母
夜、私は荷造りをしながら、城内が寝静まるのを待っていた。と、部屋の扉を誰かがノックした。私は慌てて荷物を隠すと、何食わぬ顔で扉を開けた。
母が立っていた。私はドキリとしたが、平静を装って母を招き入れた。
母は単刀直入に、城を出ていくつもりなのか、と尋ねてきた。私は即座に否定しようと口を開いた。が、母の真剣なまなざしに気おされて口ごもってしまった。
そうだった。失念していた。母は口先で騙されるような女ではない。私のウソなどすぐに見抜いてしまうだろう。
私は意を決して、出ていくつもりだ、と答えた。
母の表情がふっと和らいだ。
「そなたのしたいようにしなさい」
私は耳を疑った。てっきり母に反対されると思っていたのだ。
そんな私の戸惑いに気付いたのか、母は続けた。
「私は私の好きなように生きることが叶わなかった。そなたは自分のおもう通りに生きなさい」
母は立ち上がると、私を鏡台の前に座らせた。
「私がそなたにしてやれることは……。きちんと覚えるのですよ」
そう言いながら、私の顔に化粧を施しはじめた。母は下地とファンデーションを塗った後は片側だけ化粧をしてくれた。 反対側は、見よう見まねで自分でやった。なかなか思うようにラインがひけず、悪戦苦闘したが、なんとか頑張った。
「似合うわ」
仕上げにウイッグをつけた。 母に促されるまま着替えた。そして少し赤みがかった簡易な皮鎧も身に着けた。
「やっぱり、私の若い頃のがぴったりだわ」
こんなに楽しそうな母を見るのは初めてだった。もしかしたら母は娘がほしかったのかもしれない。
「これで、もう誰もそなただとは気がつかないわ」
確かに鏡の中には少女がいた。どこから見ても女の子にしか見えない。 自分で言うのもなんだが、なかなか可愛かった。