危機
蹄の音が聞こえるなと思ったら、だんだん近づいてきた。かなりスピードを出しているようだ。
なんだか嫌な予感がした。私はすぐにその場を去りたかったが、この状態では不自然すぎた。
どうか、このまま何事もなく通り過ぎてくれ。しかし私の願いもむなしく、馬は私たちのすぐそばで停止した。
「そこな者」
男の声が馬上からふってきた。聞き覚えのある声に、私は反射的に少しうつむいた。
「はい。なんでございましょう」
商人のちょっと緊張した声がした。
私の聞き違いであってほしい。私は手鏡の角度を少しずらし、馬上の人物を確認した。
残念ながら私の予想は的中してしまった。馬上の人物は近衛副隊長、私の側近といってもいい男だった。
「人を探している」
副隊長はそういうと、私の容姿を詳細に、だが、簡潔に述べた。
まずい。ここまで的確だと、私のことだと商人が気がついてしまう可能性が高い。かといって、このタイミングで逃げ出したりしたら、「私のことです」と宣言するようなものだ。どうか、どうか、気がつかないでくれ。私は息をひそめながら祈っていた。
「さぁ。そんなお方は見かけませんでしたなぁ。ねぇ、お嬢様」
商人は間延びした声で同意を求めてきた。
よかった。気がつかれてはいないようだ。このまま、他人のふりで通すんだ。
私は極度の緊張で震えそうになるのを必死でこらえながら、ゆっくりと首を上下に振った。
「娘、本当に見なかったのか?」
副隊長が念をおす。私は目線を下にしたまま、大きく頷いた。
「そうか。邪魔をしたな」
副隊長はそういうと行ってしまった。
「ふぅ」
副隊長の姿が完全に見えなくなったのを確認して、私は大きく息をついた。
「ほんとにお役人様はいやですねぇ。なんであんなに威圧的なんですかねぇ」
商人はそういうと、副隊長の消えて行って方向にむかって、あっかんべーをした。