誤算
その晩、歓迎の宴が催された。もちろん私もお嬢様の護衛という任務で出席しなければならなかった。
正直なところ、出席したくはなかった。副隊長が私を完全に女性だと思ったのは大成功と言えなくもない。私の正体がばれる心配はほとんどなくなったのだ。だが。だが、あの思い出したくもないような、背中がぞわぞわするような視線を浴びぜられるのではないかと思うと、憂鬱極まりなかった。
案の定、宴の間中、私は副隊長の熱い視線に悩まされた。そちらの方向を見ることができないくらい、始終視線を感じるのだ。息が詰まる。生きた心地がしなかった。
拷問のような時間がやっと終わった。私は自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
精根尽き果てた。しかし、それも今夜限りだ。明日からはまた、いつもの穏やかな日常に戻るのだ。
そのまま寝てしまいたい気分だった。だが、変に神経がたってしまってい、なかなか寝つけない。仕方がないので、ちょっと夜風にでもあたろうかと裏庭へと向かった。
私は大きく伸びをすると、夜空を見上げた。そういえば今宵は満月だ。城で見た満月も、ここで見る満月も全く変わらないように見える。当たり前ではあるが、なぜか不思議な気がする。
そんなどうでもいいことを考えていると、突然腕をつかまれそうになった。私は反射的にそれを振り払い、相手を確認する。
副隊長だ。なぜだ?
「チッ」
副隊長の舌打ちに、私の疑問は吹き飛ばされる。怒りで目の前がカッと赤くなった。さらに襲い掛かってくる副隊長を、私は必死に避ける。
後退する足が何かに触れる。私はとうとう壁際に追い詰められてしまった。
後がない。私は壁に貼り付け状態にされた。私は副隊長を睨みつけた。副隊長はニヤリと口元を歪めた。私は身体が急速に冷えていくのを感じた。副隊長の顔が近づいてくる。
「無礼者」
自分でも驚くような冷たい声があたりに響いた。副隊長の動きが止まる。私はたたみかけるように副隊長のフルネームを呼び捨てにした。いつのまにか私の足元では、霊獣が牙をむき、毛を逆立てていた。
「で、殿下?」
副隊長の腕の力が緩んだ。私は渾身の力を込めて突き飛ばす。副隊長は情けない恰好で尻餅をつく。
「やっと気がついたのか」
私はふっと鼻で笑った。
「王太子殿下っ」
地面に額をすりつけんばかりに平伏する副隊長を、私は腕を組み仁王立ちして見下ろした。
さて、どう始末をつけてやろうか。私は冷静にそんなことを考えていた。
「どうか、どうかお戻りください。陛下も……」
そうきたか。さきほどまでの無礼は無視か?
「戻らぬ」
説得しようと試みる副隊長の演説が一通り終わるのを待ってから、私はおもむろに口を開いた。
「私が戻れば、そなたは手討ちではすまぬぞ」
副隊長はきょとんとした。
「大逆罪だ。なにしろ、私を害そうとしたのだからな」
「いや、そんなつもりは」
私は真っ青になり弁明しようとする副隊長の胸ぐらをつかんだ。
「ほぉ。ではどういう料簡で、私を女子と間違えたあげく、手籠めにしようとしたのか、じっくり聞かせてもらおうか」
羞恥で真っ赤になった副隊長を、私は突き離した。ひっくり返った副隊長はよろよろと起き上がり、キッと私の顔をみる。
歯向かってくるかもしれない。私は軽く身構えた。
が、副隊長はガクッと肩を落とし、うなだれただけだった。
「今宵のことは忘れてやろう。そなたも忘れる。よいな」
副隊長はわかったというように平伏した。
さて一件落着と、私は顔をあげた。前方に、呆然と立ちすくむお嬢様がいた。
みられた。そう思ったとたん、お嬢様は逃げるように駆けて行ってしまった。
お嬢様に知られてしまった。もうここに留まることはできない。




