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1.小さい約束

この夏おねえさんになるAさんのお嬢さんへ。


あるところに大きくもなく、小さくもなく、ちょうどいい大きさの森がありました。

その先には草原も山も川もあります。

なかなかすてきな森でした。


その森には一匹のねずみくんが住んでいました。

このねずみくんはお散歩が大好き。

すてきなぼうしをかぶってステッキを持つと今日もお散歩に出発です。


ねずみくんが森を歩くとさっそく声がかかります。

「ねずみくん、ねずみくん」

ちょっとせっかちでかわいい声です。

「やあ、うさぎくん。どうしたんだい?」

「すっかりせんたくものがたまっちゃって。ぼく一人ではどうにもならないよ。手伝ってくれないか?」

「わかった、わかった、まかしとき」

ねずみくんはうさぎくんの持っている山のようなせんたくものをひょいとあずかると近くのいずみでおせんたく。

「さっささっさの、ほい」

みるみるせんたくものがかたづいていきます。

「ありがとう、ねずみくん。助かったよ」

うさぎくんはぴょんぴょんはね回って言いました。

「どういたしまして」

ねずみくんはにっこりわらってお散歩をつづけます。


するとこんどは上の方から声がしました。

「ねずみくん、ねずみくん」

「おやおや、これは山ばとのおかあさん。どうしました?」

「おうちのおそうじをしていたのだけれど、目をはなしたすきにこの子たちがおうちからころがり落ちそう。おてつだいをしてもらえるかしら?」

山ばとのおかあさんはいつもは落ち着いた声なのですが、今日はちょっとばかりきんきらしていました。

いらいらしていたのかもしれません。

「はいはい、おやすいごよう」

ねずみくんのしごとの早いこと。

「さっささっさの、ほい」

ねずみくんは山ばとのおかあさんに子どもたちをあずけると、はっぱのほうきでちょちょいのちょいとおうちをきれいにしてしまいました。

「ありがとう、ねずみくん。たすかったわ」

「どういたしまして」

ねずみくんは散歩を続けます。


がさがさ

木のかげからおおかみがすがたを見せました。

こわそうな顔がにこにこしています。

「ねずみくん、ねずみくん。このあいだのかみかざりは妻によろこばれたよ。ありがとう」

そうそう、ねずみくんはおおかみのだんなさんがおくさんへのプレゼントになやんでいたときにこっそりお花のかんざしのつくり方をおしえてあげたのでした。そのついでにちょっとおてつだいもしました。

赤い木の実と野菊がやさしくゆれるすてきなかんざしです。

「そりゃあ、よかった」

ねずみくんはじょうきげんなおおかみのだんなさんに答えました。

こんな調子でねずみくんはいつもおおいそがしなのです。


「ただいま」

家に戻ったねずみくんはすぐにテーブルの上に大きなびんがあるのに気がつきました。

「おや、ねこさん、お客さんだったのかい?」

ねずみくんは聞きました。

ええっ、ねずみがねことくらしているですって?

ここでおどろいてはいけません。

ねずみくんがいっしょにくらしているのはとてもとても小さいねこさんなのです。

「ああ、くまさんが来てね、おいていったよ」

 ねこさんは答えました。

「おやおや、ハチミツとはありがたい」

ねずみくんはいそいそとふたを開け、ひとなめしました。あまくてふんわりお花のかおりがします。

「何か用事があったようだけど」

ねこさんはうれしそうなねずみくんを見ながらあくびをしました。

「ふうん、くまさんは何か言っていた?」

「ああ、ねずみくんはいるかい、だってさ」

「それで?」

ねずみくんは注意深くハチミツのふたをしてねこさんに聞きました。

「いないと答えたさ。そうしたらまた来るって」

「きみ、『くまさん、どうかしたの?』って聞かなかったの?」

「だってさあ……」

ここでねこさんは声を大きくしました。

「いくらわたしが小さいからって……わたしがいるのに『ねずみくんはいるかい?』ときたもんだ。そこはやっぱり、『やあ、ねこさん。ねずみくんはいるかい?』って言うもんだろ?」

「そりゃあ、まあ、そうだね。まず、きみにあいさつするのが礼儀だが……でも、くまさんには何かいそぎの用でもあったんじゃないのかな?」

「いいや、それどころか、いやにのろのろしていたよ」

ねこさんはふふんと鼻で笑いました。

「体の具合でも悪いのだろうか?」

「さあね、とにかくわたしは礼儀のなっていないやつなんかと話す気はないね」

「ねこさんったら……」

ねずみくんはこまった顔をしましたが、ねこさんは知らんぷりです。


かちゃん

ねずみくんの家のドアが開きました。

「ねずみくん」

 そこにいたのは話のぬし、くまさんでした。

「ああ、くまさん。ハチミツをありがとう。どうぞ、中に入って」

ねずみくんはくまさんを座りごこちのいいいすに案内しました。ねこさんは知らん顔をしてひなたぼっこです。

そんなねこさんをちらりと見て、くまさんはいすにすわると大きなため息をつきました。

「くまさん、どうかしたのかい?」

ねずみ君は聞きました。

「うん……ちょっと気になることがあってね」

くまさんは落ち着かない様子です。

「ねずみくん、あのさ、このごろめっきり寒い日がふえてきたと思わないかい?」

「ああ、そうだね。ちょっとだんろに火を入れようか?」

「いや、いい。まだ、いいんだ。だけど、そのうちにどんどん寒くなって雪が降りだすだろう?」

「そうだね。毎年のことだ」

ねずみくんはふしぎに思ってくまさんをかんさつしました。

くまさんはちょっともじもじしていましたが、思い切ったように言いました。

「だけど、思ったんだ。いつもそうだからって次もそうだろうかって」

「それは、今年は雪は降らないかもしれないってこと?」

「いいや……雪は降るだろう。だけどね、もんだいはそのあとさ」

「そのあと?」

「そうなんだ。あのね、くまは冬になるととうみんといって春になるまでずっとあなの中でうとうと眠ってすごすだろう? だけど、もし、もしも、だよ? いつものように起きられなかったら? 春になっても、夏になっても、秋になっても眠ったままだったら?」

「そんなに心配ならぼくが起こしに行ってあげるよ」

ねずみくんはうけ合いました。

「ありがとう、ねずみくん……でもね、それだけじゃない。ぼくがもっとこわいのは目がさめてみたら様子が変わっていることなんだ」

「様子が変わってるって?」

「たとえば、もし、ねずみくんも、知っているなかまもいなくなっていたら?」

「そんなことあるかなあ」

 ねずみくんは首をかしげました。

「どうして? だって、ぼくは知ってる。長く眠った後、目がさめるといつもの春が訪れているようにみえる。でもね、すべてまったく同じというわけにはいかないんだよ。今まであったものがなくなり、なかったものが生まれている。どこもかしこも春には違いないのに、それでも同じじゃない。だから、いくらねずみくんが起こしてくれるといっても……それはかならずっていう約束じゃないんだ」

 くまさんはしんけんです。

 ひなたぼっこをしていたねこさんがうす目をあけて言いました。

「たしかにわたしやねずみくんが春の雪どけの水にはまっておぼれて死んでしまうこともあるかもね。そうなったらくまさんを起こしに行くどころじゃない。わたしたちはただの泥んこの毛皮だ」

「泥んこの毛皮かあ。ほこり高いきみらしくもないね」

ねずみくんはおどろきました。

「もちろんのことさ。でも、わたしは、わたしだ。この毛皮や肉じゃないんだからね」

ねこさんはつんと顔を上げました。

それからくまさんを見るとばかにしたように続けます。

「だけど、くまさんは大きな体をしているくせにとんだおくびょうものだな」

 ねこさんはすっきりとしたようにも見えます。きっとねこさんはくまさんにあいさつされなかったしかえしをした気分なのでしょう。

ところがしんけんになやんでいるのにおくびょうものと言われたくまさんはおこって言いかえしました。

「そっちこそ、豆つぶみたいに小さいくせにえらそうなことを言うな」

「何だって?」

ねこさんの小さなからだの毛がさかだちました。

「豆つぶみたいだと? よくも言ったね」

ねこさんは体が小さいことを言われるのが大、大、大きらいなのです(だれにでも言われたくないことの一つや二つありますよね? そしてしんけんになやんでいることにはしんけんにこたえてほしいものなのです)

くまさんはねこさんをにらみ、ねこさんはいつでもくまさんにかかっていけるように身をかがめました。

この様子を見ていたねずみくんは心の中では大いにあわてたのですが、そこはわざと落ち着いて

「ウォッホン、ウォッホン」

とせきばらいをしました。

それからくまさんとねこさんのしせんがぶつかるまん中に立って言いました。

「いやいや、ねこさん、豆というのは実に大したものなのだ。なにしろ、むかしむかしの大むかし、えらい王さまが大事な宝石の大きさを豆の大きさであらわすことにしたのだからね。もちろん今もそうだよ。王様が豆をくだらない、取るにたらないものだと思っていたのなら宝石みたいな大事なものをはかるのに豆を使うだろうか? ぼくはそこに王さまの豆に対する大きなそんけいの気持ちを感じるね」

「そうかい?」

ねこさんはすっかりいい気持ちになりました。

「そうだったのか」

くまさんもそんけいの気持ちでいっぱいになりました。

「それにね、ねこさん。くまさんみたいに大きいというのも実に大したものなんだ。その大きくてじょうぶな体のおかげでハチミツが取れるんだよ。そしてくまさんが大きな心で分けてくれたおかげで、ぼくらはおいしいハチミツを味わえるんだからね」

「ああ、ほんとうだ」

ねこさんもそんけいの気持ちでいっぱいになりました。

「どうってことないよ。ちょっとおすそわけしただけだ」

くまさんもすっかりいい気持ちになりました。

「だけど、もんだいはくまさんがどうしたら安心してとうみんできるかってことなんだ」

ねずみくんが話を戻します。

「そうそう、そうなんだよ」

くまさんもちょっと悲しい顔に戻りました。

「ねえ、くまさん、ぜったいっていう約束はなくても、わたしらはこの森の一部だ。この命はこの森にまかせなきゃいけない。とうみんだっておなじことじゃないのかい?」

ねこさんは言いました。

「ああ、そうか……ぼくはこの森の一部だ。そう考えればこわくないかもしれない。ぼくはこの森が大好きなんだから」

「それに、くまさん。この森には小鳥がたくさんいる。くまさんのあなのそばにいごこちのいい小鳥の家をつくらないかい? そこに小鳥さんたちが住んでくれたらきっと春はにぎやかだろうな」

 ねずみくんも言いました。

「それはいい考えだ」

ねこさんが目をかがやかせました。

「春になった時の小鳥さんたちの声といったら……とても眠っていられるようなものじゃないからね」

くまさんも大賛成です。

そこでさっそくねずみくんはくまさんのとうみん用のあなに行き、

「さっささっさの、ほい」

とばかりに近くの木にすてきな小鳥の家をすえつけ、そして言いました。

「くまさん、春になったら起こしに来るよ。これはぜったいの約束じゃないけど、僕らにできる小さい約束だ」

「それでがまんするんだね」

ねこさんも言いました。

「ありがとう、ねずみくん、ねこさん」

くまさんが笑いました。

「またね、くまさん」

ねずみくんとねこさんが手をふります。

「またね」

くまさんも手をふりました。


帰りの道でねこさんが言いました。

「ねえ、ねえ、ねずみくん、わたしがくまさんだったらとうみんから目がさめた時にハチミツのいいにおいがしたらずいぶんうれしいだろうな」

「ああ、おやすいごようだ。くまさんが起きたらハチミツ入りケーキを焼こう。『さっささっさの、ほい』ってね」

ねずみくんははりきって答えました。


案の定(?)理屈っぽくなっちゃってごめんね!

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