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女装王子  作者: 岸野果絵
女装護衛
10/30

侍女たちの噂話

お出迎え以後、お嬢様はお茶菓子を運んだりと忙しそうだったが、私はお役御免状態だったので、待機所でのんびりくつろいでいた。

とはいっても、心底くつろげるような心もちではなかった。何もする気も起きず、とりあえず置いてあったお菓子をもりもり食べながら、侍女たちのおしゃべりをきいていた。

本日の議題は、都からの一行の品評会のようだった。それにしても、短時間しか見ていないはずなのに、驚くほどの観察力だった。副隊長はもちろん、従者やその他もろもろの者たちに手厳しい評価が下る。副隊長の評価は真っ二つに分かれていた。


「なんか、顔とかは悪くないんだけど、生理的にうけつけないないのよ」

「あー、わかるわかる。なんか俺様臭がするよね」


ひどい言われようだ。


「えー。私はタイプだけどぉ」


良かったな副隊長、ファンがいたぞ。


「私は従者君がタイプ」

「私もぉ。かわいいよね」


どうやら一番人気は従者のようだった。たしかに、小動物を思わせるような童顔だ。


「で、キャロルさんは誰がタイプ?」

いきなり話を振られて私は困惑した。

「えっとぉぉ」

部屋が静まり返っていた。全員の視線が私に集中する。


うう。

これは絶体絶命だ。


「旦那さまぁ」

私は小首を傾げて言った。


「さすがキャロルさん。大人だわぁ」

侍女たちがキャッキャと騒ぐ。


良かった。外さずにすんだらしい。


部屋にまた一人、侍女がやってきた。

「従者君とちょっとしゃべっちゃったぁ」

その侍女は口元に手をあてながらフフフと笑う。

「だめー。ずるいぃぃ。従者君は私のなのぉ」

従者びいきの侍女たちが騒ぎ出した。


私はどさくさに紛れて、こっそりと部屋を抜け出した。いや、逃げ出したというべきか。

私は特に行くところもなかったので、渡り廊下の柱に寄りかかりぼーっとしていた。


前方から誰かがやってくる。あの歩き方に見覚えがある。副隊長だ。なるべく接触したくはない。私は何かを思い出した風を装って、ポンと手を打つと方向転換した。そのまま退散する予定だった。


「待て」

後ろから副隊長の声がする。

私は聞こえないふりをして行こうとする。

「待て」

今度ははっきりと、無視できないくらいはっきりと呼びかけられた。


無視するか。いや、賓客を無視するというのはあってはならないことだ。

不自然な行動をして、相手に疑念を持たれたら元も子もない。


私は振り向くとお辞儀をした。副隊長が目の前にやってきた。

「顔をあげよ」

私はゆっくりと顔をあげたが、視線は落としたままだ。

「名は、名はなんという?」

「キャロルでございます」

私はなるべく高く可愛らしい声でこたえた。

「キャロルか。良い名だな。よく似合う」


もしやバレたのではないか?いや、そんなはずはない。

副隊長は忠義心のあつい生真面目な男だ。いつも父や私に対し絶対的な服従をしていたような男だ。もし私の正体がわかったらなば、即座に拝礼するであろう。

私は副隊長の意図が知りたくなって、視線をあげた。そこには満面の笑みを浮かべる副隊長がいた。


この笑顔はなんだ?この男はこんな顔をする奴だったのか?なんなんだこの熱いまなざしは。


副隊長は困惑する私の手をとった。その手に口づけをしながら、私に熱い視線を向ける。

私はあまりの出来事に完全に固まってしまった。そんな私をよそに、副隊長は、あろうことか、私を口説きだした。私は目を見開いたまま、ただただ副隊長の口元を見つめていた。


「わ、私には将来を約束した殿方がおりますので」

正気に戻った私はそれだけ言うと、踵を返し駆けだした。


なかったことにしよう。そうだ、今の出来事はなかった。うん、なかった。何もなかったのだ。

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