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凛の見るセカイ  作者: 猫ジャラシ
第1話 その眼にうつる未来は
8/49

電話

遅くなった上に半端な引き…

 「なるほど、それは『ダブルフェイス』だな」

 電話で凛の話をかいつまんで話すと早矢さんは彼女の能力についてこう結論づけた。なぜ電話かというと、凛が直接会うのを拒否したからだ。そんなに嫌かよ。

 「分かりやすく言えば二重人格というやつだ。人格が変わっている間の記憶がないんだろ?それなら二重人格ではなく1つの肉体に二つの顔(・・・・)を持つ『ダブルフェイス』だろう。まあこれはただの言葉遊びだ。本質を捉えきれているとは思わないが」

 イマイチ何を言っているか分からないが、取り敢えず相槌を打っておく。今最優先なのは早矢さんの小難しい言い回しを解読することではなく凛についてだ。

 「それで、その『ダブルフェイス』…てのを止める手段はあるんですか?」

 「“止める”というのにどのような意味が含まれているかは図りかねるが、能力を消すことは不可能だ。前も言ったが、異常能力が消える時、それは死ぬ時だからな」

 僕は言葉を失う。消えるのは死ぬ時。この言葉は前にも聞いたはずなのにやはり慣れない。自身も能力に悩まされながらその言葉を発する早矢さんはどんな気持ちなんだろう。

 「だが、『ダブルフェイス』の出現を止める、なら方法がなくもない」

 「出現を止める…?」

 「異常能力には発動条件が存在するものがほとんどだ。それさえ分かれば、その状況を回避すれば『ダブルフェイス』が出現することもない。もし、『ダブルフェイス』が柊凛の記憶されてないところで殺人を犯しているのなら」

 にやり、と笑う早矢さんの顔が目に浮かんだ。

 「事件を止めることができる。そして、事件が止まれば、すなわち犯人は柊凛だ。高岡さんに引き渡して(・・・・・・・・・・)依頼完了だ」

 …え、今なんて言った?引き渡す?高岡―つまりヤクザに?

 「あれ、言ってなかったか?今回の依頼は事件を解決することじゃない。犯人を引き渡すことだ。それが『ダブルフェイス』が起こした事件だろうが関係ない。私たちは元々異常能力者が起こした事件だと予測して捜査をしているんだから」

 よくよく考えてみれば当たり前の話だ。高岡さんたちは警察じゃない。犯人を捕まえる必要などない。それならば何故早矢さんに依頼したのか。答えは簡単。犯人への報復、それが高岡さんの目的だったのだ。

 早矢さんはその後何か僕に電話越しに話していたが、僕は全く聞いていなかった。向かいには僕の顔を心配そうに見つめている凛。僕の顔色が悪いのだろう。電話で済ましたのは結果オーライだったかもしれない。この話を直接聞かされれば、今の僕の反応を凛もしただろうから。

 電話を切り、凛に向かう。さて、なんと話せばいいだろうか。

 「結論から言うと君の異常能力、『ダブルフェイス』を消すことは不可能らしい。だが、能力の発動条件を回避すれば君の言う、もう1人の自分が出ることはない。もし、殺人を犯しているのが君のもう1つの人格だとするならば…」

 ここで僕の言葉が詰まる。言葉を続けることができない。

 「私を捕まえる…ってことでしょ」

 凛が僕の言葉を引き継いた。僕は最低だな。自己嫌悪に陥る。こんなこと、彼女に言わせるべきじゃなかった。

 「なんで分かったの?」

 「あなたの電話の反応見てれば誰でも分かるわよ」

 「ごめん」

 「なんであなたが謝るの?事件を起こしたのは私よ。『ダブルフェイス』?が起こしていたとしてもそれは変わらない。」

 「なんで…。なんでそんな軽く考えられるんだ」

 さっきは泣いてたくせに、という言葉を飲み込む。

 「だって…しょうがないじゃない。それが私の運命なんだから。私が殺したくないと願っても、殺さないためにクラスメイトから距離を取ったとしても、殺しているのは私なんだから」

 彼女はそう言葉を絞り出した。泣きそうな顔。その顔に浮かぶ諦めと、そしてその中に微かに混じる生への渇望。

 「僕から君へ言いたいことは2つ。1つ目。まだ犯人は決まったわけじゃない。もちろん、『ダブルフェイス』が犯人の可能性もある。現状、最有力候補だ。それでも他の可能性も0じゃない。諦めるのはまだ早いんじゃないかな」

 「…2つ目は?」

 「1つ目と矛盾するけどさ。もし君の中の誰か(・・・・・・)が犯人だとしても、君を殺させたりしない。僕が君を守る」

 凛が何か言おうとする。でも無視。

 「それじゃあ取り敢えず、能力の発動条件を見つけようか。話が進まないしね」


 店内にかけられた時計が6時を指した頃、僕たちは解散することにした。発動条件を見つけると息巻いたはいいものの結局、それを見つけることはできなかった。凛と別れると僕はそのまま2階に上がる。早矢さんと直接話をつけるためだ。

 「遅かったな」

 「まあ、色々今後のことを話してまして。それで、さっきの電話の続きなんですけど」

 「言っておくが、何を言われても引き渡すぞ」

 早速予防線を張る早矢さん。

 「そう言うと思ってましたし、引き渡すなとは言いません。だから、僕に依頼人の連絡先を教えて(・・・・・・・)ください」

 「…は?お前、何言って…」

 早矢さんはそこまで呟き、僕の意図に気づく。

 「まさか、依頼を変えさせる(・・・・・・・・)気か!?」

 「さあ、どうでしょう」

 「教えるわけにはいかんな。守秘義務もあるし」

 やっぱりダメか。別の方法を考えないと…。

 「しかしまあ、私の机の中にある資料をお前が見ることを止めることはできない。そこに書いてある犯人が見つかった場合の連絡先も…な」


 早矢さんの机の資料から電話番号を手に入れた僕はそのまま家に帰った。部屋の電気を点け、そのまま布団にダイブした。早矢さんにはバレてるし、これしか方法がないから仕方ないのだが、やはり怖い。何せ相手はヤクザだ。僕の勝手な意見で依頼を変えるとは思えない。

 犯人が凛以外の可能性。もちろん僕はそれを信じているが、現状では『ダブルフェイス』が犯人だというのが一番収まりがいい。このままでは真犯人が誰にせよ、凛を犯人にされかねない。

 凛の前では「守る」などとカッコつけたが、高岡さんたちから逃げきれるとは到底思えない。平和的な解決手段は、やはり依頼の変更だろう。

 …しょうがない。やるか。僕は震える手でメモしておいた電話番号を携帯に入力した。よく考えると公衆電話なんかでかけた方が僕の身元がバレなくていいのだが、その時の僕はそこまで頭が回っていなかった。

 数回のコール。1秒が1日にも感じられる。早く出ろ。いや出るな。思考が交錯する。そして。

 「…どちら様でしょうか」

 聞き覚えのある声。高岡さんだ。事務所で会ったときより声の雰囲気が重々しい。

 「男鹿探偵事務所で助手をやってる、上坂と申します」

 「助手…。ああ、あの時の少年か。なぜこの番号を…というのは野暮だろう、彼女には教えているしね。それで、何か用かな?」

 「早…男鹿社長から今回の依頼の概要を聞きました。それで、1つ頼みたいことがあります。依頼内容を、変更しては貰えないでしょうか」

 しばらくの静寂。聞こえてくるのは僕の心臓の音のみだ。

 「それは…早矢くんの意見なのかね?それとも君の独断か?」

 凄みのある声。しかし僕も怯んではいられない。

 「僕の意見です」

 「なるほど。上坂くんといったね。残念だがその意見は受け入れられない。我々にも面子というものがある。どこぞの一般市民(・・・・)に組員をられたと他の組に知られれば、なめられる。それはどうしても避けなくてはいけない」

 「でも!殺さなくてもいい方法があるは…」

 「黙れ。」

 今までで一番の重い声。僕はこれ以上言葉を続けることができない。

 「殺す、などと軽々しく口にするものではない。どこで誰が聞いているか分からない。それにな、少年。これは我々の問題だ。君に意見される気も、聞く気もない。それでも文句があるのなら、力ずくで止めてみろ」

 高岡さんの言うとおりだ。僕に意見する権利も彼らが聞く義務も存在しない。僕に出来るのは意見することじゃなく、真犯人を見つけること。そして、もし凛が犯人なら、約束通り彼女を守ることだけだ。

 「でしゃばった真似をしてすいませんでした。あなたの言う通りです」

 「…なるほど、早矢くんが君をそばに置いている訳が分かった気がするよ。さて、君の用件は終わりだろう。こちらも忙しい身でね、電話を切らせてもらうよ。ああ、そうだ。今回の事件について、何か私に出来ることがあれば、電話してきてくれて構わない。私に出来ることであれば、協力しよう」

 高岡さんはもちろん今回のようなことは出来ないがなと付け加え、電話を切った。


 次の日。僕はいつも通りに登校する。昨日の雨はまだ続いている。教室に着くと、昨日と同じようにクラスメイトから質問攻めに合う。昨日は何したとか今日も一緒に帰るのかなどなど。僕は昨日の間に凛と口裏を合わせているので、その通りに話す。凛が男子に言い寄られないように適度に尾ひれを付けたり外したり、だ。

 そんなこんなで放課後。昨日の続きを話し合うことになっていたので、凛は教室で僕が帰るのを待っているはずだ。僕はというと、先生に呼び出されていた。僕は教室へ走る。少し時間がかかってしまった。

 「ゴメン、凛。遅くなった」

 僕は息を切らしながら教室に入った。教室には凛しかいなかった。窓の方を向いている。

 が、何か様子が変だ。教室が、じゃない。凛の雰囲気が。昨日までの凛とは違う。何か禍々しい、そうどちらかといえば昨日の高岡さんのような。

 凛は何も言わずに、こちらへ振り向いた。

 その眼を紅く光らせて。

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