崩御
夏を迎えるころには、私はすっかり集落の人々とも馴染んでいた。
義父がつけてくれた名前があったが、村の者たちは、私のことを「婿どん」と呼んでいた。
私は猟師になっていた。
霊獣と山に入り、適当な獲物をしとめていた。
山に入らない日は、畑仕事や義父の仕事を手伝っていた。
集落では、定期的に交代で、街に納品と買い出しに行っていた。
村に入る情報は、その定期便と、たまにくる行商人からがほとんどだった。
ある日、私の父が崩御し、弟が即位したという噂が流れてきた。
父には本当に申し訳なかった。
何も親孝行するどころか、もう永遠に親不孝を詫びることすらできなくなってしまったのだ。
だが、それだけだった。
私はもっと自分が取り乱すかと思っていた。
しかし、肉親を失ったという感情以上のものはわいてこなかった。
私にとって城は、過去になっていた。
城での出来事は、今の私にとっては、もう関係のない遠い世界の出来事になっていたのだ。
私は城への執着を手放したのだ。
その晩、私は妻にすべてを打ち明けた。
「世が世なら私は王妃様ね」
妻の言葉に、私は言いよどんだ。
「大勢の人にかしずかれて、豪華なドレスを来て、大階段を……」
固まる私を見て、妻がふきだした。
やられた。
これは妻特有の冗談だ。
「私のドレス姿はきれいよ?」
妻は笑いながらドレスの裾をつまむ仕草をした。
たしかに妻のドレス姿は美しいだろう。
だが……。
「ぶっ」
今度は私がふきだした。
「え?なになに?」
妻は問い詰めてくるが、私は首を左右に振った。
言わない方が身のためだ。
「ちょっと、言いなさいよ」
妻は両手で私の襟首を掴むと締め上げた。
苦しい。
私は観念し、本当のことを言った。
「裾を踏んで転ぶところを想像した」
妻の動きが止まる。
そのまま妻と私はしばらく見つめあった。
地雷を踏んだかもしれない。
唐突に妻が私の襟首を離した。
「やりそー」
妻は手を叩いて大笑いした。




