商人
霊獣に乗ってしばらく行くと、人の叫び声のようなものが、かすかに聞こえてた気がした。なんとなく街道の方が騒々しい気がする。
私は気になって、街道の方に向かった。
まだ薄暗いなか、街道に近づくと騒々しい音はさらに大きくなってきた。目をこらすと、人が争っているのが見えた。
大きな荷物を背負った行商人風の男を、数人の身なりの良くない男たちが囲んでいた。行商人が賊に襲われていたのだ。
カッと身体が熱くなった。善良な領民を守らなければならない。
私は小剣を鞘から抜くと、男たちの中に躍り出た。
賊はあっという間に、私に蹴散らされた。武芸の才能に乏しいとはいえ、私は正規の訓練を受けている。その辺の賊など、私の敵にもならなかった。
私は尻もちをついている商人を助け起こした。商人は私に礼をいい、懐から報酬を出そうとした。私はそれをとめた。
報酬をもらいたくて助けたわけではない。領民を守ることは当然の事なのだ。
私は何度も断った。しかし商人は引き下がらなかった。商人は、報酬を支払わなければどうしても気がすまないという。
そうか。彼は商人だ。 物品やサービスを受けたならば対価を支払う、それが商人の流儀なのだ。
だが、やはり現金をもらうのは気がひける。なにかいい方法はないか。
視線を落とすと、散乱している商品が目に入った。かんざしやリボン、バレッタ、クリップなどが転がっていた。
どうやら商人はヘアアクセサリーを主に扱っているようだ。
私は散乱している商品のなかから、いちばん安そうなモノを拾い、それを報酬としてもらうといった。
「お嬢様にはこちらの方がお似合いになりますよ」
商人は荷物をガサゴソやりはじめた。
お嬢様?そうだった。すっかり忘れていた。 今の私は女の子の姿をしていたのだ。商人にも女の子に見えたということは、私の変装は上手くいってるらしい。
「お嬢様のお肌は肌理細やかでいらっしゃいますから、こちらのお品などがよくお映えになりますよ」
商人は完全に営業モードに入っているようだった。私に手鏡を渡すと商品を髪にのせだした。
こういうとき、女の子ならどういう反応を示せばいいのだろう。ふと、侍女たちの姿を思い出した。
「きゃわいぃぃ」
ちょっとしなをつくって、黄色い声で言ってみる。
「そうでございましょう。こちらなんかも」
商人は嬉々として、高価そうな品物をどんどん出してきた。
「わぁ。すてきぃ。この色かわいいっ」
きゃぴきゃぴするのは意外に楽しかった。なぜ侍女たちがいつも事あるごとにキャッキャ騒いでるのかが、なんとなくわかったような気がした。
「こちらもお似合いになりますよ」
「かわいいっ。どうしよぉ。迷っちゃうぅ」
ちょっと小首をかしげてみた。
「お嬢様はほんとになんでもお似合いになりますねぇ」
私と商人は、街道の真ん中でそんなやりとりをしていた。