侍女たちの噂話
お出迎え以後、お嬢様はお茶菓子を運んだりと忙しそうだったが、私はお役御免状態だったので、待機所でのんびりくつろいでいた。
とはいっても、心底くつろげるような心もちではなかった。何もする気も起きず、とりあえず置いてあったお菓子をもりもり食べながら、侍女たちのおしゃべりをきいていた。
本日の議題は、都からの一行の品評会のようだった。それにしても、短時間しか見ていないはずなのに、驚くほどの観察力だった。副隊長はもちろん、従者やその他もろもろの者たちに手厳しい評価が下る。副隊長の評価は真っ二つに分かれていた。
「なんか、顔とかは悪くないんだけど、生理的にうけつけないないのよ」
「あー、わかるわかる。なんか俺様臭がするよね」
ひどい言われようだ。
「えー。私はタイプだけどぉ」
良かったな副隊長、ファンがいたぞ。
「私は従者君がタイプ」
「私もぉ。かわいいよね」
どうやら一番人気は従者のようだった。たしかに、小動物を思わせるような童顔だ。
「で、キャロルさんは誰がタイプ?」
いきなり話を振られて私は困惑した。
「えっとぉぉ」
部屋が静まり返っていた。全員の視線が私に集中する。
うう。
これは絶体絶命だ。
「旦那さまぁ」
私は小首を傾げて言った。
「さすがキャロルさん。大人だわぁ」
侍女たちがキャッキャと騒ぐ。
良かった。外さずにすんだらしい。
部屋にまた一人、侍女がやってきた。
「従者君とちょっとしゃべっちゃったぁ」
その侍女は口元に手をあてながらフフフと笑う。
「だめー。ずるいぃぃ。従者君は私のなのぉ」
従者びいきの侍女たちが騒ぎ出した。
私はどさくさに紛れて、こっそりと部屋を抜け出した。いや、逃げ出したというべきか。
私は特に行くところもなかったので、渡り廊下の柱に寄りかかりぼーっとしていた。
前方から誰かがやってくる。あの歩き方に見覚えがある。副隊長だ。なるべく接触したくはない。私は何かを思い出した風を装って、ポンと手を打つと方向転換した。そのまま退散する予定だった。
「待て」
後ろから副隊長の声がする。
私は聞こえないふりをして行こうとする。
「待て」
今度ははっきりと、無視できないくらいはっきりと呼びかけられた。
無視するか。いや、賓客を無視するというのはあってはならないことだ。
不自然な行動をして、相手に疑念を持たれたら元も子もない。
私は振り向くとお辞儀をした。副隊長が目の前にやってきた。
「顔をあげよ」
私はゆっくりと顔をあげたが、視線は落としたままだ。
「名は、名はなんという?」
「キャロルでございます」
私はなるべく高く可愛らしい声でこたえた。
「キャロルか。良い名だな。よく似合う」
もしやバレたのではないか?いや、そんなはずはない。
副隊長は忠義心のあつい生真面目な男だ。いつも父や私に対し絶対的な服従をしていたような男だ。もし私の正体がわかったらなば、即座に拝礼するであろう。
私は副隊長の意図が知りたくなって、視線をあげた。そこには満面の笑みを浮かべる副隊長がいた。
この笑顔はなんだ?この男はこんな顔をする奴だったのか?なんなんだこの熱いまなざしは。
副隊長は困惑する私の手をとった。その手に口づけをしながら、私に熱い視線を向ける。
私はあまりの出来事に完全に固まってしまった。そんな私をよそに、副隊長は、あろうことか、私を口説きだした。私は目を見開いたまま、ただただ副隊長の口元を見つめていた。
「わ、私には将来を約束した殿方がおりますので」
正気に戻った私はそれだけ言うと、踵を返し駆けだした。
なかったことにしよう。そうだ、今の出来事はなかった。うん、なかった。何もなかったのだ。




