王様
王様視点となります。
私は運が悪いことに、兄弟の仲でただ一人、獣人として生まれてしまった。
小さな頃は、兄弟と自分との間では扱いに差があると分かってはいたが、気持ちは人間側だったと思う。
神殿でも皆が幸せになれるように力を注いで沢山心をこめて毎日祈りを捧げた。
神殿の人間から聞いていた聖女の存在も力を半分失うくらいならば、いらないとさえ思っていた。
この力は、自分はこの国のためにあるのだと。
だけど月日がたつにつれ、兄弟と自分とでは時間の流れや能力が確実に異なっていて、同じ生き物ではないと気付いた。
いや、洗脳するかのように教え込まれたといった方がいいか。
人間と自分は別の生き物だ、と。
まるで神様に接するかのように話をする人間達に親近感を抱けなくなったのはいつからだろうか。
この力は、自分はいったいいつまでこの国のために尽くせばいいのか。
そんな思いが浮かんだときにはもう駄目だった。
一度でもいい。
一目だけでもいいから、同じ存在にあいたかった。
他の大陸の王が召還を行ったと耳にした。
以前の自分だと、どこの国が召還の準備を始めようとも気にも留めなかったが、その噂を聞いた瞬間、その後の様子が知りたくてたまらなく情報を集める。
・・・結果は召還したとたん帰られたそうだ。
「それでも、止めようと思わないのは私の我侭だ。」
過去の文献から召還を行っても聖女様が帰られるのはちゃんと分かってはいるが。
止めないのは何故か、もしかしたら自分だけは違うのかもと期待している?
いや、無駄な期待はするなと自分に言い聞かせる。
いままで、全大陸合わせても残った聖女様は4人しかいない。
しかもこの大陸で残ると決めた聖女様は0だ。
一目会えるだけでいい。
私の我侭を通す代わりに、聖女様を召還し終わり、聖女様が帰った後は祭りを行うことを了承した。
私の花嫁を選ぶ祭りだ。
ただ子どもを作るためだけの花嫁を愛せるはずが無い。
それだけでなく、私はもう人間という存在を同じ生き物として扱えなかった。
愛する人はきっと一目あえるだけの聖女。
震える手を押さえ、覚悟して召還した聖女様は
すぐに帰られなかった。
奇跡が起きた。
黒い髪に黒色の瞳、スカートのスソから出ている尻尾は髪と同じ黒色。
歩くたびにふわふわゆれて、つい掴んでしまいそうになる。
出来れば頭からつま先まで舐めて差し上げたい、さすがにそれは失礼だろうと行動には出さないが。
それほどまで召還で出てきた聖女様は可愛らしかった。
ぴょこぴょこ動きくるくる変わる表情、きらきらと輝く瞳に、興奮してピンクに染まる頬。
すべてがすべて可愛らしい。
ただ、聖女様は男にもそれを求めているらしく、自分には難解すぎてどうすればいいのか分からない。
だけど、聖女様が望むのなら頑張ろう。
出来ることは全て。
次の日。
聖女様と朝食を共にしようと思っていたが、昨晩は夜遅くまで起きていたらしく
まだ睡眠中とのことだったので、一人でさっさと済ませ昼食は絶対に一緒に食べよう。
午前の仕事を急速に処理して各部署に命令を行っていたところ
風で落ちた一本の花が廊下に転がっていたので足を止め拾い上げる。
すると脇にいた騎士がその花を恭しく受け取って変わりに花瓶へ戻した。
その様子を何気なく眺めていたが、あとは2つの部署に顔を出すだけだと止めた足を一歩踏み出そうとしたところ
先の曲がり角のほうから、キャー!と華やかな笑い声が聞こえる。
「でね。様子を見に戻ったらね。聖女様が寂しそうにミーミーって鳴かれてたの!」
女の立ち話はよくあることなので、そのまま通り過ぎようとしたが
聞こえた聖女様という単語でピタリととまる。
「夜一人で寝るのが寂しいって、も~可愛くて可愛くて!」
昨日、聖女様につけた侍女の一人だろう。
曲がり角で彼女たちから見えていなかった体を一歩進めると一瞬でおしゃべりは止まる。
話の中心となっていた女を見つけると目線を向け、続けるようにいう。
「その話、もっと詳しく、最初から聞かせてくれ。」
その日から聖女様と一緒に寝る日々が始まった。
聖女様の朝は意外と早く、私が目を覚ます前に起きていることが何回かあった。
「日曜の朝はヒーロータイムだからね!」
何のことを言われているのか分からないが、聖女様が楽しそうに微笑む姿を見れるのは良い事だと思う。
一日の終わりと初めに聖女様とともにいる今の幸せをかみ締める。
この毎日がずっと続けばいいのに。
聖女様に嘘をついている事を思い出すと胸が痛いが、このぐらいの痛さなら一生付きまとってもかまわない。
だけど、自分と聖女様だけで生きているわけではなく、他の生き物もこの世界に住んでいるのだから
誰かが聖女様へ真実を伝える日が来るのは分かっていたこと。
侍女が青ざめた顔で「聖女様が、知ってしまいました」そう知らせに来た時、「そうか」と冷静に返すことが出来た。
が、体からは気力がストンと落ちてしまったようだ。