自暴自棄
館を出た私は、人里離れた山中にいた。
人と接したくない気分だった。
苦労して、女装までして手に入れた安定した生活は、一夜にして崩れ去った。
悔しかった。
あの時、お嬢様があの場にいなければ。
私はなぜ、お嬢様の気配に気がつかなかったのだろうか。
いや、副隊長が悪いのだ。
全ての元凶はヤツなのだ。
ヤツが妙な気を起こさなければ、こんなことにならなかったのだ。
ヤツが出没するとわかっていたなら、裏庭なんぞに行きはしなかった。
いや、そもそも私が眠れなくなったのも、ヤツの気味の悪い視線のせいなのだ。
思い出すだけで忌々しい。
あの場で手討ちにしてしまうべきだった。
今度見かけたら八つ裂きにしてくれるわ。
私は心の中で、何度も副隊長を罵倒し、怒りにまかせて、木や岩を蹴とばしたり殴ったりした。
ありったけの声を出して吼えてもみた。
それでも気持ちはおさまらなかった。
ふと見ると、霊獣が岩の影でひっそりとしていた。
尻尾を丸め、耳をたらし、明らかにおびえた目でこちらを見ている。
私は霊獣の名前を呼んだ。
しかし、霊獣は動かない。
もう一度呼ぶ。
動かない。
私は何度も呼ぶ。
それでも動かない。
私はカッとして、大声で怒鳴った。
霊獣は震えながら後ずさりした。
しまった。
完全に怖がらせてしまった。
何かいい方法はないか。
「フワッポ」
なんとなくそう呼んでみた。
すると、霊獣の耳がたった。
「フワッポ。いい子だ。おいで」
私は両手を広げ、できるだけ優しく声で言った。
霊獣は恐る恐る近づいてくる。
私は舌を鳴らして、更に呼びかける。
霊獣は私の手のニオイを嗅ぐと鼻を擦りつけてきた。
「よしよし、いい子だ」
両手で霊獣の顎の下を撫でてやる。
ああ、そうか。
そうなのだ。
城を捨てた私が、身の程もわきまえずに安定した生活を得ようとしたことが、大きな間違いだったのだ。
私は、父や母、周囲の者たちを裏切ったのだ。
その裏切り者の私が、安穏と暮らしていいわけがないのだ。
なんという心得違いをしていたのだろうか。
クウゥゥン
霊獣は甘えるように鼻を鳴らした。
私はしばらく霊獣を撫でつづけた。




